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天気と空気を読む練習

「真琴さーん!来たよー!」


「うわ、はやいねー」


気象観測所の外で、真琴は何やら壁に向かってカチャカチャと何かを取り付けている。


「真琴さん、それは?」


「あー、これ?気温計と湿度計。前のが古くなっちゃったから変えてたんだよねー」


澪が気になり聞くと、すんなりと答えてくれた。

そうだ、と真琴は手を鳴らす。


「せっかくだし、今日は基本的な計器の説明をしてあげよう!」


真琴はチラリと地図や様々な機器を確認すると、ヨシ、と一つ大きく頷いた。

とりあえずしばらくは問題ないことを確認したらしい。


「いいんですか!?」


「あー、いいのいいの。むしろ説明しないと勝手に触りだすかもだし」


そんなことはないだろう、と思いつつも真琴はそれっぽい理由を言う。

はい!と陽生は真面目な顔をして手を挙げる。


「なんだね?えーっと……陽生くん」


「ここは何する場所なんですか!」


ズコッと、後ろ2人がコケた。

陽生は真面目な顔を崩さない。


「え、そんなことも知らないで来てたんだ……」


澪がツッコミを入れる。

それを聞いた真琴は澪を指差し、言った。


「それじゃ、ここが何をするところか知ってる澪ちゃん。

ここは何をするところなのかな?」


「え?えっと……天気を……読む場所?」


急に指名されて驚いた澪は、自信なさそうにそう答えた。

うんうん、と頷いた真琴を見て、澪は安堵する。


「あれか!?空気を読むとかそういうやつか!?」


「そうだねー、陽生は空気読もうねー」


唐突に気づいた!みたいに言う陽生を蒼真がなだめた。


「そうだね。大枠では間違ってないよ。

でもね、あたしたちが読むのは天気だけじゃないんだ」


だから、陽生くんの質問はとても重要だ。

それだけ言って、下の階に降りていく。

陽生たちもその後に続く。


「例えばこれは、今までの天気について記録してある。

でも、晴れでした、みたいなことだけじゃないんだ。

今から色々説明するけど、天気のことは凄い複雑なんだ。

だからこうして紙に残して保管している」


次に上の様々な計器を指差す。


「天気のことを調べるだけだったら外に出て、今日は晴れだー、雨だーとかで済むからね。

それだけじゃなくて、あたし達は未来を見るんだ」


ドヤッと少し偉そうにする。

未来を見る。

その言葉に陽生たちは目を輝かせる。


「集めたデータを照らし合わせて、異常な数値を見つけて、何が起こるか予想する。

晴れや雨っていうだけじゃない。

風の強さとか、雨の量とか。

ま、天気予報で大きく取り上げられるのは、晴れか雨かとかだから、目立たないけどね」


特にこういう島とかだと突風や大雨が多いから、もっと予算下ろしてもいいと思うんだけどなぁ……。

トホホ、と真琴は一人勝手にしょぼくれる。


「よーし!少しでも勉強して、空気を読めるようになるぞー!」


陽生が唐突に変なことを言うものだから、真琴は吹き出した。






「すまない。取り乱した」


真琴はキリッとした表情に戻る。

陽生をチラッと見ると、笑いがまた込み上げてきたようだが、なんとか飲み込んだ。

どうやら笑いの沸点は低いらしい。


「次は一番の基礎、気温計と湿度計だね。

あれだ、さっき付けてたやつだ」


真琴は小さな箱を指差す。

箱を開くと、そこには二本の温度計が入っている。


「こっちが気温計で、こっちが湿度計。

これで空気の温度や、空気の中の水分を測るんだ」


「それはオレでも知ってるけど、なんでそれで測れるんだ?」


「おー、知ってたか。偉いぞー。

これで温度を測れるのは、この液体が特別なんだ。

ちょいちょい、そーっとここ触ってみ?」


陽生は言われたように、ガラス部分にそっと指を添える。


「ほんのちょっとだけどね、体温でも反応するんだ。

あ、もう離していいぞー。

この液体は空気が温かくなると膨張、大きくなるし、寒くなると縮むんだ。

あ、でも繊細なものだから、あまり触っちゃだめだぞ」


蒼真は僅かばかりに上がったり下がったりする目盛りに興味津々だった。


「あれ?でもそれだと湿度計はどうなんだ?温かいと湿度が下がるとか……そういうこと?」


「お、予想するのは偉いぞー。

でも違うんだな。

例えばジメジメした日は髪の毛が広がったり、逆に乾燥する日は肌がカサカサになるだろ?」


