183【季節風】
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次の朝、日の出前に〈本の虫亭〉を出る。早朝出発だからと、晩御飯のすぐ後に清算だけ済ませていたのだ。出発もテラスから静かに出るから、部屋を開けて鍵はデスクの引き出しに入れておくと言ってね。
「この地域は夜に冷えるから、この時間だけちょっと湿気を感じるね」
「わずかだけど夜露があるんだろうな」
テラスを開けて爽やな、薄っすらとした朝もやの中、ハロルドの装備を付けながら、こそこそ話す。ガスマニアの帝都などは漁港が近いから朝が早いけど、古書街は夜に本を読む人が多いのか、早朝はまだ人々は出てきてない。締め切りに追われている作家先生が徹夜をしているかもしれないけれど。
『静かに出発なら最初から飛ぶよ』
「んじゃいこう」
「おねがいします」
バサリ バサリ バサリ
ハロルドに乗って空から見る日の出はなんてきれいなんだろう。
『王子、遠くに見えてるグリーンサーペント河も、緑じゃなくて金色だよ!』
「ゴールドサーペント河だな」
「金の蛇。金運上がりそう!」
もう、お金は要らないっすけど。
「金運か!俺は拝んでおこうかな」
ウリサがらしくないことを。
『「ははは」』
森が蛇行してグリーンサーペント状態だった河はしっかり水をたたえて、まだ河幅は全盛期まではいかないだろうけど、河らしくなった。
満月湖からの水量も徐々に増えたからだ。
「ハロルド、予定通りラオポルテの海に行くよ」
『おっけー』
風魔法とほんの少しの空間魔法も駆使して、陸上なら数日かかる距離を一時間で海に出でる。
『あ、魔道帆船が泊まってる』
「本当だ」
「へえ、ガスマニアに着岸する船とどこか違う気がする」
「赤い線が船のサイドと帆に入ってるみたい」
『そうなんだ?』
「経営が違うんだって」
サリオに教えてもらったマメ知識。
「それに、もしアジャー島に両方泊まってて間違えて乗ったら悲惨でしょ」
「なるほど」
「ここから、河用の船を開発して、河を行き来出来ればまた流通が変わるんだろうな」
「・・・難しいことを言うんだな」
「もともと、乳製品を運ぶ川だったそうだよ」
「へえ、だから上流の方はミルクブールバード河なんだな」
「上流へ遡るときは風頼みか、魔動力はがいるかもしれないけどさ、下るときは河の流れに乗ればいいからね、どの位の時間で来れるかってことなんだけどさ。工夫すれば馬車より積めるだろうし、馬は不要だしね」
「なるほど、凄く商売の速度が上がるってことは分った」
「そう!そうなんだよ!例えば手紙を配達するときとかもね」
「だが、そうすると冒険者の仕事が減るな」
「他の商売が増えるさ」河運的な。
ガスマニアも大きな河がシュバイツ湖から繋がって海に流れていたけど、街道も発達していたから、船の運搬はあんまりなかったんだよな。シュバイツ湖の中は小舟しか浮かべられないそうだし。しかも横断縦断不可だからね。
でも、砂漠の方はまだ街道が不十分だからなあ。
ウリサは認識疎外のマントを羽織り、俺とハロルドは半透明になって、下の人たちを刺激しないように東へ進路をとる。海岸はやっぱり朝早いからね。
あれから、王国が自分で護岸工事を進めて、綺麗な河が完成しつつある。河幅も河口は何百メートルになっている。
この公共工事が人を集め、経済の刺激になっているようだ。人足風の人たちも沢山朝から出ている。
ここは首都じゃないからガスマニアの港ほどではないけど、活気があって良いよね。
でも、作業開始はちょっと待ってね。
今日のトルネキの王都行きにあたって俺はラオポルテと王都とその途中の町の冒険者ギルドに三日前に天気予告を出している。
「三日後の午前中から六日ぐらいかけて王都まで、河沿いは雨降ります」って。
この街の人は雨に対する備えは無いから気を付けないといけないけどね。
手始めに小雨で行こう。日よけしかない地域なんだもん。
海上にはふわふわと形を変えたムーが浮かんでる。大きい彼がいつもの数十倍大きくて、霧状の形になっている。
『ここで、この形になるのは久しぶりだ』
「久しぶりだからこそ優しくやってね」
『ああもちろんだ』
「じゃあいくよ!」
『しゅっぱーつ』
地上から見れば今日のムーはただの雨雲だ。皆突然の雨雲にびっくりしている。雨予報したんだけどな。信じてなかったのかな。
雨が降る前には予告の湿った風もお届けする。
ハロルドに乗ったまま俺とウリサは雲のムーの上の方に位置をキープしたまま一緒に河の上空を遡上していく。
俺の役割は、ムーの水分補給だ。雨が途切れそうになったら、大量に持っている手持ちの水を渡す。
すごく久しぶりの雨って聞いてたから、迷惑にならない程度のにしようと思っていたけど、上から見たらすごく期待されているのが分かっちゃった。
地上には上半身裸でタオルを持ってる人が結構いる。女の人は塀などに囲まれた庭で桶に足を突っ込んで上半身はやっぱり裸。ちょ、俺からは見えちゃってるよ!
