8.モブ令嬢とスペシャルゲスト
これだけ負の視線を集め、嬉しそうに笑っているのは『聖女』ゆえだろうか?
視線を浴びるのに慣れている筈の王家のご子息の方が、会場中から突き刺される何かを感じたのか若干身を引いている。
名指しされたクロエ様は、おやおやという風に目を見開き、薄く笑った。
その余裕のある様子に、『聖女のおねだり』は、彼女には想定内の事だったのかと思う。
クロエ様は胸に手を当て、軽く頭を下げて口を開いた。
「聖女様のご指名とはいえ、残念ですがお受けできかねます」
この言葉で、会場の雰囲気は半ば和らいだが、王太子殿下がまた元気になってしまわれた。
「聖女を護るのは、臣民の義務だろう! ましてやロクサーヌは我が妃、王家の人間になるのだぞ!」
そんな義務知らんわ――と言いたいところだが、神殿の説教の中には、有事の際は『聖女』を護り悪と戦う義務が我々にはある、という一節が流れてくる。
遠い昔、この世には『悪しき存在』があり、聖女はそれを打ち滅ぼせる唯一の存在だった、という神話に基づいた話だ。
(今が有事かどうかはともかく、そこの聖女に悪と戦う力があるとは思えませんがね~)
ソレは多分どうでもよい感じで、激昂する王太子殿下とは反対に、クロエ様はとても冷静に……爆弾発言を投下した。
「殿下のお言葉に、添う事ができないのは臣民として心苦しい限りです。ですが、そこに立っておられるブルトン侯爵令息のように、私にも誓いを立てた御方がおりますので……」
え……
え、
えぇーーーー!!!
会場中で黄色い声が湧きに沸いた。
「ま、まさかでしょ!」
「クロエ様が誓いを……!」
「嘘っ……!?」
「お、お相手は……!?」
この国で『騎士の誓い』といのは、二種類ある。
一つは、騎士団に入る際に、国と騎士団に忠誠を誓い、常に己を律し弱き者の為に戦うというもので、大抵の騎士は、生涯この誓いだけで終わる。
もう一つは、先ほどから会場で取り沙汰されているヤツで、ただ一人の主人に永遠の忠誠を捧げるという事を、捧げられる本人と見届け人の前で誓うというモノだ。
ちなみに自分の知る限り、今までこちらの『騎士の誓い』を捧げられた相手は、ほぼ王家の人間のみだった。
(わざわざ調べた事はないので、正確なところは分からないけど……)
国史の本に出てくるんで、ここにいるような人間は皆知っているハズ。
だから、これだけの騒ぎになるんだろうけど。
誓いを取り下げるには、騎士を辞めるしかないとも書いてあったので、色恋沙汰や出来心で誓えるものではないだろう。通常は。
クロエ様の宣言には私も驚いたが、騒ぎの中、ちらりと隣におられる公爵令嬢に視線を向けると、あまり表情を動かさないシルヴェーヌ様だが、目元口元がとても楽しそうに見えた。
(うーん……王太子殿下が、この方の手の上で踊らされているのは間違いないにしても)
……この方、何もかも全部知ってそうだよね。まぁ別にかまわないか。
頃合いを見てクロエ様がすっと、片手を胸の前に挙げると、会場中の悲鳴がピタッと止まった。すげー。
「幼い頃から私には、騎士として王太子妃殿下にお仕えしたいという夢がありました。……ですが王太子殿下は聖女様を妃にするのでは? とのお話を聞かせてくれた御方がいました。聖女様にはブルトン侯爵令息という完璧な護衛騎士が既におられますゆえ、私には入り込む余地等ございません……」
クロエ様の表情が、憂いと自嘲を帯びたものになる。
会場内ではうっとりとしている淑女たちの空気を感じるが、私は『芸が細かいな!』と感心するなどしていた。
「……悲嘆に暮れる私に、その御方は、ならば自分の騎士になってはくれないか? とおっしゃってくださったのです」
それってシルヴェーヌ様じゃないのぉ?――と、私や、他にも視線を寄せている方々がいるようだが、ご本人の涼しい表情を見るとどうやら違うらしい。
「だ、誰だ! そんな不届きな情報を……そうか! シルヴェーヌ! お前か!?」
「違います」
シルヴェーヌ様は王太子殿下の矛先を簡単に折った。
「私も父も、王太子殿下の日頃の行動を鑑み、婚約が無くなる事は間違いないと思っておりましたが、一応本日までは猶予がありました。王家に関わる事柄です。不確定な話は、おろそかに口外などできません」
己がディスられていること等、全く気付かず王太子殿下は元気に言葉を返す。
「では誰だ!」
「それは……」
クロエ様の言葉を遮るように、ゴ、ゴゴゴゴゴ……と重低音が響き、会場の出入り口が厳かに開いた。
大きな両開きの扉を開いたのは、近衛騎士団の制服に身を包んだ、逞しい騎士たちだった。
白に金色のアクセントを付けた制服に身を包み、精悍で逞しい騎士たちは、扉を開くと道を作るようにずらりと並んだ。
(騎士団の制服って3割増しにカッコよく見えるよね!)
マッチョを崇める癖は私にはないが、体格制服行動その他、キリっと揃った騎士団の動きに思わずうっとりする。
皆が見守る中、陽の光を背に受け、彼らの作った道を入って来た……いや、コツ、コツと杖をつきおもむろに入っていらしたのは……
「私だ、マクシミリアン」
「お……」
来訪者の姿を目に映した王太子殿下のご尊顔は、『まだこんなにまぬけな顔ができたのか!』と、むしろ感心する位に崩れていた。
「お祖母様っ……?」
「そうだ。お前の祖母だよ」
現れたのは、そこにいる王子の祖母、現国王の母の王太后殿下だった。
王太后殿下は、灰色の髪をアップに結って大振りの紅い華を付け、同色のドレスに黒いアクセントを付けたものを纏っていた。
(うわー、ひばり様みたいだ!)
思わず前世の記憶が蘇る。
親世代に愛された、昭和の歌謡界の女王様。
彼女の最後のコンサートは伝説となり、TVで何度か流されたので、私も見る事ができた。
病に侵されているとは全く見えない堂々とした歌と姿に、私も感動して歌を覚えてしまった。
(カラオケで歌うと上司受けが良かったっけ……)
そのおかげで、昼の仕事だけでなくあちこちの接待に引っ張り出され、ストレスがマシマシになって髪が……まぁそんな過ぎ去った闇はいいとして。
いきなり会場に現れた王太后殿下も、カリスマ性全開だった。
王家の人間だから当たり前……でくくると、王太子殿下が『いと哀れww』なんで、これは彼女自身の特性もあるんだろう。
皆がざっと身を引いて出来た道を、殿下は余裕を持って進んだ。
自分は引退した身だからと、公式の場に出て来なかったので、私が初めて見た王太后殿下の印象は、小柄なのに『とてつもなく強そう』だった。
…『ひばり様』という自分の世代のヲタにはもう一人思い出す方がいたりする。
(あの方もドレスだったなぁ…)




