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【旧稿】台所シリーズ 第1部 台所で世界をかえる (ただいま編)  作者: 朧月


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10/40

10 きょうかへ ㊙ 1972 11/7

十 きょうかへ ㊙ 1972 11 7:


あっつ。」

文字が左から右にながれていく。

伸子のスマホの中で、小さな渦がぐるぐると回る。まるでタイムトンネルの入り口みたいだった。文字が流れるさまは、何かの生き物が、四角い画面にいるようだった。

300 جرام من لحم الدجاج

1 حبة باذنجان

「じゃがいも?」思わず大きな声を出して、口をふさぎ、周りを見渡す。

1/4 زهرة (قرنبيط)

1 حبة بطاطا

1.5 كوب من الأرز (يفضل أرز بسمتي)

1 حبة بصل مفرومة

1 حبة طماطم مقطعة شرائح

3 أكواب من مرق الدجاج

ملعقة صغيرة من الكمون

نصف ملعقة صغيرة من القرفة المطحونة

نصف ملعقة صغيرة من الكركم

ملح حسب الرغبة

زيت زيتون أو زيت نباتي

مكسرات محمصة (للتزيين)

بقدونس مفروم (للتزيين)

ジャガイモ 1個

米 1.5カップ(バスマティ米が推奨)

玉ねぎ(みじん切り)1個

トマト(スライス)1個

チキンブロス(鶏だし)3カップ

クミン 小さじ1

シナモンパウダー 小さじ1/2

ターメリック 小さじ1/2

塩 適量

オリーブオイルまたは植物油

ローストナッツ(飾り用)

パセリ(みじん切り、飾り用)

「へぇ、あら、これレシピじゃない。ほんとだ、謎のレシピ。」

そして、響香は翻訳アプリの便利さに息をのんだ。少し呼吸を整えたくて、メモから目をそらす。

「翻訳アプリって、すごいね。」

伸子は照れ隠しに笑った。「六十過ぎたって成長するのよ。」

響香はため息混じりに言う。「私なんて、インスタだって、閲覧専門よ。」

伸子は苦笑しながら頷く。「私もよ。やっとけばよかったって、つくづく思うわ。」

筆記体の文字。もあった。

[Jyui Ueno]

「上野動物園のじゅういさん からもらった?  これ、年号 1972年?   あーーパンダ?ぱんだのごちそう?」

と、伸子の解答に響香はふきだした。

「それはない、それはぜったいありえない。」

伸子がその様子にぎゃくにあっけにとらわれると、

「これは間違いなく父のサインなの。何度見ても懐かしい。でも…このひらがなは、私が書いたものじゃないと思うの。」

最後まで、いつも、話を聞く伸子だったが、この日は、

「じゅういっていうの?」

「そうなの。じゅうい、にまちがわれたけど、上野十猪  昭和10年猪年にうまれたからだって。」

「そしたら、ねぇ、もしかして、響香のお父さんって、中東に行ったことあるの?」

響香は頷く。「そうなの。私が小学校1年から6年生くらいまで、しょっちゅう出張してた。」

「昭和の企業戦士だったのよ。父は、単身で大きなスーツケースひとつ持って中東へ。『行かされた』というより、『行かせてください』と手を挙げたに違いないわ。そういう人だったもの。」

「中東のお土産、昔はいっぱいあったはずなんだけど……もう40年も経ったわね。今なら写真くらい撮っておくんだけど、引っ越しもあったし、残っているかどうか。」

伸子が尋ねる。「中東って、ドバイとか?」

「ドバイって、最近まで中東って思ってなかったのよね。どこの都市?って感じで。」響香は首をかしげる。「父がアルミサッシを売っていた場所とは思えないのよ。」

テーブルの上のペンを手に取りながら、響香は続ける。「父ね、日本のありふれたボールペンをたくさん持っていったのよ。」

「百均で5本100円くらいのシンプルなやつ?」

「そうそう。でもね、日本のボールペンは性能がいいって、現地の人に喜ばれたんだって。」

響香は、誇らしげな父の顔を思い浮かべながら、さっき取り出した、手元のキャラクター付きボールペンを両手で転がす。


「父の口から、不安とか不満とか、そんな言葉は一つも出なかったわ。だけど、帰国前に会社の人から聞かされたの。父が泊まっていたホテルの部屋でスーツケースを切られ、パスポートや書類がすべて盗まれたって。でも父は、家に帰っても何事もなかったように、次の日には会社に行ったのよ。」


「向こうの人は、神様がご飯を持ってきてくれると信じているんだ。」父が食卓でそうつぶやいたことがあった。価値観の違いを、ぼそりと語ることはあったけど、それ以上は何も言わなかった。

