7 二枚目の謎のメモ
7 二枚目の謎のメモ
響香がスマホを握りしめていたときの様子がふと思い浮かび、台所に立つたびに、伸子は思わず微笑んでしまう日が、数日続いた。」
彼女はキッチンに置いたスマートスピーカーからながれた、響香の声を思い出す。
「名古屋旅行の話だって詳しく聞いてないのに、次の旅行に行っちゃうんだもの。」
響香の言葉が何度も頭の中でリフレインする。
あの初めての一人旅、名古屋旅行からすると、約二年。
北海道で生まれ育ち、結婚した伸子にとって、今まで見たことのない風景ばかりだった。
こんな私がいたのかしら。初めての一人旅、名古屋旅行を思い出す。
秋の空の下を家の玄関に向かうすがら、伸子は、かわらぬものをさがしていた。
北広島の駅は、人の流れもすっかり変わっていた。まるで、自分だけがまだ異邦人のようだった。
夫が造作してくれた四段の階段をのぼり、引き戸の玄関を開けた――それが、この二年という旅の、静かなクライマックスだった。
窓を開けると、心配していたバラのアンジェラが咲いていた。台所の食器はきれいにあらわれ、2年前とほぼ同じ場所におかれている。
新しく買われた計量カップさえも、伸子の心を温かくした。
台所にきっと、孫の凛の書いただろう、「さしすせそ」の張り紙をみたときは、この台所を何度も抱きしめたくなった。
ある日、伸子が台所で夕飯の支度をしていると、作業服のポケットでスマホが震えた。取り出してみると、LINEの通知が表示されている。送り主は響香だった。「子供の絵?」
よく見ると、たどたどしいひらがなで「きょうかへ㊙kyoka」と読める。さらにボールペンで書かれた文字――「アラビア語かしら?」筆記体のような英語のサイン。そして最後には、はっきりと「1978 11 07」と記されていた。
「何かしら、これ?」
眉をひそめながら、伸子はスマホの画面をじっと見つめた。見覚えのない文字列に戸惑う。
(確か、アラビア語は右から左に読むんだったわよね。)
そんな知識はあっても、内容まではさっぱりわからない。返信もせずにスマホを置き、包丁を手に取って調理に戻った。
しばらくしてスマホが再び震えた。響香からの電話だった。
「もしもし。さっきの写真、何だったの?」
伸子が応答すると、響香の明るい声が響いた。
「伸子さん、変な写真送っちゃって本当にごめんなさい!実家とやりとりしていたの。」
「写真?」
「ああ、それ。それがね、実家から届いたやつをうっかり転送しちゃったの。本当にごめんね!」
響香の慌てた声に、伸子は「ああ、そういうことだったのね」と納得し、思わず微笑んだ。
「忙しい時間にごめんね。」
「全然大丈夫だよ。」と伸子。
「そろそろ次の幹事会の日程を決めなきゃね。いつがいい?」
「そうだね、早く集まりたい。」
「私も早く会いたいな!」
響香は明るくそう言うと、「またLINEするね」と伝えて電話を切った。
伸子はスマホをテーブルに置き、再び夕飯の支度に取り掛かった。ふと、響香の慌てた声と笑顔が浮かび、思わずクスッと笑った。