79.5 挿話8【侍従兼側近見習い誕生】
久しぶりに図を入れたんですが相変わらず難しいですね~
「こちらが、クリスの部屋ですよ」
「おお、なかなかいいじゃん」
プランツさんが案内してくれて、殿下がニコニコしながら僕の背中を押して、とある部屋に入る。
「これが、僕の部屋ですか」
王都の屋敷で過ごした一部屋の狭い自室と、お祖父様の別邸の小さな家と、ポリゴン町の孤児院の二段ベッドしか知らなかった僕はこの一角が自分用だと聞いて眩暈がしそうになった。
ここは、ロードランダ王国のグローベスエルフェンス城の三階の王族エリアの一室。僕はもちろん王族ではないですよ!ここはシュバイツ殿下の側近兼侍従見習いとして与えられた部屋だったのです。
僕はクリス フォン リーニング。ロードランダ王国のこの王都で出身で、妹のアイラが生まれてしばらく王都のお屋敷に三人で暮らした後、お祖父様のリーニング伯爵領の、森の中の静かな別邸で母様と、人間族の父様の愛情に包まれて幸せに育ちました。王都で暮らしたころは、どこからでも世界樹と大きな湖が見えていて、その世界樹の中ほどには、キラキラと輝く宮殿が見えていました。あそこには高貴で麗しい国王陛下がいらっしゃると教わってきたのです。もちろん別邸に行っても、少し木や高台に登れば、世界樹はちゃんと見えているのです。
それでも、母様の夫という人がやってきて父様に意地悪を言って、戦争に行かせてしまいました。そうして、父様は、自分も人間族なのに僕たち家族のために、かつては友達だった人間族の敵となって戦死してしまいました。
悲しみに暮れていた僕たちでしたが、母様は父様の方のお祖父様や兄弟に国から出たお金を渡しに行くために、王国を出て、人間族の国へ出かけました。ガスマニア帝国は人間族至上主義の国だと聞いていたので、髪やフードの付いた上着などで、長い耳や母様や妹の特徴のある髪色を隠しながら旅をしていました。種族をごまかす魔道具もありますが、妹が幼すぎるため使う事が出来ませんでした。
ある日、夕食をいただいた宿の食堂で、妹のフードが他のお客さんの服で外れてしまい、エルフとばれてしまったのです。
その時は、お店の人や他のお客さんに、僕たちのことを綺麗とか可愛いとか褒めてくれて、聞いていた話と違って、ガスマニア帝国はエルフを受け入れてくれるんだと思ったんです。
しかし、その後気が付くと僕は手足を縛られて、馬車に乗せられていました。母様に教えてもらっていたいくつかの魔法を試したけれど、魔法を使おうとする度に首にはめられた冷たいものがぎゅうっと閉まってきて、息が詰まりそうになり、それがゆるむまで何分も待たなければいけなかったのです。後で聞くと、その宿の客の中にたまたま子供やエルフを狙う人攫いがいたのでした。
そうして、すごく揺れる馬車で移動する事数日、始めは馬車酔いで吐いて、その後もろくな飲み食いもさせてもらえなくて、ぎりぎりまで衰弱していくのが分かりました。目隠しは無かったので、周りを見ることもできたので他にも子供がいることは分かりましたが、母様や妹は乗っていませんでした。せめて、攫われたのが僕だけだったら良かったと思っていました。
僕が母様達ともともと来る予定だった帝都を通りがかった時、馬車の幌の隙間から、眩しい光が差し込んできて、縛られたエルフが放り込まれてきました。慌てていたからか、手持ちがなかったからか、僕のような首輪はされていませんでした。彼は僕と同じような体格でしたが、色などは全然違って、薄ら光って見える明るい緑色が少し混じった長い銀髪と鮮やかな緑色の瞳の美しい子供でした。その子は、僕たちの拘束をあっという間に解き、おいしいジュースを配って、力強く僕たちを勇気づけ、瞬く間に助けて下さったのです。
ポリゴン町というところに連れていかれたみんなを見たシュンスケさんというその人は、手の縄が外されても取れなかった僕の首の輪っかをあっという間に外し。すぐまた王都に戻って行ってしまったのです。
