78【白いペガコーンの急行便 4】
次の日、ギルドの宿で目を覚まして、身だしなみを整えた俺達。
ちゃんと、お互いに人間族になってから朝ごはんを貰いにレストランに行く。
「おはようごさいます」
「良く寝れたかい?」
「はい、枕が最高ですね」めっちゃ柔らかい低反発クッションみたいだった。
「ああ、エルフ用の枕さ。ほら、あたしらは耳がこんなだろ?」
「そうですね」
「だから人間族の枕では横向きになると閊えるから」
そうなんだよなー。
出てきたハムサラダをつつきながら話す。
「シュンスケさん、あの枕はスライムを詰めているんだよ」
なるほどー、ファンタジー素材!さすがクリス!欲しい!絶対買う!
「人間族にもいいですよー」
「なら、国境前の土産通りにも売ってるよ」
「ありがとうございます!さすがエルフの国ですね!」
「さて、行こうかクリス」
「はい」
ゆっくり朝食をとって、冒険者ギルドを出て振りかえる。ここは世界樹の麓。北側に世界樹。中腹に真っ白なお城。初めて泊まった時は夜中だったから今日改めて外観を見る。
大きさはガスマニアの宮殿と比べて・・・わかんないけど小さいかも?でも高さがある建物だ。
その横にあるのは、あ、教会だねきっと。お城の隣に滅茶苦茶でっかい教会だ。今まで見た中で大きかったガスマニアの帝都のより大きいぞ。やっぱ父さんのところのは風の神様を祀ってるのかな?
そして南側にシュバイツ湖が広がっていて、向こう岸のラーズベルトの風景もかすかに見えているけど、まるで海?ってぐらい広い。あっちから見た時もそう思ったけどさ。確かに俺の目と同じような色だな。青っぽい緑色。
目的のアルジル伯爵の家は、ここから三キロほど離れたところだ。
ハロルドにぽっくりぽっくり乗ってたどり着く。
「ここだね」
「はい、ここですね。すみません」
クリスが門番に、依頼書を見せながら声を掛ける。
「冒険者ギルドからの依頼で、王都からお届け物を持ってきました」
始めは伯爵の家に尋ねる人間族の子供に不審そうな目を向けていた門番も。書類の印字を見て納得したようだ。
「わかりました。お待ちください」
しばらくして、確認のために一度お屋敷に入った人が戻ってきた。
「こちらでございます」
舞踏会が出来そうな大広間に通される。そこは沢山のパーテーションで迷路のようにされている。
「おーいこっちだよ」
大広間の窓際のスペースの広いところから一人のエルフが手招きをする。
「はい」
「よく来てくれたね。グリーゼ フォン アルジルだよ」
人間族で言う三十代ぐらいに見える伯爵のはずのその人は、作業用のエプロンに軍手のスタイルだった。
「明日からここで、絵画展をすることになってたんだけど、額縁が全然足りなくてね。でもこの王都の額縁が高額でさ。間に合わなければ額無しで掛けようと思っていたところなんだ」
「そうなんですね。絵はどれですか」
「そこに積んでいる分だ」
指の先には沢山のキャンバスが積まれていた。何故か全部同じ大きさだ。
「クリス、額縁を出して並べていこう」
「はい」
「手伝ってくれるのかい?」
「ええ、伯爵お一人で準備されているのですか?」
「ああ、これは趣味でやってることだからね、あまり費用が出せなくて」
伯爵様なのに渋いぜその金銭感覚!でも、冒険者への依頼料はもう少し欲しいです。
クリスがマジック袋から出していく百個の額縁は全部同じおおきさで、多少の装飾は違うけど、一律にオフホワイトに塗装されている。ということは。
「伯爵、これって、どの絵がどの額とか決まってないですよね」
「ああ。展示する順番だけあのキャンバスの山を左上から右下だ」
「わかりました」
ここは、クインビーの魔法を応用して。
スマホの〈杖〉アプリを起動
〈多重作業〉って魔法を発動!
