57【ドナドナを見過ごすなんてできない!】
爽やかな初夏のそよ風が吹く帝都の商店エリアをロベリアという、パラソルを刺した上品な老婦人の車椅子を押して歩いている。
ロベリア様は、この先のお花屋さんのオーナーで、なんとドミニクのお母さまらしい。
「だからね、シュンスケちゃんはドミニクが面倒みている子供ですもの。私のことをばあばと呼んで」
今、俺は冒険者としての依頼で、ロベリアさんのお手伝いをすることになっていた、んだけど。わざわざ依頼なんかされなくても、お金なくても手伝うって!
お住まいは俺たちの屋敷の向かいで、いつもはセバスチャンのもと同僚の夫婦がお世話をしているのだが、今日は結婚記念日だからとお休みをさせたらしい。それで俺に話が回ってきた。
ロベリア様は先代のマルガン辺境伯の第二夫人だったとのこと。今の辺境伯とは義理の祖母になるので、領地を出て、帝都で気ままに暮らしているらしい。
「それにね、ドミニクの古い怪我をあんなにきれいに治してくれたあなたには、わたしも感謝しているのよ」
俺は服を着た状態で、麻痺のある右手足しか知らなかったが、躰にも切られたり火傷をしたような引きつれたケガが沢山あったらしい。冒険者活動と戦争の時についたと。
「ドミニクさんには、初対面の時からずっと後見人をしていただいていて、俺のほうこそお世話になっていますから」
この方は、もとは平民なので結構気安い。辺境伯からもドミニク卿からも支援されているのに、何かをしたいと花屋を営んでいる。うん、じっとしていられないのは、平民あるあるだよね。
お花屋さんには従業員がいるから、お店につくまでと、帰り道のお付き合い。馬車は「平民はそこからそこへの通勤には使わないわ。花屋には置く場所がないしね」だって。ほんとうはロベリア様も俺の魔法で、すごぶる健脚になっていらっしゃるんだけど、まだ、周りの人には内緒なのだ。
「それにしても、シュンスケちゃんは車椅子を押すのが上手ね。全然石畳の振動が来ないわ」
まあ、少し浮かせて滑らせているから。車輪が回ってないし。
「あ、お店につきましたよ。おはようございまーす」
「「「おはようございます。シュンスケ様、オーナー」」」
「おはようみんな」
「様はやめて」
俺がちょくちょくお花を買うから。お花は俺には携帯電話というかトランシーバーというか。精霊ちゃんが待機しやすいんだよね。でも、今日はお客じゃないよ。
今日はポロシャツにカーゴパンツ、それにエプロンをして、キャップをかぶっている。初夏の日差しは本当にまぶしいからね。
お店の人にロベリア様をバトンタッチして。俺は店の前のお掃除を始める。魔法でぱっと掃除もできるけど、ここは丁寧にね。
お店の前は大通りになっていて、歩道と馬車の道に別れた石畳の道だ。馬車の道は、轍が刻まれていて、路面電車のある道路みたいだね。そりゃそっちの道を歩くのは危険だ。
歩道を箒で掃く。隣のお店の前も掃いてしまおう。
「おはよう、シュンスケ君。今日は日曜日か。せっかく学園のお休みなのにお仕事?」
「おはようございます!今日は、ロベリア様の執事がお休みなので、代わりにね」
お店のお隣は去年の夏にいっぱいお世話になったフルーツ屋さん。いまも、屋敷のデザート用の果物はここで買っている。もうすぐ海の家シーズンになるからよろしくね。
魔法で水撒きをする。
「へえ、ホースがいらないのはいいねえ~」
「ついつい、楽なんで横着しちゃいますね」
「いやいやそんなに沢山水魔法を出していたら疲れる人のほうが多いんだよ」
店先にお花を並べる人とフルーツを並べる人とで話していると。
えーん えーん
ひっく
「うりゃ、おとなしくしろ」
「言うことを聞かないとまた張り倒すぞ」
幌をかけられた馬車が通り、その外側を歩いている男と御者をしている、いかつい男が怒鳴る。どう見ても堅気には見えないね。
そんな馬車を周りの人が痛ましそうに見ると、睨み返しながら進んでいく。
「いやだねぇ。あの中には、人間族じゃない子供が入っているんだよ」
「あの男の人たちは何のために」
