132【古書の街ブラ】
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「シュンスケ、お前は商売もしてるのか?」
古本の屋台が並ぶ土埃が少し舞う通路を歩きながら話す。
「まあ、成り行きでね。もともとは苦学生のつもりだったから、学費のためにいろんなことをしましたよ。ギルドの厨房とか、手紙の配達とかね。とはいえ一年半ほど前のたった数ヶ月のことなんですけどね」
見た目がガキだから出来ることは限られているんだよな。
「今現在はメインは養蜂で」
「養蜂?」
「おうじのあなざーわーるどに、じょうおーばちのせいれいがいたでしょ?」
「ああ、クインビースピリット様。彼女は素晴らしかったな。姿は蜜蜂にしてはでっかいけど小さくて、でも存在感がまさしく女王様だったな」
「そうでしょ、あの子はアナザーワールドをはじめ、沢山のミツバチの巣を管理していて、俺たちが置いた人工的な巣箱もそうなんだけど、野生の巣とかもね、蜂蜜とか蜜蝋を生産してくれるんだ。それをそのままとか、化粧品やろうそくに加工して売らせてもらってるんだ」
「なるほど、すげぇな」
「もともとは、単純に甘いものが食べたくて、巣箱をいくつか作っただけなんだけどね」
「はじめて、おうじにはちみつもらったときは、びっくりした。あまくておいしくって」
「ね、あれはポリゴンの林檎の花の蜂蜜だったよな。
おかげで、お世話になった、マツのいる孤児院に寄付できるほどになっちゃって」
「こじいんに、たっくさんほんをくれたんだよ」
〈沢山〉を両腕を回して表現してくれるけど、三十冊ほどだよ?マツ。
「スゲーなシュバイツ王子は」
マツの頭をなでながらアヌビリさんは俺をほめてくれる。
「だって、俺がお世話になったところだし、あそこの本は、ボロボロだったからね。
でも、蜜蝋の製品作りは孤児院の子がしてくれたから当然なんだ。ところが大きくなって孤児院を出た子がさらに俺の下で働いてくれるって結果になってて。
そういえば国境に小さな店舗もあったな。」
「シュンスケは立派な事業家なんだな」
「立派かどうかは・・・。いつの間にか抱えてるって感じ」
「みんな、おうじがだいすきだから、あちゅまってくるんだよ。あたしも、おおきくなったら、はたらきたいな」
「ありがとうマツ」
「そのためには、おべんきょーだよね。なにかいいほんあるかな」
しばらく行くと、商品のボリュームは少ないけど、カラフルな色のついた絵などが並べられているところに来た。
「これは・・・お習字のお手本?きれいな字。
店主さん。これは写本してもいいものですよね」
露店には奇麗なインパラ族の女性がいた。
「ええ、それは私が書いたものだから大丈夫よ」
この世界の文字は、形は違うけど平仮名と片仮名と漢字で構成されている。言葉も日本語が通じるんだ。多少の方言はあるけど、大陸中通じてて、海を越えたセイレンヌアイランドも同じ。
このインパラ族の女性が並べているものは、詩歌で、一枚でも買えるし、綴られて集約されているものもある。古本ではなさそうだ。
「これは、美しい絵もついてますね」
「そう、知っている風景は文字だけで想像できるけれど、知らないと何のことかわからないでしょう?」
「わからない?」
「そうね、猫のお嬢さん。山にしか住んだことのない人に、海の景色を文字だけで伝えるのには限界があるのよ」
「なるほど!