無属性の魔法が一気に絵画と額を包むと。そのまま額とキャンバスが消えて、ふわりとパーテーションに取り付けられているフックにひっかかっていく。
「わーすごいねー、人間族の子供がこんな魔法を使えるなんて」
ぎくり。
「伯爵、すみません、上下が合っているかだけ確認しておいてくれますか?」
「わかった。助かったよ。ではギルドの書類を」
「お願いします」
「いい魔法を見せてもらったから、少し報酬の上乗せを指定しておくよ」
「「ありがとうございます」」
それにしても、なんだか見たことのあるジャンルの絵だな。
「伯爵この展覧会って」
「ああ、見たことあるかい?抽象画の展覧会さ」
それでかー、マルガンの海のお屋敷本館にもあった、マルガン一家のそれぞれの肖像画みたいなのが結構抽象的で、子供の頃のドミニク卿だって可愛くないって思ってた。中学校の美術の教科書で見た時もこういうのは趣味とか好みだからとも思っていたけど。
それでも、いかにもヨーロッパの中世のお城っぽいお屋敷に、抽象画を飾る意味が分からなかった。
けど、今は何となくわかる。お家に自分自身の肖像画があったら落ち着かないって気持ちが。それに、中途半端な写実的な肖像画の方が絵の中で動きそうだしね。魔法の世界だからさ。
だからこういう前衛的な抽象画なら、俺の顔だって言われてもなんともないのかもしれない。
「次の展覧会は、ブランネージュ様の肖像画のコンテストなんだ」
「へえ」まあ、芸能人の似顔絵的な感じかな。
「今度、王子殿下のお披露目があるでしょう?その後だから、王子殿下とのツーショットとかも出てくるかもしれないしね」
「それは素晴らしいですね。僕、見に行きたいです」
「ちょ、クリス」本物の親子を昨夜見たでしょう!しかもお風呂シーンだったぜ。
「じゃあ、開催が決まったら、二人分の券をギルド経由で送ってあげよう」
「いいんですか!」
「ありがとうございます。俺も見てみたいです」
うん、確かに父さんはカッコいいからね。まだ数えるほどしか会ってないけどね。
わざわざ、冒険者とは言え人間の子供を屋敷の門まで送ってくれたアルジル伯爵。
めっちゃいい人。エルフにもいい人が多いね。なんだかうれしいな。
「さて。ではご依頼有難うございました」
「またご縁があったらよろしくね」
「「失礼いたします」」
ん?なんか騒がしいぞ?
「おう、グリーゼ」
「ちょっと、貴方は出禁にしてるんですよ。もう来ないでください」
ガラのわるそうなエルフが門番ともめている。
思わず鑑定して俺はアルジル伯爵とクリスの前にでる。
「あん?なんだ人間のガキ?」
「君たち、危ないよ。ちょっと屋敷に戻りなさい」伯爵は俺達を窘めてくれる。
「大丈夫ですよ」
「こそこそとなにをいってるんだ伯爵さんよう。おりゃ、ガキどもは引っ込んでろ」
「こら、パンボ!」
「それよりなあ、金貸してくれない?とうとう爺さんたちからも追い出されて」
「お前は、他人の金を使いすぎだ。俺だって幾らお前に貸したままになっていると思ってんだ。いい加減まともに働きなさい」
終始柔和だったアルジル伯爵が不機嫌になっていく。
「そろそろ、金が入ってくるはずだから、そうしたら返せるからさ」
噂通りだな。
思わず俺はクリスをアナザーワールドに入れる。
「ちょ、シュンスケさん。あの人」
アナザーワールドの声は俺に聞こえている。
「あれ?ガキは二人いなかった?」
「最初から俺だけですよ、パンボさん」
俺たちの声はクリスに聞こえるように黄色ちゃんに頼む。
「おまえ、なんで俺の名前を」
「知ってますよ、パンボ フォン リーニングさん」
そう、この人はクリスのお母さんの夫。書類上だけの。
「俺、書類を預かっているんですよ。これ」
偶然ってすごいねーこんなところで会うとか。と言って昨日父親に預かった書類をちらりと見せる。
〈離縁届〉
「なに?」
「この書類は、奥様のサインだけで完了する優れモノなんだ。ほら、こちら側にはもうパンボさんの名前があって、その下には、リーニング伯爵とそのほかのお偉いさんのサインがあるでしょ?だからパンボさん自身のサインがなくてもいいんだって。怖いねー」
「へえ、すごいね。それが受理されちゃったら、パンボはもう貴族じゃなくなるんだな。これはまたすごい依頼を受けたんだね。そう言えば私の依頼もAランクのだったな」
アルジル伯爵が感心してくれる。
「そ」
「お、おれは純潔なエルフなんだぞ。人間のガキ風情が!」
パンボはもともと、エルフとして純潔なだけ。家名とかはないそうだ。
「それが?純潔ってことが伯爵様の名前を使って無茶苦茶やる特権なの?へんなの。八百歳も生きててさ。
アルジル伯爵はこんなにいい人なのに、ちょっと幻滅ぅ」
「ぷっ」アルジル伯爵に受けてる!
