230【一宿一飯の大先輩たち】
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冒険者ギルドを出て元は川だったと思われる道に出る。そこから、シュメル山脈へ向かう道は逆向きに歩いている人がチラホラいて、背中に背負子や籠を背負っている。そこには火を起こすための枯れ枝や、茸や木の実の山の幸などが見て取れる。
「おや人間族の兄弟かい?随分綺麗な白馬に乗っているんだね」
夫婦と思われる老人の男女のうちの女性に声を掛けられる。この人たちも人間族だった。
「うん、おばさんたちは、山で採取をする冒険者なのですか?」
「いんや、うちらはただの山師ってやつだ」
「山師?」
「山師は山の恵みを少し分けてもらって、皆に届ける仕事なんじゃ」
穏やかなお爺さんも話しに加わる。
「ちょっと前までは仕事が出来んかったが」
「悪魔がわんさか居たからな」
「やっと穏やかになって、荒らされていた山も戻りつつある」
「それは良かったですねぇ」
「山師の人たちは、ガオケレナ様の方まで行くのですか?」
「いやいや、もっと手前でも十分収穫はあるでな」
「そうなんですね」
「俺たちは今からその渓谷を抜けようと思って」
「いまから?」
「まだ陽はあるように見えて。渓谷の間は夜になるのが早いんじゃ」
「そうだ。朝まで待ちなさい」
「夜は危険な魔物が出ますか?」
「最近夜に入ることがなかったから分らんが、魔物の危険じゃなくて、単に暗いから足元が危ないんじゃ」
「山は舐めちゃいかんよ」
「明日にしなさい」
「そうじゃ、今夜は家に泊まりなさい?」
優しそうな二人が、たった今会ったばかりの俺たちを心配して、家に泊まるよう勧めてくれる。
「はい?」
「うちらはここから山の方に戻った麓にあるんじゃ」
「いまから、この背中の荷物を冒険者ギルドに降ろしたらもう帰るんじゃ」
「それは……」
思わずウリサを見ると、俺が決めろと念話を聞くまでもなく表情で伝えられる。
「では、お言葉に甘えて一泊お願いできますか?」
「じゃあ、ギルドに行くのを付き合ってくれるかの」
「もちろん」
お爺さんがハミットさんでお婆さんがエツェラさん。
ウリサが、ハロルドから降りておばさんを入れ替わりに乗せて、その手綱を引く。
「へえ、あんたらは冒険者なのかい?」
「今は冒険者の依頼じゃなくって、たんに興味本位で渓谷に行こうかと」
「若い時は、わけのわからぬ好奇心に動かされることもあるさ」
さっき出発した冒険者ギルドに戻ってしまった俺とウリサは、まだホエザル族でごった返している横でささっと茸や枯れ枝を納品するのを手伝った後、再び山の麓にむかって進む。
「山には毎日行かれるんですか?」
「最近は週に一度か二度だな」
「健康のために山に行くんよ」
「なるほど」
しばらく歩くと、道の横から緩やかな登り坂が分れていて、それが一つのトンネルに繋がっている。
シュメル山の洞窟住宅の一つなんだろう。
招き入れられたトンネルに入っていくと、今は何もいないけれど馬を休ませるスペースがあってその奥に木の扉があった。
ハロルドをとりあえずそこに置くふりをして俺の中に仕舞う。そして開けてもらった木の扉の中に入る。
だけど、そこは、外からは想像がつかない日本人には充分だけど、この世界にしては天井は低めの、だけど二十帖はありそうな空間だった。大聖堂のように長い椅子と机が並んでいた。そうして、魔道具だろうか幾つかの明かりが灯されていて結構明るい。
壁は複雑な模様が一面に入り組んだ、不規則な唐草模様が立体的に浮き彫りになっている。こんな表面は見たことがないけど、触ってみるとすこしひんやりしているけど温かみがある。
「ここは教会ですか?」
ウリサが言う。
たしかに、正面にある大きな暖炉の上に、俺がそろえている物と同じ小さな神様たちの像が正面に順序正しく並べられている棚がある。
「教会代わりに使うことはあるが、ここはシェルターなんじゃ。悪魔どもから子供たちなどを守るためのな」
「シェルター……」
「普段は、近所の猫人族の子供に読み書きを教えているのさ」
「簡単な計算とかね」
ボランティアな寺子屋的な?