「下働きや貧しい農村の小作人達の子供だろう、ある程度育ったら別の下働きを探している貴族や豪商に売られるのさ。外国の時もある。
今の皇帝は人間族以外の人権も引き上げようと頑張っているが、親が食うに困ってたり、たくさんの子供の一部でも育てるなら、あぶれた子は売られるのさ。親やほかの子供たちの食うためのお金が絡んでいたら、俺達には手出しができないしな」
花屋の兄ちゃんが説明しながら、俺を馬車から隠すように外側に立ってくれる。
話しぶりから、帝都の一般の人たちが他の種族を嫌っているわけではなさそうだ。ちょっと安心。
ロベリア様が自分で車いすを操作して出てきた。ブンブンとすごい勢いで俺を手招きしている。
「あんたも、子供なんだからこっちに来なさい」
そう言って、店の奥に引っ張ろうとするが。
「中の子供は六人いますが、ポリゴン町に連れて行っても大丈夫ですかね」
「六人も?ってなんでわかるのかしら。ポリゴンに連れて行くのは、大丈夫だけど」
「じゃあ、すみません。また夕方にお迎えに来ます」
「ちょっと、シュンスケちゃん!」
俺は馬車の前に転がるように飛び出す。
「なんじゃガキ!」
「なあ、おっさんたち、俺も買わない?」
我ながら凄いセリフだと思いながら言う。
「んだと?人間族の子供には用はないぜ。ママのところに帰んな」
「俺人間族に見える?」
と言いながらお店から見えにくい場所に場所を変え、ピアスを触りながらこっそり変身をキャンセルして長耳を見せ、キャップを外す。
「おお、これは、へえ。お前さんならかなりの額になるだろう。乗れ」
「まいどあり」
「お前を買った金は誰に払えばいいんだい?」
「それは、俺に」
「そうかそうか、じゃあ乗れ。金は買う人からもらってやるからな。」
「まあ、俺たちがもらってやるけどよ」
がはははと笑いながら、歩いていた男は俺をひょいと持ち上げると荷台に放り込んだ。
荷台に腕を伸ばしてきておれの手首や足首を縄で縛る。うん慣れているのか、縛るのが早い。しらんけど。
幌の隙間から、おれの様子を心配そうに見ていたロベリア様に笑顔と口パクで
「大丈夫だからねー。ドミニクさんに内緒で」と言ってみる。
「おら、外見んな、もっと中に入れ」
と言って肩のあたりを殴ってきた。
ぐっぐえっ、痛って。舌嚙んだ。それに、この馬車荷物用だから乗り心地悪い。
少し落ち着いて周りを見回す。マツみたいな猫人族が三人と、兎人族が二人、そしてエルフが一人いた。エルフにはごっつい首輪をはめられている。エルフ以外は女の子かな。
みんな二から三歳ぐらい。本当は可愛い盛りであるのに。ちょっと許せんな。
「みんな、大丈夫?」
「おにいちゃんは?」
「きれいなお兄ちゃん」
俺が荷馬車に入った途端みんなが涙でぬれていたびっくり顔をこっちに向ける。中にはやせ細って目がうつろな子もいる。
「しー静かにね」
よく見ると、顔に叩かれたあざがあったり、腕などもひもで強くこすったような擦り傷のような火傷のような跡もある。ああ、こんな小さな子供を鞭で打つような大人がいる世界なんだな。俺だけがのうのうと安全なところで過ごせているのが申し訳なくなってくる。
“ドミニクはどこにいるの?”
“ぽりごんの ぎるますしつ”
よかった。よし。
俺は御者席の近くに積んでいる書類を見つける。この子たちを売る契約書だ。
売主は、〈エゴン〉まあ、知らない人だよね。まだまだこの地域のことは分かってないし。
親が売ったわけじゃない?仲介?犯罪臭いよね。
「ねえ、君たちのお母さんやお父さんは?」
みんなにこっそり日本の四つずつパックになった小さなリンゴジュースを飲ませる。一気に良い笑顔だ!ウエストポーチもアイテムボックスに入れて手ぶらにしていたんだ。
「おとさん?おかさんってなあに?」
「えーっと、パパとかママとか」
「「「?」」」
この子たちは親を知らないのか。
一人は涙目で首を横に振っている。
エルフの男の子はちょっと違うようだね。縛られ方もちがう。
親が売り手として絡んでいるわけじゃないんだな。よし。遠慮は不要だ!