しばらくして、ギルドマスターのドミニクさんから、僕にだけ彼のことを説明してくれました。ドミニクさんからはハッキリ言えないが、高貴な人かもしれないという事です。
「シュンスケは、お前さんの助けになるやつだが、お前もシュンスケを助けてやってほしい。俺はガスマニア帝国の貴族だからな、自由にしているつもりだけど、制限はあるから。ウリサたちにも頼んではいるが、やはり長く助けてもらうならエルフが混ざっているお前もいた方が良いからな」
「はい、もちろんです。シュンスケさんは恩人ですから」
孤児院でお世話になりはじめた僕は、可愛いお友達も出来て、特に、シトっていう男の子は、彼もシュンスケさんに病気だった時に助けられたと言って、助けられた者同士すぐに仲良くなれました。
孤児院の本の部屋に行くと、ボロボロの絵本の他に、真新しい綺麗な絵本と、簡単な文字の本があって、その横にはもう少し難しい、僕が何とか読める程度の本と漢字の辞書なども揃っていました。
ヨネちゃんが
「このボロボロのほんは、まえからあるのだけど、こっちからむこうのきれいなほんは、しゅんすけがおいてくれたの」
「へえ、すごいね、僕も読んでいい?」
「クリスはよめるの」
チヨちゃんが聞いてきたけど、
「うん、余り難しい漢字は分からないけど」
「じゃあじゃあ、よんでほしいね、ね?みんな」
金髪で青い目のヨネちゃんが可愛くお願いしてきます。
「うん、ぼくはもじもおしえてほしい」
シト君が言います。
「シュンスケは、けいさんもすごくはやくて、おなじとしなんだけど、あこがれるんだよな」
「計算も?すごいね」
僕と一緒に保護された子ども達も囲んで、本を読んだり、簡単な計算を教えたりして、孤児院で過ごしていました。
ある日、ドミニクさんが
「クリスは祖父さんに弓とか教わってるのか?」
「はい、弓と投げナイフはわりと得意です。お祖父様の森で狩りもしていましたから」
「ほう、なるほどな。じゃあ、ちょっと来い」
と言って、冒険者ギルドの奥の訓練場に連れていかれて、シュンスケさんの師匠というゲールさんに会う事が出来ました。
ここへ最初に保護された時にステータスも見られたので、ある程度分かってはいたようですけどね。人間族からの見た目は六歳ですが実年齢は十二歳の僕。
そして、ゲール師匠に合格を貰い、僕も晴れて冒険者に登録する事が出来たのです。
その後、しばらくして、シュンスケさんはなんと母様と妹を僕の元に連れてきてくれたのです。彼は僕にとって、天使にしか見えませんでした。
「母上、僕はシュンスケさんのお役に立ちたい。一番お側でお仕えしたい」
「そうね、それには勉強を沢山しなければいけないわ。故郷にはちゃんとした学校がなくて図書館に通うぐらいしか出来ないけれど、この国の学園に入るか、他にはそうね、少し遠いけど他国にも学ぶところがあるわ。お祖父様に連絡すれば、学費も工面してくださると思うけど。まず勉強ね」
そう言われても、ここには冒険者のための学習教材しかなくて、途方に暮れていた。
だけど、ある日シュンスケさんが兄と慕っている、ウリサさんが、
「なら、去年シュンスケが使ってた教材を借りてきてやろう。もとはドミニクさんに借りてたものだし、ここに戻してもらえばいいだろう」
そうして、勉強を始めてすぐの夏の初め、シュンスケさんがまた会いに来てくれて、なんと、その目的が
「エルフの友達が少ないから友達になってほしい」ってことなんだけど、その時に本当の名前も教えていただいて、なんと、あの世界樹の宮殿に住まわれている国王陛下の息子だったんです。
びっくりしたけど、すこし納得もしました。
たしかに、国王陛下のお姿は僕は直接は見たことはないけれど、肖像画は王都のあちらこちらにあって、確かにシュンスケさんのエルフになっている色は、少し色味は違うけど、眩しくて明るくて雰囲気が似ていると思った。そんな方が僕の友達なんて。ぶるぶる。そう言ってくれるのはありがたいですけど、違います。僕はもっと近くでお仕えしたい。
