163【二千夜一夜物語・下巻】
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教授の語りが続く。
「東の国とは別にの、例えばユグドラシル様の麓は牛の酪農が盛んじゃろ?」
そう、ロードランダの牛乳とか旨いもんな。
「ガオケレナ様の所でも牛の酪農が盛んだったのじゃ」
牛乳は寒い所の方がおいしいっていうよね。同じ牧場でも冬の牛乳の方が脂肪分が多くておいしいとかってさ。
ガオケレナ様の近くも世界樹だから?山だから?標高が高くて涼しいのかな?
「あちらの牛乳は、流通するには少し距離があるでな、チーズやバターなどに加工してから流通されていたのじゃ。それでも保存期間は短いからの、アイテムボックス持ちの魔法使いのスキルや、速度のある船で運ぶ必要があったのじゃ」
「なるほどなるほど」
「そして、海に出て海路でセイレンヌアイランドなどにも運んだらしい」
「二千年前の船で?それはすごいです」
二千年前は歴史の本によると、もっと原始的な帆船だったと書いてあった。それでも帆船で魔物も出るような海を渡ってたのはすごいけどね。
あれ?もしかして牛乳を運ぶ川だったから、牛乳大通り河?
「儂も若いころに一度、満月の砦に、ブランネージュ様と訪問したことがあった。あの頃はまだ平和で、あちらこちらの首長が集まる催しがあって、それに行かれる王に侍従として付いて行ったのじゃ。まだ国という概念はなく、民族や種族ごとの首長だの」
すげえ、二千年前に首脳会談やってるんだ。この世界は。
「それで?」
「あの時代の満月の砦は最先端の建造物じゃった。その集まりのために、そこを治めている種族がドワーフに発注して建てたそうだ。
大理石と、砂を焼き固めてガラス質がキラキラした建材など、堅固で美しい砦じゃった。
あの頃のエルフの集落なぞは、ウッドハウスの集まりだったからの。それがダメとは言わないが、迫力が違った」
「ふむふむ」
「その上、湖は人口で作られたものだ。だからあんなに美しい正円に近い形をしておる」
「人口だったんですね」
「うむ。それまで農業用のため池位を造る者はいたが、あれほど大きな湖となると、外から来た皆が驚いておった。
そして、湖岸からは桟橋がいくつも突き出ておって、流通の要となっていた、川用の底の浅めの帆船が何艘も停泊していたのだ。そして湖の周りは美しく整備された花壇や木の公園の様じゃった。
シュンスケの画像のこのあたりなど、低木の植え込みや背の高いココヤシの木などが植えられておった」
教授が俺が撮ってきて転写した今日の現地の写真を指でなぞりながら話す。
「人口の湖と言いましたが、水はどこから持ってきていたのですか?」
「数本の川が流れ込んでいたな。メインはガオケレナの世界樹の方からの川じゃ」
「どうして、そちらからの川が干上がったのでしょうか」
ぽりぽり、ずるずる。
教授ははるか昔の記憶を探っているのか、目を閉じて煎餅を齧り、お茶を啜る。
「千五百年前、砂漠をめぐる遊牧の民が大きな国として成長した時代があった」
うん?デジャブ?まあ静かに聞こう。
「血の気の多い人間族たちで、周囲を戦に巻き込んでは自分たちの領域を広げていったのじゃ」
「なるほど」
「当然、戦をしているところに好き好んで商売をしに行くものは減る。流れ矢などには当たりたくないからの。
まあ中には商機と思って、どんどん武器を売りに行く商隊もあったがな」
「それで?」
「しかし、それまで放牧と狩猟をメインにしていたものが戦ばかりしていると、自分達の食うものの調達が難しくなってきたのじゃ」
「武器じゃお腹は膨れませんものね」
「当り前じゃの。買った武器と交換できる金品や物もなくなってきての。食うに困っては兵隊たちが戦に行く元気さえなくなるのじゃ。
そして、敵対しておった川の上流にあった別の民族が川をせき止めて、大きな船なぞが行き来できないような少ない水量にしてしまい、流通まで止めてしまったのじゃ。兵糧攻めのようなものだな。
そうして、遊牧の民の国は滅んでいった」
「父さんそれで、どうなったのですか?」
アナラグさんも興味ありそうだな。身を乗り出して聞いている。
「気が付けば、砂漠化は進み、東へ渡る道も途絶えてしまったのじゃ。せき止めていた、ダムになっていたもっと上流の湖も干上がっているやもしれぬ」
