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上昇志向な上昇気流

「まこちゃん、まこちゃん、まこちゃん!」


「なんだよ、まこちゃんって。

もっと大人を敬いなさい」


「そんなことはいいんだよ!

世界が終わっちゃう!」


「はぁ?」




それは数分前の出来事だった。

陽生はいつものように、澪と蒼真と共に駄菓子屋でアイスを買って、今は使われてないバスの停留所で買い食いを楽しんでいた。


「あそこの駄菓子屋、いつも当たりでないよなー」


「単純に陽生の運が悪いだけでしょ。ほら、当たった」


「はぁ!?なんだよー!なんだよそれー!」


最近はより暑さが厳しくなってきたこともあって、アイスを食べながら気象観測所へと向かうことが通例となっていた。


「あーあ、何か面白いことでも起きないかねぇ」


足をブラブラさせながら空を見る。

今日は風向風速計がそれなりに動いてるのかなーと、ぼんやりと考えながら空を見る。

雲がほとんどない空だった。

しかし、視界の端に何かが入り込んでくる。

一部は真っ白だが、それを際立たせるかのような黒。

地平線を切り裂いたかのようなてっぺん。

まるで壁のように、塔のように、とてつもない大きさの雲がそこに立ちはだかる。


「終わりだ……」


あまり空を積極的に見なかった陽生にとって、その雲はあまりに大きすぎた。


「ちょっと、先まこちゃんのところ行ってる!」


まこちゃんって誰?と2人が気になってる隙に陽生は走り去ってしまった。

蒼真は仕方ない、とばかりにその雲の写真を撮って陽生の後を二人で追った。




「あひゃひゃ!あーひゃははは!終わり!終わりって!あはーははは!」


机をバンバンと叩きながら、真琴は大笑いをした。

最初こそ何事かと焦りはしたが、蒼真達が来て、写真を見て、ツボにはまった。


「いやだからさ!

笑い事じゃないって、まこちゃん!

どうするのさ!

あんなの落ちてきたら島はぺちゃんこだよ!」


陽生はまだ慌てていた。

あんな雲、自分の重さを支えられるはずがない。


「あー、そかそか……ヒー……お腹いた……。

それじゃ今日はまず、上昇気流からお勉強しようか」


真琴は書きかけの報告書をチラッと見て、夕方から頑張ろうと心に決めた。


「上昇気流!なんか聞いたことある!

……なんだっけ」


「あはは、そうだね。

言葉では知ってるけど、説明しにくいものの一つかもね。

簡単に言えば上昇気流は下から上に吹く風だ」


澪は反射的にスカートを押さえた。


「あぁ、風ではあるけど、実際に感じられる環境は限られるんだ。

ほら、ストーブの上とかに手をかざすと、少しふわっと来ることあるだろ?

よほど条件が重なってあの程度だから、あたしたち人間にはなーんも影響がないんだ」


話を戻すね、と真琴は一度手をたたく。


「上昇気流っていうのは、あったかい空気が上へ上へと上がっていくことで起こるんだ。

ほら、暖房は付けてもなかなか足元が温まらないとか、良くあるだろう?

あれは暖かい空気が上に逃げていっちゃうのさ」


「わかる、最近だと扇風機とか使ってるけど、足元は温まらないのよね……」


床暖房が流行るのも分かるわぁ……。としみじみ言う。


「そうそう。

それと同じことが地球規模で起こり、上昇気流になるんだ。

上昇気流は上へ上へと水蒸気を運んでいく。

そして空に見えるような雲が出来上がるし、雲が空から落ちてこなくなる」


「つまり空の上は暖かい空気が集まるから、空の上は暑いんだな!」


陽生のその発言に一同、目を丸くする。


「確かに、僕は飛行機乗ったことあるけど、暑いって感じはしなかったんだ。

もしかして飛行機の性能のおかげ?」


「いやいや、空の上は寒いでしょ。

……あれ?でも、確かに暖かい空気が上に来るのよね……あれ?」


その様子を真琴は微笑ましく見守っていた。


「とても鋭い指摘だよ。

素晴らしい。

そう、空の上は寒いんだ。

じゃあ例えばどこまでも暖かい空気があるとどうなる?」


「あ、そっか、空気が全部宇宙に流れちゃうんだ」


「そーいうこと。

だから空の上は寒くなってる。

これで上昇気流とは反対に、冷たい空気が下にくるってことだ」


「え?つまり下に向かって吹く風もあるってこと?」


唐突にそんなことを言うものだから、真琴の説明が一瞬止まる。


「あ、あぁ。その通りだ。

え?陽生くん、悪いものでも食べたの?

そう、下に向かって吹く風、下降気流が発生する。

上昇気流と下降気流の循環、この空気の流れを少し難しい言葉で、対流って呼ぶんだ。

この暖かい空気が上昇し、冷たい空気が下降するっていうのは他の気象でも影響することが多いからね。

覚えておいて損はないよ」


呆気にとられながらも、真琴は上昇気流についての説明を終える。


「あれ?でも下降気流が起こるなら……。

やっぱり雲が落ちてくるじゃないか!」


「いや、陽生くんが陽生くんでいると安心するね。

それもさっきの空の上の空気と同じだ。

どこまでも行くことはない」


「でもでも、下降気流が上昇気流を打ち消しちゃうんじゃ……」


「あ、そっか、陽生。あれだよ。

ちょうど雲が出来てる場所で綱引きしてるんだよ」


「お、澪ちゃん、いい表現するね。

そう、綱引きしてるんだ。

いや、綱押しかな?