「儂らは遥か西の果てのガスマニア帝国出身なんじゃ」
「なんと」
「昔は家名もあったが、遠く離れたこの国に、あちらの家名なんて意味は無いじゃろ?」
「そうなんですか?」
「王族ならともかく、家名なんて外に出れば意味をなさぬ。それに儂なんて三男だったから気楽なものじゃ」
「じゃあ帝国立学園の出で?」
「ああ、そう言えば兄さんのほうは、ガスマニアの人間っぽいな」
「そうね、肌や髪や目の色がね」
ウリアゴ兄妹従弟たちは赤っぽい茶色の髪と瞳だ。皇族に近づくと鮮やかな赤になっていく。
この夫婦も赤っぽい茶色の瞳。御髪は白いものが多くて元の色はもうわかんないけどね。
「儂らは同じクラスで、魔法の才能はそんなにないし、生きていくための学力を見に着けたのちは、親からの資金を少し得て商売をしながらこちらに流れ着いただけじゃ」
「ふうん」
「悪魔たちに悩んでいたこの地域の子供たちに、せめて生活の基盤になる最低限の知識を教えながら生きていたんだ」
「それは大変だったのでは?」
「農業や酪農が中心のこの国では、子供達も働き手だからの」
「ええ」
「皆なかなか、習い事をする暇がないのだがゆっくり学んでいるのだ」
「なるほどな」
「シュンスケと言ったか?きみは読み書きが出来るんだろ?」
「わかりますか?」
「その年で、金色のタグなんてたしかに無いがの、金色のタグを得るには最低限の読み書きが必要なんじゃよな、ウリサ」
「はい。Aランクとなると、依頼の指示書も難しい文章になりますからね」
「え?そうだっけ?」
「そうなんだよ。
俺はただの孤児で、勉強は冒険者ギルドの講習と独学だが、こいつは爺さんたちの後輩だ」
「なんと?」
「まだ在学中ですけど、魔法科の学生です」
「こんなところで後輩に会うなんて。じゃあ、普通科ではあまり接点は無かったけど、ブラズィード教授はお元気ですかね」
「ええ、正月明けもレポートを出しに会いましたよ」
「正月?ってつい先日じゃない」
「ま、まあ詮索は無しでお願いします」
「今夜はこの部屋の暖炉の前に、寝床を作るから、そちらに休みなさい」
「ここですか?」
さっきから、エツェラお婆ちゃんが暖炉の火を熾してくれている。
「有難うございます。でも、俺たちも寝床などは持ち歩いていますので、この机やいすをすこし動かしても良いですか」
「ええよ」
「まあ、魔法を使うの?」
「はい。では」
スマホの杖アプリを起動して、前の方のいすや机を少し後ろに寄せて、暖炉の前の空間を広げる。
「まあ、魔法を見るのはすごく久しぶり」
「そうなんですか?」
「ええ」
そこへウリサが自分のマジックバッグから簡易ベッドを二つ出してくれたので、俺がその上にマットレスをだして掛布団をおく。
「じゃあ、夜ご飯を用意しましょうね」
「「手伝います!」」
「まあまあ」
シェルター兼教室の部屋から出ると廊下があって、その向こうに、老夫婦の居住空間が広がっていた。
洞窟のような空間だから、空調なんかどうなってるんだろうと思ってたけど、壁一面のアラベスク的な表面にはわずかに空気の出入りがあるので、大丈夫みたい。
ダイニングキッチンとその隣にはリビングスペースがあって、そちらには大きな机が置いてある。
「さっき採れたこの茸をご馳走しようかね!」
「わあ、楽しみです!」
シイタケのようないかにもな茸からは爽やかな杉のような香りがする。
「エツェラお婆ちゃん、俺の手持ちの鳥肉も使いませんか?」
「まあまあ、それはかなりなご馳走が出来るわね」
「あとは、俺の知り合いの畑で採れた青菜や玉ねぎもありますよ」
今日会ったばかりのお婆ちゃんと、分担して料理を開始する。
