250【お試しは思いっきりよく】
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今朝は、入学式ぶりに入ったヴァルカーン王国にあるロードランダ王国所有のお屋敷の最上階に来ている。
この部屋は、父さんがこの国に来るときの転移拠点として使っているみたい。さすがです。
なので俺も今朝はクリスとウリサを連れてギルドの部屋から転移した。
「ここから出発する用に着がえて、また教会で助祭の服に着替えるなんてめんどくさい」
とりあえずお坊ちゃま育ちの王子様っぽくわがままを言ってみる。
我ながら酷い〈王子と言えば像〉だ。友達の皇子や王子はそんなことはないだろうけどさ。どうだろ。
「まあまあ、せっかく用意されたのですから」
「そうだけどさ」
早朝からこちらの浴室で朝風呂に入ったら、クリスに全身に香油とかいうものを塗られた。
あいつの手、貴族の坊ちゃんらしく指が細いからくすぐったいんだよ!あれでクラフトマンになれるのか!
まあ、お花の匂いじゃなくて柑橘系の香りだったので許そう。
朝風呂の熱が引くまで、バスローブで朝ごはん。
この屋敷のシェフが張り切って作ってくれたらしい。
いつもは学生や外交の役人のご飯を作ってくれているんだけどね。張り切ってくれたのなら、良かったけどさ。
俺が魚派と聞いてくれていたのか、昨日の朝シュバイツ湖で水揚げされて父さんの空間魔法で届けられたらしい虹色淡水魚のマリネと、少し硬めのパンのトーストと、サラダに、ふわふわのオムレツと、牛乳で濃厚に仕上げられたスープだった。
うん、ロードランダのご飯って感じ。洋食なのに優しい朝ごはん。
で、異世界なのにインスタントコーヒーを飲んで
「んじゃ着替えるか」
今朝の服は、なんと、太腿も膝も出ていない、白くて長いボトム、だけどひらひらのシルクサテンのブラウス、水色にキラキラなシルバーの縁取りにラインストーンみたいな小さな磨かれた魔石をちりばめられたジャケット。移動のためだけに着るんだぜ。
せめてマントがないのが有難い。代わりに翅を六枚出す。
「これを俺に着せるように指示したのは?」
「プランツさんです」
そういうクリスは普通の外行きの侍従服コート。ガスマニアだとそろそろ暑いけどヴァルカーンは北国のロードランダの東隣だし、休息日は活動している工房が少ないので比較的寒い。
後ろで黙って立っているウリサは護衛の騎士服。左腰に剣。相変わらず似合う。
「さあ行きましょうか」
「はーい」
階段を降りて一階のホールにいくと、いつもなら早朝はそんなに人がいないそうだけど、俺が今ここに居るのが珍しいのか、沢山いた。
「おはようございます殿下」
「おはよう」
「私も今から教会行きます!」
「そう、楽しみにしててね」
って直接挨拶してくれる人もいれば、
「うわ、本当にシュバイツ殿下」
「ちっちゃーい。翅が光ってる」
「小っちゃいけど、ブランネージュ様の子ならもう大人の年齢では?」
「あの侍従はハーフエルフですって」
「ハーフエルフのくせに殿下の侍従をしているのか?」
「伯爵の嫡男ですって」
「なるほど」
「護衛も六属性の精霊魔法が使えるらしいぜ。甥が同じ商業科でさ、しかもSクラス」
「まじ?人間族なのに?負けたわー」
あのーこそこそ話しているけど全部筒抜けですよ。
俺たち精霊魔法が使えるってことご存じない?
