83【二年生開始】
二カ月にわたる夏休みが終わり、新年度が始まる。
秋に新年度が始まるのって、日本育ちからしたらちょっと違和感あるよね。だってこれから広葉樹とかが枯れて、雪が降って、雰囲気が静かになって一年が終わっていく感じだもん。外国へ留学した人とかは、みんなそんな感じにならないのかなあ。
さて、俺は王都から帰ってきて、リフォームが完了したお屋敷のチェック中。
元々外観は石造りにオレンジ色というか赤さびっぽい色の塗装がされていた。お向かいのドミニク卿のお母さん、ロベリアさんのお住まいも黄色っぽいオレンジ色だ。
全体的にガスマニア帝国の建物は赤からオレンジ色に掛けての色合いの建物が多い。殿下達の髪色もそうだし、火属性の魔法にリスペクトがあるって感じだな。でも、その色にしなくちゃいけないという決まりはないのだそうだ。
そんなわけで、俺は海の青が映える、真っ白な壁に塗ってもらった。そして、屋根を真っ青に。するとなんといつの間にか、隣の本館とロベリアさんの家も同じ色になってしまったのだ。魔法やミステリーでそうなったわけじゃなくて、こっちの屋敷を塗り替えている時に同じ色でと発注されたらしい。とは言え今はロベリアさんはバジャー子爵領の孤児院の委員長に正式に収まり、張り切ってたくさんの子供のお母さんをされているそうだ。張り切りすぎて、体を壊さないでね。
そして本館の向こうに並ぶ、お貴族様たちの海の保養施設に軒並み足場が組まれて、絶賛外壁工事中なのだ。
「どうして一斉にリフォームなんですか?」
「ここ一体の建物は同じぐらいの時期に建てたものなので、そろそろ外壁の改修が必要だったのです。それで、便乗して同じ色に合わせたそうです。それに、シュンスケ様のそういうセンスは間違いがないんだとアリサさんも言ってましたからね。私もそう思いますし」
とセバスチャンに言われてて申し訳ない。俺のセンスはパクリですよ。
ここがギリシャのえーっと(スマホで名前をチェック)サントリーニ島みたいになったりして。坂や階段になった道はないけどね。
ちなみに海の家も一緒に改修中だ。
そして、バルコニー下の葡萄棚も復活!やっぱり、フサフサと実っているのが無かったら寂しかったのさ。あの葡萄は王国でもそうだけど熟れきって腐り落ちるってことは無くて、いつの間にか消失するのだ。もいで食べるためにちょっと置いたり、加工したものは消えることはない。俺はゼリーで寄せたり、干して焼き菓子に入れたりしている。
工事前に実の方は一度全部収穫して、ワインに加工してもらった。ちょっと深い色の白ワインになるそうです。まだまだ飲めないので、ロードランダ王国のグローベスエルフェンス城のワイン醸造施設に一緒に入れてもらっておいた。
俺はリフォームが終わった自分の部屋に入る。部屋の入り口で靴を脱いで、靴下も脱いで、裸足でペタペタとフローリングを歩く。うん、よき。
ようやく広い部屋で過ごすことも慣れたので、うっとうしい天蓋を外してもらったベッドにダイブ。スライム枕がふにょんと俺の顔を包む。蚊の対策?それは、黄色ちゃんによるエアーカーテンを採用です!
どんどん贅沢に慣れていく事にちょっと恐怖も感じつつ、食欲には躊躇わない。大きくなりたいからね!
