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ガストと3人だけの気象観測所

「キミたちー。

ちょっといいかな」


「どしたの、まこちゃん」


昼下がり。

今日も陽生達は気象観測所で各々時間を過ごしていた。

温度計も湿度計も異常なく、いつもと変わらない日だった。


「なんか日に日に、あたしの大人としての尊厳が破壊されてる気がするんだけど……。

ま、いいや。

お姉さん、実は明日から東京行くことになりましたー……」


「とと、東京!?」


すげー!かっけー!とはしゃぐ子供と対照的に、真琴の表情は沈んでいた。


「ま、まこちゃん?大丈夫?」


澪が真琴の肩に手を添える。


「いやね、報告書サボってたのがバレてさ……。

あ、いやキミたちは一切関係の無いところの書類なんだけどさ。

だから上司から大目玉くらって……。

あんな上司と対面でなんて……うっ……うぅ……」


「え、まこちゃん?まこちゃん?」


よしよし、と澪が真琴の頭を撫でる。

そういうところじゃないのかな、と蒼真は心のなかで軽いツッコミを入れた。


「……ごめん、取り乱した。

そんなわけだからさ、本来なら、ここ閉めてかなくちゃなんだよね。

一応ここは私の私物ってわけじゃないからさ」


陽生達は一瞬、残念そうな顔をしたがすぐに仕方ないよねと顔を見合わせた。


「そうだよね、ここは別にまこちゃんの部屋ってわけじゃないもんね」


「うん、まこちゃんのエナドリとか酒瓶が増えてきて分からなくなってきてるけど、別にまこちゃんの部屋じゃないもんね」


「最近特にまこちゃん、ここで暮らしてること多かったけど、まこちゃんの部屋じゃないもんね」


「うん、正しい。正しいよ?

でもさ、もう少しオブラートに、ね?」


言葉の一つ一つが真琴の胸に突き刺さった。

もしかしたら、仕事場に泊まり込み、酒とエナドリに夢中な「ダメな大人」に見えてるんじゃないかって、不安になる。

まぁ、事実か、と真琴は謎の納得を見せた。


「で、上司に相談したんだ。

ちょっと苦労したけどね、キミたちに鍵を貸し出すお許しをいただきました!」


子どもたちは一度沈黙し、喜びよりも先に、ホントにいいの?という心配の表情を浮かべた。


「もう、そんな顔するなって。

あたし、結構頑張ってさ、なんとか上司説得したから大丈夫だって!