この雨で、水浴びや洗濯をしちゃうんですね。女の人は両方?逞しいです。
「ムー、予定よりちょっと多めでゆっくり行こう」
『了解』
だから一か所で二十分ぐらい雨が降るように、ゆっくり進む。
「みんな、洪水とか、水はけの悪い所がないか見て!」
“りょうかい!”
“わざとみずを、ためてるひとは、するー”
“あいつ、いっぱいおけをならべている”
“にじゅっぷんでたまるかー”
「いいよいいよ、恵みの雨と思ってくれればいいよ」
どうせ、移動するならついでに出来ることを。
「俺は雨は好きでは無いけど、こっちの人はどうだろう」
「俺も好きじゃないぜ」
『この地域は私がこうしないと雨が降らない』
なんですと!
「どういうタイミングで、雨を降らせていたの?」
『・・・風の女神に頼まれた時ぐらいで、そうだな二十年以上は、雨が無いな』
「・・・沙漠の原因の一つに俺の両親って・・・」
ちょっと責任を感じちゃうじゃねえか。
『しかし、私が水を持ってこれるのは、グリーンサーペント河までだ』
グリーンサーペント河は馬車で十日もかかる長い距離の河だ。幅も広いしね。
『しかも、このようにゆっくりは無理だ』
「そうか」
俺がモサ島で取水した海水はかなりの量になっている。それでもこれから行く砂漠を潤すためには、まだ汲んでくる必要があるだろう。でも、そんなのすぐさ。今手持ちの水を全部使っても構わない。
“あそこにたまってる”
黄色ちゃんが俺の頭の上で後ろに話す。
「溜めていていい場所か?」
“わかんないけど・・・だめなとこかも”
「緑色ちゃん」
“かわへみずがぬけるみぞを、つくってくるわ”
「たのんだよ」
緑色ちゃんが二人に増えたと思ったら点滅して消えていく。
“あたしもてつだってくる”
青色ちゃんも消えた。
俺がのんきにムーと話しながら遡上している間も、ウリサは精霊たちとコミュニケーションをとって、地上の様子をチェックして雨の被害になる前に対処してくれている。
「シュンスケ、下を見てこようか?」
「そうだな」
『でも、王子は空に居て。
まだ雨を降らすんでしょ』
「うん」
「俺とハロルド様で見て来るぜ」
「ウリサ、気を付けて」
「とりあえず北側の街道沿いが人が多いからそっちから」
『りょーかい』
俺は自分の翅を出して飛び上がり、ハロルドがウリサを乗せて地上へ滑空し角と羽を仕舞っていく。風魔法の得意なハロルドは、雨に濡れることは無い。それはウリサをもカバーしてくれている。
『うーむ、やはり私の雨はただの雨だな』
残念そうにムーが言う。
「はい?」
『シュンスケの雨は、草木をすぐに生やすだろう?』
「いやいや、人の営みのあるところで草木を不必要に生やしたら、迷惑じゃん。雑草が草だけじゃなくて木とか林なんて、申し訳ないよ」先日ミグマーリとやらかしたことを思い出す
『そうなのか?』
「そうなの」
所かまわず緑になればいいってもんじゃないんだよ。この世界でうかつに森を増やしたら魔物も増えるしね。
「それに、この雨もちゃんと緑化に繋がっているさ。
今回みたいに、これからは風の女神の代わりに俺が頼むよ」
『それはありがたい。私には暦や季節が分からぬから』
「定期的に降らすとなると、夏の前と終わりかな。夏の前はしっかり降って、終わりはあっさり降らすの。それで少しは季節感が出るんじゃないかな」
『このあたりは夏しかないからな』
「そう。せめて雨季を作っても良いよね」
『うむ』
雨雲ムーはゆっくり河上へ移動する。
『!シュンスケすごい』
「どうした?」
『私にスキルが一つ付いた』
「なんて?」
『季節風というスキルだ』
「なんかムーらしくてかっこいいスキルだ」
『ははは。そうか』
雨雲の前をウリサとハロルドが行く。
