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4 世界で一番すてきなところ

4 世界で一番、素敵なところ




北海道ボールパークFビレッジ (エスコンフイルド)。


この球場は、2年前、この町の長年の悲願として誕生した。


始めは、札幌にと計画されたが、地元住民の反対にあい頓挫。


ならば、札幌市のとなりの北広島市は、どうか――。それは、最初はほんの数人の思いつきのような夢だったと聞く。けれども、やがて住民の熱意ある誘致運動へと育ち、実現に至った。


地元紙『北海道新聞』、いわゆる「道新」は、球場構想を、計画段階から見守り、数年にわたり報じ続けてきた。


当初“奇想天外”と冷笑もされた、球団の夢。その夢が“受精”し、着床した過程も、リアルに道民に伝えられた。


そして、世界に誇る球場ができて、二度目の秋が訪れた。


「世界に誇る」というのは、決して大げさではない。


球場内には、試合や練習を眺めながら入れる温泉がある。


グラウンドを一望できるホテルの部屋やコテージも備えられている。


スタンドには、この球場をホームとするチームの名選手たちの大きな肖像画。


なかでもひときわ目を引くのが、大谷翔平選手とダルビッシュ有選手の姿。


彼らのまなざしが、観客席を静かに、そして力強く見つめている。


野球に詳しくない人でも、日本人なら誰もが知っている二人。


彼らを導いた10人の選手とともに、その肖像は球場の内壁に、ふさわしいかたちで描かれている。




この球場に立てば、世界中の人々が彼らの瞳を見つめたあの日、

自宅のテレビで見たあの瞬間を思い出すかもしれない。


球場の起工式は2020年4月13日。約3年にわたる工事の末、プレオープンは2023年3月14日だった。


そのわずか1週間後、2023年3月21日、日本がWBCワールド・ベースボール・クラシックの決勝でアメリカを3対2で下し、世界一の栄冠を手にした。


大人になった日本の野球少年たちが、憧れだったアメリカ選手たちを打ち破った。ドラマチックな試合展開。それは、日本野球に関わるすべての人にとって、悲願の瞬間だった。


きっと、その日世界にはじめて「日本という野球好きの国がある」と知った子どもたちも世界のどこかにいたに違いない。


日本という国名を知り、初めて日本の漫画を手に取った子がいるかもしれない。

にほん、ジャパン、にっぽんが、どれも、大陸の横の小さなひとつの島国だときいて地図を見て驚いた子も世界にはいるかもしれない。

「オリンピック?そういえば、いつの間に終わってたな」とそんなふうに思いながら、何気なくボールを転がしていた子が、その日“スポーツ”としてのボールに、夢を知ったかもしれない。




――2023年3月21日。


8回のマウンドにはダルビッシュ有。


そして最終回、一点差を守る役目を任されたのは大谷翔平だった。


2アウト、走者なし、フルカウント。


そこから放たれた鋭いスライダー。


それは、アジアの鎌となって、トラウトのバットを振り抜かせた。


バットは、大陸の稲穂のごとく、空のみをきった。


あの瞬間が、見るものすべてを 一つにした。。


この球場は、彼らの世界的な活躍を予言していたのだろうか。


――いや、むしろ導いていたのかもしれない。




伸子は、エスコンフィールド、プレオープンの四日後に控えたある日、あわただしく長旅にでかけた。


球場はもう、すっかり町に馴染んでいたが、伸子だけは、建設中にそびえていた大型クレーンの姿が、ないのが気になっていた。


「クレーン車は、今、どこでどうしているのだろう」――そんなことを思いながら、25年通い続けている職場へと再び向かう。


ああ、そういえば、あのクレーンは旅立つ前にはすでに撤去されていた。


それでも今、ふと、それを思い出したのは、秋の空の色のせいだとわかり、カーステレオの音量を上げた。


帰宅途中、エスコンの横を通り抜ける。


新しくできた信号で停まるのは、これで二度目。


前を行く自転車の二人連れ。


そのうちの一人は、前かごにダウンジャケットを入れていた――まだ、暑かったのだろう。


サザンオールスターズの桑田さんの歌が、風に戸惑う弱気な僕と♬とうりすぎる~♬


大音響で北広島の町を静かに駆け抜けていく。




すきなのに泣いていたのは何故?思い出はいつの日も。。。雨♬


曲のおわるのを待って、エンジンをきって足早にスーパーに向かう。


それは、2024年9月30日のことだった。



スーパーに入った瞬間、一人の買い物客が近づいてくる。


「ひさしぶり!」――女性の声に、思わず止まる。


「あら、元気だった? 刺田さん」


名前がすぐに出てきて、心の中で少しほっとして、すぐに、また戸惑う。


刺田さんは、かつてのママ友。


お互いの家を何度も行き来した間柄ではあるけれど、


伸子にとっては、どこか苦手な相手でもあった。


数十年変わらぬ口調で、腰の痛みを語り出し、家族のことを一方的に質問してくる。


そして「暇?」と、唐突な問いをするに違いなかった。。


伸子があわてて返答を考えていると、刺田さんは話し出した。


「昨日の試合、残念だったわね。でも、初登板で初勝利の彼、めちゃくちゃかわいかった。沖縄のお父さんとお母さん、私見ちゃったのよ。あのボール、沖縄に行くんなら、いい最終戦よね」


どうやら、球場の売り場で見かけた感動秘話をしたかったらしい。


伸子は、ほぼ2年この町を離れていたことを、刺田さんが知らないと気づいた。


そのやりとりの中で、伸子は、刺田さんが専業主婦を卒業し、エスコンでパートを始めていることを知った。


スーパーを出ると、こないだの赤い自転車が店先に停められていた。


そこには、「ポールパークFビレッジ えふたん 」と書かれた、ボールで遊ぶあどけない熊のシールが、貼られていた。




※ 北海道ボールパークFビレッジ (エスコンフイールド)略してエスコン 所在地 北海道北広島市


 開場 2023年3月14日 開閉式屋根付き野球場 プロ野球 北海道日本ハムファイターズが、2023年以降札幌ドームから専用球場を移して使用している。




※ (クマの子)えふたん ボールパークFビレッジ 公式キャラクター

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