74【小さくても大きくても奇跡】
「これを私に?」
「そう、これが新しく二つ入っていた」
水の女神ウンディーナ神が母さんのウエストポーチにふたつ入れてくれたのは。二リットルの水がなみなみと入っているガラスのような素材のポットだった。
〈ガラスのような〉というのは鑑定したら〈硬質水晶・象が蹴っても割れない〉と書いていた。その上で中の水が、ラーズベルトに来るときに、カーリンが青色ちゃんにもらった、ユグドラシルのふもとの冷たい湧き水が滾々と充填されるようになっているのだ。そして、重量を軽減する付与が付いているみたいで、二リットルも入っているのに割と軽い。だから、慣れるまで加減が難しいかも。
神様にもらったのだから神器と言うか、聖杯ならぬ聖ポット。俺には風の神様の剣もあるんだけど、おいしいお水のポットはとってもありがたい。しかもエリクサーのように効能が貼ってある。カーリンの前にある方は、
〈所有者:カーリン フォン ラーズベルト。効能:脱水症状の改善・新生児から可能、調乳に最適、内臓疾患に効果あり、洗顔による美容効果、肌荒れ改善、保湿、発毛育毛、お茶を入れるに最適、酒を割るにもよし、もちろん普段の水分補給によし。注意:所有者以外が注ぐと純水にしかならない、譲渡不可〉
まだ、スポーツドリンク持ってるけどね、この水を出す方が、自然だよね。うん、もう少し早くほしかったね。そんなわがままは絶対に口に出しては、言いませんけど。
俺が借りている客間の応接セットで、二つ並べてお話していた。
俺の同じソファの隣にクリスが座って、後ろにウリサ兄さんが立つ。
向かいにはカーリンとグルナママさん。
「すごいね、魔法を使わずに常にお水が出るよ」
「しかもおいしいお水が」
“王子、僕そのお水飲みたい”
ハロルドが俺の中に入って俺に話しかけるときは、カーリンには聞こえていない。
“俺から出るのか?”
“王子が飲めば僕も飲める”
「よし」
俺は目の前にある、もう飲んでしまっていた紅茶のカップに水をたっぷり注ぐと、グイグイと飲む。
「ぷわぁーうめー、あ」
“おいしー”
「ほほほ、シュンスケちゃん、お風呂上がりの辺境伯がお水飲んでいるみたいだわ」
グリナさんはさっきから俺にはちゃん付け。良いですよ。殿下とか様より全然!
「そうですね。お風呂上りじゃなくても美味しいから、声出ちゃいます」
俺はウエストポーチから、旅行に持っていくような詰め替え用の小さなスプレーボトルを二個出して、その蓋を開けて、小さいから難しいけど、ポットのお水を入れて鑑定してみるけど、効能に変化はなかった。
カーリンは今はすっぴんだ。美人さんだから正直化粧していても、ポイントが変わったのしか分からないんだけどね。
「ねえ、これを化粧水みたいに顔に吹きかけてみない?」
「え、ええ」
「あら、いいわね。私も後で借りようかしら」
グルナさん、たぶんお化粧の上からでも大丈夫だと思うけど。
お年頃のカーリンは今おでこのところにニキビができていて、それを前髪で隠しちゃったりしている。俺はニキビの経験はないけど、友達が痛がってたな。
「おでこにもつけるんだよ?俺はこっち向いておくから」
「え?・・・わ・わかったわ」
シュッ
「じゃあ、これはなんでもないタオルだけど、押さえるように拭いてみて」
カーリンを見ないようにタオルを出す。
「ありがとう、まあ、ニキビが・・・なくなっちゃったわ」
「ほんとうだわ。なんてことでしょう」
思わず振り返って見ちゃう。
「おーきれいなおでこになったじゃん」
「じゃあ、こっちのスプレーボトルはグルナさんに」
「ありがとう、シュンスケちゃん」
まあ、グルナさんはエルフ交じりだから実年齢より若々しいんだけどね。
女の人は美容のアイテムが好きだもんね。
「この大きなポットは、冒険活動にもいいね」
「ええ、でもパーティー内とか、決まった人にしか見せられないわね」
「ただの水として出せばいいじゃん」
「そうね、ウンディーナ神のことは言わない方が良いわね」
「そう、済ました顔で出してしまえばいいのさ。俺にはまだ難しいんだけど、カーリン嬢なら出来るでしょ?ねえ」