だから雲が無限に昇ることも、落ちてくることもないってわけだ」


ようやく陽生も納得した様子で、なるほどと頷いた。


「納得してもらえたようで何よりだよ。

えっと、で?世界の終わりの話だっけ?」


「……忘れてください」


面白おかしく笑う真琴に、陽生は珍しく照れたように顔を伏せた。


「いや、いいんだ。

そう、知らないとそういう勘違いをするんだ。

勘違いをしないよう専門家に聞きに来る。

この行動はとても正しいことだよ」


大人でも難しいことだからね、とぼやく。

真琴はどこか遠くを見つめているようだった。


「さ、では説明しよう!

キミたちが見たのは、澪ちゃんと蒼真くんは知っての通り、積乱雲だ。

とても大きな雲で、知らない人が見ると確かに少しビックリしちゃうかもだね。

だってその高さは16kmになることだってあるんだから。

わかりやすい例だと、東京タワー40個くらい!」


「え!?東京タワー!?

すごく高くて見上げるほどって聞いたぞ!?

それが……40個……。

デカすぎて逆に分からなくなってきた……」


頭を抱える陽生。

それを横目に、真琴は続ける。


「さっきも言ったように、上昇気流によって雲ができるんだ。

で、雲の中でまた上昇気流が起こる。

潜熱っていうんだけど、ここでは熱が発生する仕組みって知ってくれてるだけでも嬉しいかな。

でも、積乱雲はその規模が違うんだ。

他の雲とは水蒸気量が桁違いだから、どんどん雲が大きくなっていく」


「積乱雲の中で上昇気流!?

え、つまり、空気がどこまでも昇っちゃうってこと?」


「いや、限界はあるよ。

難しい言葉では、対流圏界面って言ったりするね。

ほら、ここ、平たくなってるでしょ?

かなとこ雲とも言うんだけどね、これ以上上がることができないから、こうして横に広がるんだ」


なんか今日の陽生くんの指摘は鋭いなぁ、と満足げに真琴が頷く。


「でね、積乱雲って普通に見るけど割と危険なものなんだ。

積乱雲は雷や突風、豪雨を引き起こす。

竜巻が起こることだって。

だから世界の終わりは言い過ぎだけど、陽生くんの危機感は正しいんだ」


少し、真琴が真剣に陽生の方を見て、頭をくしゃくしゃと撫でてやった。


「え、じゃ、じゃあ、知らせないと!」


陽生がそう言うと真琴は室内を見渡して、それぞれのデータが映し出されてる画面を指差し言った。


「気圧計が急激に下がってる。

それに湿度も凄い上がってる。

わかる?これは危険の合図なんだ」


そう言って、真琴は外着に着替える。


「行くよ。さすがに伝えないとまずいかも」





「えー、姉ちゃん、そりゃ困りますよ」


「いや、だから今から船を出すのは危険だと」


話は平行線だった。

漁師のみんなは、自分の勘を信じて疑わなかった。


「気圧の低下?んなこたぁよくあることだろ」


「いえ、あの雲は明らかな積乱雲で、今から船を出すと豪雨、最悪の場合は」


「え?あぁ、あの雲か。姉ちゃんは知らねぇだろうけどよ、ありゃ入道雲だ。この前あの雲が見えた時、カラッと晴れたんだ。まさか、俺達を嵌めようってか?」


「いえ、それは積雲で積乱雲とは別物で……」


どれだけ熱心に説明しても、漁師さんは聞く耳を持たなかった。

むしろ真琴が少し押されていたほどだ。


そうこうしているうちに、大雨が降ってきた。


「……ま、海の天気は気まぐれだからな」


真琴はひとまず何も起こらなかったことに安堵して、座りこもうとした。

しかし、子どもたちが後ろで見ている手前、少し強がった。


「どう?予想通りだったでしょ?」


誇らしげに、子どもたちの前でドヤ顔をした。

その表情には、少しだけ恐怖が混ざっていた。




「雨量計、あまり音しないねー」


「やっぱり、ししおどしとは違うのね」


あれから気象観測所に戻ってきた3人は、雨量計を見ていた。

内部であのししおどしみたいな構造が動いてると思うと少し、いや、かなりワクワクした。


「……漁師さんは、まこちゃんの言う事、信じてくれなかったね」


結局、今日はもう終わり!と気象観測所からは追い出されてしまった。

真琴の表情からは少し、苦悩が見て取れた。


「仕方ないよ。まこちゃんも長年努力してきたけどさ、漁師さんも自分の経験を否定したくないんだよ」


「澪……大人だな」


そんなことない、と澪は小さく首を振った。

澪はふと、駄菓子屋のアイスの当たり棒を思い出した。


「これ、交換してまこちゃんにあげようよ」


「それいいな!」


3人はアイスに交換して、再び気象観測所に来た。


「まこちゃーん?」


ガチャと扉が開くとそこには、締切厳守の文字が書かれたハチマキをした真琴がいた。


「あ、これ、アイス……」


「いいの!?ありがと!それじゃまこちゃん忙しいからまた明日!ばいばい!」


ばたっ!


「……今の……」


「うん、間違いなかったよ」


「……まこちゃんって、自分で言った」


今日も気象観測所からは悲痛な叫びが聞こえてくる。


「終わるかーーーーー!!!!」

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