受験勉強を始めていてよかった!早くお仕えできるスキルを身に着けたいです。
でも、この夏のシュバイツ殿下のお披露目にもついていきたいし、誘われたから付いていく。父様、僕こんなにわがままだったでしょうか。
シュンスケさんにくっついてギルドの依頼で、懐かしいロードランダ王国の王都に来ていたとき、憧れの国王陛下に初めてお会い出来ました。なんと、世界樹の頂上近くの大きなお風呂場で、一緒に露天風呂に入って、僕は美しい二人と入浴してのぼせそうになりましたよホント。男湯なのに。
『クリス、しっかり』
って声を掛けてくれるペガコーンのハロルド様。あなたも伝説なんですけど。
それから、たったの三日後、宮殿の侍従長をされているプランツさんの案内で、王子の住まう予定のエリアを案内されました。
「廊下の東側の突き当りのドアは王子の部屋です」
その部屋の配置は先日滞在していた、ラーズベルト辺境伯の客間と似ています。でもその手前の右手のドアが僕が使う部屋だそうだ。左手の部屋は護衛用。当面はウリサさんが使うそうです。
美しい彫刻をされた木製の扉を開けると、奥に暖炉のあるリビング。リビングの右手にはドアのない入り口があって、見るとキッチンがありました。二口のコンロと、冷凍と冷蔵の機能のある小さな納戸、食器棚、そして青と赤のカランのある流し。それと作業台。
僕と一緒に入ってきた殿下が、
「なるほど、ここで来客用のお茶を用意するんですね」
「はい、殿下用にはお茶だけで大丈夫です。お菓子とかお食事は厨房から持ってきます。飲み物も種類によってはほとんど厨房からですね。あとはクリス自身のための食事や軽食をここで用意できますよ」
プランツさんの説明の途中で殿下が動き出す。
もう一度ぱかッと冷凍と冷蔵の扉を開けて、ちゃんと冷たかったけど空っぽだったそこへ、何かごそごそしています。
「あ、何を入れたんですか?」
「氷と、アイスと、ジュースと果物とかサラダ。自由に食べていいからね。無くなったら補充してあげる。あ、紅茶は揃ってるんですね」
「はい勿論」とプランツさん。
「じゃあ、これも置いておいて」
何やら銀色の筒の容器を何種類かと、陶器のティーポットと、取っ手のないお茶碗と木のソーサーを置いていかれる。
「こっちのお茶の入れ方は、そんなに難しくないけど、今度教えるね」
「わかりました」
「ああ、それが緑茶ですか」
「はい。母さんが入れておいてくれたようです。父さんはこっちの玄米茶が好きらしいです」
なんて言いながら他の戸棚にもごそごそと何かを入れていきます。あ、シュンスケさんの蜂蜜はお高いのに!
「勉強のお供にはラーメンとかチョコレートかな」なんてつぶやきながら。
シュバイツ殿下のお母さんって、風の女神様ですよね。その方に頂いたお茶を僕のキッチンに置かないでー。恐れ多すぎます。
「では、殿下を部屋に案内しますので、クリスはこちらにいてくださいね。色々見ておいたらいいですよ。」
「はい」
そう言って、プランツさんと殿下が部屋から出て行ってしまいました。
暖炉とキッチンの間には二つ扉があって、一つはトイレ。もう一つを開けると 寝室になっています。
寝室に入ってすぐ右手にもう一つ扉があり、そこは洗面と浴室、左手の扉は、クローゼットと納戸?そして納戸の扉の隣には一面に本の詰まった書棚があって、その横には机も備え付けられていました。
書棚や机には、ガスマニア帝国国立学園の入試用の参考書や過去問や、殿下に使わせていただいていた、漢字学習帳や大学ノートとともに置かれていて、引き出しをそっと開けると筆記用具も入っていた。いつの間に置いてくれたのでしょう。さっき一緒に入ってきましたよね。
ベッドは、北国で標高もあるロードランダのお城でも暖かい柔らかいお布団と、スライム枕、そして、両開きの大きな窓を開けるとバルコニーがあって、ちょこちょこと実のなってる葡萄の蔓がありますね。ドミニクさんの海岸のお屋敷と同じです。
“この葡萄は遠慮なく食べていいのよ”
優しい女性の声がする。
“いまたべる?とるよ?”
