6【自分にはさっぱりわからないワケアリそうな俺】
長くなったかもしれません
アリサに手を引かれながらウリサの後ろをついていく。
「こっちだ」
そういって、ギルドの奥にある階段を上っていく。
「兄さん?カウンターじゃないの?」
「ああ、シュンスケのなりを見たら訳ありっぽいだろ?個室で頼んだんだ」
「なるほど」
兄妹が俺の頭の上でこそこそ話す。
三階へ上がると廊下が伸びていて、その左右にいくつかのドアが並んでいた。ドアの上にはそれぞれプレートが貼っているけど、文字のようなものが読めなかった。会話は通じるのに、文字がわからない。町中に入ってから店の看板やギルドの中のいろんな文字を見て感じた不安。
突き当りにあけ放たれたドアが一つあって、その部屋に入る。アリサが部屋のドアを閉める。
校長室のような部屋だ。ドアの前にソファーセットがあって、奥に大きなデスク。その横には若い女性が事務の方かな?にしてはスカートが広がってるワンピースを着て立っている。
デスクで書き物をしていた人がいた。校長って感じかも。偉そうな雰囲気を醸している。
その人がこちらを見ながら立ち上がる。すこし足を引きずっている。
「その子かね」
「わざわざギルマスがすみません」
ウリサの初めての低姿勢をみる。
やっぱり偉い人なんだな。
「いや、お前が言うんだから、私が動くのは何でもないよ。アリサも元気そうだね」
「はい、こんばんは。よろしくお願いします」
おっと。アリサに合わせて自分も。
「よろしくお願いします」
ギルマスさんに促されてテーブルセットにつく。
アリサとウリサに挟まれて座った。
「シュンスケ、目の魔道具外せるか?」
魔道具ではないけど。
「鏡はありますか?」
アリサが腰につけていたバッグから手鏡を取り出した。
「はいこれ」
「ありがとうアリサさん」
思わずにっこり受け取ると。
「うっ、どういたしまして」
そうして出来るだけササっと頑張ってカラコンを外した。
コンタクト越しとはいえ目玉に触れるのやっぱり怖いな。
そして、フードも外すように言われた。外した時に、横のお姉さんが「まあ」って声を出していた。
ギルマスさんが向かいのソファに座った。
「私は ドミニク フォン マルガン。 この冒険者ギルドのマスターと、このポリゴンとほか三つの町をまとめる代官を兼任しているよ」
四つの町の代官って、激務なのでは?ドミニクさんってすごい人なのだな。
「シュンスケです。よろしくお願いします」
「シュンスケはどこから来たのかな」
正直に言っていいのか。
「東京都です」東京のすごく寂れた郊外だけどな。
「トウキョウ?聞いたことないな」
ウリサがつぶやく。
他のみんなも聞いたことないような表情だ。
そうだろうな。異世界だし。
「とにかく色々調べてみよう」
何を調べられるのだろうか。
不安に感じていることが顔に出てたのか、アリサが抱きしめてくれる。
そして直接頭を撫でてくる。
「大丈夫。ギルマスはいい人なんだよ。あたしらみたいな冒険者の話にも時間を取って対応してくれているでしょう?」
そうだな。確かに役職を聴くだけでも忙しい人だとはわかる。俺のためにさっと時間を空けてくれたのを考えると、一般の人を大事にする良いお役人さんだ。
俺たちの前に紅茶が置かれている。匂いはなじみがある感じだ。
俺が落ち着くのを待ってくれているのか、それを一口飲むのを待っている。
熱湯ではなかった。よかった。
アリサが添えられている蜂蜜やミルクを入れている。
「シュンスケも入れる?今入れとかないと、なかなか甘いものにはありつけないよ!」
いや、さっき俺のカモミールキャンディ舐めたでしょ?それを忘れているのか、俺のにも入れようとしてきたが。
「ありがとう。でも、大丈夫です」
ドミニクが紅茶を入れてくれた女性に何かを指示すると、その人は壁に並んでいるキャビネットの一つから何かを出して持ってきた。
ポータブルのIHクッキングヒーターみたいなものだった。円を描くように色のついた小石が並べて埋め込まれている。
「さて、みんなは部屋から一度出てもらおうか」
「あ、そうだな。行くぞアリサ。って、シュンスケ」
ウリサが立ち上がろうとするのをベストの裾をつかんで止めてしまった。
「あ、あの」
ウリサが俺に向き合って頭を撫でてきた。
「今からお前の個人データを検査するんだ。この測定器の魔道具でな。痛くもなんともないぞ。
俺たちも冒険者登録をするときに、下のカウンターで使うんだ。
ただ、身元不明の子供の場合、赤の他人の俺たちが見てはいけない事柄も出てくるかもしれないから、ここは席を外す必要があるんだ。個人情報ってわかるか?
