24【初めての魔法使いのお部屋訪問】
初日の授業はスマホでは午後二時に終わった。
スマホに関しては、遠い異国出身の俺が親に持たされている魔道具ということにしている。
さて、魔法学部の教授は貴族なので、教授室では侍従がお世話をしている。
俺は授業中に言われたように一人で教授室に訪問した。その時に侍従さんに、生徒の侍従詰め所にいるウリサ兄さんに少し待つように伝えてもらう。
「さて、貴方様がせっかく来てくれたのに、お使いに出したので、お茶を出すのを待っていただけませんか?」
「お茶は俺が入れますよ、ああ、あっちですね」
魔法学部の教授の部屋は、鬱蒼と草や木が茂っているガラス張りの温室にあった。まだ九月なので外も暑いからか、ムッとする草の香りのする熱気がドアに向かって迫っていた。
ま、お部屋に入ってドアを閉めればいいのだけどね。
教授室も大小色々な窓に囲まれている。窓際には小さな植木鉢があって、小さな植物でもなぜか存在感を出している。
植物のほかに魔石?や魔道具なども所狭しと置いてあった。
部屋の片隅にミニキッチンがある。赤・青・水色そして白の色がマーブルを描いた美しい石が付いた蛇口がシンクにひとつ、設置されていた。どうも、水道にはつながっていない。いつも水やお湯を出しているところを意識して触る。
熱湯出ろ
湯気を伴ってお湯が出た。念のために鑑定すると〈沸騰している熱湯 火傷注意〉になってるのでポットに入れる。
この国でお茶と言えば紅茶なのだ。
カップとソーサーをセットして、ポットの湯を一度捨て、乾いたスプーンで茶葉を掬って入れ、改めて熱湯を入れる。
ウリサとアリサが侍従・侍女ごっこをしているときに、お屋敷のセバスチャンに入れ方を教えてもらっているのを、もちろん俺も教わっていた。ふだんティーバッグだからな。
ソファに座っている教授の前に紅茶を置く。向かいにも一つ置く。
そうして、銀盆をわきに置いたまま俺も着席する。
「教授、お砂糖とミルクは?」
「ある場所は私も分かっていない。侍従が管理しているのでね。」
じゃあ、といってウエストポーチから角砂糖の入ったポットと、一リットルのやつと同じ形の小さな牛乳パックを出す。地球のものだから、俺が開ける。
「ミルクは温めてないですけど」
「かまわない、どちらかというと儂は猫舌なのでね。うまい。貴方はこうやって自分で給仕をするような環境で育ったのか?」
「はい?はい」
「さて」
教授はパチンと指を鳴らすと、教授室のドアがカチャッといった。施錠した?
「改めて、私は ブラズィード。昔はブラズィード フォン ルマニアと名乗っておりました。
ロードランダという国の貴族でした。貴族の地位を随分前に捨て、百年ほど前から、ここに住んでおります。」
ロードランダ? どこかで聞いたことが。
「貴方様を薄らと包んでいる魔力は、私にとってとても懐かしい光を放っておられるのです」
「さっきの授業のあれではなく?」
「貴方様は、今も輝いておられる。儂みたいに魔力感知に長けているものには分かるじゃろう」
そう言って、ブラズィード教授はローブのフードを外す。
すると、俺と同じ尖った長い耳が出てきた。
「エルフだ」
自分の鏡越し以外で初めて見た。
教授は、お肌が白くてフードに見え隠れしていた髪も真っ白だった。でも、お年なので、白髪なだけと思っていたけど俺みたいに白っぽい色の髪?
「いや、ただの白髪でございます」
白髪なんかーい。俺の心を読んだ?
「顔に出ていらっしゃいます」
ふぉっふぉっふぉと笑う。
「っ!」思わず両頬を抑える。
「あの、ブラズィード教授、言葉遣いを改めないでもらえないでしょうか。
教授という立場の人に改まれると、大変困ります」
「そうか、そうじゃな。」
教授の表情が柔らかくなった。なぜか緊張してらっしゃった?
「私は、自分の事をまだあまり分かっておりません。ドミニク卿がご存じのことを話してくれないのにも、きっと理由がおありでしょう。
もしや教授はご存じなのでしょうか」
「いや、さすがに、ドミニクが隠している、お前さんのステータスは見えておらぬ。魔力の質が分かるだけじゃ。」
「なるほど」
「では、ここでは簡単に。
この帝国は、建国当時、ロードランダ側の勢力と激しく戦をしていたのだ。そして、最近まで時折兵を挙げていたのじゃ。相手はロードランダ以外もあるがの。
ま、それはここで学ぶじゃろ。だが、この学園はあくまでも帝国のためのもの」
「はい」
「ご自身のことについては自分で見つけていくんじゃ。これからのこともな」
何を言われているのか、いまいち理解ができていない。
今日はミルクティーにした、その紅茶の表面を見る。俺の顔の輪郭がうつっている。
ドミニク卿は、俺のこの世界での?本来の名前を隠してくれた。
〈シュバイツ フォン ロードランダ〉
ぜんぜん、自分自身なじみがない文字列。もし、呼びかけられても返事ができないほどに。
「黒い石を外してくれんか?テーブルに置いて手を離しておくのじゃ」そう言いながら教授はソファから立ち上がり傍らのライティングテーブルに回る。
「はい」
今度は自分で外す。今はフードも被っていないし、鏡を持っていないので、自分自身の変化を感じない。よそで、先日のように簡単に外されたら怖いな。
「その姿を隠すのはとても心苦しいのだが」
「いえ、慣れていないので、落ち着かないのです。黒い方がいいです」
「そうか」
ソファに再び戻ってきた教授は手元に小さなピルケースのようなものを持っていた。
「ドミニクが用意した石だけではすこし力不足なのでな」
黒い勾玉は身分証と一緒にテーブルに置かれている。
「ドミニクも儂の生徒だったのじゃ」
「そうなのですね」
「さ、これを」
小さな箱から出てきたのは 乳白色に輝く金属?のようなものでできたピアスだった。
複雑な模様と小さな文字が刻まれている。
教授はそれを摘まむと、手を俺の顔の横に持っていく。
“ерли наркоз” 呪文?初めて聞いた♪
なんて浮かれていると A4ぐらいの四角い鏡を持ってまた、教授は向かいに座る。
テーブルには石を置いたままだ。しかし、鏡に映っていたのは、黒目黒髪の、普段の俺の姿だった。左耳に付けられたピアスはさっきは乳白色だったのに、緑色になっていた。どこかで見た覚えのある色だが、きれいな色だし良いなこれ。そしてイヤーカフのような位置にある。ちょっとカッコいいかも。
「それは赤の他人には絶対外せない構造になっておる。今はお前さんの本来の眼の色になっている」
・・・きれいな色って自分で思ってた。口に出さなくてよかった。恥ず。
「いいか、それを指でつまんで、ほれ、やってみ」
指でつまんでみる。うんツルッとしてるな。いま、つけたのにもう体温で温かい?