澪は雨の日に、せっかく整えた髪が爆発して陽生に笑われたことを思い出し、ポカっと一発軽く小突いた。

陽生はなぜ小突かれたか分からず?を頭に浮かべている。


「そうした変化に敏感な人や動物の毛をこの中に入れる。髪の毛や動物の毛は、水分を含むと伸びるし、乾燥すると縮む。それを利用して細かい針が動くようになっているんだ」


身近で起きる現象が使われると知って、蒼真がより強い興味を示した。


「あれ?でも僕、理科室で同じもの見ましたけど、箱は無かったですよ?」


「あれだろ、大事なものは無くさないようにって片付けてるんだろ?」


「んー、全然違うね。

これは通風筒って言って、直射日光や地面からの熱とかの影響を受けないようにしているんだ。

ほら、ここから風を通すことで、正しい気温を測ることができる」


こういうのは正確さが物を言うから、と言われ、改めて学校のものとは違う本格的なものだと理解した。


「じゃ、次はこれだね。気圧計。

これは簡単に言えば空気の重さを測るためのものだね」


「空気って重さがあったのか!

うーん、でもやっぱりオレは軽い方がいいなぁ」


蒼真もポツリと、もし気圧が無かったら……?とふと出た疑問を口にする。


「いやいや、気圧っていうのはあって当たり前のものだからね。

もし気圧がなかったらつまりは空気がないってこと。

雲も風も音もない。

あー、そうだ。気圧が無い場所に行きたいならあそこしかないね」


そう言って、天井を指差した。


「宇宙」


「宇宙って気圧がないのか!?」


「ま、そりゃ空気がないからねぇ。

もし爆発とか起きても、現実だと何も聞こえないんよ」


宇宙すげー!蒼真と陽生は口々に興奮を口にした。


「あー、続けていいかい?

気圧があるおかげで風が吹くんだ。

ほら、滑り台でも高いところから低いところへ滑っていくだろう?

気圧も同じだ。

高いところから低いところへ。

こうして風が吹くんだ」


こういう島だと、こいつが役に立つんだ。真琴はそう言って気圧計を労るように撫でた。


「次はこれだ、風向風速計。今日は風がないから止まってるけど……ほれ、ちょっとここ回してみ?」


今度は澪が、言われたように恐る恐るお椀のようなところを押してみる。

数回回転してから、モニターに何かが表示された。


「うわ!なんか出た!」


「どう?面白いでしょ。

こうやって風の強さとか、向きとかを測るんだ。

このお椀のところの回転数を計算して、数字にしてるってことだね」


モニターに表示された数字を見て、陽生はニヤリと笑う。


「てことは、もっと思いっきり回せば……あだっ!」


ゴツっと鈍い音がした。


「あたしの言うことは?」


「聞きます!聞きます!」


真琴の笑顔はとても怖かった。


「まったく……。

これだから澪ちゃんにやらせたんだ。

さっきも見てもらって分かったように、機械だって完璧じゃない。

人や動物がこうして回すことで、何かあったんだ!って間違える。

それを見たあたしらが次は間違える。

むやみやたらに触っちゃダメなのはちゃんと理由があるんだ」


やりたいんなら、船に乗って本土のパンチングマシンにでも行ってきな。


「ニュースとかでよく聞くだろうけど、北風とか、そうした風の向きもコイツが教えてくれる。

ホントできるやつだよ」


コツっと真琴の肘が風向風速計に当たる。


「……気をつけようね!!」


おどける真琴。

画面にはまた、新しい数値が表示された。


「えー、コホン。で、これが雨量計だね」


「……バケツ?」


「うーん、まぁ、間違ってはいないかな。バケツも一応入ってるし」


真琴は空を見る。

そこには雲一つない晴れた空が広がっていた。

次に正面を見る。

晴れた空に負けないくらい輝いた、子供たちの視線がそこにあった。


「これはね!中に転倒ますっていうのがあってね!それが一定量たまると傾いて雨水を落として、それでその回数を……」


子供たちの視線から、見たい、見たいって声が聞こえてくる。


「いやでも、風向風速計以上に精度が命だし……あ、そうだ、あれがあったな」


真琴は思い出したと、観測所に戻る。

陽生達もそれに追従する。


「じゃん!デモ用の模型雨量計!

いやぁ、置いといて良かった良かった。

暇な時、たまにこれで遊べるかなーって買って、放置してたの忘れてた」


「え、遊ぶ用……?」


「あー!違う違う!

