89【リーニング伯爵領】
「ここが領主館ですか。これはまた」メルヘンが詰まってる!
最初に見たのがこれなら、俺はこっちの方を世界樹と思ってしまうかもしれない。
日本の子供のころ仕掛け絵本で見たような、びっくりするような太い木の幹にドアや窓があって、中に入ると外から見た太い幹以上に空間拡張されていて、お屋敷としての部屋数を誇る。
なのに、木の上の方は、青々とした針葉樹の枝葉があって、中の部屋がこの木の生態に影響していないことが分かる。
太い木の幹は全部で十本ぐらいひしめいて丸く並んでいて、ところどころ突き抜けている太い枝を廊下としてつながっているそうだ。
見上げれば、中間地点にブランコもぶら下がっている。うん、高そうで怖そう♪
絶叫ブランコだな。乗ってみたいけど!残念ながら雪が積もってます。
「素晴らしい領主館ですね」
「ありがとうございます!
どうぞどうぞ、急に寒くなってきましたからな。中へお入りください」
「はい!」
中に入ると床も壁も天井も、木で作られていて、それが丁寧に磨かれてつやつや光っているのに落ち着く空間が広がっている。
「んー。入り口から良い香り」
「僕、王様のお風呂が少し懐かしいと思ってて、ここと雰囲気が似ているからなんだ」
「そうだ!言われてみればあのお風呂場と似てるね」
クリスと二人の会話に伯爵が加わってきた。
「お城のお風呂ですか?」
「世界樹の八合目に大きなお風呂があって」
「ああ、存じてますよ。私も入らせてもらったことがあります。
私も大層気に入りまして、この建物にも蒸し風呂のある風呂がありますよ」
「もしかして、露天風呂もありますか?」
「はい勿論。後でご案内しましょう」
「やった!」
「どうしたの?シュンスケさん」
「俺、一度雪の中の露天風呂入って見たかったんだ」
「ああ、今日ならそうなりますね」
「でしょ!」
カポーン
なぜ異世界でも大浴場の効果音は同じなんだ?
世界樹のお風呂は、スーパー銭湯だったのに対して、ここのお風呂は銭湯風だった。
しかも一般領民に解放されていて、納税者は使用料は不要だそうだ。その理由が
「民衆の健康管理の一環ですよ」だって。
ただ、入り方が違ってて、まずカギをもらってたくさん並んだ個室の脱衣所に入り、内側からカギをかけてそこで服を脱ぎ、貴重品も服の中に隠して置く。その奥に石鹸が置かれた一人用のシャワールームがあってそこで体を洗う。そのシャワーの向こうにまた脱衣所があり、ぺらっぺらの布で出来た、浴用着っていうノーパンのワンピースを着てまたカギをかける。脱衣所兼シャワーのロッカーと言うことだな。外からの汚れや皮脂汚れ、獣人さんによっては毛などをある程度落としてからという事だそうだ。
浴用着は男女ともに同じデザインだそうで。いくつかのサイズが置いてありました。
・・・もちろん子供サイズを着たけど?
そしてやっと大浴場に進む事が出来るのだ。
壁一面に懐かしい風景・・・湖と富士山いや、たまたま懐かしかっただけだ。これは世界樹とシュバイツ湖。
この領主館からはシュバイツ湖は世界樹を挟んで向こう側だよね。この壁の絵は、ラーズベルト領からの風景なのでは?