「いまから俺が皆を助けるからね」
馬車は帝都の出口の門でいったん止まる。ポリゴンへつながる道とは違う方角にある門だ。黄色ちゃんの風魔法で声を拾う。門番に金を払って中身の検査を逃れているみたい。
門番もグルかな。
二人の男の名前は鑑定で見た。門番もね。鑑定では前科も見れちゃったりするんだ。怖いよね。自分で使っててさ。
自分とみんなの拘束を風魔法で子供たちを傷つけないようにほどく。
「みんな、俺と手をつないで。そうそう。俺と手をつないだ子と手をつないで。よし」
そうして俺は走る馬車からポリゴンのギルマス室に飛ぶ。エルフ姿のままで。
「お?なんだなんだ?」
「ごめんドミニク卿、説明は後でするからこの子たちを。契約書はこれ」
「・・・わかった、任せとけ」一瞬で察してくれた後見人は本当に頼りになるぜ。
馬車が動いているので、俺は元の場所の上空へとぶ。すこし進んじゃったからずれているんだよね。
「おい、やけに静かになっていないか?」
「さっき騒いでいたから疲れて寝てるんだろう」
「はは、ガキはどこでも寝るからな。ちょっと止まれ」
歩いていた男が荷台に入ってくる。
「な、なんだ?おまえ、ほかのガキは?」
「この馬車、ぼろっちいんだね。さっきの橋のところで穴が開いてほら、そこからみんな落ちて行っちゃった」
「た、確かに真ん中にでっかい穴が開いている・・・」
「そんな馬鹿な。穴が開くような音はしなかったぜ!」
まあ、魔法で静かにやりましたので。底板はサブボックスにあるけど。
「しょうがない、この小綺麗なエルフで勘弁してもらおう」
「ああ、あのガキらを全部足すより高額にはなるだろう」
「珍しい色をしているからな」
俺の顎をつかんでのぞき込む。
手はもう縛られていないけど、まだ後ろに手を回したまま気持ち悪いおっさんの目を睨み返す。
「俺は売られた後どうなるんだ?」
「さあ、きつい労働か、お前ならペットかな。がはは」
げ、人をペットなんて、買う方もろくでもないよね。
「もうすぐ買主側の仲介屋の馬車に乗り換えだ」
・・・まあ、今回はこれ以上深入りしなくてもいいかな。もう子供たちはドミニクのところだしね。
「あ、俺まだ兄貴に出かけることを言ってくるのを忘れちゃった!
怒られるのが嫌だから帰るね!」
荷台の中で立ち上がる。
「な、なにを。あ、てめえ、いつの間に縄をほどきやがった?」
パチン
指を鳴らして、馬車を離れる。
「先にお花屋さんだな。それからポリゴンへ」
「ロベリア様~」
黒髪黒目に戻って声をかける。
「わーんシュンスケちゃんよかった!」
「心配かけちゃいました」
「後先考えずに動くところ後見人にそっくりね」
おや、そうなんですね。
「では、俺はいったんドミニクさんに説明してきますね」
「わかったわ。早くこっちに戻ってきてね」
「はい」
ガチャリ
「ドミニク卿」
「おお、シュンスケ。お手柄だったな」
「そうですか?よかった」
「あいつらは、北西の戦争後の貧しい領地から来たんだと思う。今はシャワーをしていて、これから飯かな」
「わかりました」
急に増やしちゃった子供の世話を手伝いに行こう。
「シスターすみません」
「もう、急に六人も!それにみんな君を探していたわよ」
「「「おにいちゃんだ!」」」
「「わぁ、あれ?くろかった?」」
あの、やせ細っていた子も、すこし目に力が入ってる。
みんな綺麗にしてもらっているけど、まだ顔や躰についている傷が痛々しい。
「遅くなってごめんね」
さっき見せていたエルフ姿に戻って、俺はみんなを聖属性魔法で包む。
「「「わぁきれーい」」」
あ、エルフの子の首輪が?怪我が治らないな。それに、鑑定が出来ない。
さっきから色々尋ねてみているんだけど、この首輪を抑えて首を横に振っていたんだ。
「それは、隷属の首輪よ、エルフだから魔力があるからそれも防がれているのね。今のガスマニア王国では禁止されているのだけど。ここでは外せないわ。特別な道具が必要なの」
「えっと、〈隷属解除〉」うん、外れたね。そうして顔の傷に触れて治す。
「・・・君はほんとに規格外ね」
「ありがとうございます」
こわばっていたエルフの男の子の顔がほころぶ。
〈クリス フォン リーニング 12〉
俺と同じ六歳ぐらいにしか見えないけど、まだ十二歳?どういう事。あ、ハーフエルフね。ミックス?なんだろ。でも、初めて会う同世代のエルフ。髪は濃い緑色で、明るい茶色い瞳。肌は褐色だ。
「俺はシュンスケって言うんだ。クリスって呼んでいい?ごめんステータス見たんだ」
「大丈夫です。私はまだ魔法も使えなくて」
「魔法の学校は普通は十歳からだもん。勉強したら直ぐに使えるようになるよ。
クリスのお母さんとかは?」
「ある日気が付いたら僕だけ首輪をつけられて、帝国へ行く馬車に乗っていたんです。父は人間族で、戦死しています。母とあと、妹もいるんですけど、俺一人が・・・ううっ」
頬を伝う涙を拭いてあげながら、母さんと別れて苦しい気持ちがなんだかシンクロして、俺も泣きそうになってきた。
お父さんが人間族のハーフエルフか。
「よし、いつか、お母さんと、妹さんを探そう。その前にクリスがまず元気にならないと、探しに行けないからね」
いつか、一緒にエルフの国へ行こうね。
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