53【思い描いていた明日が違う!】
次の日、学芸会の演目の個人的な準備のため、図書室の地下の閲覧室で、読みたい本を広げて寝転んでいた。
〈お猿でもわかる変身魔法〉
久しぶりの お猿シリーズだ。
ふんふんなになに。なるほど。光属性と闇属性と聖属性の微妙なバランスが必要なんだな。これは難しいぞ。
〈別種族への変身方法〉首からぶら下げている、ドミニク卿にもらった黒い石にはこの術式が組み込まれているんだな。ドミニク卿が作ったのかな。お友達かな。
教授にもらったピアスも同じ術式だが、使っている素材がオリハルコンで、より強力な効果があって、気絶してても変身が解けることがないと。じゃあドミニク卿の石だったら寝てるときはともかく、気絶したり、魔力が無くなっていると効果が無くなるんだ。
でもでも、お二人ともありがとうございます。ほんと。
さらに、ページをめくって目的の項目を探す。
〈見た目の年齢を変更する魔法〉これだね。
一時的なものだし、詠唱でいけるかな。戻るときのために、ちゃんと数字を入れなくては。
〈十二歳年上に変身〉
バチッ
「いて!魔法が跳ね返った。あれ?
あ、種族変更との重ね掛け不可。
えーまじか。
しょうがない」
あ、そうだ、姿見を出しておかなくちゃ。
ウエストポーチから気合を入れて、一八〇センチの大きな姿見を出す。
これの高さいっぱいいっぱいの長身になれたらいいな。
じゃあ、改めて、首のひもをアイテムボックスに直し、左のピアスにふれる。
〈キャンセル〉
鏡に映るのはちょっとは見慣れてきたエルフ姿の俺。
では、もう一度
目をつぶって詠唱する。
〈十二歳年上に変身〉
うん、全身を三属性の魔法が駆け巡ったよ?
そろりと目を開ける。
あれ?少し大きくなったけど、全然まだ小さい。うーん殿下ぐらい?
“おうじ、ねんすうを さんばいにしなくちゃ”
“かさねたら、しっぱいするから、いちど ろくさいにもどって”
白色君と紫色ちゃんからのちょっとショックなご指摘
俺の成長に三倍かかるっているあれね。くそ。
あ、元に戻るのには、ピアスに触れてキャンセルと言えば元に戻っちゃった。これは便利。
さて、そうですか、三倍掛けるのね。
〈三十六歳年上に変身〉三十六って逃げるときに使う数字じゃ・・・
改めて、鏡を見る。
「やった!背が伸びたー嬉しい!」
“よかったね おうじ”
“あらほんと、せがたかい”
“でも、そのかっこうじゃ、かっこいいとは いってやれないな”
「まあね、服が破れたら困るからパンツ一丁で試したんだもん」
そう、ほとんどすっぽんぽん。図書館の閲覧室にあるまじき格好である。
うーんしかし、これは良いぞ。
普段の訓練もあらわされている。
俺のシックスパックがちょっと復活しているー。ウリサ兄さんほどじゃないけど、細マッチョのなりかけみたいな。お腹をつつきながらニンマリする。
では、高校の時の制服を出しまして。もう、暑いから夏服でいいでしょ。
ワイシャツとグレーのチェック柄ズボン。
「どだ」
“いまいち”
“かみのけが きれーい”
赤色くん最近辛口だな。そして緑色ちゃん、おんなじ色の髪でしょ!俺はストレートヘアになるけどね。
確かに、身長だけじゃなくて、髪も滅茶苦茶伸びてます。初めての腰までの長さ。そうだよね、普段身長は全然伸びていないのに、散髪が必要なぐらいには髪は伸びるんだもんね。先日も素材として売りました。
“おうさまとは いろがちがう”
黄色ちゃん?父さんは何色なの?
“えっと、もっと あおい みずいろ?しろ?” では俺は誰に似てこの色なんだ?
“おうじのほうが きいろっぽい?”
長くなったところで、この髪の毛って子供エルフじゃないから、売れないのでは?
少し切って鑑定・・・。子供だからって単語がなくて〈スピリッツゴッドの素材、稀少度ゴッズ〉。別の意味で売れない。でももしも沢山提供するときは大きくなればいいのね。
それにしても見た目が十八歳になるのは、俺が五十四歳になったころだと!
改めて自分の超晩熟具合に気が遠くなりそうだ。さっきまで浮かれていた気分がどんよりする。
大学生になったら・・・彼女ほしかったのにさ。
一応写メを取って、元の姿に戻って、いつもの小学生サイズの制服に着替えた。
そこで大問題が一つ!子供姿に戻っても、髪の毛が短くならなかった!膝まである!黒髪にはなったけど!また、散髪お願いしなくちゃ。
学園祭ではしゃいでる気分じゃないんだけどな。超長生き決定という将来に対する現実がブルーになってしまう。
非常に情けない表情を戻せないまま、地下の閲覧室から出て温室に行った。
三人掛けのベンチの端っこに座る。
精霊ちゃん達が慰めに?青々としたひまわりの植木鉢を俺の膝に持ってきちゃったのを抱える。ふふ、なんだよ。
伸びまくった髪の毛は、ウエストポーチに入ってた黒っぽくて控えめなシュシュで一つに括りました。
“おうじ、だいじょうぶ?”
