24 そんなクリスマスソングが流れたら
クリスマスイブの日
響香は迷っていた。伸子さんに電話をかけようかどうか。伸子さんからもらったお土産の箱を開けようか、迷っていた。
―お土産の箱
「2024年10月5日。伸子さんと再会。後で開けてねと、お土産もらった。若き日の父にもあった気がした。」
―そして ほろ酔いみかんサワー。あの日のスマホ会話
「私はグレープサワー、アルコール0パーセント。」
「あ、明日、伸子さん、仕事だよね。ごめんね、お酒じゃなかったんだ。」
「ごめんね、また話しすぎちゃった。また飲みましょうね。」
「実は、この前もらったお土産、クリスマスの日に開けようと思ってるの。」
「そう。」
子どもの頃、妙蓮寺コーポラスの信号機の前で、あれこれと迷った日のことを思い出す。
あの通りが、江戸時代から続く綱島街道だと知ったのは、つい最近のことだった。
放課後、小学校のグラウンドに行こうか、三畳ほどの小さな公園に行こうか、おばちゃんの家に行こうか、それとも駅に行こうか――
頭の中でぐるぐると考えては、結局、いつも駅に向かっていた。
決まっているはずなのに、いちいち悩んでしまう。
グラウンドには、いじめっ子がいるかもしれない。
公園では、知らない子と話さなくちゃいけないかもしれない。
おばちゃんには、「どうして来たの?」と聞かれるかもしれない。
そんなふうにひとつずつ理由をつけては選択肢を消していって、最後に残るのは、駅だった。
信号をわたるときには、もう迷いはなかった。
そして、転がるように駅にたどり着くのだった。
その時と同じように、伸子さんのお土産の箱を見つめていた。
電話をして、その時の率直な感想を言えばいいだけなのに、クリスマスに電話するのが気が引ける。もししゃべったら、延々とまた話が続くに違いない。
でも、凛ちゃんが来ていたらどうだろう? 短くきられても、それはそれで寂しい。結局、やっぱり電話はしないことに決めた。
その時、函館に住んでいた頃の懐かしい友達からLINEが来ていた。
「小田和正さんの『クリスマスの約束』、今年が最後だって。寂しいな。」
そのメッセージを見て、今年こそリアルで観ようと決めた。
見終わったら、一人で、伸子さんに感謝のLINEを送ろう。そう、心に決めた。
暗い部屋で、放送の時間を待ちながら、心の中でそっと歌ってみた。
「さよなら、さよなら、さよなら、もうすぐ、そこは白い春。♬」
本当は、声に出して歌おうと思ったのに、
「さよなら」は別れの言葉じゃなくて、また会うための遠い約束♬
未練を残しても、心寒くなるだけ。♬
このままずっと抱きしめていたいけど、
ただこのまま、冷たい頬を温めていたいけど、
都会は秒刻みで忙しくて――
恋も、コンクリートも。
「君が巡り会う愛に疲れたら、きっと戻っておいで……」
メモ、スーツケース、想い出の欠片。
小田和正さんの歌を思い出していると、なぜか頭に「セーラー服と機関銃」のメロディーが浮かんできて、
伸子さんからもらったお土産の箱を、ぎゅっと握りしめていた。
「なんで、セーラー服?」
そう思った瞬間、急に泣きたくなった。
小田さんのメロディーが、やけに感傷的にさせるのかもしれない。
なのに、どうしてだろう。
響香の頭の中には、ういういしさの代名詞みたいな薬師丸ひろ子が、機関銃を抱えて、すっと立っている。
「こんなに涙もろくなってるのに、どうして今、薬師丸ひろ子?」
響香の心のグラスに、20代の薬師丸ひろ子がふっと映り込んで、機関銃を持ったまま、音もなく消えていく――。そして、スーツケースのことを思い出す。
父が中東に持って行ったあのスーツケースの中身、あんなに大きく、ぎゅうーぎゅうにはいいていたのに、行きは、何が入っていたかはひとつふたつしか思い出せなかった。
数枚の着替え、ステテコと肌着。母に名前を白書きされた傘、おみやげのボールペン。あとは、、、、?帰りは、家族の上着に知覧のおばーちゃんのおみやげ、数々の人形。あれににあうだけの、行きの中身は、いったいなんだったんだろう。
あの、アラビア語のメモを見た日のこともいっさい覚えていない。
伸子さんは、親子の美しい思い出の1ページとして、もちかえってくれたのに。
小さいメモ、スーツケースの中身、目の前の伸子さんのお土産の箱。
小田さんのメロディーが空白のヤードにふうとはいっていきながら、響香の夜がふけっていった。
函館時代の友達にだけ返信した。
響香と彼女は、よく絵本の話をした。
「岩見沢は、まっしろ。
みんな雪かきに追われて、大変。
大掃除も年賀状書きも、ちっとも進まない。
なのに、こうして、ついスマホ見ちゃうんだよね。
今日は、道新の《卓上四季》で絵本の話が載ってたの。
それで、Mさんのこと、思い出したよ。
鈴木まもるさんの絵本『戦争をやめた人たち』、
あれ、実話なんだって。
今日はそんなクリスマスソングが流れたらいいのにね。」