むかつくような悪口は無いからいいけどさ。
そう、ここに居るのは殆どがエルフ。
ロードランダにはこういう学び舎がないからさ、ウリサとおなじ商業科に進む人も多い。
庭にはもう俺が持ってたロードランダ王家の紋章の馬車とハロルドもセットされている。
今日は飛ばないのでユニコーン状態だ。
馭者はウリサ。
ハロルドは元気に周りのエルフと朝からお話してる。
『おはよう!いい天気になってよかったね』
「ハロルド様が馬車を曳く日に雨だったら困りますね」
『え?この国って雨降るの?地底都市なのに』
「振るんですよ、どうしてか」
『へえ、どんな雨なのだろう』
「降り始めは、煙突から出た煤も落ちてきてしまいます」
『うえ、そんな雨は嫌だな。ぼく泥んこになりそう』
「ハロルド様は白いから。
でも、空気がきれいになるらしいです」
『それなら我まま言えないね』
「あ、殿下たちが出てきましたよ」
『本当だ』
「ハロルドお待たせ」
『大丈夫、わあ、今日もカッコイイ王子様だね』
「さんきゅ」
俺が馬車に乗り込むと、門番のエルフが開門してくれる。
「行ってらっしゃいませ」
『いってきまーす』
「いってきます」
門を出て、休息日のまばらな通りなのに平日よりざわついていた。
「なんだなんだ?」
「綺麗な馬車」
あまり使ってないからな。
「シュバイツ殿下よ」
「どうしてわかるの?」
「ほら、あの白馬には角があるだろ」
「まあユニコーン?珍しい」
「いや、もっと珍しいペガコーンだぜ、羽もあるんだ。それに高位の精霊様なんだぜ」
「あ、一昨日空を飛んでるのを見たって人がいたわ」
「ハロルド様ー」
「シュバイツ殿下ー」
わーわー言われている。
でもね、ここから王宮隣の教会の入り口まで三百メートルしかない。
その道を行くためだけに、朝から風呂に入って、キラキラの服を着て馬車に乗る。
馬車に乗ってしまったらキラキラの服なんて、向かいに座ってるクリスしか見えてないのにね。
ハロルドが教会の前に止まる。あっという間に到着したよ。
馭者席からウリサが下りて、扉を開ける。
「到着しました」
そして手を出される。
乗ってるのが男なら普通は手助けはいらないんだけどさ。ちびっこだからね。飛び降りれたら楽なんだけど。
「はい、ご苦労様です」
ウリサに返す言葉はこれしかないんだよ。
“こんな短距離で苦労なんかねえよ”
“着替えとかの準備の方が疲れるぜ”
“また着がえるんだろ”
“……うんざり”
すました顔のまま、念話でいつもの調子の会話。
“ちょっと二人とも”
クリスが割り込んできたけど結構楽しいよ。
「いきますよ殿下」
「はーい」
階段の下には人間族で司祭のルドルフが出てきていた。
「お早うございます、シュバイツ殿下」
そして日本人かと思うような九十度のお辞儀をされる。
「お早うございます、ルドルフ司祭様」
「本日は宜しくお願いいたします」
“シュンスケ、頭下げすぎ”
お辞儀をされたら返すのは日本育ちの癖だね。
“相手は聖職者だから大丈夫!”
「殿下、控室に入られる前に楽器を見ませんか?」
「チェンバロですか?」
「それもありますけれど、ここにはピアノがあるんです」
なんですと!
「そうなんですか?」
「殿下はピアノの方がお得意だとか」
「はあまあ」
「ここにある楽器は、その昔、火と文明の神ヘファイド神が、数千年前に異世界に赴いた際、その音色に感動して購入し、ここへ持ってきたと言われています」
「なんと」
「そして、弟子である建国王の祖先がその楽器の作り方を学び、後世に残そうとしたそうです」
「それで?」
「ただ、ドワーフは今一つ楽器には熱心じゃなくて。今では何とか一つの工房だけその製法が伝わっているそうですが、そこでは主にハープやチェンバロを作っているとか。しかも今はスタッフのほとんどはハーフエルフです」
「なるほど。ではその工房ならピアノのメンテナンスなども出来るのですね」
「はい」
「では、ご覧になられますか」
「ぜひ」
大聖堂の正面から入って、沢山の椅子の真ん中の通路の向こうの祭壇の上にドーンと置かれたグランドピアノ。それは、ガスマニアやロードランダで見かけたものより奥行きの長い本格的なホール向けのピアノだった。
「これはずうっとここに置かれているのですか?」
「いえ、それを仕舞う専用の魔法の箱がありまして。そこから出しました」
「なるほど」
“すげえな、こんなにデカいもんなのか?”