くすくす笑う似た者母娘の母君に聞いてみる。
「貴族同士なら難しいかもしれませんけど、平民の冒険者なら大丈夫でしょう」
・・・冒険者って結構貴族いそうだけど。
「ええ、そうね」
「とりあえず、出かけましょうか」
「はい、あ、少し距離があるから、ハロルド様に乗られますか?」
「いいね、白馬状態で歩いてもらおうかな。まだ、鞍とかないけど」
“いいの?鞍と手綱借りてもらってー”
ハロルドってこだわらないんだね。良い子や。
「うんわかった」
「未使用の物が予備にあるはずですわ」
ラーズベルト辺境伯で一泊した次の朝、俺はここの教会でも歌を歌うことになっていた。
カーリンの愛馬は葦毛の雄馬で、その隣に角も翼もひっこめた美しい白馬状態のハロルドを出すと、雄馬同志なのになんか仲良く会話している。
「ハロルド、その馬なんてお話してるんだ」
『ひさしぶりに、カーリンとお出かけ嬉しいんだって』
素敵な通訳有難う。
「まあ、ありがとうハロルド様。私もこの馬とお出かけするのが嬉しいわ」
と言いながら、鼻筋を撫でている。
葦毛の馬は今日は乗馬されるのではなく、カーリンと、辺境伯夫婦の乗る馬車を引く。
では行きましょうか。
ハロルドの許可が出たから、今日だけは一般の馬の鞍と手綱を付けてもらっている。
ハミは外しているけどね。
ハロルドがご機嫌で領都の大通りを闊歩する。真っ白な白馬を、みんな賞賛してくれている。そりゃあね、馬じゃないもん。精霊ちゃんだもん。
馬上の俺も、小さい鼻が高く感じるってもんだよね。
ラーズベルト辺境伯の教会は、カーリンが自慢するだけあって、すごくきちんとされている、まあ、あの領地が変なだけだろうけど。
風の神様の石像も真っ白でつやつやに磨かれていて、きれいだ。
上の階の控室で、助祭の服に着替える。今日のストラは決まってないので、風の女神のリスペクトと言うことで、黄色にした。
ちゃんとお手入れされたチェンバロに座る。帝都の教会とほぼ同じ大きな大聖堂だ。もとは王都だったところの教会だもんな。そりゃあ立派だよね。
では、風の神様の歌を。
~~空から降りて~~
~~山をかける~~
~~川に沿って~~海を超えて~~
~~今日も明日も~~風は歌う~~
~~世界の~~心を~~
うん、忙しそうな内容だ。母さん、元気かな?あとで、メッセージしようかな。
父さんに会えたよ。俺、王子なんだってね。それに、
人間じゃなかったし、エルフでもないんだけど、精霊だって、それから、
母さんを大好きなハロルドが俺の中で共存し始めたんだけど。ってね。
ウンディーネ神とかからもメッセージが行ってるかもしれないけど、自分からもね。そう言えば最近スマホは触ってるのに、母さんにメッセージしてなかったね。ごめんね。
今日も教会には戦争の時に負った怪我で五年以上苦しんでいる人や病気の人、目や耳が不自由な人、そして、小さな子供達が座っている。
翅を出した精霊ゴッドはチェンバロを弾きながら歌を歌いながら、今日も聖属性魔法を上から振りかける。
精霊ちゃん達も沢山舞い踊っている。
ラーズベルトの人たちも、戦争の悪夢をここで断ち切って、これからは、希望に満ちた幸せな暮らしを送ってください。病気よ立ち去れ、大人も子供も健やかに、朗らかに。
祈って祈って俺は最後にまた久しぶりに地球の歌を歌う。
白衣のお医者さんが行進していたドラマの曲を。あれには奇跡を呼び寄せるような歌詞がある。この世界は神様がいて、魔法があって、俺がイメージしやすいから、より聖属性魔法が利くかな。
拍手喝采にお辞儀。
みんなは奇跡だと賞賛してくれるけど、だんだん俺には日常になってきたな。
でもまあ、よかったね。戦争でかな?腕をなくしていた男性が、両手で顔を覆って震えて泣いている。足が無くなって結んでいたズボンの片方の裾を慌てて解いていたおじさんもいた。靴がなかったからそっちは裸足だけど、その人に寄り添って家族も喜んで泣いていた。
“王子はすごいねぇ”
頭の中でハロルドが話しかけてきた。
“そう?”