俺は玉ねぎを細めの櫛切りにして炒め、一口大にした鳥肉を追加して塩コショウを足しながら今度はじっくり炒め、最後にバターを足したそこにお婆ちゃんが乱切りにした茸を入れてくれたので、ささっと炒めたら、日本のブイヨンと、プリネイ王国のギルドで買った牛乳とチーズを投下。
「シュンスケ、手際が良いのね」
「母が働きに出ていたのもあるのですけど、俺は食べることが好きなので、自然と料理をするようになったんです」
「それは素晴らしいわ」
「味を見てもらえますか?」
自分で味見してから、小皿に少しよそった、牛乳とチーズたっぷりのシチューを渡す。
「まあ、本当に美味しいわ」
「茸から旨味が出ていますね」
「ウマミ?」
「はい、塩や胡椒などの調味料だけでは出せない味ですよ」
「シュンスケは詳しいんだね」
「食べるのが趣味なので」
お婆ちゃんに太鼓判をもらったシチューをよそったテーブルには、彼女自慢の常備菜なども並べられていた。そしてスライスされた硬いパン。
「婆さんこの綺麗にパンをスライスしてくれたのはウリサなんだよ」
「おや、ウリサも魔法が使えるのかい?」
「ええまあ……」
“黄色ちゃんだけどな”
“これぐらい、めをつぶっててもできちゃうわ!”
“さんきゅ”
「ではいただきます」
「「「いただきます」」」
「おや、お二人は〈いただきます〉を知っているんですね」
「ええ、ペルジャーの一部では言うみたいですよ」
「本当ですか?」
「知らなかった」
「ペルジャーのご先祖様で、ケットシーと結ばれた異世界からきた剣士が広めた風習らしいです」
「ああ、なるほど」
俺以外の大人の三人にエメラルドのワインを振舞う。
一応飲んでも良いらしいんだけどさ、なにぶん今は子供の体なので自分で出しておきながら控える。
「こりゃいいや。ガスマニアのワインなんて何十年ぶりじゃろ」
「そうですね。懐かしいわ」
すっかり出来上がったハミットお爺ちゃんがガスマニアの国歌を歌いだす。
それに慌ててミニギターを出して伴奏する。
ウリサも手を叩いて歌う。
「ああ、たのしい!」
“おまえ、自分の国の歌は歌えるのか?”
“ロードランダの?うーん、自信ない”
“もっと練習するべきでは”
“そうなんだよなー、俺のお披露目の時ぐらいしか聞いたことなくてさ”
“神様たちの歌はあんなに歌うのに”
“確かに”
「ははは」
「わはははは」
次の朝、寝室に借りていた教室を元に戻し、片隅に何冊か古書の街で仕入れた本を置いておく。
「これは?」
「ささやかですけど寄付を」
「寄付って?」
「こいつはこう見えて資産家なんだ、遠慮なく受け取ってやってくれ」
「ウリサ……、シュンスケってただの子供じゃないんだね?」
「まあな」
「ふふふ、これからガオケレナに会ってきますね」
「世界樹様に?」
「はい。そう言えば彼女は、エツェラお婆ちゃんに雰囲気が似てます」
「たしかにそうだな」
「あんたたちはお会いした事があるんですね」
「はい」
「世界樹様に似ているなんて、光栄だこと」
「ではお二人ともお世話になりました」
「お元気で。あ、もう悪魔はいないからね」
「え?」
「きのう冒険者ギルドに沢山いたホエザル族が悪魔にされていた人たちだよ」
「なんと」
お正月にたしかにお祖父さまにはお会い?したけど、おれのイメージする祖父ちゃんからはかけ離れているし、お祖母ちゃんには会えなさそうだし。
そもそも父さんの方の親ってどうなってるの?
そんな自分の境遇だからか、お爺ちゃんとかお婆ちゃんな人にやさしくしてもらう経験がとてもうれしい。ほっこり温かい気持ちで、新しい朝のシュメル山脈に向かう。
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