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【旧稿】台所シリーズ 第1部 台所で世界をかえる (ただいま編)  作者: 朧月


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23 エスコンフィールドの庭で

凛の誕生日の朝、響香は庭で摘んだばかりのポンポネッラバラの花束を、そっと伸子に手渡した。


「はい、伸子さんに。」


その瞳には、懐かしさと、どこか確信めいた光が宿っていた。


「本当に娘さん、そっくりね。伸子さんかと思ったわ。今日は、凛ちゃんの誕生日だから、なんだかここにくれば、会えるような気がしていたのよ。」


まさかこんなにも思いどおりになるなんて。──書いた願いは、やっぱり叶う。


二人は並んでエスコンフィールドの庭を歩く。


「選び抜かれた宿根草の庭ね。これから、雪も降って、春が来て、そしてまた輝く。」

この日、秋雨前線の影響でぱらぱらとときどき雨が降り木々を濡らした。それが、かえって、最後の秋の色を色どった。


「北海道にきたころ、花壇は、みな一年草だと思っていた。それも秋までの命。やっぱり宿根草中心のガーデンはいいわ。」

アルケミラスやヒューケラの葉、グラスを見ながら、二人で 目をやった。

冬になっても、地上部が枯れてても地上の根や茎が生きていている宿根草。まさに、花や葉だけでなく、雪やいてつく氷の下でもその生命のみなもとを絶やすことがないと教えてくれる。


「今年の雪は、早そうよ。」


「もうすぐ。こわいこわい冬将軍がやってくる。シベリアにも負けない、厳しい冬が。」


「あと1か月もすれば、真っ白になるわ。」


「根雪になるのはいつになるかしら?」


「そうね」


「モッコウバラはやっぱり植えないことにしたのね。」伸子は、一度だけでだ、ここのボランティアの植栽の話をおもいだして、いった。

「モッコウバラ、試したい気持ちよくわかるな。」

「たくさんのがっかりも、この庭には詰まっている。」

「そうね」

少しの沈黙の後、伸子は

「やっぱり、最初からこの庭のボランティアをやりたかったな。」という。

「いいじゃない。今からでも、十分できるんだから。それに、なかなかできないわよ。そんな海外視察団

また、少し時間がながれた。風はつめたかった。

「あのね。私ね、グリーンインフラをもっとつなげたいの。ここから。もう世界では、あちこちにつながっているのよ。」

「水道の次はグリーンインフラ? なんだかすごいね。」

「これからよ。万里の長城 を築いた大陸は、すごいわよ。”グリーン・ベルト&ロード構想”っていうのよ。日本は、遅れていると、素直にみとめなければならないわ。」と伸子はいった。

急に話でた、そのグリーンベルト構想とかに、とまどいをおぼえつつ、次のことを考えている伸子はやっぱりすごいなと響香は、おもった。、

「そうなんだ。」


「結局、みれなかったけどね。万里の長城も。そこまでは、いききれなかった。」


「まずは、旅のレポートを書かなくちゃ。きたひろの図書館ホールで、子供たちへの講演もあるの。」


「聞かせてね。あら、凛ちゃんが待ってるわ。また来るわね。」まれで、秋の風と同じように、最後の会話はひゅう、ひゅう、ひゅうと、かわして別れた。


足元のヒューケラの葉はさっきのまま輝いていた。


ふと、凛の隣に見知らぬ男の子がいることに気づいた。


「偶然会ったんだって。」

未希が微笑んだ。

「一緒に、彼も誕生日会に参加してもいい?」


秘密基地の高学年の男の子。


どうやら、凛とは例のもめごとの“当事者同士”のようだった。


駐車場では、秘密基地の彼とその母親、そして未希が送迎の約束を交わしていた。


響香の着ていたエンジ色のコートが、エスコンフィールドの建物の中へと小さく吸い込まれていくのが見えた。

伸子は、助手席に未希、後部座席に無言の小学生を乗せて、5分ほど車を走らせた。

いつもの、夫と二人で暮らす自宅に着いた。

リビングの扉を開けると、カルダモンのスパイスの香りがふわりと漂い、凛は炊飯器の前に吸い寄せられるように駆け寄った。


炊飯器の小さな赤いぽっちが保温の文字の下についている。

少年は、気まずそうに立っている。凛が夕べ、もってきた2つの引き裂かれた布もポンと本棚のよこのカラーボックスにおいてある。少年はそれに気が付いているけど、きがつかないふりをしている。