ほら、さっきの秘書のねーちゃんも居なくなっただろ」
「でも、あの」
一緒にいてほしいなあ。
俺ってこんな甘えたやつだっけ。
「そうよ、あたしたちはドアのすぐ前で待ってるから」
アリサが俺の頬を撫でる。
その様子を見てドミニクが口を開ける。
「まあ、いいだろう。お前たちは口が堅いのは私が保証するから、そのまま居てやってくれ」
「いいか?シュンスケ」
「すみません。迷惑かけますが、一緒にいてください。お願いします」
すると、両隣の兄妹が座りなおした。
「では、始めるぞ。ここに手のひらを乗せるんだ」
「はい」
言われた通りに測定器に手を乗せると、真上に画面が飛び出した。
母さんのウエストポーチのリストみたいな。
でも、これはみんなが見れるみたいだな。
〈ステータスオープン〉
機械から音声がした。
〈田中駿介〉 おお、俺の名前だ。しかしその後ろに確固に挟まれた文字があって、その下に続く文言もさっぱり読めなかった。
「これは・・・」
ドミニクがつぶやく。
「ん?この最初の四文字がシュンスケか?」
ウリサが聞いてきた。
「いえ、たなかしゅんすけ、と読みます。田中が苗字というかファミリーネーム?で、駿介が名前なんです。
でもそれ以外の文字が読めないです。こまったな」
「シュンスケは子供だから、まだ文字が読めないのは当たり前じゃん。あたしらは頭の4文字が分からないわ」
アリサが俺の頭を撫でながら言う。
中身十七歳だから!日本語は読めるの。英語は怪しいけど。一応読めるの。
「お前は大人になるギリギリで読み書きできるようになったしな」
ウリサがアリサに言う。
「兄さん!読み書きできるだけでも、冒険者には十分でしょ?ゴダなんてまだ名前しか書けないのよ。しかも汚ったない文字で、読みづらいの」
「ああ、あいつは誰が教えても駄目だったな。食い物の名前を読めるようになったのは早かったがな」
ふーん。ゴダってそうなんだ。ま、文字を習得できないのには理由があったりするからな。俺はからかったりしない。
そうして、機械に手を置いたままにしていると、読めなかった文字に、日本語が重なりだした。
「あれ?読める?」
「ステータス測定が刺激になって、少しスキルが表に出てきたんだろう。魔力の多い魔道具に初めて触ったらそうなることもある」
騒いでいる兄妹たちに聞こえないようにつぶやいてくれた。
「ごほん」
ドミニクが咳払いをして、兄妹の会話を止める。
「シュンスケには、もう一つの名前がある。シュバイツという名前だ。家名もあるが・・・今は伝えない方がいいだろう」
ドミニクのセリフにウリサがうなづく。
え?おれってやばい家の子なの?
