第1章_15 静かなる日々、瓦礫の図書館にて
本来なら寒さの厳しいはずのこの地に、今日はどこか春のような、穏やかな陽気が満ちていた。
第3帝国軍はひとまず戦闘を終え、次なる指令が届くまで、ローガスト市街の復興作業にあたっていた。
帝国兵たちと街の住民は、互いに笑顔を交わしながら、崩れた家々や道を直していた。
その中に、軍師ライブラの姿もあった――のだが。
「……俺、一応軍師で、それなりに偉いはずなんだけどなぁ。なんでこんなに雑に扱われてんだろうな……」
土埃にまみれ、肩で息をしながら荷物を担ぐライブラ。すっかり兵士たちの笑い者になっていた。
アマリアも運搬作業に加わっていたが、彼女はライブラよりも重い資材を、無駄のない動きでさっさと運んでいた。
「うっさいわね。ライブラがへなちょこだからでしょ」
冷たくも当然といった様子で、容赦なくそう言い放つ。
「……あぁ……なんか、具合悪くなってきた……」
情けない声を漏らすライブラに、アマリアは呆れたように一言。
「少しは鍛えなさいよ」
ついには兵士たちに「もう邪魔なんで、どっかで本でも読んでてください」と、やんわり追い払われる始末だった。
ぶつぶつと文句を言いながら、ライブラは瓦礫の街を歩く。
自然と足は、かつて図書館だった建物へと向かっていた。
崩れかけた扉をそっと押し開け、瓦礫に足を取られぬよう慎重に進む。
崩落した天井の隙間からは、柔らかな陽射しが差し込み、静寂の中にあたたかさを落としていた。
焼け焦げた一冊の本を懐から出し、ライブラはユウが腰かけていた場所へ、そっとそれを置いた。
目を閉じ、静かに手を合わせる。
それから彼は、かろうじて残っていた書物や資料を一つひとつ丁寧に読み漁っていく。
覚えられるものはすべて頭に叩き込み、記憶できそうにないものは手持ちのメモ帳に写していった。
その横顔に、さっきまでの情けない軍師の姿はなかった。
今そこにいたのは、ただ一人の記録者。
――未来のために、静かに、そして貪欲に知を拾い集める男だった。
そんなとき、ライブラの腹がぐぅと鳴る。
「……俺は、まだ生きてるんだな」
ふと、そんなことを思う。
やがて、アマリアが小さな包みを手に現れた。
「サンドイッチ、持ってきたわ」
「おっ、気が利くじゃねぇか」
受け取りながらそう返すと、アマリアは瓦礫に腰を下ろし、ちらりと開かれた本に視線をやる。
「勉強中?」
「いや、今読んでるのは趣味用。……あっちが勉強用だ」
顎で示した先には、雑に積まれた本の山。
「違いがわからないわね」
二人は並んで、もさもさとサンドイッチを頬張る。
ふと、ページの一節が目に止まった。物語の登場人物が、主人公に問いかけている。
――『君が本当にしたいことは何だい?』
「……人はなぜ知識を……何かを知りたがるんだろうな……」
ライブラがぽつりと呟く。
アマリアはサンドイッチを食べ終えると、立ち上がり、崩れた図書館の瓦礫に片足をかけて振り返る。
「より幸せになるために――でしょ?」
彼女が足をかけた瓦礫が崩れ、アマリアはバランスを崩して尻もちをつく。
その姿に、ライブラは思わず吹き出しそうになった。
「――そうかもな」
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【辞令】
帝国皇帝代理レオ・レグルスの名のもとに、第3帝国軍代表アマリアへ以下の辞令を下す。
『南方戦線に急報。神聖サンオルテシアの軍勢が南境を越え、複数の拠点へ侵攻中。
よって、第3帝国軍代表アマリアは直ちに南方へ向かい、戦局の掌握および迅速な再編を実施せよ。』
帝国の均衡を保ち、さらなる戦禍を未然に防ぐため、その力をもって秩序を築くことを命ず。
これは、帝国の未来を託す勅命である。