「ユグドラシル様ありがとうございます。緑色ちゃん、後でね」
彼女の声が聴ける人なんて聞いたことはなかったけど。会話が出来ることがとっても嬉しい。緑色ちゃんも可愛いです。
気を取り直して部屋に入ります。あ、応接の暖炉の裏も暖炉になっています、向こう側に通じているのですね。隙間からソファの端っこが見えています。これで寝室も暖かくできるんですね。
残りの二つの扉を開ける。一つは空っぽだ。やはり納戸。窓も何もありませんけどね。
もう一つは、引き出しのある収納も少しあって、服がいっぱい吊り下げられています!以前にこの部屋を使った方の物なのでしょうか。いや、服のサイズが大人ではない。王子の服でしょうか。それにしてはシックな色のものが多いです。
コンコンコン
「クリス、どうですか?」
「はい、すごく素敵なお部屋です」
「よかったです。急でしたけど、クリス用にそろえたんですよ、この洋服。この国で子供服をそろえるのは大変なんですけどね。ラーズベルトからも取り寄せてしまいました」
侍従長はニコニコと説明してくださいます。
「え?僕用ですか」
「もちろんです。今日は、ここに揃えてあるこれを着てください。靴も、紐でサイズ調整すれば履けるでしょう」
扉に入ってすぐ左手に上下セットで掛けられています。その下に靴も。
「あとはこの引き出しに下着と靴下、こちらの棚に靴を何点か、そして室内履きは、この寝室でどうぞ。 あと、脱いだものは洗面の隣の籠に入れておきなさい。朝に洗濯場に転移しますから。仕上がった洗濯は入り口に籠に入れて置かれますので、それはご自分でクローゼットに収めなさいね。足りないものがありましたら遠慮なく言ってください」
足りないものって、こんなに揃っていて、何が足りないというのでしょう。
僕にとってもまるで王子様扱いでくらくらしてきます。これは、お受験なんとしても受からねば。
そして、王城二日目からは、日中の大半を自室で勉強する事が出来、ときどきシュンスケさん、いえシュバイツ殿下が僕の部屋の方に来られて、勉強の進捗を見てくださいます。筆記用具の消耗品は足りているかとか、眠気覚ましに手ずからお茶を入れてくれたり。プランツさんのお父様で学園の教授の話とか学園の様子も教えてくださいます。
殿下の部屋の枕元やあちらこちらに引っ張ればこの部屋のベルが鳴って呼び出せる紐がぶら下がっているんですけど、隣の部屋ですから、すぐに来てしまわれます。ただ、瞬間移動でなく、ちゃんとノックしてから入ってきてくださるのがありがたいです。
「このくらいの広さが良いんだよ。落ち着けてさ。機能的だしね」
そういう殿下は何やら帝王学という学問書を読まされているらしいのですが、
「三千歳超えているかもしれないけど、あんなに若々しい父上がまだ退くわけないのにね。必要ないと思わない?」ってぼやかれます。
確かに今は建国三百年ちょっとですが、陛下は若々しいですから、あと三千年は大丈夫そうですね。
そうして今日は、学園の模試があるそうで、殿下が迎えに来られました。
久しぶりにガスマニア帝国の帝都のお屋敷に連れて行ってもらいました。
扉を開けてすぐにたどり着いた久しぶりのお屋敷は、
「暑い・・・」
僕の代わりに殿下が呟きます。
「そうですね。ガスマニアって南国ですね」
「だな。まあ、俺が生まれ育った国の夏なんてもっと悲惨だったさ。蝉はうるさいし、サウナみたいな屋外だったんだぜ。
でも、王都と帝都がこんなに違うとは。
大丈夫か。ほらこれを持って行けよ。」
と言って、小さな水筒を貸してくださいました。シュンスケさんが生まれた国で生産されているもので、冷たいものがいつまでも冷たいのは、魔法瓶って言うのだけど魔法じゃなくて科学技術で出来ているそうです。
お屋敷の前にはゴダさんが馭者をしてくださる馬車が停まっています。
「じゃあ、軽い気持ちで行って来いよ」
「はい、頑張ります」
僕が学園で進む学部は普通学部。色んな事柄をまんべんなく教わり、特に文官として、情報や経済、政治などを学んでいく学部です。そして、選択科目として魔法学と芸術学を取る予定です。学生の間はお仕事が出来ないぐらい、詰め込んでしまっているかもしれないです。せっかく通うのですしね。
シュンスケさんが言うには、僕はやっぱり、精霊魔法を極めた方が良いらしい。確かに僕の魔法属性は風と火と水しかないけど、最近見えるようになってきた皆に頼めば他の属性も使えるのです。例えば白色くんに勉強に適した明るさを頼んだりとかね。
入試の数日後、無事に普通学部のSクラスの合格を見つけた帰り、温室の近くに、年老いたエルフがいらっしゃいました。プランツさんによく似たその方が声を掛けてきます。
「お前さんがクリスじゃな」
