神の愛人?
宗谷は自分のブレザーを脱ぐと、キューピッドに着せてやった。
「ちょっとここで待ってろよ!動くんじゃねぇぞ」
まだ授業中なので廊下には誰もいない。
自分のロッカーを開けて体操着を取り出すと、急いでトイレに戻った。
「誰も来なかったか?」
「うん!誰も来てないよ」
「よし、じゃあこれに着替えろ」
キューピッドはブカブカの体操着をたくし上げた。
「そういやまだ名前聞いてなかったね」
「俺か?松崎宗谷だ。お前は?」
「この世界の名前は無いからソーヤがつけてよ」
「ええっ?そうだな…名前が無いのも不便だしな。キューピッドといやぁ縁結びの神様だろ?神乃愛人と書いてカミノ・アイト でどうだ?我ながらシャレがきいてるぜ!」
「ええっ?それのどこがシャレてるんだよ!ソーヤセンス無さすぎ…でもまぁアイトって響きは気にいったから妥協するかな。しかし、神様の愛人ってマジヤバくないか?」
「なにをブツブツ言ってんだ、さぁ行くぞ!」
「行くってどこへ?」
「とりあえずウチに来い、それからどうするか考えよう」
宗谷はアイトを後ろに隠し、教室のドアを半分だけ開けると苦しそうな顔で先生に訴えた。
「先生…ちょっと腹下しちゃって。スミマセン早退させてください…」
「ずいぶん帰って来ないと思ったら…まぁ仕方ないな、気をつけて帰れよ!」
「ハイ、スミマセン」
宗谷はそそくさとドアを閉めるとアイトを連れて、こっそり裏門から学校を出た。
アイトは大股で歩く宗谷の後をチョコマカと一生懸命ついてきていた。
「なぁ、お前ヘマやったって言ってたけど一体何をやったんだ?天界を追い出されるなんてよっぽどだろう?」
「う…うん。それがさ、ちょっと弓矢がそれちゃって違う人に当たっちゃったんだよね」
「弓矢って…あれか、例の当たると恋に落ちるっていうあの?」
「そうそう…」
「それで?誰に当てたわけ?」
アイトはモジモジしながらそっと自分を指差した。
「え…まさか…自分?」
アイトは真っ赤になってうつ向いている。
「ウソだろ〜?どうやったら自分に刺さるかねぇ」
「だって…仕方ないんだよあの場合はさ、近くの壁にかすって跳ね返ってきちゃったんだもん…間違いは誰にでもあるのにさ。ちょっと酷いよね!」
宗谷は呆れた顔で小さくなっているアイトを眺めた。
「いやぁ…お前仮にもキューピッドだろ?そりゃあ無いわ!神様が怒っても当然でしょ」
「そんなこと言ったってさ。結構難しいんだぜ弓矢って」
ションボリ肩を落としているアイトに宗谷は仕方なく「どれ…その弓矢とやらを見せてみろよ」と声をかけた。
「えっ?宗谷、弓を引けるの?」
「ああ…見てみないと分からんけどな。こう見えても一応弓道部の主将なんだぞ!」
「そうなんだ、凄いな〜!」
アイトは腕捲りすると、肩のところにあるハート型のアザをポチッと押して手を前に差し出した。
すると、その手に金色の弓矢がフッと現れたではないか。
「ハイ、これだよ!」
宗谷はまるでホログラムのように浮かび上がった不思議な弓を受けとると、透き通った糸を引っ張ってみた。
「ん?全然動かんぞ!」
「あっそうだった!これはキューピッドしか引けないんだよ」
宗谷はがっかりした顔で弓をアイトに返した。
「そうだよな、誰にでも引けたんじゃそれこそ俺は心配になるぜ。でもさ、お前人間が使う弓は引けるだろ?だったらウチの学校の弓道部に入れば?」
アイトの目は喜びでキラキラと輝いた。
「いいの?」
「いいも何も…こう繋がれてちゃ身動きならんよ。しかしこの糸は一体どこまで伸びるんだ?」
アイトは小首をかしげ「試してみないと分かんないね。ちょっとやってみようよ!」
そう言うなりアイトは走り出した。
宗谷はその姿をずっと見ていたが一つ先の信号を渡ったあたりで急激に体が引っ張られるのを感じた。
「ワ…ワ…ワアアア!」
宗谷の体はまるでゴムに引っ張られるように物凄い勢いでアイトの方へと引き寄せられていった。
「ウワッ、ソーヤ!ぶつかるよ!」
信号が青だから良かったものの、糸の反動で飛び込んできたソーヤの大きな体は小さなアイトの体を巻き込んで数メートル先まで転がっていってしまった。
「ハァ…ハァ…大丈夫かアイト!」
すっかりのびてしまったアイトのほっぺたを宗谷は軽く叩いた。
「ん…ソーヤ、なんとか大丈夫。この感じだとあんまり離れない方が無難だね」
「ああそうだな…せいぜい20メートルってとこか」
「うん、それくらいかも?」
宗谷はアイトの埃を払ってやっていたが、胸が妙に膨らんでいるのに気が付いてビクッとその手を止めた。
「お前…胸、胸が…」
アイトは襟から中身を覗きこんだ。
「あっ!さっきの刺激で女の子の体になっちゃったみたい」
「なっちゃったみたいって…え?どうなってるんだ?」
「もう!さっき言ったじゃない。子供の時の性別は安定してないんだってば。こんなのしょっちゅうだから気にしないでよね」
「気にするなったって…そりゃ気にするよ」
宗谷は火照った顔を手で扇ぎながら「こりゃあ前途多難だな…」と天を仰ぎ見た。




