12【初めての持ち込み素材と、おもてなし】
孤児院通いが始まってすぐ、この長い髪の毛を何とかしたくて、ポーチから相変わらず何故か存在していた散髪用の鋏を出して、前髪を少し切ってみた。
俺から離れて落ちていった髪は、すぐに緑銀色に変化しちゃって。それで、何気なく鑑定で見ると、
〈エルフの子供の髪の毛。少量でも薬の素材になる。
素材にできるエルフの子供は希少で限られている〉
って出てきて、一気に寒気がした。俺の髪の毛で薬を作って、塗るのか?飲むのか?
ひーどっちかというと塗り薬になってもらう方がまし?、、、いやいや自分の髪なのに気持ち悪い。
俺の姿を隠すってそういうこと?素材?
エルフは愛玩用の奴隷とかじゃないの?それも嫌だけど、素材はもっといやだ。
でもでも、長髪の男子も目立つから何とか短くしたい!
そんなわけで、カットした前髪を紙で包んで忙しいセレさんに相談したんだ。
そうすると、
「持ち込んだ人の情報を秘匿する決まりなので、散髪したらぜひギルドに売ってください」
えー、そういう?
「それで、治る病気を抱えている人がいるかもしれないのですから」
「・・・なるほど・・・そうですね」
ここはヘアドネーションって思おう!まだ十五センチくらいだけど。
「もし、お持ちいただくなら、これに入れてください」
そう言って縦に長いガラスの空の薬瓶を渡された。
「あ、その髪も出していただけますか?今。お金は後日。」
え?この紙に包んでるやつ?
「はい。どうぞ。」
「よかった、捨てられずに済んで。」
はは、ギルドのゴミ捨てに捨てて帰ろうと思ってたのは確かです。
少し悩んだけど、やっぱりさっぱりしたい!
どうせ、商品にするのなら、納得するようにシャンプーしよう。
テラスハウスで、母さんのポーチからノンシリコンのボタニカルなシャンプーとコンディショナー剤のボトルを出して、シャワーで洗う。しかも贅沢に朝シャンだ。やっぱ、塩だけじゃ味わえない、するすると滑らかな洗い心地。
お湯を出す方のカランは、手じゃなくて、体のどこが触れてても機能するんだ。だから自分一人だけで洗うときは、背中でカランを触りながら真上からシャワーを浴びる。
すると塩シャンプーしか知らないアリサが突撃してきた。
「なあに?シュンスケ?めっちゃ良い匂い。泡がフワフワ。あたしにも貸して~」
俺達にはもう羞恥心はない。とくにアリサの方にはもとからない。まあ、俺がおちびなガキだから。
朝シャンだから、俺だけだったんだけど。ま、この後散髪頼むんだし。
普段ウリサさんの散髪をしているらしいので、ギルドのスイーツをご馳走すると約束して今日の断髪式をお願いした。
「いいですよ。こっちが洗髪剤で、こっちは洗髪剤を良く流したら全体に塗って、ちょっと置いてからまた流すんです。最後のすすぎはさらにしっかりで。
あ、目に入ったら沁みますから気をつけて下さい」
「うんうん、なるほどなるほど」
説明しながらこの際だからとボディソープも出す。同じシリーズなので同じ香り。
「で、こっちは体用」
「へーなんか贅沢。お貴族様でもこんないい香りはないわ」
「そうですか?お貴族様はギルマスしか知らないので。
じゃあ俺は終わったので、使いますか?」
会話をしながら、もうアリサは脱いでた!
「うん!やった」
そして、目をつぶってお湯係をする。
半刻程余り経って、二人の長い髪がやっと乾いた。アリサは濡らした髪の散髪はしたことはないんだって。
早くドライヤー的な魔法をマスターしたいぜ。
「わー。シュンスケ!あたしの髪がつやつやさらさら!」
「俺もですー」
2人でキャッキャうふふ。地肌もすっきりしたし!やっぱ、子供や若いもんは、地肌を
洗わないとね。
今日は、ウリサさんとゴダだけでゴブリン退治だそうだ。ゴブリン退治は若い女性の冒険者は行かない方がいいそうだ。
ダイニングに敷物をひいて、ウリサさんに借りた薄手のマントを首から肩にかけて巻き、スツールに座る。
「では、お願いします」
「任せて!」
大きな都市では散髪屋や美容室はあるそうだが、このポリゴン程度の町には専門店はない。帝都に行ったときに切ってくるか、家族や身内、仲間同士で散髪をしあうらしい。ホームバーバーだな。
かっこよく整ってるウリサさんの髪もアリサが切ってるなんて、器用なところあるじゃん。
「そりゃね、男の人の髪って二〜三か月に一度は切るでしょ?それに、ウリサ兄さんは仕上がりにうるさくて。わかるでしょ?