「ほかには、魔法の属性があって、レベルや数値は見た目と違って割とある。いいスキルも持っている。それに伸びしろがすごいようだ」
「わ、シュンスケ魔法使えるの?」
「いえ、使ったことないです」
「魔法は危険なものもあるから、しかるべきところ、ギルドとかちゃんとした学園で学んでからだな。とは言え、魔法が使える奴は少ないから、ものにすればお前の助けになるだろう」
ウリサが教えてくれる。
「しかしこのままの情報で身分証を作るわけにはいかんな。うーむ、どうしたものか」
目をつぶり、顎髭を撫でながらドミニクが言う。アメリカ人によくみられるような、もみあげから続くひげがある。ウリサもうなずいているが、アリサはあまり変わらない。むしろべたべた俺の頭や頬を撫でる。こそばゆい。
「手を置いたままにしろよ」
ドミニクは言いながら、浮かんだモニターに羽ペンのようなものを近づけてちょいちょいと触り、最後に1行文章を書きこんだ。
「ふぅ。これでいいだろ」
しばらくすると、デスクのほうから機械的な音がした。
カシャカシャピー
「そこにも身分証発行する魔道具があるんですね?」
アリサが言う。
「ああ、ここにあるのがマスターの魔道具だ、1階にあるのが全部サブなんだ。この機械でなければできないことがあるからな」
ドミニクが話す。そんな企業秘密的なこと言っていいのか。2人は信用された冒険者なんだなー。
「さ、手を外しなさい。
シュンスケ、これからもシュンスケと名乗りなさい。
本当の名前や家名は私の預かりで隠しておくことにしておくよ。
特にこの国では。
お前が、もう少し文字などを学んで大きくなったり、または他の国に行ったら、ポリゴンのドミニク宛てに手紙を出しなさい。
余計な内容は入れず、ただ≪解除をお願いする≫とだけ書きなさい」
「わかりました」
「それから」と言いながらドミニクは立ち上がり、机に回っていくつかの引き出しを探り、また戻ってきた。手にはアリサと同じようなドッグタグと尻尾のようなものが付いた小さな丸い石を持っている。あ、ウエストポーチにぶら下がっている勾玉と似ている。色はオニキスみたいだけど。
「この石の方を握ってみなさい」
勾玉を渡された。
「あ、シュンスケ、姿が」
アリサが俺を見てつぶやいて、手鏡をこっちに向ける。
すると、鏡に映っていたのは、日本人の俺だった!この世界に来る前の、クリスマスイブの日の俺ではなくて、小さいままの、久しぶりの、幼稚園の卒アルに乗ってた俺だった。髪の毛は長いけど。
「すげー」思わずうなる。幼いけどこっちのほうが我ながら落ち着くぜ。
「やーん。シュンスケ黒目黒髪もかわいい!」
また抱き着かれた。アリサ、小さければいいんですか?
「このひもを。子供には長さ調節は必要だからな」
ドミニクがウリサにドッグタグとひもを渡す。
さっきから、ドミニクは左手しか動いてない。右手はぶら下がったままだった。
「シュンスケ、その石を」
石を手から離すとまたエルフに戻る。
ウリサがひもにドッグタグと石を通して、俺の首にぶら下げてから長さを調節してくれた。ウリサが石を持ってもからは何も変わらない。
「これは、人間族に姿を変える魔道具だ。人間族が持ってもなんの変化もない」
ドミニクが種明かしをしてくれる。
首に石がぶら下がると、また日本人に戻った。
「こっちは身分証。これを手で掴んで ステータス と言ってみなさい」
ドッグタグのほうを掴む。
「わかりました。ステータス。わあ」
お、今度は普通に読めるぞ?括弧の中の文字も。ん?シュバイツ フォン ロードランダ?
すげー名前だ。これが俺の名前?どういうこと? 母さんの爺さんの名前なのでは?
〈種族 人間族〉の隣に青文字で〈エルフ族〉
「あれ?」
〈五歳〉何を根拠に?(十七歳)青文字の括弧の中に実年齢が。
レベル 生命力 体力 魔力
お、魔力あるじゃん。
魔法基本属性 全属性
魔法特殊属性 全属性
スキル魔法 空間・錬金・鑑定
その他スキル 算術・剣術・弓術・料理・裁縫・癒し・音楽
ドミニクさん隠蔽してくれたのじゃないのか?