“あたしたちも おうじといっしょ”
“ずーっとちっちゃいんだぜ”
“でも、しあわせよ”
“おうじが いつもいるもの”
みんなありがとう。なんか泣けてくるぜ。
持っていた植木鉢にはらはらと涙がこぼれていく。
こぼれた涙を受けた植木鉢のヒマワリはどんどん育って行って、俺の泣きべそ顔を隠してくれた。
精霊ちゃんが慰めてくれているのに、寂しくなる将来を思ってしんみりしていた。
「お嬢さん、どうしたんだ?こんなところで。どうか泣き止んで」
高級そうでセンスの良い刺繍をされたハンカチを差し出してくれた人が居て、見上げると、
「でんか」
「わ、なんだ!シュンスケか。髪がこんなに伸びてるから、女の子かと思ったよ。それより、なんでそんなに泣いているんだ?」
満開になってしまったひまわりの植木鉢を取り上げて、俺の前にしゃがみ込むと、顔を覗き込んで、そのきれいなハンカチで顔を拭いてくれる。
「何があったんだい」
「すみません」
「私には言えない事なのか?」
言いたい。悩みを聞いてほしい。でも、これは俺自身で飲み込むべきことなんだ。
「・・・すみません。ちょっと、もうちょっとしたら復活しますから」
しばらくすると、殿下はおれの隣に座って、静かに背中をさすってくれる。
「考えたら、シュンスケは、まだ六歳だもんな。俺なんか六歳の時はまだ兄上と喧嘩して良く泣かされていた」
「ふふふ。そんなこと俺に言っていいんですか?」
「お、少し笑ったな。いいんだよ、シュンスケは友人だからな、俺の秘密は少しぐらい言っても」
殿下、おれはもう十八歳なんです。まだ十歳の殿下がこんな大人の対応で慰めてくれるなんて、ちょっとBLに走りそうじゃないですか。
「ぐす」こんなに泣いたのはいつぶりだろうか。本当に日本で保育園児ぐらいの時ではなかったかな。必死で作ったピカピカ泥団子を踏んで壊された時だったかな。相手もわざとじゃなかったから、こっそり泣いたんだっけ。なんでそんな随分前のことがよみがえってきたのだろう。すっかり忘れてた。
セイラード第三皇子殿下は、今度はご自分で魔法で出した水でハンカチを絞り、俺の目元を冷やしてくださった。
おれの長くなった髪の毛の尻尾を撫でながら。
パキッ
「ん?だれかな」
「す、すみません、いい雰囲気を壊してしまって」
恐る恐る近づいてきたのは、カーリンだった。
「カーリン」
「あ、あれ?シュンスケ君じゃない」
「ははは、君も見間違えたんだ」
「ええ、殿下が泣いている女の子を慰めてて、非常に良い雰囲気で、もう少し近くで見守ろうとしたら、小枝を踏んでしまいました」
「あははは」
うける。俺が女の子。
「まあな、こんなにきれいな髪で、背も小さいだろう?私もはじめは女の子にしか見えなかった。後ろから見たら、ズボンかどうかも分からないしね」
「なるほど」
「ねえ、このまま、スカート履いてみない?」
「ちょ、カーリン」
「いいね、私も見たい」
そ、それは皇子様の命令ですか?
「えーっと、これ、これなら」
と言って、カーリンは自分のウエストに付けているマジックバッグからスカートを出す。
「ズボンははいていていいから」
「う、うん」
あれよあれよとズボンの上からスカートを履かせられた。しかし俺のズボンはハーフパンツだから重ね着するだけで完了してしまった。
スカートには肩ひもが伸びているので、ウエスト調節無くても着れるタイプだった。
「おお。似合うじゃないか」
「殿下、あ、シュシュ取らないでー」
「きゃーシュンスケ君、サラサラヘア!」
級友も昼休みを終えてぞろぞろやって来た。
「おおこれは、シュンスケ殿?ほう美しいですね」
「ほんとにそう思ってる?こら、笑ってんじゃねえか」
「こんど俺とお茶しない?」
「六歳の女の子とお茶したら変ですよ殿下の護衛のブリド君。君は十ニ歳なんですから」
まぁ、もっと大人になったら六歳差なんて大したことないけどね。
女の子姿になって、みんなにいじられて、キャーキャー言いあって、他愛のない日常に気分はすっかり浮上。
そうだよね、遠い遠い先の不幸を予想する必要はないな。
今と、明日が幸せだったらいいや。毎日明日が幸せだったらいいや。そうしたらずっと幸せだよね。そうして振り返った時、過去が幸せだったって言えるはずだし。
うん、気持ちの持ちようだ!何をうじうじしているんだ。俺は王様の息子だぜ!会った覚えはないけど。自分自身には開き直って行こう!
俺たちの様子を見ていた教授が、後日ばっちり俺のスカート姿を、羊皮紙に何枚も転写していたのだった。
「お願いだから捨ててください」
「いやじゃ」