「伯爵、俺ラーズベルトから来たから分からないんですけど、純潔なエルフって稀少なんですか?」
「ああ、エルフはほら、寿命の悩みがあるから人づきあいを増やしたくないなどと、森に篭ったりして、自給自足をしている人も多いからね。稀少だけど貴重じゃないね」
「ですって。これ以上俺の前でエルフのイメージ落とさないでほしいなあ」
書類をひらひらさせながら、やれやれなポーズをする。
「うっ。のやろう」
顔を真っ赤にしたパンボが殴るように書類を掴みに来る。
ぱっ
「どこにやった!あの紙をよこせ。粉々に破ってやる」
「え?アイテムボックスだけど?」
「なんだと?人間のガキがアイテムボックスを使えるなんてありえねぇ」
「それより、奥さんに謝りに行った方が良いんじゃないの?今はね、ガスマニア帝国のポリゴン町にいるよ」
「パンボ、この子の言うとおりだ。私も君をリーニング伯爵に紹介したことを凄く後悔しているんだよ。何なら一緒に行ってやろうか」
この人が紹介者なのかー。
「なに?」
「アルジル伯爵は大丈夫だけど、この人は一度でも外に出たら戻ってこれないんじゃない?」
“もちろん無理だわねえ”
“やっぱり”
「ほら、結界がね。俺ここに来るときも、はねられてたエルフを二人見たんだ」
「へえ。ありがたいことだね。ユグドラシル様の結界って」
「この、この」
俺たちののんきな会話の向かいで、パンボは怒ってるのか赤くなっていく。
「くそこうなったらー」
パンボは腰から短剣を抜くと俺にぶつかってくる。
「おい!やめろ」「うわ」
幾ら俺でも急所ってのはあるからとっさに切っ先を右肩にずらす。
「ってー」
超久しぶりの怪我。うん痛いよね。でもさ、ここは派手な方が良いでしょ。
「お前ー、子供になんてことを」
バシッ、ガチャガチャ
「こら、放せよ!くそっ」
門番が二人いる前で傷害罪起こすなんてほんと馬鹿だな。速攻で捕まってる。
「パンボ、お前なんてことを。おい、シュンスケ君、大丈夫?」
「痛っ、だ、大丈夫です伯爵」ある程度派手に血が出たら、速攻で血管を塞いで、表皮だけ怪我を残す。
「それにしても、どうしよう、君は冒険者だけどまだ未成年だろう、誰か保護者を、とりあえず冒険者ギルドだな。おい君たち、この男も縛って連れていくぞ」
「「はっ」」
「ったく、明日から展覧会だってのに」
「すみません」
アルジル伯爵が出してくれた馬車に乗せてもらっている。足元には縛られたパンボ。
「ううっ、覚えてろよ」
「すごいですね、縛られてても元気。さすがエルフですね」
冒険者ギルドに着いた俺たちは、伯爵がいるので個室を借りる。
そして、ギルドの職員に、さっきの〈離縁届〉の下に並んでいるサインの一人を指さして
「この人にとりあえず来てもらっていいですか?」
「え?はい?プランツ氏をですか?」
「ええ、田中駿介が困ってると言ってもらえれば」
冒険者ギルドにはFAXがあるからねえ。王宮にもあるだろう勿論。
エルフのお姉さん職員に出してもらった紅茶をいただきながら、しばし待つ。
俺の右肩にはわざとらしい包帯。
「プランツって、シュンスケ君この国に知り合いがいるんですか?」
「俺、この国にはまだ二人しか知り合いがいないんですよ。これから増やしたいんですけどね」
「じゃあ、私とも仲良くしてくれますか?歳はかなり離れてるけど」
「本当ですか?よろしくお願いします」
コンコンコン
「プランツ フォン ルマニア氏が来られました」
ガチャリ。
「失礼します。あ殿下!その怪我はどうされたんですか!」
「殿下?え?プランツ様、って宮殿の侍従長の?」
「アルジル伯爵、すみませんな。よくこの方を連れてきてくださいました」
プランツさんは、侍従長ではあるが内務官の一人でもある。
「忙しいときにごめんなさいプランツさん。そこに転がっているパンボって人に刺されて」
「なんてことを。もう、御父上が来るって大変だったんですよ」
「ははは、想像つきます。そうだ、クリスはもう大丈夫だね、出てきてもらおうかな」
この部屋の出入り口を使ってアナザーワールドからクリスを出す。
「シュンスケさん~わーん」
「ごめんごめん、だって、急にこの人がアルジル伯爵のところに来たから」
「分かってる、僕から隠してくれたんでしょ。でもね!こんなことダメですよ!」
珍しくクリスが泣きながら怒ってる。
「そうですよ殿下!あなたはご自分を大事にしていただかなくては」
プランツさんも怒っている。
「はい、お騒がせしました」
びっくりしているアルジル伯爵に向きなおりながら緑色で翅のないエルフのほうに姿を変えていく。