じゃあ、このえのおしろは、ほんとうのふうけい?」
「これは、私の想像の風景ね」
「絵もご自分で描かれるんですね」
「そう、だから、出版できないの。絵をこの通りに模してくれる人は、なかなか少ないの。転写できる人はいるみたいだけどそれも限度があるでしょう?」
「そうですね。現実の風景はともかく、絵は色の再現が難しいのです」
「まあ、坊ちゃんはよくご存知ね」
うーん、この世界には版画の技術はまだないんだね。有ったら書写の人が困るか。いや、手書きでやっていける程度の識字率なのかも。
「ということは、あんたは店主であって作家ということだな」
「まあ、そういうことになるわね。売れない作家はこうやって自分の作品を自分で売るのよ」
・・・なんだか、同人誌みたいだな。母さんのコレクションにあったのは、印刷されたものだったけど。素人の本だって言ってた。
一枚物の詩歌を二十枚と、冊子を五冊買い込んだ俺は、店主に話しかける。
「お姉さんの名前を教えてもらえますか?俺はシュバイツと言います」
「まあ、私はエルビーっていうの」
「エルビーさんはいつもここに出店されているのですか?」
「いいえ、いつもではないわ。ある程度売れたら、インスピレーションを求めて旅に出たり、作品を書き溜めるのに家や宿にこもったりするの」
なるほど、手書きだもんな。
「また、絶対に買いに来ますね」
「よろしくね」
エルビーさんの店を後にした俺は、アヌビリさんに聞かれる。
「さっきの人にえらく食いついていたな」
「あの人、カウバンド子爵の身内だね。家名がそうなんだ」
「まじか」
「でも、ちょっと残念」
「ざんねんって?」
「字がきれいで、絵もきれいな人なんて、子爵の家の人じゃなかったら、俺がパトロンになりたいよ」
「本の虫亭のオヤジみたいにか」
「そうそう」
「はー、殿下は発想が違うな」
「ふふふ、さすがおうじ。
これをみながらもじの、れんしゅうをするのね」
「そうだよ。文字をおぼえるのは他のものでもいいんだけど、奇麗な文字を書けるほうがいいでしょ?」
「うん。おうじのもじも、きれいって、じょさいのせんせがゆってた」
「俺のは奇麗じゃなくて、出来るだけ読みやすいように書いてるだけだよ。
これいいなあ。何枚かはシンプルな額に入れて部屋に貼ろうかなぁ」
植物が丁寧に描かれていて、その背景にさらさらと詩歌が書いてある。
「じゃあ、あとでさっきのヴィルパークの親父のところに戻るか」
「うん」
また、屋台の間を歩いていく。
「ねえ、おうじあれ!あれあれ!」
「スゲー、とんでもない店」
「でもみにいきたい!」
「えー、行くの?」
マツが指さしたテントにバーンと掲げられている看板は、
〈ヴェール ドゥ シュバイツ 専門店〉
店にはエルフとインパラ族がいた。
インパラ族の方がうろうろと接客しているので、エルフの方が店主だろう。
ただ、たしかにエルフなんだけど、ぼさぼさの濃い緑色の髪に、怪しい真ん丸のグラサン、顎髭、そして破れた麦わら帽子を背中にぶら下げている。
マツも、ロムドム団の臨時メンバーだから、タイトルの文字は読めたんだろう。
「あのタイトルの本に、あの店主はないんじゃねぇ?」
気持ちは分かる!
「たぶん、あれは変装なんだよ」
「そうなのか?」
「ねえ、おうじ、みにいこうよ」
「えー」
俺は、自分の姿の黒目黒髪の人間族状態をスマホで確認して、さらに着ていたノースリーブのパーカーのフードを被る。
「知り合いか?あの店主」
「違いますけど、売ってるものがあれでしょ」
「あたしも、にんげんぞくになっとこ。ね、おにいちゃん」
「そうだな」
テントに囲まれて、通路だけ開けられた店に入ると色とりどりの絵本が置いてあった。
そういえばラーズベルトではこの絵本を赤ん坊の誕生祝いに贈るとか言ってたな。
それが古書として出回っているのか?
テントの中に入ると、カーリンに見せてもらったのとよく似た絵本もある。
それはガラスケースに入れられていたけどな。やっぱり、辺境伯が買うようなのは高級品だな。
「へえ、すごいな。王様の横顔が表紙のもあるんだ」
「だいきんかのひと!おうじにみせてもらった」
「ほんとだ、結構似てるな」
絵が入っているものは全部ガラスケースに入っている。
「これなんか精霊王のお姿だぜ」
「ほんとだ。絵というより刺繡なんだな。精霊王本人を見たことある人いるのかな」
“いまはいないんじゃない?”