“普通の人は、こういうことをするときはいっぱいお金貰うよ”
“お金欲しいって思わないな。俺は今ありがたいことに何不自由無く十分に暮らせているし、多分、そこで欲を出したら、聖属性魔法の威力が弱くなる気がするんだ”
“そりゃそうか。神様は王子の事よく見ているもんね”
“そうだね、だからってわけじゃないけど、ちゃんとしたいな。みんなが幸せそうだと俺も嬉しいもん。今日初めて会った人ばっかりだけどさ”
“まあ、王子がみんなの喜ぶ顔を見て幸せって感じてるなら大丈夫。それに精霊達が言ってた通り、王子のお歌が素敵、僕も好きだな。また聞かせてね。”
“うん、もちろん!ありがとハロルド”
教会から帰ってきた俺は、ウリサ兄さんに、裸馬になったハロルドとの遠乗りに誘う。
「ウリサ兄さんこういうの好きでしょ」
「ははは、恐れ多いんだけど、乗ってみたいと思っていたの顔に出てた?」
だって、ウリサ兄さんはまだ二十一歳。この世界の人間族は早熟だから、早く家庭を持ったりする人はすごく大人になってしまうけど、ウリサ兄さんは妹従弟が第一ってスタンスで、今は彼女はいないらしいし、自分のために楽しんでることってあるのかな。
そんな、難しいことは抜きで、ハロルドとお出かけしよう!
辺境伯領の城のバルコニーに出て、ハロルドを出す。
まずは俺が飛び乗って、バルコニーの手すりの方に移動。そして、手すりの下の方の木枠に足を一寸かけて、ウリサ兄さんがハロルドに乗った。勿論俺の後ろです。いまは、ユニコーンスタイルで、羽は出してない。
『ウリサ、乗ったね』
「の、乗りました」
ユニコーンに名前を呼ばれて、少し緊張ぎみに答える、ウリサ兄さん。
そうだよね、普段よく馬に乗るけどさ、具体的な会話しながらなんてないもんね。長く関わっているうちに、通じるものはあると思うけどね。動物ってみんなそうだもんね。
バサリと羽を出して、バルコニーをトトトンと跳ぶと、透明な道でもあるかのように、空をかけ出す。
「俺にしっかりつかまってね」
手綱がないから、俺の腰ぐらいしか兄さんが掴まるところはない。
「シュンスケの腰なんて細すぎて頼りない」
『ははは、そうだよね』
「むぅ、早く頼られる男になりたいぜ」
「お前はもう十分、頼りがいがあるぜ」
「そ、そう?」
「ま、見かけだけはまだだけどな」
「分かってます」
「六歳にしては、十分どころかびっくりするぐらい頼れるんじゃないか?ポリゴン町の孤児院にも寄付してるだろ?
俺が六歳のころはまだアリサとゴダも一緒に俺の母親と暮らしていて、世間知らずなガキだったぜ?」
「へえ、六歳のウリサ兄ちゃん。可愛かったんだろうな」
「こら、想像するな」
『ねえ、そろそろ、王子も』
「そうだね!やってみたい!