俺も塩せんべいを齧って玄米茶を啜る。
お茶のおかわり。あ、急須のお湯が無くなった。魔法で補充を。
「精霊王は、大陸中の自然を守るのもお役目だったらしいの」
“そうよ、わたしたちがおてつだいするの”
“あちこちにいたわ”
“おうさまのまそがあちこちにあったぜ”
ふうん。精霊ちゃん達の付け足しは教授たちには聞こえないようだ。
「じゃが、エルフの国の首長になってしまったからの。お父上が出て行っては他国への干渉となってしまうのじゃ」
「・・・そういえばゲール師匠がドミニク卿と、インパラ族に成りすましていた父さんにここらへんで会ったとか言ってましたね」
「そうじゃ、そうやって身を隠して時々回っていらっしゃったな。戦のひどいときとかの」
そういえば同じ宿に泊まっているメター座長はインパラ族交じりのエルフだったよね。
「自然は怖くて難しいものじゃが、人々もややこしい。
他の種族は置いておいて、エルフは今でこそロードランダの中では良い国民じゃが、外へ出ると選民思想を明後日の方向に振り回す輩もいるのじゃ。結局そういうやつはユグドラシル様に跳ね返されて、帰国できなくなるんじゃがな」
「ははは」
「俺も一時期、帰れなくなっていたんだ。そしてちょっとぐれてさ。でもここで王の本を売ったりしているうちに出入りできるようになったのさ」
アナラグさんのファッションはぐれてた名残なのね。
「なるほど、でもやりすぎるとまた帰れなくなっちゃいますよ!」
「どうして?」
「俺、ユグドラシルと仲がいいですからね」
「・・・分かった」
「ははは、そうじゃな、先日の誕生日にも一緒に食事したらしいからの」
「プランツさんに聞かれたんですね。あの日の彼女も美しくてねぇ」
「え?ユグドラシル様ってそういう?」
「高位精霊じゃからの」
「話を戻すと、あの湖は人口だけど、河は自然にできたんですよね」
「いや、たしか雨による洪水を防ぐために多少手を入れられているはずじゃ。今はトルネキの王都になってる三日月湖などは、もともと大きく蛇行した川だったが、そのために洪水も多くての、北へ真っすぐ付け替える工事をしているはずじゃ」
「え?あれって自然にできた三日月湖じゃないんですね!」
「そうじゃ」
昔の人たちスゲー。
「それも、魔法などがあってこそですか?」
「そうじゃな、土魔法や水魔法使いを総動員していたと思うぞ」
魔法使いやっぱりスゲー。
そうして俺は大きな素焼きの皿を出して、そこに砂漠の砂をちょっぴり出す。
「これ、砂漠の砂を持ってきたんですけど。湖を復活するとしたら、これを焼き固めてその上に土を乗せてと思ってるんですけど」
「どれ・・・ふむ」
教授も鑑定のスキルをお持ちなのだ。
「なるほどの、ガラスの材料に近いんじゃな。少々鉄分が混じっておるな。焼き固めてさらに圧縮すれば、大理石のようになるやもしれぬ」
圧縮?圧縮って魔法で出来るの?
「圧縮って・・・」
「お前さん、翅を使わずに飛ぶときに、風と重力を利用しているじゃろ」
重力に干渉してます。
「その重力を逆に発動するんじゃよ」
「なるほどです!ちょっとやってみていいですか」
まずは、皿の砂を一度退けて、そこにシリコンの粉を広げておく。
杵つき餅の打ち粉みたいなものだね。これはたぶん母さんが何かのモデルを作るために仕入れたものを俺のポーチにも入れてくれていた。
俺はアイテムボックスからさらに、母さんのウエストポーチを探る。そこから真ん丸の、目玉焼きやホットケーキを焼くときに使うステンレスの枠を取り出す。これにもシリコンを塗っておく。
それを皿の上に置いて、再び砂を。
「んじゃ行きますね」
良い子はホテルのお部屋でやっちゃだめですよと思いながら、砂に火魔法を発動すると真っ赤になって、さらに液体のようになっていく。枠のステンレスも赤くなってるけどまだ解けていない。融解温度の差だね。そして少し自然に冷ます・・・けど待ってられないのですこし闇魔法で時間を調節して早送りを。そして鑑定しながら六百五十度ぐらいに冷えてきたら、闇魔法を解除して、今度は風魔法で急速に冷却しながら重力も掛けていく。
緑色がかった乳白色の板が出来てきた。
地球の圧縮ガラスとはすこし作り方が違うけど、ガラスというより石だからね。
“そろそろいいんじゃない?”