“おおむかしだもん”
「だよな」
「みんなは、みたの?せいれいおうのときの、おうじのおとうさん」
“えっとね、あたしはおぼえてない”
“おれは、すこしおぼえてる”
“みたはずなんだけどな”
“あたしたちは、いれかわるのよ”
“まえのきおくをひきつぐの、あたしはおぼえてる”
「へえ」
“でも、なくなっていくきおくもあるわ”
“さすがに、よんせんねんいじょうまえはね”
“しんちんたいしゃだぜ”
おまえら、新陳代謝されるんだ・・・。
何千年も生きてるのかと思ってた。
精霊ちゃんたちの新事実。
“あたちは、わかんない”
“そりゃ、きゅあはうまれたてだもん”
「ははは」
“でも、おれ、あのえるふはしってる”
「赤色くんってえ?店主さん?」
“ほら、プランツの・・・”
「うわ、本当だ、アナラグ フォン ルマニアってえ?プランツさんの双子の弟?あんなに似てない双子っているんだ、ってことはブラズィード教授の息子」
シカトしようと横を向くと、別なものが目に入った。
げっ。何だこの本
〈ヴェール ドゥ シュバイツ 第二の伝説〉ってタイトルの本が露店の半分の場所を取って展開されていた。
文字ばっかりだけどこれって、あ、絵のあるのもある。
一冊取ってぱらぱらとめくってみる。
「おや、お客さん。それは面白いですよ」
奥にいたエルフが近寄ってきていた。
「エルフのおじちゃん、このほんっておもしろいの?」
俺の代わりにマツが聞いてくれる。
「これはね、実はエルフ王の息子の冒険記なんだよ。風の噂で流れてくる彼の活躍を、文章の書けるものが物語にした物でね。本人にこっそり書いているから、名前とか容姿を本物とは変えて作ってるんだけどね、いつも新しいネタが入ってくるから、連載ものなんだ」
「おっさん、そのねたは誰からもらうんだ?」
アヌビリさんも聞いてくれる。
「前は、俺の知り合いから聞き出してたんだけどね、最近は冒険者ギルドかな」
「たしかにAランク以上の冒険者で、派手な奴は有名になりがちだな」
「そう言えばお兄さんも金色のタグだね」
「まあな」
「アヌビリさん、冒険者ギルドの受付職員って守秘義務があるんじゃ?」
「もちろん。だが、だれでも出入りできるから。耳のいい奴が常に狙ってて、ネタを作家やゴシップ屋に売りに行くのさ」
「ねえ、おにいちゃん、あたしこれ、よんでみたい!」
人間族姿のマツが比較的新しい〈第二の伝説〉を指さす。
「これ?」
「おじょうさん、お目が高い!これはこのトルネキ王国での物語で、可愛い兎の女の子が活躍するのですよ」
「兎だって。俺は猫派だよ」
「うふふ」
「つまりマツのネタも入ってるのか」コソッ
「そうかもしんねえな」コソッ
それは読みたいけどね。
「よし、この本買おう。それとガラスケースに入ってる精霊王が表紙のあれも下さい。あれのお話はどこまでですか?」
「これですか?これは古くて、坊ちゃんもご存知の話ですよきっと」
「どこまで収録されているのですか?」
「・・・風の女神さまとエルフの王がこの世から消えるまでです」
俺の両親が地球に飛ぶところまでだな。
「それがいいです。買います。ちなみに五冊無いですか?」
「うん?身近に赤ちゃんがいるのか?」
「いないですけど」
「これは子供の出産祝いに渡すものなんじゃが」
「別に本棚に置いてもいいですよね」
「もちろんじゃ」
「あ、おにいちゃん」
「なに?」
こしょこしょこしょ
「あ、そっか。店主さん、いま売れ筋のお祝い用の絵本はどれですか?」
「それならこれだ、エルフの王子が発表されるところまでのこれだ」
と最後の方のページの絵を見せられる。
「あ、ハロルド様じゃねえか」
俺がハロルドに乗って飛んでる絵だ。
「うわあ、すてき。おにいちゃん、あたしこのほんもかう~」
「・・・俺も買おうかな(自分のアルバム代わりに)」
「みんな同じ絵本だが、手書きの一点ものだからね、微妙に変わってるのを見比べるのも面白いんだ」
「じゃあ妹の分と三冊で。一冊はお祝い用に包めますか?」
「知り合いに赤ん坊がいるのか?」
「もうすぐ生まれるって聞いてるんですけど、俺の恩人なんです」
そういえば、カウベルドで会った時にそういうこと言ってたな。ドミニクの奥さんがおめでたって。
「そうか。おい、こっちを祝儀用に包んでやれ」
「はい」
エルフがインパラ族のお姉さんに梱包を頼んでいる。
「ねえ、こんなに沢山買うんだから、ちょっと値切ってよ」
「じゃあ、古本の方を値引きするよ。新本は作家や職人の生活費がかかってるからな。だからこんだけになる所をこれでどうだい?」
「わかった。じゃあ、お代はこれで」
「まいど。お客さんのお父さんは偉いねえ。本を買うのにこんなに小遣いを渡しているのか?」
「まあ、おれの父さんは偉いけどね。(ギャン泣きするけど)
ちなみに、これの王子の発表までのネタの提供者って店主さんのお父さんやお兄さんじゃないでしょうね」
「え?なぜ俺に兄がいるって知ってるんだ」
「ちょっとね。で、どうなんです?」
「それが、俺の兄は口が堅くて全然教えてくれないんだ。しかし洗濯や掃除をする下働きにお金を握らせたら、ぺらぺらと話してくれるんだ。
どっちかというと親父に仕えている侍従のさらに下のものも口が軽くて助かってるんだ」
教授ー!とその侍従さーん!