心配なさんな」


「ま、まこちゃーん!」


抱きついてくる3人の頭を真琴はワシャワシャと撫でる。

ここまで喜んでくれるなら、頑張った甲斐もあったと、昨日の自分を労った。


そういうわけだから、と真琴は東京へ行く準備のため、今日はお開きとなった。

さすがに重要書類とかは真琴が一度持ち帰った。

一応、蒼真のケータイに真琴のアドレスを追加しておいてもらった。

帰り道、真琴から手渡された鍵を、陽生は宝物を見るように空にかざした。


「なぁ、まこちゃんってさ、子供好きなのかな」


「ん?そんなことは無いんじゃないかしら。

基本人とは会いたがらないし」


「そうだね、僕らが最初来たときも、少し、いやだいぶ嫌そうな顔してたっけ」


出会った最初の日を思い出す。

すごく嫌そうな顔をしながらも、仕方ないと陽生たちがそこにいるのを許していた。


「まこちゃん、なんでこんなにしてくれるか分からないけど……。

すごく、いい人、だよな」


「そうね、私、将来はまこちゃんみたいになりたいな。

あ、でもあのだらしなさはちょっと悩む……」


陽生と蒼真は「間違いない」と笑ったその時、背後から何かが聞こえた気がした。


「間に合え東京ーーー!!!」




翌日。

ガチャ

扉を開けた時に、何も返事がなかった。


「まこちゃんきたよー」


「ま、返事は無いわよね」


「でも、使わせてもらってるわけだし、挨拶は大事かもね」


そうね、と、ここに来たら挨拶をする習慣が陽生たちにはついていた。


しばらくは、風向風速計も穏やかにその日の様子を記録していた。

澪は真琴の残していった専門書を手に取り、図を見て難しい表情をした。

蒼真は昔の日照計で今日の記録してくる!と外へ飛び出していった。

陽生は真琴の残していった教材とかを使いながら、学校で配布された理科の教科書と照らし合わせている。


「……まこちゃん、帰ってこないかな」


ポツリと呟くと、モニターが急に点灯したことに気づく。


「み、澪!何か触ったか!?」


「わ、私じゃない!」


「あー、ごめんごめん。驚かせちゃったね」


何かしてしまったのではないかと、慌てる二人を、画面に映った真琴がなだめる。


「一応、こうして、たまにだけどね?

監視というか、見ておきなさいって上司から条件として言われてたからさ」


あたしの昼休憩とか、そこら辺の時間使って見ることにしたんだ、と茶色いお弁当を片手に持った真琴がそこに映った。


「まこちゃん、ちょうどよかった。

ここがイマイチ分からなくてさ」


「まこちゃん!私も!

この本難しくて、私にも分かりそうな本ってないかな」


「あ、あたしにも昼休憩が……はぁ、ま、いっか」


やいのやいのと、楽しい時間が過ぎていく。

ガチャリ

控えめに、観測所のドアが開いた。


「みんな、空のあれ、積乱雲じゃないかな」


戻ってきた蒼真が外の様子を伝えてくれる。

様子を見る限り、そこまで危険はなさそうで、一応の確認といったところだ。


「積乱雲か。そうだね、よくあるものだけど危険なものだ。

一応確認しておこうか」


真琴の表情が仕事モードに変わる。

蒼真が、まこちゃんいたんだ……、と気づくのには少し時間がかかった。


陽生は気圧計を、澪は風向風速計を言われることもなく確認する。


「気圧計には異常はほとんどないよ。

強いて言えば、ほんの少し低いかも?」


「風向風速計も少し風が強くなったくらいね。

えっと、風速4m/sと表示されてる」


「うん、ありがとう。

キミたちの飲み込みが早すぎて、お姉さんびっくりしちゃう」


これが子供の成長速度か、と真琴は感動した。


「あ!ごめん!上司に呼ばれちゃった!

それじゃ、また何かあったら電話かけてね!」


プツン……と画面が暗転した。


「えー、まこちゃんに聞きたいこと、もっとあったんだけどなぁ」


澪はしょぼくれて、読書を再開した。

その後、蒼真と陽生が再び外へ出ると、積乱雲は消えていた。


「そっか、積乱雲って警告はしてくれるけど、必ず当たるってわけじゃないんだな」


晴れた空を見上げる。

こんないい天気なんだ。

心配することは何もないと観測所へと戻る。

陽生は問題無いことの確認のため、気圧計をチラリと見る。


「……え?」


ガクッと、数秒前から気圧が急激に低くなっていた。


「蒼真!まこちゃんに電話!頼めるか!?」


「え?あ、あぁ、うん!」


イマイチ状況が飲み込めてない蒼真は言われたように真琴へと電話をかける。


「まこちゃん!?」


「あぁ、陽生くんか。どーしたのかな」


「積乱雲は消えたんだけどさ、気圧がなんか急に下がったんだ!

さっきの比じゃない、明確に!」


「風向風速計はどうなってる?」


慌てる陽生を落ち着かせるよう、ゆっくりとした口調で指示を出す。


「風速も一気に跳ね上がった!