浴用着はそれを着たまま湯船に浸かるらしい。まあ、水着を着て湯につかるよりは締め付け感はないけど、濡れるとペったりするし、上手にしないと湯舟の中で丸出しになる。だから男女別のお風呂になっているんだけどね。分かれてるなら結局裸の方がマシでは?と思うけど、そういう文化だそうだ。
そりゃ、郷に入れば郷に従いますよ。
「うわあ、真っ白だ」
湯船のまわり以外が真っ白に雪が積もっている。
「寒いです!」
「滑るから気をつけろよ」
そう、日本育ちの俺は知っている。木のお風呂は結構滑るのだ。
「え?わわっ」
「ほら」
滑りやすかろうが、地に足が付かなければいいのだ。
俺は自分が浮かんだまま、クリスを支えに行く。
いま、周りには他の人はいない。貸し切り状態だ。
内風呂から露天まで大きな木の浴槽が一つ置かれている。
よく見たら太い丸太を一本でーんとくりぬいて置いてあるのだ。
「ちょっと熱いかも。ふぃー。でも気持ちいいーじわじわするな」
深いわけではないけど、ちびっ子だから、そのまま平泳ぎで、外へ出る。
「顔が寒くて、体が温かいのも面白いですね」
「そうだな、世界樹も寒かったけど、雪まで降るとまた違うよな」
雪の向こうに広がる森の景色。木々の間に、幹に嵌っている窓と明かりが凄く暖かそうに見えている。いつだったか児童館で見たような絵本のような世界。
お風呂はちょっと卵の匂いがする。湯船の端にはちょろちょろと女の人の像が持っている傾けられた壺から入れられている。
あの像の女性は、水の女神様だね。
「なあ、クリス、これってお風呂じゃなくて温泉じゃね?」
「温泉?」
「地下熱で温かくなった地下水だよ」
湯船に浮かべた湯桶に少しお湯が入っていて、そこに赤色くんと白色くんがとろけた顔でパンツ一丁で浸かっている。って、あれ?
「君は誰?」
おっさんの小人が増えていた。大きさは赤色君達より少し大きい。
まるでドワーフのようなひげが眉毛とつながって顔を覆っていて目はどこ?丸い鼻しか他にはない。お湯の中で、ふんどしみたいな下帯と大きな赤い三角帽をかぶっている。他も全体的に赤い。鼻や体とかも。
こういうおじさんの小人って色々な呼び方があったな。
「コロポックル?」・・・ちがった。首を左右にフルフルしている。
「ノーム?」
頷いた。
「赤色くん、ノームも火属性じゃないの?」
“ちょっとちがうな。こいつは、ちかとか、とくに、かざんがすきなんだ”
「だから温泉にいるのか」
あ、頷いた。
「よろしくね」
握手を試みようと、人差し指を出してみる。クンクンされた!
え?臭いフェチ?
“あはは、おうじのゆびのまりょくをかいでいるのさ”
白色くんも解説してくれる。
“魔力って、匂うの?”
“このはなが、なにかをかぎわけているんだろう”
ノーム君はひとしきり俺の指をクンクンしていて、さいごにゆっくり頷くと濡れた手で三角帽を脱いだ。
帽子を脱いだノーム君の頭の上に何かが置いてある。
それはちょうどピンポン玉ぐらいの大きさで、それよりちょっと小さな赤いガラスの塊のようなものだ。ガラスというよりルビーみたい。街の明かりでキラキラしている。
“それをおうじに、あげるんだって”
さっきからノームは何も言わなくて、赤色くんが通訳してくれる。
「え?これを?」
だって、鑑定ですごいものとして引っかかってきた。
〈ルビードラゴンの魔石〉
“おうじ、それもらっておいてやって”
「えー、こんなすごいの受け取れないよ!」
あ、しょぼんとしちゃった。ふるえだした。
“おうじ、かなしんでるよ。とって!”
「うん、じゃあ、もらっちゃうよ。
ありがとうね」
といいながら、赤い魔石を取り上げる。
その瞬間ノームはぱっと消えてしまった。
「シュンスケさん。すごかったですね」
「うん」
俺は手の中の魔石が温泉のお湯並みに温かくて、思わず顔を見せ出したばかりの満月に透かして見た。
「!」
ザバーッ
「クリス、もう上がろう」
おれが精霊たちとやり取りしていた時間はそう長くないと思っていたが、振り向いてみたクリスの顔が赤くなっていた。のぼせちゃいそうだな。
「?それがどうしました」
「中に、ドラゴンが入ってて、ほら」
「うわ、本当ですね」
ノームに渡された赤い魔石の中に、小さなドラゴンが入っていたのだった。動いてるかどうかは分からないけど、暖かいのだから何かあるのだろう。
だから、生きたものが入れられないアイテムボックスに入れる事も出来ないだろう。アナザーワールドに入れるにしても小さすぎて失くしそうだから良く考えてからにしようと、タオルでそっと包んで伯爵領のお風呂から出た。
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