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雲の進化とアスペラトゥス

陽生は今日は祖父母の部屋の片付けを手伝わされていた。

何やら最近天気の話をやたらするものだから、昔撮った珍しい写真をあげると言われ見事に釣られたわけだ。


「よし、ばあちゃん!これでいいだろ!?」


息を切らしながら、棚に祖父の趣味のボトルシップを並べたことを報告する。


「おー、ありがとねぇ。はい、例のものだよ」


「ありがと!ばあちゃん!……ん?これって……」


渡されたのは船の上から撮られた雲の写真だった。

セピアカラーの古い写真で、とても不気味な雲だった。


「ばあちゃん、これ、海と空逆さまに撮ったんじゃないんだよな?」


一応、念の為確認する。


「ばあちゃんがそんなへま、するはずがないだろ?それにほら、船もちゃんと写ってる」


「……ホントだ」


そう、空が、荒れた海のように波打っていたのだ。




「まこちゃん!まこちゃん!まこちゃん!」


「なんだい、なんだい。また突然だね」


部屋の隅で、澪と蒼真は、今日は日照計動かないねー、と他愛もない話をしていた。


「これ!見てくれよ!空が海みたいに波打ってるんだ!だからさ!この島の空は昔、海だったんだ!」


「はぁ?何を唐突に……。ふむ、また珍しいものを持ってきたね」


真琴の目が少し、キラリと光った気がした。


「あ、これ、私も見たことある。あー、でもこんな広がってなくて……もっと明るい印象はあったかも」


「僕も見た!あ、写真も撮ったんだ。珍しかったからね。んー……とはいえ、僕のは少し落ち着いてるかな?」


「お、いいね。澪ちゃんのは断定は出来ないけど、たぶんみんな細かくは違う雲だよ。

今日は少し豆知識になるかな」


真琴はいつものように報告書を見る。

そして目を背けた。

どの道今日だけじゃ終わらないやって諦めた顔だ。


「それじゃまず澪ちゃんのからだね。

おそらくで語っちゃって申し訳ないけど、特徴的に高積雲かなって思うんだ。

高積雲は湿った空気と弱い不安定な上昇気流で起こるから、低気圧や前線が近づいてくるんだよね。

だから天気が崩れる前兆とも言われてる」


「そうです!あのあと結局雨に降られちゃって……。

直前まで晴れてたのになぁ……」


「あはは……まぁ、必ず降るってわけじゃないから、そこだけは間違えないでね。

あくまでも、備えあれば憂いなし、程度の知識だ。

他二人のよりも可愛らしくてね、羊雲やうろこ雲って呼ばれることもある」


あぁ、あった。これだこれ、と1枚の写真を画面に写す。


「これです!これこれ!」


「うわ、ホントに羊みたいだ。

あ、でも、確かにこれは見たことあるかも」


写真を閉じると、満足げ真琴は頷く。


「そうだね、それも特徴だ。

他二人の雲より、見かけることは多いよ。

見た目は穏やかだけど、実は……って雲だ。

見つけて傘を持ってなかったら、家にダッシュで取りに行くのもいいかもね」


で、次が蒼真くん、と真琴は蒼真の携帯を覗き込む。


「これは波状高積雲。

波状雲って言うけど、実は波の形をした高積雲って意味なんだ」


「えー!私のは蒼真の進化前ってことー!?」


うんうんと、真琴は静かに頷いた。


「そう、進化した姿だ。

でも、進化すればいいって話では無いんだよ。

進化したら、より危険な天気になりやすいっていうのはよくある話なんだ。

波状高積雲とかは特にそうだね」


進化するっていうのは、それだけ周りで何かがあったってことなんだから。と真琴は補足する。


「波状雲になるっていうことは、大気の流れが不安定なんだ。

だから高積雲が高層雲や乱層雲っていう雨雲に変化したりもする。

高積雲よりも格段に天気が崩れるリスクが上がるんだ」


「そうなんだ……珍しければいいってものじゃないのね」


「そうだね、その最たる例がキミのだよ」


真琴は陽生の方を指差した。


「やっぱり……世界の終わり……」


「うーん、もしかしたら、おばあちゃん達は終わってたかもね。

でも、たぶんおばあちゃん達は知ってたんじゃないかな、この雲のこと。

だからいち早く逃げることができた。

怖い雲もね、これから天気が変わるぞーって教えてくれる優しい雲なんだ」


もう一度、陽生は写真を見る。

やっぱり不気味で、不安になるけど、少し見え方も変わってきた気がする。


「さ、解説に戻ろうか。

この雲はアスペラトゥスっていうんだ。

ただまぁ、この名前が付いたのも最近で、この時代なら、波状高積雲の一種って言われてたんじゃないかなぁ」


「えっと……アスパラ?」


あーすーぺーらーとぅーすー、と一文字一文字強調しながら真琴は言う。


「それにしても、海上のアスペラトゥスの写真とは、ホント珍しいね。

いやホントに。

アスペラトゥスは前にもあった積乱雲の下や前線付近に出来ることが多いんだ。

だから豪雨や突風、雷雨なんかの危機を教えてくれる」


「凄いんだな、雲って。

天気のことを一生懸命伝えようとしてくれてたのか」


それを分かってくれただけでも嬉しいよ、と真琴は優しく微笑んだ。

かと思ったら何かを閃いたとばかりに、ニヤッと笑う。


「なぁなぁ、男子諸君。

実はな、おっぱい雲って呼ばれる雲だってあるんだぞ?」


「おっぱ……!」


澪の顔が急に赤くなる。


「どうしちゃったの澪ちゃん。

別にやましいものでもなんでもないよ?

実際あるのさ、乳房雲って。

積乱雲や乱層雲の下にこれも出来るんだけどさ?

形がまた面白いんだぁ。

ぶらっと垂れ下がった袋のような形状。

昔の人は想像力豊かだね。

あ、でもこれも積乱雲だからね、割と危険なことには変わりなくて、天気が荒れる手前に出ることが多いんだ。

だからこの雲も、見た目はびっくりするけど、天気のサインと思えば安心できたりするものなのさ」


バタン!

大きな音を立てて扉が閉まった。

意気揚々と解説していたら、3人とも出ていってしまったようだ。


「……あらら、怒らせちゃった。

後で謝っとくかぁ」


あの出不精の真琴が島の集落に、天気のこと以外で出没したと話題になったのは、また別のお話。


「いたい!ちぎれる!ちぎれるって!」


「そうだよ!澪!せっかくまこちゃんが説明してくれてる途中だったじゃないか!」


無言で、澪は二人の首元を掴んで引きずっていた。

3人とも自主的に出ていったのではなく、澪に引きずられて、強制退室させられたわけだ。

空はもう夕焼けで、赤くなってきている。

そんな空には羊雲が浮かんでいた。


「あ、高積雲。

早く帰れってことかぁ」


もう少し遊びたかったのに、と陽生が唇を尖らせた。


「それにしても見てみたいよな」


陽生と蒼真は顔を見合わせる。


「おっぱい雲……」


今日はゲンコツの音がよく響いた。

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