緑色ちゃんの合図。
“けっこうきれいじゃない?
よし、わたしが、われないようにさましてあげる”
紫色ちゃんの感想。
「ありがとう」
冷めるのを待つ間に軍手を嵌めておく。
鑑定で四十五度ぐらいに冷めた。
もういいかな?待ちきれないよね。
俺はそろりと皿から枠をずらして、出来たものを掌に載せ、枠も外す。
ふぉ、緑色のマーブルガラス?だ。
「綺麗じゃの」
「ですよね」
「すげー砂漠の砂が」
「同じものもう一つ作りますね」
「頼む」
できたものを再度鑑定する。
〈シュバイツマーブル:スピリッツゴッドが編み出した新しい石の素材。ヴェールドゥ色で美しく、熱や圧力に強い〉
うん?俺の名前が入った?どういうこと?ま、いいか。シュバイツ湖と同じ色だからでいいよね。
俺は、今の工程を(闇魔法は省いて)書き出して、砂漠の砂の樽と、試作品のガラスをマジック袋に入れて、教授に渡す。
「教授、今回の湖の整備は今の方法を使いますけど、グローブ先生に、砂と、この新しい素材の使い道が他にないか託していいですか?」
「そうじゃな、かなり喜ぶのじゃないか?」
教授もニコニコしながら受け取ってくれる。
「そうだといいですけど」
「なあ、親父」
「うん?」
アナラグさんが呆然としたようにつぶやく。
「今、俺は新しい歴史を見たような気がする」
「そうじゃな。長く生きているとそういうこともあるのじゃ」
教授はしみじみというけど、俺は釘をもう一本持ってこなきゃ!
「あ、アナラグさん!まだネタにしないでくださいね!十年ぐらい寝かせてね!作り方を秘密にするつもりはないけど、まだ本に入れないで!素材はトルネキ王国の砂なんだから!」
賢所に聞き取りはできた。部屋に戻っていく教授を送り出しながら心の中はワクワクし続けていた。なにしろ自分の名前の素材だよ!本音は嬉しいに決まってるじゃん。
俺はその夜何度か同じものを作ってみる。そして気が付けば夜が明けていた。
ガチャリ
「あれ?シュンスケ寝てないのか?」
「お帰りアヌビリ!朝帰りとは大人だね!」
「そ、そんなわけは・・・べ、べつに女の店に行ってたとかじゃないぜ」
「うん?べつに行けばいいじゃん。アヌビリは大人なんだから」
「だから、違うって!新作ができないメターの愚痴を聞いてただけだ!」
「まだ、悩んでいるんだ」
「そうなんだよ」
「じゃあ、もう少しアヌビリに付き合ってもらえるんだね」
「そうだな」
「とりあえず、俺も寝ようかな。昼にローナ殿下と合流して、夜にまた王宮に行きたいしね」
「んじゃ、黄色い子に言ってもらおうか?」
「うん」
“あぬびり、わかった、ろーなとあんとにおに、でんごんね”
「たのむ」
可愛い黄色ちゃんを見てふわりと笑うアヌビリがイケメンすぎる。
「それと、宿の亭主にも昼まで寝るからって伝えて」
“きゃはは、おうじ、てつやであそんでたもんね”
「遊んでたんじゃない!・・・って楽しかったけど」
「なにが?」
「また、あとで言うね。んじゃお休み」
窓辺に、新しい素材の上に小さな植木鉢を置いてみた。
こういう使い方も良いよね。
そうして、久しぶりの朝寝に入る。
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