兄さん俺ちょっと飛び上がるから、前に来て、ハロルドのここら辺で自分を支えて」
と言って少し宙に浮いて兄さんに少し前にずれてもらう。
「うわ、ハロルド様の鬣が!」
「モフモフでしょう!ちょっとがっつり、がばっとくっついてみて」
「え?いいんですか?」
『ウリサならいいよー』
少し恐る恐るながら、ウリサの上体が倒れこんで、鬣に頬が埋まる。
「うわ、これはまた」
「ふふふ、兄さんもモフモフ体験出来たねー」
「たしかにモフモフだ。これは素晴らしい」
『ははは、気に入ってくれてよかった。じゃあ、行こうかなシュンスケ』
「うん。じゃあ、ウリサ兄さん、今から俺がハロルドの方に一体化するね」
「え?」
そう、新しく取得した、ペガコーンのスキルの究極は、羽だけを出すんじゃなくて、俺自身がペガコーンになってしまうってこと。洋服を一瞬で着たままアイテムボックスにしまって、ハロルドに同化する。
だから。変身を解くときはちょっと工夫がいるんだよね。
「え?シュンスケ」
『シュンスケは今ハロルドになってまーす。うわ、たっのしー』
白い羽を羽ばたかせながら、四本脚でも走る。ちょっと難しいけど、最近精霊ちゃんみたいに自分の翅で飛んでたから大丈夫。一緒。
少し高くまで駆け上がってから、羽を広げたまま風に乗ってゆっくり滑り降りていく。
これは楽しい!小さい翅と違って、がっつり空気をとらえる感触がいいねえ。
ハロルドになっても魔法を使える感覚はある。
シュバイツ湖を駆け回りながら、風魔法でウリサ兄さんを支える。
“はろるどじゃないー”
“なかみはおうじ”
“うりさ、こんにちわ”
「あ、こんにちは。うわ、精霊がいっぱい」
ウリサ兄さんはモフモフを楽しむポーズから普通の乗馬スタイルに戻っている。
『こんなにいたら、ウリサ兄さんにも見れるんだ』
「ああ、初めて見られた。シュンスケが言うように、小鳥ぐらいのサイズなんだ」
女神さまがいらっしゃる湖だから、サービスしてくれたのかな。
何人かの精霊ちゃんは頭頂部の鬣や角に捕まって乗っている。その感触がくすぐったい。
『この子たちは、湖の上だから沢山いる青色ちゃんが水の精霊で、黄色ちゃんが風の精霊、他の色もちょっとわかる?』
「ああ、赤とか白、紫、白っぽい緑の髪の子もいる」
『よし、合格!全部見れたね』
「ははは、ハロルド様も精霊なんですよね」
『そうだよー僕も精霊。どっちかと言うと白鯨のムーに近い種類だね』
白鯨のムー、蜂の女王のクインビー、そしてペガコーンのハロルド、たぶん世界樹のユグドラシルも?
この世界の精霊には一つしかない貴重な存在があるみたいだ。他にもいるみたいだから、もっと出会えたらいいなー。
“その中の頂点は、今現在は王子だよ”
ハロルドが教えてくれる、俺のこと。
え?世界樹じゃないの?
“おうじだよ”
そっかー、俺も一応精霊らしいもんな。
これからも、人と精霊と、たくさんの出会いに期待しながら、俺の名前の湖面をぐるっと走る。うん、この世界に来てよかったよ。母さん、ありがとう。
バルコニーに戻ると、カーリンがいてた。
これから、いつもの姿に戻るのには、女の子がいたらまずい。
『兄さん、降りたら、マントを俺に掛けて』
「わかった」
「お帰りなさい、ウリサさん。シュンスケ君は?」
「この子ですよ」
「ハロルド様が?」
ウリサ兄さんが自分の腰のマジックバッグから、マントを出して、羽を仕舞ったユニコーン状態の白馬の背中に掛けてくれる。
ここは、念のために白色ちゃんに光るエフェクトをお願いして。
「ただいま。カーリン」
「きゃ、シュンスケ君」
裸マントなので、ダッシュでアナザーワールドに駆け込む。
ふう。
服を着てバルコニーに出てきてから少し考える。
「戻り方を研究する必要があるな」
「先にアナザーワールドに入ったらいいのでは?」
「さすが!ウリサ兄さん!採用させていただきます」
『裸はだめなの?』
ハロルドが不思議そうに尋ねる。
「「だめなの」」
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