鍵盤の数が同じだから幅は同じだけど奥行きがすごい。
“これはホール用に大きな音が出るんだよ”
“すごいですね”
“俺もこんなすごいのは初めて触るかも”
皆すました顔を張り付けながら驚きを念話で出す。
「やば、少し緊張するかも。でも弾きたいぜ」
「試されますか?」
「はい」
ここの祭壇には真ん中と脇に登るための階段がある。
俺は真ん中の階段から登って行って、椅子の方にまわる。
そしてそうっと鍵盤のふたを開ける。鍵はもう開けられていたようだ。
「あれ?」
そこにあった名前は、冒険者ギルドに置いてあるアップライトの〈かわいい〉方じゃないもう一つの〈音叉〉の日本のメーカーの名前だった。ロゴも見覚えがある形。でもさ、
「ヘファイド神が数千年前に買ってきたんですよね」
「そう聞いております」
ピアノの歴史はそこまで古くは無い。それに日本のメーカーが洋楽器を作ったのは明治になってからだろう。ここのメーカーの歴史は……スマホで見てもほらやっぱり明治時代。千年単位の古さではないよね。
もしかして、地球とこっちでは時間の流れが違うのか……
“ちがうわ、みらいにわたってもどってきただけよ”
紫色ちゃんの答えに少しほっとした。
“なんだそうか”
ヘファイド神様は地球にも未来にも過去にも行けるのか?
“かこやみらいにいくのは、つきのかみさまのほう。いっしょにいったらしい”
あの伯父さん神様だな。
“だけど、あまりにもすすんだぎじゅつで、じぶんでつくるのには、ねをあげたらしいぜ”
赤色君がぶっちゃける。
“なるほど”
“そのときに、べつのじだいにもいって、かってきたちぇんばろがふきゅうしたの”
緑色ちゃんもご存知なのね。
“がくふとそのきごうを、もってかえったのはつきのかみさま”
楽譜が読めたのはそういう事なんだね。
とりあえず大きな蓋を開けようかな。
「手伝うぜ」
ウリサが手伝ってくれる。これは結構大きいもんね。
「うん、ここをまず倒して」
「こうか?」
譜面台が出てきた。
「そしてこの大きな板をゆっくり持ち上げて」
「ああ」
そして蓋を支える棒を立てる。
金色に光る弦が出てきた。
「よし。うわ、中もすごく奇麗」
「外は黒いけど中は金色なんだな」
「うん」
「それは買ってすぐに状態保存の魔法をかけたと言われています」
たしかにフレームの内側に幾つかの魔法陣が描かれている。どの魔法陣も数色の線で美しく描かれているのだ。属性の魔石を粉にしてインクにしているのかな。
「んじゃ、弾かせてもらいますね」
「どうぞ」
歩きながらちょっぴり身長を伸ばす、せっかくこんな素晴らしい楽器だもん。オクターブの和音は押さえたい。
「殿下背が」
当然クリスをぬかしちゃう。
「だってさ。手だけ大きくしたら気持ち悪いだろ」
声変わり前の十歳ぐらいに、身長で言えば十センチぐらいの成長を。
「そうですけど」
かわいいのと音叉のちがいは、ペダルを踏む時にちょびっとくいっと動くかどうか。それだけだね。やっぱり。でも、アップライトとグランドピアノが違う。
思いっきり弾きたいから、楽譜を出す。
ジャーンって和音をならして、ショパンでは元気に始まるあの曲を弾き始める。
“めくるよー”
“たのむ”
このごろ、冒険者ギルドの宿舎にある愛用のピアノで毎日弾いている曲の一つ。習ったことは無かったから、自分で楽譜を買って独学でチャレンジしていたやつ。それを、最近ピアノで弾きこむのにはまっていた。そういう時あるんだよ。
黄色ちゃんはもうめくるタイミングもご存知。楽譜を読めるわけじゃないんだって。
まだ暗譜は無理だけど、迫力ある出だしが気に入っている。
試し弾きが終わった。
ぱちぱちぱちぱち
「わーすごいです!」
「チェンバロよりかなり迫力あるな。部屋に置いてあるものより音もかなり大きい」
「でしょーそれにホール用だからさ」
それに大聖堂は司祭の説教が後ろの席に届くように設計されている。音楽ホールのようなものさ。とくにこのドワーフの国の大聖堂はすごいね。
ロードランダのほうのは黄色ちゃんの風魔法で響くんだけど、ここは建築や内装の技術で響いている。
「これなら魔法を使わなくても端まで聞こえそうだな」
