26 3000円の宝くじと、私の報告書
伸子は、孫の凛と未希、加奈、夫の壮太と共に、本当に楽しい正月を過ごした。
車で10分ほどの距離にあるエスコンフィールドへ行き、正月のさまざまなイベントに参加できた。
実際、伸子のインスタには、まるで自分たちの町が北海道の主役になったかのような素敵な投稿が並んでいた。
けれど、小学校に通い始めた凛との無制限のおしゃべりに、他人が作った演出は必要なかった。
テレビでエスコンが映ると、凛がアナウンスを補足する。
「ここでは、凛もテントを張ったし、バーベキューも肝試しもしたよ。それに、新庄監督にも会ったんだよ!」
「選手じゃなくて、監督だよ。」
「うん、でも、凛の頭をなでてくれたんだよ。ばあば、本当にね。ばあばも一緒に行ったら、きっと握手してくれるよ。」
一分一秒が輝いて感じられた。
庭では、30年ぶりに雪だるまを作った。
夫の日本ハムの帽子をかぶせ、みんなで変顔をして写真も撮った。寒いとは誰も言わず、たくさん笑った。
去年の正月、たった一度だけ予定外にここで過ごせなかったことで、こんなふうにこの時間を愛おしく思えることに、伸子は自分でも驚いていた。
「孫が五人も六人もいると、正月と盆は旅館を経営しているみたいよ。」
そんなふうに、ガーデニング仲間の聡子さんがピンク色の溜息をついていたことを思い出す。
伸子には、その溜息が、この少子化の時代において、一億円の宝くじが当たるくらい夢のように感じられた。
「3000円の宝くじが、これが私の正月だとしたら、私は誰にも譲りはしない。」
そんなことを一人で思いながら、スマホで撮ったばかりの写真を見つめた。
それは、つい2時間前のことだった。
「また来週、来られたら来るね。」
未希と凛、琴音が帰っていった。
夫はテレビの音を大きくしたが、家は伸子の食器を洗う音だけが響くくらい静かだった。
伸子は、今日は歌わずに食器を洗い、その後、ダイニングテーブルにパソコンを広げた。
そんな2025年1月4日だった。
正月明けには、1年半の報告書を提出しなければならない。
まだ部屋のあちこちに、凛が作った工作が残っている。
凛たちが来るまでに終わらせたいと思っていた報告書は、まだ手をつけていないままだった。
報告書の仕様もなければ、枚数の決まりもない。
それが余計に伸子を憂鬱にさせ、灰色の溜息をつかせた。
2時間前まで賑やかだった夫も、無言でテレビを消して2階へ上がっていった。
伸子は「またやってしまった」と呟き、聞こえたかどうかもわからない溜息をついた。
そして、そんな自分を責めた。
まずは、凛と過ごしたさっきの動画を見返した。
スマホから、凛や夫の明るい声や笑い声が響く。
伸子は、部屋に向かって大きな声で言った。
「がんばろう。」
ちょうど2階に上がったばかりの夫が降りてきて、コーヒーを2杯淹れた。
夫が入れたコーヒーを手にしながら、伸子は飲まずに香りだけを楽しみ、パソコンを打ち始めた。
『報告書』
きっかけは、おととしの秋、名古屋の水道局の資料館に行ったことだった。
そこで、ある外国のダビデさんという方に偶然お会いし、共同で国際貢献の道を模索しないかという話をいただいた。
もちろんその話は断ったが、その後課長に相談したところ、ダビデさんの申し出が具体化すれば実現可能かもしれないということで、
「つなげよう。水道の輪(虹の輪)」というプロジェクトが発足準備に入った。
関係者の皆さまには、心から感謝を伝えたいと思っている。