「すきなところに、すわっていいよ。いまからお昼だから。」

「キリンの鍋つかみ、りんがやる。」

「きょうは、ダメ。主役は、テーブルで、まっていててね。まだ、みちゃだめよ。」

約束どおり、夫も、仕事を抜けて帰ってきてくれた。

凛の誕生日会が始まった。


並んですわる、凛とはじめてくる少年の間には、まだまだぎこちない空気が流れていた。


「お母さん、余計なこと言わないでね。」未希は小声でささやくと、


「わかっているわ。」と伸子は冷蔵庫にむかった。。

ミッキーのマカロニのサラダをだして、テーブルの真ん中に大きな皿一枚おいた。

「さー、うまくできてるかしらね」とその皿の上に炊飯器のかまをひっくりかえし、黄金の釜だけもちあげた。


張り詰めた空気の中、カルダモンの香りがふわりと立ちこめた。響香の謎レシピ。まぐるーば。

「わあ!」

子どもたちだけでもなく、いつも ノーリアクションの夫まで「おおつう これはすごい」と感嘆の表情。

アラビアのケーキのような美しい料理が湯気とともに、姿を現した。

オレンジの人参も、花形のクッキー型でくりぬいた。紫の人参は星形で。

「大成功」

「おじいちゃん はしよって。」

未希はその一部始終をスマホでの動画撮影。

「おねえちゃんもこれればよかったのにね。」


そして、子供たちふたりの不穏な空気は消え、代わりに夢中で頬張る姿があった。

そして、すっかりおなかがいっぱいになったら、

新しい秘密基地のことを、ふたりは考え始める。少年が切り裂いた布だった。だが、この幼い創始者ふたりは、それを手にして、どちらからともなく 


「はりと糸を」と言ってきた。


「あおがいいかな?」

「ぼく赤にする」

「穴にとうすのむずかしいな。」


「とおった。」


「いたい」


「大丈夫?」


「できた」


やがて、笑い声が弾け、**「きゃはは」**と楽しげな声がいつまでも続いた。


秘密基地の生みの親のちいさな天使たち、このふたりはひきさいてしまった布のふちを縫うために、はじめて針と糸を見よう見まねでつかい、リビングの奥の和室で、奮闘している。

「春江ちゃん つばつけて、やてたよ。」

「こうやって、」


台所のテーブルで、天使たちの生みの親とその親、つまり未希と伸子はその天使たちの会話に耳をすませ、むかいあい、やさしい笑みをうかべていた。

一方の天使が、和室で「いたい」といったとき、その指に、小さな赤い点ができただろうと、

本当は「大丈夫?」といって、近くにいき、その指のかわいさをみたい衝動にかられた。

だけれども、あえてしなかった。

「ママ、ママ。とばかり、いっていたのに。」

この喜びとさみしさを知る天使の母の姿もまた伸子は愛しかった。



伸子はふり向いてわざと、雑に「手伝おうか」と声をかけると、やっぱり、「大人には手伝わせない」と答えがかえってきて、二人で悪戦苦闘しながら針に糸を通し、どうにかこうにか、縁取りしていった。玉結びをするのをわすれて、2度することになったので、結構時間がかかった。2度目は、刺繍糸のほうがみばえするといって、かれらの縫い目のひとつひとつまで アラビアのその布にふさわしいものになった。