「伯爵、改めまして、シュバイツ フォン ロードランダです。今後ともよろしくお願いしますね!」
「ああっなんと!」
握手をしようと右手を出すと、アルジル伯爵はその手を取って跪き額に当てる。
「お聞きした通り、国王陛下に似ていらっしゃる。王子殿下、お姿を見せていただきありがとうございます」
「お、王子だと!」
パンポが呻くように叫ぶ。
「王子殿下を怪我させたとなるとどうなるんですか?プランツ様」
クリスがきりっとした表情で聞いている。
「今まで陛下以外の王族はいませんでしたが、法律はできています。一応裁判があって、弁護士を立てる事が出来ますが、高額ですしね。多分極刑に近い扱いです」
「そ、そんな」
「そしてパンボさん、僕を覚えているか?」
今度はクリスが耳を尖らせていく。
「お、お前はまさか、クリス?」
「そう、クリス フォン リーニングだ」
「リーニング家は、この国の緑豊かな領地を守る大事な伯爵領主家ですからな。婿養子の貴方に食いつぶされるぐらいなら、このクリスを跡取りにしてもらった方が良いですから。
そのようにもうリーニング伯爵からも届けられております」
プランツさんが昨日父さんが俺に伝えてくれた内容を言う。
「わあ、良かったねクリス。だからあの離縁届なのですね」
「はい、パンボにはナティエさんのサインの確認後に出す、もう一つの国外追放という命令書の用意があります」
「そ、そんな」
俺はもうとっくに傷は完治しているので、むしろ、包帯が痒くなってきたから外す。そしてアイテムボックスから服を出して着替えながら。
「もう、この場で手続きしてしまいませんか?」
「そうですな、出来ますかな。早い方が良いでしょう。
私が見ている時の方が良いですしな」
“ナティエさん、今どこ?”
“ぽりごんの、こじいんのほうにいるよ”
「クリス。そのドアをつなげるから、お母さんを連れてきてもらえる?」
「はい!」
ガチャリと開けると、ちょうどドアの前でナティエさんがお昼寝中のアイラを横に、猫人族のマツを膝にしてトントンしていた。
「母上、アイラと一緒にこっち側に来てもらえますか?」
「あらクリスと、シュンスケさん?」
「よし、マツはおれが」
少し離れたところのシスターに目配せをして、こちらにマツを抱っこして引き込む。
「まっちゃん。ごめんね」
久しぶりに猫耳をモフる
「あ、しゅんすけおうじ。わーいおうじさま!ごろごろ」
そう言えばこの子は最初から俺を王子とか言ってたな。それに今は白っぽいエルフなのに。
マツのかわいらしさにしばらく逃避していたが、正面をみると、ナティエさんと縛られたパンボがにらみ合っていた。
「ナティエ、お前からも言ってくれ、俺はお前と離縁する気はないんだ」
「あなたが一緒になりたかったのは、伯爵家でしょう?私自身は関係ないですよね。だって、あなたにはもともと奥様がいて、その間に出来た子供のお孫さんもいるでしょう?」
「結婚はしていない」
「しかし、リーニングの領地とは離れたところに家があるでしょう」
「な、なぜそれを」
「あなたが、仕事だと言って家に何年も帰ってこなかった時期がありましたね」
「ああ、あの時はいそがしくて」
「そのときに、あなたを探しに息子さんがこられたんです」
うわ、最悪だ
「あなたは、私と結婚したのではなく、伯爵家の侍従として雇われたと言ってたそうですね。始めはそうして、奥様と子供に送金していたみたいですが、それに気づいた、執事長やお祖父様があなたに王都屋敷に住まわせて業務から遠ざけた。あなたの目的は始めからお金でしたから、私が人間族を引き入れたことも、子供たちが生まれたことにも何とも思わなかった」
「そうだ、私はお情けでお前の浮気に目をつぶったんだぞ」
は?何言ってんだこいつ。
「パンボさん、浮気って、もともとあなたは妻子がいるんでしょう?書類上結婚していないからって、そんなことってある?」
「うわぁ。ごめんなさいナティエさん。私もこいつがこんなやつとは知らなかったんだ。そもそも、飲み屋の席で知り合って」
「アルジル伯爵」
そんな奴を紹介するなよ。
「それに、私もパンボに何度もお金を貸していて・・・」
パンパンパン
プランツさんが手を叩く。
「もういいでしょう。この男の最低なところは十分再確認できました。我々ももう調査済みですしね、別の件で詐欺罪で手配されているのです。だからこそ、書類にサインをしていただいて、クリス君達と関係を切った方が良いです。アルジル伯爵も、たまたま名前を知っていただけ。関係のない人です。いいですね」
おお、かっこいい!