雨量計はさっきも言ったように精度が命だからね、絶対、絶対、ぜーったい、変なことはしちゃダメなんだ。

でもキミたちみたいな子供がキタトキノタメ」


言い訳が少し苦しくなった真琴はコホンと一つ咳払いをする。


「さ、ここにペットボトルキャップを使って水を注いでみて?」


蒼真は恐る恐る、一滴、二滴と模型に水を注ぐ。


「わ!傾いた!しかも戻った!」


「そう、こうしてカタンッて傾くってことは、そこにそれだけの水が溜まったってこと。だからこの装置は目盛りとかじゃなくて何回傾いたかって回数を記録してるんだ」


澪は興味深そうに装置を覗き込む。

そして既視感を覚えた。


「あれ?でもうち、これと似たものあるよ?あの竹でできた……」


「あぁ、ししおどしだね。

あっちはわざと水を入れて、音を楽しむためのものなんだ。

直接的な関係は何もないよ。

でも分かっていないだけで、雨量計はししおどしを見て思いついたのかもしれないよ?」


「いーや、きっとこの雨量計の音を聞いて、家でも楽しむためにしたのがししおどしだ!」


どうだろうね、と真琴は微かに笑う。

そしてふと気づいた。


「え?家に、ししおどし?」


澪は何かおかしな事を言ったのかと目をパチクリしている。

真琴も真琴で、目をパチクリさせていた。


「じゃあこれで基本的なものは最後かな。最後はこれ!日照計!

これはお日様が出ているとスイッチが入って、雲に隠れるとオフになるんだ。

こうして太陽が見えていた時間を測るんだよ」


陽生達は決して動かない装置にも興味津々だった。


「今の装置だと効率的に測るためにそうなってるけど、昔のやつはちょっと凄いんだぞー」


言って、レンズの付いたものを取り出す。


「顕微鏡とかみたいに、そこから何かを覗くんですか?」


「おー、着眼点はなかなか素晴らしいよ。

でも残念。

キミたち、虫眼鏡で紙を燃やすことが出来ることは知ってるよね?」


コクコクと頷く。

かつて陽生がそれで危うく大惨事を招くところだった。

さすがに陽生も反省しているようで、少し顔色を悪くした。


「えっと、何があったかは知らないけど。

それと同じように、これで紙を焼いて記録するんだよ」


こんな風に、と日照計を地面に置く。


「あー!燃える!燃えちゃうよ!」


「あはは、だいじょぶだいじょぶ。

この紙は感光紙って言って、焼け跡だけを付けるんだ」


慌てる陽生をよそに、ほれほれと手招きする。


「こんな感じで焼け跡が付く。

えっと、昔の記録があったよなぁ……」


そう言って、観測所の中から1枚の感光紙を持ってくる。

そこには円弧状に焼け跡の付いた感光紙があった。


「これはたまたま一日中日が出てたときのやつだね。

ほら、お日様はぐるっと周りながら沈んでいくでしょ?

だからこんな風に円弧状に焼け跡が付くんだ。

よく考えたよねぇ」


陽生と澪は旧型の方を、蒼真は新型の方を興味深そうに見ていた。

こうして昔の技術に触れる機会を与えてあげることができたことが、真琴には少し誇らしかった。


「ホントは、ガラス玉での刻印なんて、異世界ファンタジーみたいでカッコイーって思って買ったんだけどねー」


絶対に言えないことをポツリとこぼしながら。


「さて、こんなところかな」


一通り説明を終え、時刻は既に夕方になっていた。


「真琴さん!ありがとう!」


口々に感謝の言葉を受け、真琴は照れくさそうに笑う。

あまり人と関わることの無かった真琴も、今の状況はなんかいいな、と思い始めていた。


「これでオレも空気が読めるようになった気がする!」


「いや、それは別」


へ?と腑抜けた声をあげる陽生を真琴は微笑ましく見ていた。


「あ、真琴さん。あれも何か記録していたものなんですか?」


酒瓶の隣にあった紙の束。

真琴の顔から血の気が引いていく。


「ヤバい、報告書、何も、やってない……!」


ダダダっと階段を駆け上がり、ガシャンと椅子に座る。


「悪いねキミたち!

今日はもう帰ってくれ!」


陽生達はさすがに空気を察したのか、観測所を後にした。


「いやー凄かったな。

なんというか、こう、プロのものって感じがする!」


「まぁ、仕事にしてるんだから、実際プロなのよね」


「そうだね、僕らも今日は特別に触らせてもらったけど、ちゃんと注意しなきゃね」


口々に、今日の感想を口にした。


「いやぁ、でも、雨量計の音は興味あるなぁ」


「そうね、次の雨の日にでも聞いてみましょ」


「うおー!雨!雨よ降れー!」


陽生にとって、はじめての雨乞いだった。

一方、観測所からは、悲痛な叫びが聞こえてきた。


「終わらねーーーーー!!」

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