なんで!?積乱雲はもうないんじゃ……」


「なんか、外の風も、蒸し暑かったのが急に冷えてきたんだ」


風向風速計を見る澪と、外から不安になって戻ってきた蒼真は口々に言う。


「そうだね。

積乱雲は通過後も実は危険があるんだ。

積乱雲の下には冷たい空気の塊が溜まることがあって、それが突然落ちることで突風が起こる。

ガストがくるよ」


「え!?うちの島にも、あの美味しいハンバーグが!?」


「あー、ガスト違いだ。

じゃなくて、ガストっていうのは、さっき説明した仕組みで起こる、非常に強い突発的な風だ。

場合によっては、船の転覆すら……」


不安にさせるような言葉を言ってしまい、ヤバ……と真琴は口を塞ぐ。


「お、オレ!漁師のおっちゃん達に伝えてくる!」


「あ!ちょ、ちょっと!」


蒼真にポンとケータイを押し付けて、陽生は飛び出していった。


「澪ちゃん、蒼真くん、悪いけど陽生くんの後を追ってくれないかな。

言ったように、外はまだ危険なんだ。

陽生くんなら外で直接交渉しかねない。

せめて屋内に連れ込んでくれないかな」


蒼真と澪は顔を見合わせ、頷いた。


「ありがとう、まこちゃん!」


「頼んだよ!

絶対!危ないことはしないこと!いいね!

……クソッ……!

なんであたしは、こーいう時に限って……!」


書類の山が、真琴をさらに焦らせ、苛立たせる。

子どもたちに電話していると知っている上司がずっとあたしを見ているのでは、と気が気でならなかった。

自分の仕事なのに、何もできない自分に腹が立った。




「だから!ガストが来るんだ!」


「あぁ、ホントか?

だったら、とびきりデカいハンバーグが食べられるな」


「違うんだって!」


澪と蒼真が陽生の所に辿り着くと、案の定、外で漁師のおじちゃんを説得していた。


「澪!蒼真!なんとか言ってくれよ!聞く耳を持ってくれないんだ!」


陽生が振り向く。

その顔は、不安や、無力感で歪んでいた。


「陽生、まこちゃんから伝言。

屋内に入りなさいって」


「で、でもぉ……」


「まこちゃんの言う事は?」


「……絶対」


「よし。あたしに考えがあるわ。

ついてきて」


後ろ髪を引かれるような思いをしながら、陽生達はその場を後にした。

澪に連れられてきたのは、漁港の隣にある小さな詰め所だった。


「おじいちゃん!」


「おー、澪、よく来たなぁ」


澪の祖父がそこに座っていた。

一体なんのつもりで、と陽生はいぶかしげに澪の祖父を見る。


「親方!いやぁ晴れて良かったですね!

これで安心して船が出せるってもんですよ!」


「親方……!そうか!」


澪の祖父は、この島の漁協のリーダーだ。

だから澪はここへ案内したのだと理解する。


「お、おじさん!相談が……!」


「あぁ?孫はやらんぞ!」


シャーっと冗談混じりに威嚇する。

危うくペースを握られると感じた陽生だが、意を決して喋る。


「船を出しちゃダメなんだ!

ガストが来るんだ!」


「あぁ?ガスト……。

おぉ!澪やったなぁ!今度じいちゃんと食べに行こうな!」


「違うんだって!」


陽生は内心みんなも同じ間違えをしたことに安堵しつつも、伝わらないことに焦りや不安を感じていた。


「ガストっていうのは凄く強い風のことなんだ!

船を出したら転覆する可能性だって……!」


「うーん……陽生くん。

キミの言いたいことは分かる。

でもな、じいちゃん達、遊びでやってるわけじゃないんだ」


諭すように、たしなめる。

子供の遊びには付き合っていられないんだ。

その言葉が、陽生の頭に駆け巡る。


「で、でも!

最悪命を落とす場合だって……!」


「おじいちゃん!そうなの!