俺はひらりと書類をナティエさんの前に出す。そして、ぴかぴか光る金のペン先の、とっておきの万年筆も出す。おれが、大学の推薦が決まった時に母さんがお祝いと言ってくれた昭和な感じが凄くカッコいいペン。
「さ、サインしちゃおう!」
「ええ!ありがとうございます。お借りしますね殿下」
「そ、そんな、ナティエ」
サインを書き終えたナティエさんの吹っ切れた笑顔のなんと美しい事か!
そもそも、パンボは九百歳。純粋なエルフなら、その年齢ではまだ青年だ。そして、ナティエさんは八十歳、桁が違う!何年前に結婚したか知らないけど、結婚までの何百年の間に結婚してない妻子なんて・・・ひょっとしたらあっちこっちにいるかもしれないもんね。
エルフの常識って怖い。
「クリス、俺たちは誠実に生きていこうな!」
「急に何を」
「とりあえず勉強だぜ」
「あ、受験!」
「じゅけーん」
「べんきょー」
見た目三歳のエルフのアイラちゃんと四歳になった猫人族のマツが合いの手を入れてくれる。
「とにかく、ありがとうございました殿下」
最後はにこやかにプランツさんが声を掛けてくれる。
「俺こそ急に呼んでごめんなさい。クリス達のことは何とかしたかったですし。丁度良かったです」
「シュンスケさん、いやシュバイツ殿下」
プランツさんが魔法学部の教授に似た顔で俺の名前を呼ぶ。親子だなぁ。
「俺ね、一度リーニング伯爵って方にお会いして相談したいんだけどね、伯爵の跡取りにクリスって話はもちろん応援するんだけどね、多分伯爵もまだまだ若いんでしょう?」
と言ってプランツさんを見る。
「ええ、アルジル伯爵と同じぐらいですよ」
「じゃあ、まだまだ跡を継いだりお手伝いをする必要はないですよね」
そういってナティエさんをみる。
「ええ、父は森の恵みで遊んでいる感じで、働き者の領民にも恵まれています」
「よかった、それでね、クリスが良ければ、将来は俺の側近をやってほしいんだ。そう言う存在が必要になるんですよね?プランツさん」
「はい。それが我々の悩みの種でした。クリス君がやってくれるといいなあと、今朝も国王陛下がおっしゃってましたよ」
「本当ですか!」
クリスが頬に両手を当てて叫ぶ。
「父さんが?やった。昨日お風呂に誘って良かったな。ね」
「えー兄さま良いな~。じゃあ私は侍女とか!」
横からアイラちゃんが口をとがらせている。三歳に見えるけど中身は九歳のエルフちゃん。
そんな彼女にクリスがこそこそっと内緒話をすると。
「そ、そんな・・・」
なんか、真っ赤になっちゃった。
「まあ、クリス、アイラにはまだ早いわよ」
「そんなことないですよ母上。殿下はご存じのとおりおモテになりますからね」
え?俺ってモテるの?見た目は六歳なんですけど!ショタ好きのお姉さまに?