「この本を見てると、誰でも知ってそうな内容だが。おおこれは・・・」
マツが買った本をパラパラ見ていたアヌビリさんがあるページを俺に見せる。
カーリンを誘拐してスラムの地下に連れて行った犯人を逮捕するために、女学生になったシーンだった。
〈美しい王子は女学生の格好をしても、犯人が女性だと信じてしまうほどの美少女に見え・・・〉
女生徒二人が手を取り合っているようすがカラーで描かれている。
たしかに、あのときは皇太子殿下とダンテさんのほかに兵士がいたっけ。女装って書かれる方がいいか・・・うーん。
「わ、おうじのスカートかわいい♪」
「この話を書くのにルールがあるんだ」
「どんなルールですか?」
「さっきも言ったように、ブランネージュ様やシュバイツ殿下のお名前を書かないことだ」
「なるほど」
「あくまでも、事実をネタに架空のお話として展開するんだよ」
そういえば、中学の時の国語の先生が歌舞伎とかがそうだったって言ってたな。忠臣蔵とかさ。
「なぜそうなってるんだ?」
「現実にいらっしゃる方だからね。以前ブランネージュ様ではないが、とある国の王様の伝記物で、その王様がまだ在位中なのに、名前を書き込んだ作家が行方不明になって・・・その後は語ることもできない惨いことになったと言われていて・・・」
ひえー
「都市伝説みたいなものだが、そのルールを守らない作家は元ネタの人に失礼だと思われて、仕事がなくなるのさ。でも、亡くなった方の話なら大丈夫なんだ」
「でもこのほんは、ものがたりのなまえに、しゅばいつってあるわ」
「自然のもの、そして神様の名前は入れてもいいのさ。それは湖の名前だからな。でもそれでみんなシュバイツ殿下の話だなって分かってしまう」
「ふーん、なるほどぉ」
って言いながら俺の方をちらちら見るな!
「店主さん」
「はい?」
「もし、個人の日記として実在の名前を書き込むのはありだろ?」
え?アヌビリさん?日記なんかつけてるの?
「ああ、それはありだ。しかしその日記を丸ごと出版するとなると名前を変える必要がある」
「だから、この話のつづきは、マツが自分でこっそり書けばいいだろ」コソッ
「そうね、すてき!アヌビリおにいちゃん」コソッ
「ちょ、何を教えてるんですか!」
「日記ってやつだ」
「ふふふ、もじのれんしゅうに、にっきをつけようかな」
「あんたら、シュバイツ殿下のネタを持ってるのか?」
「俺らのネタはとっておきだからな。白金貨ぐらいは必要だぜ」
アヌビリさんが悪い顔でにやりと笑う。
「ちょっと!
って、でもこういうネタの信憑性ってどこで見分けるんですか?」
「それはね、録音の魔道具があって、こういう」
と言いながら重箱みたいな箱を背中から出してきた。
「これの上に書き手が手を当てて、聞き出すと、話し言葉が書かれるんだ」
スゲー。音声入力みたいなものだな。
「だけど、偽りがあると、読み取れない文字に変化してしまうんだ」
「事実なら読める字になると」
箱からペロリと紙が出てくる。
「そういうことだ。って、金狼の兄ちゃん、本当にシュバイツ殿下の白金貨クラスのネタを持っているのか?」
箱から出てきた文字には、さっきのアヌビリさんの言葉が転写されている。
「いつのまに!」
「本当だぜ。店主さん抜け目ないな」
「しかし、惜しいな、今は白金貨は持ってない」
「そりゃよかった。まあ持ってても絶対話さないぜ」
「なぜ?」
「一流の冒険者には信用が大事だからな」
と言いながら金色のタグを店主に見えるようにぶら下げる。
「と、とにかくもうこの店はやばいからさっさと出よう」コソッ
ドミニク卿に渡すためのきれいな包みを受け取って、アヌビリさんの背中を押す。
「ああそうだな」
「ほかのみせにいこう!」
また、露店の間を歩きながら言う。
「それにしても、さっきは黙ってくれてありがとうございます。助かりました」
「おかね、もらいそこねたね」
「いや、マツ。俺にはシュバイツ殿下からの信用のほうがこれから必要だと思うからさ。それに、殿下を裏切った後の女神様達が怖い。カウバンドで、殿下が女神さまに悪魔を引き渡すところを見てたんだよ」
アヌビリさんがマツの頭をなでながら話す。
「そうだったんですね」
「そうそう、めがみさまたちは、しゅばいちゅでんかがだいすきだもん」
「マツも気に入られてるぜ」
と改めてマツを鑑定してみるとほらね。
「マツに二人から加護が付いてるもん」
「かご?」
「まつも見守ってくださってるってことだ。
すげーな、マツ。よかったじゃないか」
アヌビリさんも太鼓判を押してくれる。
「うん!おうじのおかげ」
「マツがいい子だからだよ」
「わーい」
元気なマツが可愛い。
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