室内のソファセットのテーブルには、セイレンヌアイランド共和国のアジャー島から仕入れた(お金を受け取ってもらいました!)うるち米の米俵と小豆や豆と、南国フルーツが詰まった袋が置いてある。それをさらに、キッチンに置いてもらうのと、アイテムボックスに入れなおすのに分けたりと整理もしなくてはいけない。
そうこうしながら、夏休みの宿題の絵日記を整えて明日に備えて眠る。俺の絵日記は、殿下達と内容が被るかもしれないけど、しょうがないよね、当たり障りのないものしかテーマに使えないもん。世界樹とダンスしたとか、まあ、それは教授本人が見てたしね。結局、屋台で自分の顔を齧ったことを描きました。
それから!さっきやっとアリサねえちゃんに散髪してもらいました!本当は夏は短くしたかったよね。まあ、しょうがないけど。ロングヘアの散髪ってすごいよ!頭が軽くなるって本当だったんだ!面白かった。
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二年生に進級して数日立った俺は、今日は火魔法の講師でもあるグローブ先生の授業だ。今回は生活に役立つ魔道具について教えて下さるそうで、魔女先生が持っていたガラス瓶を作る機械もこの人が開発したそうだ。
しかし、この授業も、何を作りたいのかを自分で決めて自主研究という形でやっていく。
もちろん、素材の加工についても相談できるのだ。そしてグローブ先生はドワーフで、俺やクリスより少し大きい百四十センチの身長に、横幅がある。ラーズベルトで出会った二人のようだが、モノ作りには邪魔だと、ひげがなく、そのかわりにもじゃじゃした髪の毛が長い。太い三つ編みになってるけどね。
「で、この素材で、ペガコーンの手綱にできるロープを作りたいんです」
図書館とは別のエリアの地下深くに作られた工房の教室があって、ラーズベルトのギルドの工房で見たような、図工室や技術室のような大きなテーブルがある。更にその下のフロアに鍜治場があるそうだ。地下にそんな火を使ったり煙が出るような作業をするのはどうなんだろうって感じてたのに、ここも閲覧室のように、まるで屋外だったのだ。森に囲まれているので、程よい明るさです。
「地下は土を感じ地熱が伝わる、儂らドワーフには最適な環境なんじゃ」だって。
今日は他の生徒もそれぞれ一人ひとつのテーブルという豪華な配置で、図面を起こしたり、持ち込んだ素材を何とかしようとしたりしていた。
この授業は選択科目なので、セイラード殿下やカーリンはいない、他のテーブルには、Sクラスじゃない魔法科や普通科の子もいる。俺は、錬金術を極めるためにもぜひ習得したい単元である。先生たちは時々他のテーブルも見るけどずっと俺のテーブルにかぶりつきだ。
それは俺が持ち込んだ素材のせいだ。
俺はグローブ先生に自分のテーブルでとある素材を見せる。隣には魔女先生もいる。
とっておきのボタニカルなシャンプーで洗ってトリートメントしてから切ってもらった髪の毛は両端を縛ってロープのように緩やかにねじりながら棒切れに巻き付けて持ってきた。それをリフモル先生が食い入るように見ている。プラチナっぽい緑銀色の細くて割と艶のあるそれは、切り離していてもぼんやり光っている。巻いていると糸みたい。
「これは、以前に機械と交換でもらった素材に似てるわね」
「正直に言うと、どちらも俺の髪の毛です。ほら」
前にリフモル先生にお渡ししたときは〈希少なエルフの子供の髪の毛〉だったけど、進化したのさ。
もう色々あちらこちらに言ってるし、変身を解いて簡単にばらす。でも、この姿が俺の趣味じゃないのですぐに戻すけどね。
「素材の名前としてはスピリッツゴッドの髪の毛ですね」
二人がそれぞれルーペのような魔道具を当ててみている。あれは素材を鑑定や確認をするための道具だ。そして魔女は俺の頭にもルーペをかざしてきた。
「まあ。素晴らしいわ。ぜひ端っこをちょっとでいいから譲ってもらいたいわ」
だから魔女先生はこれを何にするのでしょうか・・一応、スタイルを整える時に出た切れ端はありますよ。
「精霊のペガコーンに頼まれて、これで手綱を作らなきゃいけないんですけど」
「なるほどな。シュンスケ、なぜお前さんの髪の毛で手綱を作るか分かるか?」
「これじゃなきゃいけない理由が分からないです」
「精霊のスキルに、透過って言うのがあるのじゃ。他にも属性に溶け込むようなとかな」
「なるほどなるほど」
「だから、同じような素材にしておかなければ、それが置いてけぼりになるんだ。儂には火属性の精霊しか見えんが、他の精霊は見えていない、だから多分そういう事だと思う」