「そうですよ、クリス君、私も紹介したい娘が・・・」
畳みかけるようにプランツさんも何かを語る。
・・・これはなんか面倒くさい話題になってきた。
「じ、じゃあ、クリスはこのあとすぐ、ラーズベルトの冒険者ギルドで、依頼達成の手続きをして、帝都の屋敷に行こうか」
「はい、お願いします。勉強頑張ります!」
「では、私はこれで。殿下また明後日ですよね」
「はい。プランツさん、お世話をかけました」
プランツさんが、一緒に持ってきていた護送用の馬車に、パンボを押し込んで、城へ帰って行った。
「じゃあ、アルジル伯爵、また今度。あ、展覧会頑張ってくださいね」
「はい!次のテーマの時は必ず招待状を沢山お送りしますので、ぜひお友達とご来場ください!」
父さんの肖像画なら見に行こうかな。
もう一度握手をして、伯爵は帰って行った。
一旦、マツとナティエさんとアイラちゃんをポリゴンの孤児院に戻して、俺とクリスはまた黒髪人間族に戻りながら王都の冒険者ギルドを出る。
「ここは、瞬間移動じゃなくて、ショートカットで行こうかな。せっかくの風景も楽しみたいしね」
王都を歩いて、シュバイツ湖畔に出る。うん、いつ見てもキラキラしていて綺麗だ。あ、綺麗な魚。ニジマスっぽい?
「ちょっと待ってね」
俺だけアナザーワールドに一度入って、今日は俺がペガコーンになる。
『おーいクリス』
「わ、シュンスケさんですか」
『乗って乗って』
と言って左前足を足場用に曲げる。
「わかりました」
そこへちょいと足を乗せてひょいと馬上に上るクリス。
『へえ、王子えらーい。僕も今度そうしよう』
そして角を出して羽根を広げる。
『じゃあ行くよ』
ペガコーンから二つの会話でもクリスは混乱しない。すごいな。
湖岸で少しパカリパカリと助走して飛び上がる。
「うわーすごーい」
“おうじとくりすだ”
“つっきれー”
すぐに寄ってくる精霊ちゃん達。
あ、鼻に座るのはやめて、くすぐったい。
『このまままっすぐ南のラーズベルト辺境伯のお城のバルコニーに飛ぶよ』
「ハロルド様やシュンスケさんしか出来ないルートですね」
『ははは』
湖面近くを走るように飛ぶと、下にペガコーンの姿が写っている。面白い。
『やっぱり楽しいなー』
「ほんとうですね。あ、カーリンさーん」
「おーい。クリスくーん」
シュバイツ湖を縦断するのは約十キロメートル。もちろん迂回するより突っ切る方が速いし、楽しい。すぐに対岸が近づく。
『ただいまカーリン』
「あら、そのハロルド様は、またシュンスケ君なのね」
『うん』
「私も乗ってみたいわ」
『いいよ、ね?ちょうど乗馬服みたいだし』
『うん、カーリンなら大丈夫』
「今から葦毛の馬に乗るつもりだったの、でもいいの?」
『うん。どうぞどうぞ乗って』
そう言いながら、ウリサが乗った時のように、バルコニーの手すりに寄っていく。手綱や鐙がないからね。馬上からクリスも手を出している。
「ありがとう。よいしょ。ごめんねクリス」
「い、いえ大丈夫です」
クリス、カーリンとのタンデムにドキドキしてるんじゃない?ふふふ。
『じゃあ行こうかな』
またバルコニーで助走をつけて駆け上がる。
そして、ハロルド姿でラーズベルトの冒険者ギルドに着いた俺は、二人を降ろしてから、今度は先にアナザーワールドに入ってから着替えて出てきた。よし、完璧。
「じゃあ、シュンスケさん、受付に行きましょう」
だんだんクリスの方が先に動くようになってきている。
「はーい。あ、ゴダだ」
たまたま、単独で別の依頼達成の手続きをしていたゴダに会った。
「あの依頼、できたんだ。丸一日で?さすがシュンスケだな」
ゴダが俺の頭を撫でまくってきた。
「いや、半分はクリスの活躍だよ」
「クリスもえらい!よし、おいらがここは晩飯を」
「いや、この後クリスをすぐに王都の屋敷に連れて行って、俺は明日の分のかき氷を作るんだよ」
「あーそうだったな。シュンスケは相変わらず働きすぎだ」
「ふふふ。大丈夫。移動時間が短いってすごいよ楽ちんだもん」
王都の屋敷に戻った俺たちは、侍女のミアに残っているフリルフリルマッシュルームと白身魚を一緒にバター醤油焼きにしてもらってご飯と一緒にかきこむ。
「うん、バター醤油は無敵だな」
「無敵なのはシュンスケさんですよ。そろそろ自覚してくださいね」
「そんなことはない、俺一つ後悔していることがあるんだよ」
「なんですか?」
「枕をゲットし損ねてるんだよ!スライム枕ー」
かつての修学旅行とかの土産屋で「後で」で買えたためしがなかったことを思い出した。
お読みくださいましてありがとうごさいます。
急行便シリーズ終了です!
お星さまありがとうございます。もっと頂けたら♪
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