たしかに、ピアノはそうだけど俺の歌の方はなぁ。
“歌の方はお願いするよ黄色ちゃん”
“まかせて”
続いて、火と文明の神ヘファイド神の歌を発声練習として歌って音楽の方の準備は終わり。
再び着替える為に教会の楽屋代わりの音楽室のほうにいく。ピアノの蓋はそのままに。
あ、音楽室にチェンバロが二台ある。一台は大聖堂にあったやつかな。これはこれで連弾とか。チェンバロで連弾するとどうなるんだろう、想像つかないな。たぶんカッコいいだろう。
…今は関係ないけど
この教会にも裏手には孤児院があるそうで、今日はその子供達も俺のピアノを聞くんだって。張りきっちゃうよね。
今日の飾り襟はやっぱ火と文明の神へのリスペクトということで、真っ赤にした。
「襟元が赤いと、色白のシュバイツ殿下の頬がピンク色になりますね」
「そう?んじゃ青や緑色の時は顔色悪かったりして」
色白さんは襟元の色で顔色が変わる。
「それがそうでもないんですよ」
「ふうん」
「個人的な意見ではお正月の金色が似合ってると思います」
「げ、あれ眩しいから嫌なんだよ!」
今日のヘアスタイルは緑銀色の髪を右側のサイドを編み込んでもらって後ろでゆるーい三つ編みにしてもらう。ストラに合わせて用意してくれたのか真っ赤なビロードのリボンを片結びにしてもらう。
「シュンスケこれ」
ウリサが傍らのテーブルに湯気の立ち昇るカップを置いてくれる。
暖かいレモンの香りってどうしてこんなにリラックスするんだろう。
そして、すこし濃い目に入れてくれたクインビーの蜂蜜うまし。
フーフーしながらちょっとずつ飲む。
まだね、かなり時間が余っているんだよ。
“だいせいどうに、ひとがはいってきた”
“おうじのくらすのひともいる”
“がぜっとと、べぜっとおやこもきた”
“まじか。俺のこと言ってないよな”
“いってない、おうじにいわれたもん”
「だけど、昨日ハロルド様に乗ってたからなぁ」
「ですよね。自分でも飛んだらしいし」
ウリサとクリスは精霊ちゃんから聞いたらしい。
「うう」
とりあえず時間まで教会の経典の写しを読む。写しとはいっても凄く分厚い。
この世界の成り立ち。
詩のような唄のような、なぞなぞの様なふしぎな文字のうごき。
ちょっと前まではこの世界の文字にまだ馴染んでいなくて、いちいち日本語に頭で変換しないと分からなかったけど、いまはもう素直に読む。
この経典の中を、幾つか取り出して切り取って曲を付けたのがそれぞれの神々の歌だ。
風の女神さまの項目にいくと、何時もせわしなくあちらこちらに行っては知能のある者の話を聞き、他の兄弟姉神様と遊ぶらしい。
月と魂の神様が持っている魂の声を、地上の人に伝えたり、大地の女神様と遊んで、そこで開いた花を擽り、水の女神さまと遊んで色々な雨を降らせる手伝いをしたり、火と文明の神様と揺らいでいる炎をもっと熱くして色々なものを拵える手伝いをするのが風の女神様だ。
「ふふふ」
「なんだ?経典をみて笑うやつなんているか?」
「だって、この経典の中でも風の女神さまは忙しい人だな」
「ほほう、殿下の知る母上様はどういう方なのですか?」
司祭のルドルフが聞いてきた。
「いつも忙しそうに、ぱたぱたしているんだ」
「ほう」
「お母さんってそういう人が多いでしょ?」
「確かにそうですな」
「もともとは、色々なものの外側の意匠を考える仕事だったんだけど、近頃は住宅とか大きな宿の意匠を考えて作る責任者をしているんだ」
「なんと。それで殿下も、ものづくりの勉強をされているのですね」
「これも、母さんが作ってくれたんだよ」
そう言ってエンブレムを見せる。
「なんと。本当に薄っすらですが、これには神気が感じられますな」
「へ?分かる?」
「はい。素晴らしいです」
最近追加されて二十個ほど入っている。……そんなにばら撒くものなの?
でも、母さん。家族が居ないと、ますます仕事にのめりこんでいるのじゃなかろうか。
いくら女神様でも、周りの人は普通の人だから心配しているんじゃないか?
ほどほどで休んでね。
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