そういえば、グローブ先生の方には赤色くんが何人かいる。女の子もいる。へえ赤い女の子もかわいい。
確かに普通の手綱だとハロルドが消えたりした時にポトリと落ちてたな。
「理解出来ました!」
俺自身透過のスキルはあるみたいだけれど、使ったことはない。属性に溶けるという表現は分からないけど、葡萄の葉や蔓に飛び込んで移動なんてのは近いのかもしれない。だからハロルドが実体化しない場合は普通の手綱は取り付けられないという事だな。
「ただ、もっとなじませるのに、ペガコーンの自身の素材もあった方が良い」
「わかりました。ハロルド、出てきて」
『はーい』
地下室に現れるペガコーン
うん、地下は少し暗いから光ってるね。今日も可愛いぜ
「まあ、ほんとう。なんて美しい精霊かしら」
『リフモル、褒めてくれてありがとう』
「こちらこそ、名前を言ってくれてうれしいわ」
リフモル先生も美しいものが好きな人なので、ハロルドを見てうっとりしていらっしゃる。
うん、美しい黒い魔女と真っ白なペガコーンもいい絵面だ。
俺は、ウエストポーチから柔らかめのブラシを取り出す。
「ねえ、ブラッシングをさせて」
『うん!うれしい!お願いします』
なんだ、ブラッシング好きなんだ。
工房に、ビニールシートを敷いて、その上にハロルドに立ってもらう。
そしてブラッシング開始。
ポリゴンの冒険者ギルドで、馬のブラッシングを教えてもらったことがここで役立つとは。何でも教わっとくものだね。
『えへへ、王子気持ちいいよ』
「これからは毎日しようかな」
『ほんと!ありがとう』
細かい毛はビニールシートの上に、そして、ウリサ兄さんもお気に入りのモフモフの鬣のほうはブラシに絡まっていくのを採取しながら、そして櫛に持ちかえてサラサラの尻尾を丁寧に梳くと、長い毛が何本も採取出来た。
すっかり仕上がったハロルドは、絹サテンのようなつやつやでふわふわな馬体に仕上がる。
『ね、王子、お出かけしていい?』
「うん、行っておいで」
『行ってきまーす』
無邪気な挨拶を残し、白いペガコーンは教室から消えていった。
惚けた様子の魔女は置いておいて俺は作業に入りたい。
「さて、たくさん取れましたね」
「この尾の毛を使うといいじゃろ。他は次に鞍を作るときのために取っておきなさい」
「はい!」
俺はいそいそと尾の毛以外を片付ける。
魔女はそれを指をくわえてみていたけどね。
俺の髪は白っぽい緑銀色、ハロルドの尻尾は真っ白で、俺の髪の毛より少し太いけど、馬の尻尾よりしなやかだ。
グローブ先生が、綱の見本を出してきた。色々な太さの平べったいロープだ。どれも革を切り出したようなものになっている。
「平べったいロープにするんじゃが、お前さん手が小さいからなこれくらいか?」
「大人を乗せる時もあるんですよ、リフモル先生ならどれぐらいですか?」
「私ならこれかしら」
「なるほど、この太さを目指します」
ほぼ相談するだけで授業が終わる鐘が鳴ると、バンとドアが開いた。
「失礼します!」
「クリス、なんだそんなに急いで」
「だってハロルド様の手綱を作るの僕も参加せてほしいから」
「ははは、熱心じゃのう」
「この子は、俺の髪の毛が長かった時に良く編んでくれたんですよ」
「では、こういうのが良いわね」
いろいろな平べったい編み込んだリボンのような見本をリフモル先生が見せてくれる。俺が保育園時代に、器用にもミサンガ編みにはまっていた子がいたけど、あれの太いものに似ている。
「五つ編みぐらいが良いですね」
「本当はマクラメにしたいところだけど、髪の毛の量が少し足りないからな」
でも、みんなに乗ってもらうには、手綱は欲しい。
「シュンスケは普通の馬に乗ったことがあるだろう?」
「はい」
「じゃあ手綱の他には頭に着ける頭絡とそれらを組み合わせるための金具が存在するじゃろ、それらも必要じゃ」
そう言って、グローブ先生は一組のセットを出してくる。
午前の授業は終わっているので、俺たちは、魔道具実習教室のテーブルでそのまま俺がポーチから出したお昼ご飯を広げている。今日は白身魚フライと塩昆布のおにぎり、そしてホウレン草のバターソテー。デザートには葡萄のゼリー寄せ。
先生たちは
「悪いわね」などと言いながらモリモリ食べてくれている。
『ただいまー』
天井からするりと降りて、ハロルドが帰ってきた。
「おかえり」
「お帰りなさいハロルド様」
『あれ?王子なんか悩んでる?クリスも』
「うーんお前の手綱にさ、こういう部品に使える素材なんかないかなと思って」
と言いながら、見本の手綱の金属の輪っかをつまむ。そしてベルトのバックルのようなものも。
「取り付ける時にはこういうのもいるでしょ?」
『ああ、そっか。あ、じゃあこれは?