「企業戦士で、おおざっぱだけど時間にはきっちりしていた父が、たくさん待たされた後、ジェスチャーで商談をする姿を想像したわ。」

父の配属部署が変わり、私が結婚する頃には中東の話は家族の間でも遠いものになった。父の出張先は中国、ロシア、欧米、アメリカと、時代とともに変わっていった。

ふと我に返ると、伸子がじっと日本語になったレシピを見つめていた。

「これ、私作ってみようかな?」

響香は伸子の手元を見て、ふっと微笑んだ。

伸子は、幼い頃の響香が、異国から帰ってきた父にもらったレシピの余白で、ひらがなを習っていたという素敵な話を知った。謎のメモの正体が明らかになり、すっきりした気持ちになると同時に、明日の凛との再会にこの料理が彩りを添える確信を持った。

レシピの写真の上には、幼い響香が覚えたてのひらがなをたどたどしく書いたであろう文字があった。そこには、1972.11.7——この日を忘れないようにという強い意志が感じられるほど、はっきりと記されている。きっと、父がこの日のことを忘れてはならないと書いたのだろう、と伸子は思った。

食卓で幼い響香と若き日の響香の父が過ごしたひとときの映像が浮かび、伸子の心は温かく癒された。

レシピの写真の上には、幼き日に響香が、おぼえたての、ひらがなをたどたどしく

書いたであろう文字だ。

「私、これ、つくてみようかな?」


伸子は、翻訳されたレシピをじっと見つめながら、そうつぶやいた。

もう時計は17:00を指していた。

ふたりは「こんな時間か」とつぶやいた。結局、話したかったことは一つもできなかった。

実は、メモリーに来る前、本屋の前のベンチで「五分だけ」と思っていた時間も、かなりの時間を取られてしまったに違いなかった。。


「あそこだね。おととしの秋、あそこで幹事だよりを出したの覚えてる?」

「このベンチを見ると、悔しいのよ。あの時、何を食べたのか思い出せなくて。」

「でも、やっと思い出せた。中のフードコートでラーメンだった。」と響香が言った。

響香の唐突な発言に、「ラーメンでも、いいよ」と伸子が答える。本当に、食事の場所なんてどこでもよかった。

「まさか。絶対今日は、メモリーよ。」

「べらぼうよ。こんな時に使う言葉なの?」と響香が言った。

NHK大河ドラマこの江別の本屋「蔦屋」の物語かな?などと響香はいった。それは、どうも違うらしいが、来年度、2025年のNHK大河ドラマは、江戸時代の本屋の創始者「蔦屋」の物語だという。主人公の蔦屋重三郎つたや じゅうざぶろうを横浜流星さんが演じることが決まり、本屋ではどこでも、関連本が多数並んでいる。

おととしの秋も、コロナ禍の暴風が行ったり来たりしていたけれど、花人クラブの幹事として、ふたりはエンターテイメントを考えていた。しかし、結局、時の風向きは彼女たちの思い通りには進まず、外から見ると、彼女たちの「べらぼう」な時間には味方してくれなかった。

最終的には、5、6枚の幹事だよりを各家で作り合わせて待ち合わせし、メモリーの庭を楽しんだ後、蔦屋の外のベンチで住所を書いて封をし、食事会の代わりにした。

結果として、ふたりの活動は不発に終わったものの、電話やメール、マスク越しの幹事会と称した庭の散策、それらすべてがセピア色の追加の青春ページのように輝いていた。

ふたりは、2年前を振り返りながら、それは伸子も響香も、どこか「べらぼう」な時間だったと感じていた。

「べらぼう」の使い方はよくわからないけれど、何かあの時のことを表している気がした。

響香は「うん、素敵。」と答え、話を伸子に戻した。

伸子は「お風呂場で、私の大事なサザンのツアーバッグが、凛のおもちゃ入れになってた。もうショックよ。響香さんとお揃いのバッグだったのに。」

実は、響香も同じように孫のお風呂場のオモチャ入れにしていた。メッシュ製のバッグには「2005、みんなが好きですサザンアールスターズ」と書かれていて、お風呂場の収納にぴったりだった。それに響香のバッグには、取れない小さなカビがついていた。


伸子に誘われて行った20年前のサザンのコンサートは、まるで巨大な同窓会に迷い込んだかのようで、とても楽しかった。

響香は、同じ2005年のバッグが10数年を経て、同じように使われている面白さと、その大事なバッグにカビを生やしてしまったことに申し訳なさを感じていた。


蔦屋書房で、待ち合わせして、メモリーで食事した、この一日は、2024年10月5日。

晴れ時々曇りで、気温は最高21.1℃、最低12.7℃。響香は、日記に、「2024年10月5日。伸子さんと再会。後で開けてねと、お土産もらった。若き日の父にもあった気がした。」とだけ、記入した。帰ってみるTVでは、中東情勢の深刻化が映し出されていた。父が若い頃いっていた国とは、思えず最後に?を付けた。


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