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【旧稿】台所シリーズ 第1部 台所で世界をかえる (ただいま編)  作者: 朧月


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19「羊の飲むほろ酔いサワー」

響香の「ほろ酔いみかんサワー」は、ほとんど手つかずのままだった。

まるで一人芝居で、酔っているふりをしているようだった。


帰ってきたばかりの伸子とは、せっかく会えたのに、旅の話を何ひとつしていない。一人旅で訪れた名古屋のことさえ、聞いていない。


思い出したのは、あの時送られてきた写メの数々。

美しい天井画、緑にライトアップされた名古屋のタワー、四間道の柱に映る伸子さんの影、そして虹の輪——。


研修旅行だとは聞いていたけれど、素敵な仲間に出会えたようなのに、私はなにも聞いていなかった。


ふと思い出したのは、実家の缶の箱のこと。

父が、時には母が、外国で撮った写真やエアメールを入れていた、あの缶の箱だ。

ゆっくり開けて見たことなんて、一度もなかった。


もしかして、父はこの冬を越えられないかもしれない——

そんな許せない「もしも」があるなら、みんなで見られるうちに、あの箱を開けてみよう。そう思って、私は母に提案した。


「鳩サブレーの缶、あれ、写真見てみようよ」


神奈川県鎌倉市の老舗菓子・鳩サブレーの黄色い缶は結構大きくて、大事な写真や手紙を、あの味の思い出とともに封じ込めていた。


懐かしい写真を見れば、リビングの介護ベッドにいる父も、何か話してくれるかもしれない。

とにかく、嚥下能力を高めるには、口を動かすことが大事なのだ。


でも、理由を言わずに提案したら、母は首を振った。

「思い出は、ふりかえりたくない」と。


日々、看病している母の言葉に、それ以上は言えなかった。

あの缶も、今も実家の本棚の上で、ほこりをかぶっているのだろう。


若き日の父 母 弟 幼い頃の私——そして北海道に旅立った私

それぞれの姿がからまって、、なにか「ほどけない結び目」となって、今も心に残っているものがある。


もしかしたら、もう無理にほどく必要はないのかもしれない。

それでも、なぜか私は、それをほどきたくなるのだ。


「そんなことを言ったら、馬と鳥はきっと反論するんだ。

“いつも羊のことばかりじゃないか”って」


まるで自分に言い聞かせるように、響香は、伸子とした会話を反芻する。


「羊は、車に乗るのが怖かった。いや、嫌だった。

何度、あの車酔いを繰り返せばいいのか。遠足では、なぜか羊の自分だけが酔う。

最後に見たのが西郷さんの銅像かどうかなんて、どうでもよくて、“また吐くんじゃないか” そればかり考えていた。

遠足も運動会も、なくなればいいのに。どんなに一生懸命走っても、馬にはとうてい勝てないんだから」


「いのししは仕事で見られなくて、ちょうどよかった。

馬はいつも、鳥のことで精一杯。

その鳥がまた、親戚中で大人気の、かわいがられっ子だった」


響香は、ほどく必要のない結び目を、なぜほどきたくなるのか、自分でもわからなくなって、

一気にみかんサワーを飲み干した。


「また、電話しちゃった」

「今日はキリン 氷結 シチリア産レモン、買っておいたわ」


「父はね、中東でアルミサッシを売っていたの。昭和48年から54年頃のこと。

その頃、私はまだ幼くて、遠い国で働く父の姿なんて、どこか他人事みたいだった。


「台所に並んでいたアルミ鍋、あれも父の会社の製品だった。軽くて丈夫で、母は狭い台所で、『鍋だけは、うるほどあるのよ』って笑ってたけど、今は電化のコンロだから、きっとどこかにすてたのね。」


「父は、朝のテレビの新聞社上がりの報道マンみたに、政治のことをきくと、饒舌にしゃべることがあった。それも、私が大学生ぐらいの話で、子供の頃は、お互い、ほんとうに無口であまりしゃべらなかった。中東にもってくお土産見てたら、「日本製のボールペン、その質の良さに感激して、みんなすごく喜んでくれたって。」母にするはなしをきいてた。

その話をするときの父、いつも得意げな顔をしていたな。」


「父は言ってたの。“向こうの人々は、神様が食べ物を持ってきてくれると思ってる”って。

企業戦士だらけの日本をむしろ、胸張っていた。ぎぶみーチョコレートのチョコれーとも、素直にもらってよかった。そして、ただ、まってるだけじゃなくて、かけてかけまくっていた。



響香は、ふっと微笑んで言った。


「無口だった父が、なんかのキーワードたとえば、「中東」とかで、饒舌になってね。

なにかは、家族に伝えたかったんだと思うの。

長い沈黙が流れた。


「どれも話したことなのに、不思議ね。父との記憶って、案外、誰にも話してないものなのね」


「そんなものよ」

伸子は、やわらかくつぶやいた。


「でもね、一つも思い出せないの。正面から見た父の顔……。

いつも前を向いて話す父を、私は横から見ていた。だから、あのレシピの文字も私じゃない」


「それに、日付が変なの。1972年11月7日。携帯電話なんて、なかった頃よ。パンダ来日くらいの時代」


「調べたら、その日は日中和平交渉が成立した日だったわ。……まあ、11月7日は哲郎の誕生日だけどね」


「私が、警察に初めて捕まった日。栗山の手前で、スピード違反」


「もう、びっくりした……」


「そうよ、ケーキを買いに行ったのよ。わざわざ遠くまで。それで、捕まっちゃった。忘れられない、あの日」


「なんだか、バックチやー、ふゆうちゃー、みたいな話ね」思いついたように伸子は続ける。


「結婚式の余興だったんじゃない? きっと、いまでも話つくったら、面白いわよ」


「違う違う。結婚式の余興は『蝦夷トリカブト殺人事件』だったの。平成3年、夏」


「そっちも、聞きたい」


「ビデオに残ってるけど、日本刺繍のパッケージ入りよ。いや、絶対見せられない。恥ずかしいもの」


「そういえば、弟さん、あのアラビア文字のレシピメモ、昔の携帯に入ってたんでしょ?」


「姉貴、覚えてないなら、時効にしてやるよ。どうせ親父と、誰かの携帯使って、何か企んでたんだろ?」


「余計に、もやもやするでしょ? 私は、覚えてないんだもの」


「あのメモの写真も、“2001年9月19日”なんだって」


「時系列、めちゃくちゃね」


朝めがさめたら、あの会話が全部妄想に思えて、スマホで通信記録を確認してみた。ほっとした。

最後には、ラインにきりかわったみたいで、「また、夜会やろうね。」そして、しまえながちゃんのスタンプ。

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