ねえグローブ、僕の角を掴んで』
「え?まさか、それはだめだよ」
俺は慌ててダメ出しをする
『いいからいいから、ね?』
「いいのか?」
グローブ先生はこわごわと頭を下にしているペガコーンの角を掴む。
『両手でしっかり持って、足も踏ん張ってね』
「あ、ああ」
『じゃあいくよ、ふんっ』
ハロルドが首を思いっきり横に振ると、グローブ先生が掴んでいる角が取れてしまった。
『痛ったー。結構痛いねこれ』
ハロルドの額に血が滲んでいる。
これじゃペガサスじゃん。ってそんなこと言ってる場合じゃない。
「もー無茶をする」
俺は即座に回復魔法をハロルドに掛けると、あっさりと角が復活した。でも、ちょっと透明だ。触ると少し柔らかくて、すかすかした感じ。
『ふふふ、やっぱり王子はすごいね。すぐに治っちゃった』
「でも、なんか前の角と違うぜ」
『大丈夫、すぐに戻るよ。たぶん』
たぶんて
グローブ先生はまだ放心状態だったが、
「先生!ペガコーンの角ですねそれ!」
と、分かり切ったことを大きな声で言うと復活した。
「あ、ああ!」
「これ、加工するには削るんじゃなくて、レジンの魔法でも行けますか?」
「そっちの方が良いじゃろ」
角だもんね、樹脂加工素材にできないかな。
「シュンスケ様、レジンって?」
クリスは初めて聞く単語かな?
「これ」
といって、ミノタウロスの樹脂で作った赤ちゃん用の歯固めを出す。まえにポリゴン町の孤児院で相談されて開発したのだ。素材は牛みたいなものだから地球のプラスチックよりは赤ちゃんが舐めても大丈夫だろうと思って、商品化し、シュバイツ印からも売りに出ている。ここにバラりと広げたのはその時の試作品だ。
「これならすぐできそうだな」
いくつかある歯固めから直径の大きいものを一つを選ぶ。
羽根の模様が連なった輪っかで、ハロルドに似合うだろう。
「あら、良いわね。オシャレだわ」
魔女先生からのお墨付きをいただいた。
これを作った時のレジンの魔法陣と、三面図を出す。
ハロルドの角は根元の三分の一もあれば十分だろう。
携帯からはベルトのバックルとベルト送りの図面も取り出す。
まずは歯固めと同じリングを一つ。
そして、ベルトのセットを。錬金術で一気に生成。
魔法陣で光ってた魔力が治まってきた。
そこには透明だが中で白い光がゆらゆらと輝くプラスチックが出来上がっていた。鑑定すると
〈聖ポリカーボネード、妖精用の素材〉うん、知らない素材だ。
「な、なんじゃこりゃー」
グローブ先生が叫ぶ横で
「・・・王子すごいです」
「シュンスケにしかできない素材ね」
クリスと魔女は出来たものを撫でていた。
「使えそう?」
「こんな錬金術は見たことない。・・・しかしこれしか使えんじゃろ」
後日、見事に目が整った紐を織り上げたのはクリスだ!ほぼクリスの手作業で、ついにハロルドの手綱が完成した!
お披露目は、学園の園庭の一角だ。
周りにはセイラード殿下やカーリンもいるし、ペガコーンを見ようと他の人もいる。
『どう?カッコいい!』
「結構似合ってるじゃん」
真っ白な頭から首筋に掛けて、緑銀色のロープが掛けられている。
「すごいです!」
「作ってくれたのはクリスじゃん」
「僕っは組み立てただけですよ」
「なかなかじゃの」
『じゃあ、これで消えてみるよ』
そういってハロルドが俺の中に入る。
うん、ちゃんと手綱も消えている。置き去りになっていない。
「じゃあ出てきて」
『うん!』
そういって、再び出てきたハロルドには手綱が付いたままだった。
で、ハロルドの手綱を外すときは、俺が直接アイテムボックスに入れれば大丈夫だ。
ただ俺がハロルドになった時は自分で取り付けられないので、彼に手綱類をセットしてから入れ替わる感じだ。
「シュンスケ、変身を解いて乗って見ろ」
近くに立ってたセイラード殿下に言われて、ハロルドに乗り、手綱を握る。変身を解く。
うん、手綱と俺の髪色が同じだね。手綱には保護と艶出しを兼ねてさらに、クインビーの蜜蝋ワックスで仕上げをしている。つるりとしたカバンの取っ手のような手触り。髪の毛のおさげを掴んでるより良い。
「色があってるから、なかなかいいぞ」
「そう?良かった」
「よし、すこし回ってみよう」
『おーいちょっと通らせて~』
ぱかぱかぱか
『うん、上に乗ってる王子を落とさないようにとか考えなくていいからいいよ』
「そっか。俺も安定していていいね。ありがとうハロルド」
『なんで?僕も嬉しいよ。これでどんどん色々なところに行こうね。そして、王子が俺になるときは色々な人を乗せてね』
「いいの?」
『もちろん!』
優しくて力強い相棒の気持ちが嬉しくて、空を駆けていく。
『つぎは、鞍だね』
その素材はさらに稀少だったりするのだ。
お星さまありがとうございます。もっと頂けたら♪
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