気象観測所では確かにそういうデータが出たの!」


「そうなんだ!僕たち、一生懸命勉強して……だから……!」


子どもたちの、精一杯の発言に、澪の祖父は揺らいだ。

その時、背後からこんな声がした。


「空はこんなにも晴れてるんだ。

危険なことなんて何もないだろう?」


「風くらいなんだ。

今までだってそんな風の一つや二つ、余裕で耐えてきたじゃないか」


「そもそも、この子たちの言う突風ってのが気になりますね。

ちょっとした風を子どもたちが突風だと、思い込んだだけなのでは?」


「どうすんだよ。船出さなきゃ俺らの食い扶持がなくなっちまうんだ。

生活がかかってるんだよ」


「せっかく天気が良くなってきたのに。

親方、まさか子供の言葉を真に受けるのですか?」


「う……」


僕らが抗議をしている中、戻ってきた漁師達が口々にそう漏らす。

さすがの澪の祖父もそれには対抗できずにいた。


「問題ない。

準備が整った者から船を出せ。

こんなに晴れているんだ。

豊漁を祈っているぞ」


「おじいちゃん!」


澪の祖父は漁師に指示を出した。

漁師は散り散りになっていく。


「ごめんな澪。

あっちで遊んでいてくれるか?」


僕らは強烈な無力感を感じながら、澪の家に避難した。

空は確かに晴れていた。

陽生もきっと、知らなければ天気が荒れるなんて、信じなかっただろう。

いや、もしかしたら漁師さんの言う通りかもしれない。

実は、ホントは陽生達の予想は的外れで……。


バン!


「な!なんだ!?」


唐突な何かの衝突音が聞こえた。

すると徐々にけたたましい音が聞こえてくる。

眩しく、穏やかな青空とは対照的に、ゴォォッと風が怒っていた。


「なんだよ……なんだよこれ……」


外では葉っぱに混じって、どこから来たのか、ひしゃげたトタン屋根の残骸が宙を舞う。

澪の家からは若干だが、港が見えた。

大体の船は大きく揺れるだけだったが、確かに見てしまった。

それなりに大きな漁師の船が、ひっくり返るその瞬間を。





「まぁ、漁師の勘って正しいものもあるんだ。

ほら、カモメが内陸に向かって飛ぶと、海が荒れる前触れだってあるでしょ?

あれ?聞いたこと無い?

まぁ、あれってカモメとかの海鳥は気圧の変化や上昇気流の変化に敏感だから、いち早く避難できるのね。

だから漁師もカモメについて行ったら事故に遭ったりせずにすむってこと」


観測所に戻ってきた3人は、落ち込んでいた。

うずくまって、話を聞いてくれなかったことに対して、拗ねたり、悲しんだり、怒ったり。

観測していながら、止められなかったことに無力感を覚えた。


「だからね?漁師の勘もあながちバカにしたもんじゃないよーって覚えててくれれば……。

あれ?これってもしや逆効果か?」


子どもたちは一言も発することなく、ただ画面をじっと見ていた。

真琴の方ではなく、風向風速計の値を。

20m/s。

それが今回発生したガストの最大瞬間風速だった。

真琴はガストで良かったと言った。

どうやら、それがさらに酷いものになると、ダウンバーストっていうものになるらしい。


「ところで……。

その大荷物……まさかとは思うけど……?」


「……家出した」


ようやく陽生が口を開くと、とんでもないことを言われ、真琴の口が塞がらなかった。


「いやいやいやいや、帰りなさいって!

これでも一応仕事場なんだから!」


むぅ、と澪は頬を膨らませた。


「……3日だけ」


「えぇ……親御さんからは許可取ったの?」


「3日、友達の家でお泊まり会って言ってきた」


「いやいや、友達って」


はぁ、と一つため息をついた。


「2日だ。2日だけだよ?

まったく。ホントにしょうがない」


「まこちゃん……ありがとう……!」


澪は目に涙を滲ませる。

口々に真琴に感謝の言葉を言った。

この子たちなりに本気で考えて、それでも大人にはその言葉は届かなくて。

そんな悔しさを抱えたままだと、家には居づらいことを真琴はよく知っていた。


「さ、キミたち。2日とはいったが、ちゃんとした生活習慣守れないなら追い出すからね!」


「はーい!」


元気よく返事をした3人は観測所の電気を消し、各々持ち込んだ寝袋にくるまった。

真琴もやれやれと言って、画面を消す。

それを確認して、陽生はポツリと呟いた。


「この島に、オレらの居場所は気象観測所しかないんだ……」

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