「それで“リセット”というのじゃ」
「はい、リセット」
鏡の自分を見つめながら言う。
瞬きのうちに白っぽいエルフに戻る。おお。
ピアスも白く戻る。
俺の周りをエフェクト加工された映像のように光がまとっている。
「この鏡に見える魔道具は魔力を移す機能があっての。儂にはそういう風に見えていたのじゃ。きれいじゃろ」
いや、自分自身だと落ち着かないです!
戸惑うように教授を見る。
「黒くするには“チェンジ”で」
「チェンジ」
黒い方が落ち着くぜ。ほんとはもう少し茶色だったけど。
って思うと、茶色くなった。いやいや、黒でいい!・・・ふう。
「それは、もう、お前さんが唱えないと変化しない。お前の魔力で登録されたからな。」
「ドミニクの石も一緒に身に着けておきなさい。念のためにの」
そう言って教授から紐を俺にかけてくれる。
襟口から身分証と石を突っ込む。
「さ、今日はもうお帰りなさい。初日から引き留めて申し訳ない」
「いえ、大丈夫です」
立ち上がりながら、教授自ら部屋のドアを開ける。
そして、そのまま温室に入る。
温室にも置かれているガーデン向け用のテーブルでは教授の侍従と、向かいにウリサ兄さんがお茶をしていたようだ。立ち上がって俺たちのほうに会釈をする。
「兄さ、(じゃなかった)ウリサ。お待たせしました」
「お茶も頂いていましたし、大丈夫ですよ」
キッチンのある部屋の鍵は締まってたんだけどな。できる侍従さんはどこから茶器を出したのだろう。
眩しい白手袋を差し伸べられて手をつなぐ。
その時、ふわっと温室に一瞬爽やかな風を感じた
“こんにちわ おうじ♪”
“あら、ほんと おうじだわ こんにちわ”
「ん?今何かおっしゃいました?」
聞きなれない声なので侍従さんを見る。でも、侍従さんはなかなかのおじさんだ。
「いえ、何も」
うん、違う声ですね。空耳ですね。
「ふぉっふぉっ、それは精霊じゃ、きっと。儂には今は声を聴いたり姿を見る能力はないですがな、仲良くするといいですぞ。この温室には精霊がよく来ているのだ。
このテーブルに、菓子など、甘いものを置いていると無くなってることがあるんじゃよ」
「へえ、それは素敵ですね」
何か置きたい!
「今、俺が、何か置いてもいいですか?」
「温室じゃからの、熱で形の変わるものは駄目じゃよ」
ウエストポーチから花柄の小皿を出す。
そして、先日ミックスの残りで作った、直径が小さいホットケーキを数枚出して積み重ねる。実はまだ温かい。
某モーニングセットみたいなやつだ。メープルシロップもかけちゃう。
「よし、召し上がれ。仲良く食べてね」
“わあ” “ありがとうおうじ!” “いただきます~” “あまーい”
皿に乗せたホットケーキが動いたと思うと それぞれが浮かんでいく。
何人いるんだ?
「おおっ、すごい!」
「こ、これは」
メルヘンだなー。いつか姿を見れたらいいな。
「しまった!シロップが」
一番上にあったケーキから滴って落ちそう!って思ったら、
途中でシュウと消えていく。
“あーなめたー。おぎょうぎ わるいな” “ねえ おうじ”
「いや、助かったからいいよ」
“わーい”
かわいい声がいくつか聞こえて、ポリゴン町の孤児院を思い出す。
思わずにこにこしちゃうよね。あ、ホットケーキに小さな歯型が!
姿が見えたら楽しいだろうな。いつか見れるかな、楽しみ。
「で、では、坊ちゃん帰りましょうか」
ウリサ兄さんはさすがにメンタルも鍛えてらっしゃる。すぐに現実に戻ってきた。
「はい!あ、教授、またこの温室に来てもいいですか?」
「ええ、放課後に来るときは、侍従も連れなさいね」
「はい!」
ところで おうじ って誰だ?
そうして、俺は初日から濃い放課後を過ごしてしまったのだった。
教授「初日から久しぶりに奇跡を見たのぅ」
侍従「私が精霊たちの存在を目の当たりにできる日が来るとは・・・」
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