おかげであたしの散髪の腕も上がるってもんでね」
「なるほど」
ウリサさんはアリサに比べればちょっと神経質?まあ、俺にしたら普通だ。
「あたしの場合は長いまま、たまに切るだけだから簡単。失敗したら団子とかにしたらいいんだし」
うわ、大雑把。
なんて会話をしながら切ってもらう。まずは括ってる束を鋏でちょん切って、そろえたまま瓶に入れる。
「やっぱりきれいな色の髪。なんだか切るのがもったいないね。それに良い匂い」
「匂いはアリサねえちゃんのと同じですよ」
「・・・ねえちゃん・・・いい響きだわ」
最近アリサさんではなく、“ねえちゃん”と呼ばせてもらっている。
長い尻尾を切った後、サイドとかの髪を俺の散髪用ハサミは使い慣れてないからと、剃刀みたいなのでカットされていく。
意外やこれのほうが緩やかな段が付いていい感じだ。
「よし、出来た。どう?」
っていつもの小さい手鏡を貸してくれる。
「あ、こっちまだ長かった?」
鏡の中には、幼稚園の卒アルの俺。前髪はこの間自分で整えたまま、ちょっとだけ右のサイドが長め。アシンメトリーもいいよね。
「わー、短くなったの久しぶりです。あーすっきりした。これで大丈夫。ありがとうございました!」
でも足元に散らばっているのは黄緑色っぽい銀髪。
それをアリサと残らず拾って薬瓶に入れる。最後は箒と塵取りで集める・・・やっぱりゴミだよな!
「これ幾らになるかしら」
「ね。美味しいものご馳走しますよ!」
スイーツ代ぐらいにはなるといいな。俺にはゴミだけど。
「うん!」
もう一度俺だけササっとシャワーを浴びて(ボディソープ使用)細かい髪の毛を洗い流して(今度はすぐに髪が乾いた!)
アリサと手を繋いで、ギルドに髪の毛を売りに行った。
瓶に詰めた髪の毛をもって、セレのところに行くと、そのままギルマスの部屋に連れていかれた。一般の職員には見せられないらしい。
ドミニクは俺の瓶詰めの髪を天秤秤りにのせ、全く同じ空の瓶を秤り、差額を出したり、ルーペみたいなもので瓶からひとつまみ出して、髪の毛を色々な角度で見たり、なんか不思議な道具から出る光を当てたりしていた。
そして、ため息をつきながら俺の前にどっかりと座る。
「シュンスケ、おまえの髪の毛はこの値段だ」
と言いながら、テーブルの上に指を揃えて手を置き。その下でパチンと音を鳴らす。ドミニクのごつい手の下から出てきたのは 五〇〇円玉より少し大きくて厚さもある金色のコインだった。
「大金貨!初めてみた!」
って大きめの声を出して両手を口で押えるアリサ。俺もびっくりして思わず同じポーズ。
ええ、習いましたよ、お金の単位。小遣い稼ぎや、見せてもらったことのあるお金は小金貨までで、金貨より大きなお金は実物大の絵しか知らない。えーっと大金貨は円換算すると大体
「一千万円!」
と俺も思わず。また手で口をふさぐ。
「センマンエンってなんだ」
「いえ、なんでも。
それより、私の髪の毛ってソンナニするんですか?」
「あん?鑑定してないのか?ほれ」
と言って、薬瓶をテーブルに置く。
〈エルフの子供の髪の毛 魔力枯渇症の薬の一つ 重さ七十五 原価、大金貨一枚〉
改めて見て、
「まじか」
「シュンスケ、早く片付けてそれ!あたしにはまぶしすぎて目が死ぬ!」
大きなお金を見て目が死ぬっていうなんて。俺もおんなじです!