初めて会った少年に、凛が作った秘密基地の壁の美しさを尋ねる。


それは、海外のお菓子の箱やキャンディーの包みで飾られ、見事な壁だった。いつしか誰かがインスタに載せ、話題にもなったほどだ。という。


その壁は今も見ることができる。しかし、少年が言うには、誰もがたくさんの人が覗こうとすると、なんだかいつも、やっかいなことが起こるらしい。


彼は思考錯誤の末、「ノックしてはいけないドア」というものを作った。


「どうして、ノックしてしまったんだろう?」


少年がつぶやいた。


その言葉を聞いた瞬間、凛は何かに気づいたようで、彼にそっと「ごめんね。」とつぶやいた。


伸子は、幸せな時間を噛みしめながらも、思った以上にあっさりとそのひとときが終わったことに、少しだけ寂しさを感じていた。


スマートフォンの画面には、湯気の立つ、まぐるーばを見て歓声を上げる凛とその少年ふたりの姿が映っている。


伸子は、それを何度も繰り返し再生した。


響香から、もらった薔薇を自分のバラとともに花瓶にいれて、テーブルにおいた。


夫が部屋に入ると、その風でバラの香りがわずかに揺れ、ふわっと広がった。スパイスの香りに、バラの香りが重なり、部屋全体がまるで寺院にいるような気分にさせた。バラの名前は、アンジェラとポンポネッラ。


「ポンポネッラは、ドライにすると素敵よ。」響香の声が耳に残る。


明日、この寺院のような香りの部屋で、バラを干してみようと考えながら、スマホの写真フォルダーをスクロールした。長旅の写真は、数枚しかない。旅の途中で、凛へのお土産になりそうなものを何度も手に取った。その一つひとつを、今も思い出している。


「公費」で足をはこんでいるということが、その品々に、クレヨンしんちゃんのおならのような匂いを漂わせ、棚に戻した数々のお土産が、どれも記憶の中に残る。「実家に地元のお菓子を送るぐらいは、よしとしようぜ。」そういって、受け取る相手もいないじぇりーと一緒にかったお菓子。

じぇりーは今、あの届いていたお菓子をもどって、たべているのだろうか?じぇりーが、お菓子の箱の秘密基地で、ひとりでお菓子を食べている姿を想像して、急にじぇりーにあいたくなった。泣いて、わらって、けんかして、「グッバイ」(good-bye)さえ結局うまく言えなかった旅の仲間に「ありがとう」と心から言った。


Thank you from the bottom of my heart.


その時、伸子のスマホが震えた。


非公開。凛が作った壁。少年の母が、未希のスマホを介して送信してくれた。

じぇりーのルールあってこその壁。いつか彼らに再会したときには、この壁の写真と動画を見せてあげようと思った。

いろいろな国の文字と、色彩の箱の数々でつくられたその壁は、

どこかの観光客の頭のあいだから見えた有名な壁画よりも、はるかに美しかった。


一枚の写真をスクロールしてみると――

見慣れない「¡」――逆感嘆符が、心にとびかかってくる。

レシピに書かれていた、くるくるとしたアラビア文字は、まるで動き出しそうで、

見慣れていたはずの漢字さえも、いつのまにかちがう生命を帯びていた。

子どもたちは今、新しい世界の森の中にいるみたいだった。


凛に素敵な誕生会を考えたのに、なんだか私が、たくさんのプレゼントを受け取ってしまったな――

そう思いながら、花瓶のバラを見つめていると、また伸子のスマホが鳴った。

画面には、響香からのスタンプが届いていた。


「おばあちゃんになって7歳だものね。7さいのおばあちゃん、お誕生日おめでとう。」


窓の向こうを見ると、アンジェラのバラが数輪、うす暗くなった中でまだ揺れていた。

少しでも見えているうちは、カーテンを閉めたくなくて、電気もつけずに過ごした。


「まだ、冬囲いには早いわよね」「寒さも必要」

旅先でのバラ子の言葉が、頭の中でリフレインするように響く。


そういえば――

インド綿で、凛に児童館の秘密基地に使えるようにと、のれんを作っていたのに。

渡すのを忘れていたことを、伸子は思い出した。


「まあ、いいか」


その夜、伸子はそっとストーブのスイッチを入れた。

今シーズン初めての、凛の小さなおどろき。


「ストーブさん、生きてるみたい。」


オレンジの光がぽうっと灯り、部屋がゆっくりとあたたまっていく。

「これ以上の誕生会は、ないわ」

アンジェラを見つめながら、カーテンを閉めた。



       おしまい

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