「自分で見ると全部表示されているはずだ。文字が二色になっているだろう?」
「はい。白と青の文字が見えます」
「私たちには白い文字しか見えないし、さっきより、文字数が少ないわ」
「青い文字が私が隠蔽している内容だ。私がここで解除しないと他人には見れないが、私の名前が最後にあるので身分証としては機能する」
たしかに、最後に〈この者の詳細については私が責任を持つ。ドミニク フォン マルガン〉とある。
初めて会った子供にすごい対応をするんだな。もし今後俺が悪人になったらどうするんだ。
そう思いながら、ドミニクを見ていると。
「私は職業柄、人の本質を見る目はあるんだよ。気にしなくていい。一番は健康に気を付けて、今見えてるスキルも、これからのスキルも有効に使って。しっかり学んで、大きくなりなさい。ただね、お前は大人になるのに三倍ぐらい時間がかかるだろう」
そうして、大きな手で黒髪になった頭を撫でてきた。
頭を撫でられてたらドミニクさんの顔の横に画面がぴょこっと出る。
ドミニクさんの情報が!年齢とか!ほかにも!
びっくりする俺に、意味ありげな笑顔を作りながらもう一つの手の人差し指で口をふさぐ。
これも内緒なんだな。鑑定スキル?
「ありがとうございます」
「後のことはウリサたちに相談するといい。
お前らまだここいらを拠点にするんだろ?」
「まあな、この国はきな臭くなってきてるけど、この町は国境に近いからまだ大丈夫そうだしって、悪いギルマス」
ウリサが手で口をふさぐ。
「気にするな、一応貴族の末席にいるとは言え、直系の四男のさらにその末っ子の俺だ、国のトップとは豪商より遠いさ」
へえ、本当にいい人なんだな。
「でも、マルガン辺境伯では一番忙しいって聞いてるよ」
アリサが言う。
いい人で働き者。
「本当にエライ貴族は仕事なんかしない。下のものに丸投げだからな」
貴族の悪口も言える、と。民衆よりの代官なんだな。
「シュンスケ、この国では人間族の姿で居なさい。
この、余所者の冒険者やこのポリゴンの街には多少獣人はいる。それは私がなけなしの権力で保護しているからだ。辺境の、さらに端だしな。
だが、この国は人間族至上主義の風潮が色濃い。昔に比べるとマシにはなったとはいえ、自由に職業を選べなかったり、虐げられる事もあったりするのだ。
ましてや、エルフがどういう扱いになるのか、ここでは言えないが、まだ小さいお前が身を守るためには、人間族としていなさい」わかるか?という眼差しをこちらに向ける。
正直、あまり分かってない。ちょっと前まで普通の日本人で地球人で、エルフなんかではなかったと思ってるし。でも、この世界のことを理解していかなければならないのかな。
「はい」返事はしてみるが、色んな意味で戸惑いは隠せない。
もし、この状況が夢なんかじゃなかったら、どうなるんだろう。なんか涙がにじんでしまう。
そんな俺をアリサがやさしく抱きしめてくれる。彼女の心臓の音が落ち着きをくれる。
コンっと左のげんこつで軽やかに机をたたいてドミニクが言う。
「さあ、じゃあ、いったん解散しよう。今夜はどうするんだ?」
「シュンスケ、私たちの家においで。ぼろい賃貸だけど、ベッドは一つ余ってるし」
「いいんですか?」
「もちろん。ね?兄さん」
「ああ。遠慮するな」
すっかり、信用してくれたな。嬉しいや。
「では、シュンスケ、あす昼過ぎにまたこちらに来なさい」
俺の頭を撫でながらドミニクが言う。
「わかりました」
「じゃ行こうか」
ソファから立ち上がって、またアリサに手を引かれながら冒険者ギルドを出る。
もう外はすっかり夜になっていた。東京と違って、街灯はない。建物の中の明かりと、見慣れない模様の少し欠けた月。それだけがポリゴンの町を照らしている。
でも、不思議と夜道が見える。そういえば近眼を忘れている。昔、子供だった時より見えているかもしれない。そんなことをぼんやり考えながら、アリサに手を引かれるまま歩いていた。
お星さまありがとうございます。もっと頂けたら♪
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