「はい、ブラズィード教授ですね。いつもプランツさんにお世話になっております」
「ふぉふぉふぉ。そうか。あれも子供が好きな性分じゃからな。
それよりこれから王城に戻られるのかな」
「はい、もうすぐシュンスケさんが迎えに来て下さるんです」
「じゃあ、儂も連れてもらおうかの」
よく見ると重たそうに、お荷物を持たれています。
「お荷物を預かりましょうか?マジックバッグ持ってますので」
「大丈夫じゃ、儂もアイテムボックスはあるでの。じゃが、これは手で持っていきたいのじゃ。ここで渡すわけにもいかぬしの」
しばらくすると、温室の側の扉が開く。
「おめでとうクリス!さあ、お城でお祝いしよう。みんな待ってるよ」
「なぜ、合格をお知りなんですか?」
「そりゃあ、そこの白色ちゃんが」
「あ」
“きょうはおれ、ずっとここにいるぜ”
頭の上から声がします。僕の感動を分かち合ってくださったのですね。
「シュンスケ、儂も連れて行ってくれ」
「わかりました教授。とりあえずクリスの部屋に繋ぎますね」
殿下が繋げてくれた扉をくぐった教授は、手に持っていた包みを目の前で開ける。
「儂が預かっていたと言うか、お前に渡すべきものじゃ。」
「え?そうなんですね」
その包みは小さなワイン樽でした。
表面には美しい葡萄模様が筆で描かれていて、その蓋のところには、ワインの製造日が記されています。
「この日付は、僕の誕生日?」
「そうじゃ、これは前日ジャンクに届けられたものじゃ。奴もお客のシュンスケの晴れの日を見に行きたいと言っておったのじゃが、店を何日も締められないので、奴の代わりに連れて行ってくれと頼まれての」
「それで、そのワインは?」
「お前さんの父親が、リーニング伯爵領で仕込んで、樽のまわりを装飾したのじゃ。それを幾つか兄のジャンクが預かっておっての。これはお前さんを見守ってくれるじゃろうから、王城の部屋に届けてくれと言われたのじゃよ。始めは冒険者ギルドに頼むつもりだったらしいが、丁度額縁を買いに行った儂がその話を聞いて、商品の納品とともに預かって、殿下の魔法でこちらに来た時に渡すつもりでの」
意外なところから来た父様の存在に、言葉を失ってしまいます。
「良かったな、クリス」
「はい、はい、すごくうれしいです」
思わず、視界が滲んでいきます。
「どこに置いたら良いかな。涼しいところが良いよね」
殿下は朗らかに話します。
「まあ、ここは、年中ワインには最適な涼しさじゃ、窓際でもいいんじゃないか」
「なるほど、クリスほら、まずは受け取って。いつまでも重いのを持たせたままじゃだめだよ」
「はい、ありがとうございます」
ワイン樽とは言え抱えられる大きさのそれは、ずっしりと中身が詰まっている。
受験勉強が終わった机の前の小さな窓には、ユグドラシル様の蔓も覗いている。
「この机の前の窓に置きましょう。本当の葡萄の蔓も来てますし」
「そうだねうん」
“あら、素敵。この中身の葡萄は私なのよ”
「「ほんとうですか!」」
殿下と二人で葡萄の蔓に答える。
「すごいな、最高のワインだぜ。お前が四十歳になった時は人間族で言うと二十歳だな。その時に俺にも飲ませてよ」
殿下の成長は人の三倍かかりますが、ハーフエルフミックスの僕は二倍です。
「はい、必ず」
「今の、お主らひょっとして、世界樹と話せるのか?」
「「はい」」
「他の精霊とも?クリスも?」
「ええ、おかげさまで、みんな仲良くしてくれるんです」
「そうかそうか」
コンコンコン
「クリス、帰ってきてますか?」
プランツさんです。
「はい!戻りました」
「お帰りなさい。合格おめでとう。殿下も瞬間移動ご苦労様でした。っておや、父上」
「儂を認めるのが遅くないかい?」
「ははは、では、食堂に行きましょう、クリスのお母さんと妹ちゃんも、もう来られてますよ」
「本当ですか?」
「さっき俺がポリゴンと往復したんだよ。でも、そろそろあの二人も領地か王都のお屋敷に住んでもいいのじゃないのか?王都のは空いただろう?」
「それが、アイラも将来は帝都の学園に行きたいそうで。それに母もガスマニア帝国の気候の暖かさが良いとか、孤児院の子供たちが可愛いとか言ってまして」
「なるほど、これは瞬間移動の扉の魔道具を開発しても良いかもしれないな」
「これ殿下、そんなとんでもないものは、儂に相談してからにしなさい」
「はーい」
僕は何となく察してしまいました。
可愛くお返事したけど、出来上がってから教授に報告するつもりですね、この顔は。
そう思って殿下を見ると
ウインクしながら舌をぺろりと出しました。
・・・天使の顔して小悪魔も居るんですね。
お星さまありがとうございます。もっと頂けたら♪
ブックマークして頂くと励みになります!
それからそれから、感想とかって もらえると嬉しいです。