“このさきに、おおきないちばがあるんだって”
「じゃあそこだけ霧雨にしようか」
『そうだな』
「霧雨ならどう?」
“きりさめならだいじょうぶだって”
「んじゃ俺がやる」
『たのんだ』
「りょうかい」
ムーがすこし南にずれる。
俺は自分の周りを自分の水魔法で作った霧で身を包み、海から取った真水が入っているサードボックスを大きく広げるイメージで分子レベルで水を細かく下に落としていく。
その様子を、市場の出口からハロルドとウリサが見ている。
『優しい雨!』
「器用じゃねぇか」
「まあね、雪みたいなかき氷の雨版というかね」
「なるほどさすがだぜ」
距離のある者同士の会話も黄色ちゃんのおかげで簡単である。
そうして、六日かけてグリーンサーペント河を遡上し、ミルクブールバード河に切り替わった河の途中にある王都が見えてきた。
「ムー、塩湖まで行ける?」
『ああ』
あそこで俺は塩を吐き出したい。
サードボックスから水だけをムーに提供して時々自分でも雨を降らせながらだったから、塩が溜まっている。
水が結構干上がって、塩だけになっている塩湖の上に行くと、塩を採掘している人はいない。今はまだ朝だからね。でも幾つか掘られているところがあるねぇ。
そこに、まず塩をどさどさ置く。
そしてまたあのウユニ湖の風景を再現したくて、ムーに頼んで少し水がたまる程度に雨を降らせてもらう。
「なんだ?俺に見せたいってのは?」
ウリサの言葉に
『すごく奇麗なんだよ~』
ハロルドの方が先に言っちゃう。
「んん?水が溜まってすげ・・・鏡みたいになった」
雨を振らせ終わった空には普通サイズの白い鯨のムーが浮かんでいる。ムーの周りには綿雲が残っている。
その綿雲とムーのお腹がそのまま湖に写っているのだ。
「わーすげ、白い鯨だ」
「馬鹿、あれは高位精霊のムー様だぞ。海でもなかなかお姿が見られないんだぞ」
声に気が付いて振り向けば、ライオン族の人が何人か土手に出てきていた。
「こんにちは」
「シュバイツ殿下でいらっしゃいますか」
そのうちの一人、俺達と同じぐらいの年齢の黒ライオン族の青年が声をかけてきた。
「はい」
作業着のような出で立ちのこの人たちは塩を獲りに来たのだろう。トルネキ王国の新しい事業だ。
「今日の湖はなぜ、このように素晴らしい景色になったのでしょう」
「ふふふ、さきほど雨を降らせてもらったんですよ」
「あの光ってるのは水ですか!」
「ええ、これからは六月の終わりと九月にこの風景が見られるようになりますよ」
「見れる時期がはっきりしてたら、観光客が来るんじゃねえか」
俺の意図をよんだウリサが援護の台詞をいう。
「だぶん・・・だから」
気付いた黒ライオンは俺の右手を取って跪きおでこに当ててきた。雨上がりで膝が濡れるのに。
「ありがとうございます。シュバイツ殿下。
私は、こう見えてこの国の伯爵の息子、ビスク フォン クリエルと言います。父はこの辺りの領地を治めています。
殿下お言葉ありがとうございます。そうですね、ここに宿初施設を造るといいですよね」
「完成したら滞在しに来ますよ」
「ぜひ!」
「そうだこれを」
と言って、小さな巾着をビスクに渡す。
「これで、チャレンジしてみてください」
その巾着を覗いたビスクがびっくりしながら
「殿下!そんな、困ります」
と返そうとしてくるところを、
「じゃあ、利息は要らないし、返済期日も付けないから、貸しで。俺は長生きするらしいから、そのうち返してくれればいいからね」
「・・・分かりました!ありがとうございます」
この世界では珍しい九十度のお辞儀をされる。
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