「ハイ!」
髪の毛を売ったお金で、ギルドの女冒険者に大人気のスイーツ(蜂蜜がかかっただけのパンケーキセット)をアリサにご馳走するつもりだったのに、あまりにも大金だったのでびっくりしてまたすぐにテラスハウスに帰ってきた。
「はービックリしたね」
「ほんとです」
ギルドマスターのドミニクさんは、エルフの子供の素材はほかにも、血液なんかもあって、15歳までなら、切った爪も持ってこいと言われた。
そんなの持って行かないよ!爪や血はほかの人と同じ色だし!
「とりあえず、俺が今から作ってご馳走しますよ」
「ほんと!やった!」
今日はアリサと過ごすから孤児院に行かないと伝えているし。
このテラスハウスのキッチンには、たった一つのコンロがある。
お茶のためのお湯を沸かすときと、嵐などで、外に行けないときだけ出番があるらしい。 あと、鍋やフライパンがあるけど、ギタギタなので触らず。(油を落とす洗剤がないからな。)
ポーチからホットケーキミックス、卵、そして冷たい一八〇ミリリットルの牛乳パック、冷たいバター。
色々出していると大きなポケットの青いネコ型ロボットを思い出す。冷たいものは冷たいまま出てくる、異世界の物語仕様。日本の母さんのものなんだけどね。返すことはないかもしれないから考えずに使う。
しゃもじみたいな木べらと、お玉だけここのキッチンのを借りようかな。
ミックスを使うホットケーキは、子供が初めてする料理の一つだよな。
俺もコンロの前に台を置いてその上に立って焼いてたっけ。今みたいにな!
シルバーストーンのフライパンで ぶつぶつしてきたところをフライ返しでひっくり返す。
フライパンを振って鮮やかにやろうとしたけど、体格的に無理っぽいからやめた。
「ふわぁ 良い匂い!」
ドア越しに聞こえたので
「もうすぐだからねー」寝室のアリサに聞こえるように言う。
テーブルにクロスを掛けて、真ん中にギルドの帰り道にあった雑草の花をちょっと良い感じに水を入れたコップに差して。
ステンレスのフォークとナイフをセットしたら呼びに行く。
「アリサねえちゃん。どうぞ、こちらへ」
「ふわわぁ。なんか風景が違う」
椅子を持ってアテンドする。
アリサの前に、蕩けかけたバターを乗せたホットケーキを置いて、楓マークの英語のロゴのメープルシロップを、ツイーっと回す様に上の方からかける。
「どうぞお召し上がり下さい」
今の俺に出来る精一杯のおもてなし。
ごくり とアリサから聞こえた。
「イ、イタダキマス」
ダージリンの紅茶とソーサーに角砂糖を置いて牛乳も添える。
「うーん。甘くて美味しい!」
確かに久しぶりに食べるとうまい!。
夢中で食べてるアリサの向かいに座って、俺も同じものを食べる。
「ねえ、シュンスケはお貴族様ではないの?」
「いいえ。貴族は自分で料理しないでしょう?」
「でも、こんなの、お貴族様とか、お貴族様の近くにいる人じゃないと知らないんじゃない?
お母さんのバッグから出てきたということは、少なくともお母様はお貴族様ではないの?」
「いえ、母は普通の雇われ労働者ですよ」下請け専門の会社の社員だったよ。役職があるかはわからないけど。
そう思っていたけど、今となってはわからない。まあ、バッグの中身のほとんどは、日本で手に入るもの。
剣とか武器がちょっとわからんけど。まだ、出したことないし。でも、今度ちゃんとチェックするべきだな。いざ出して、コスプレ用の張りぼてのだったら死ぬし。
そんな俺の心の中を知らないアリサが美味しそうに食べる。
「ま、今あたしがすごーくおいしくて幸せなのは確か」
そういって俺を見てにっこりする。
ドキリ。
かわいいですよアリサねえちゃん。
「でもね、やっぱりシュンスケは良いとこの子だと思うの」
「どうしてですか?」
「子供で、しかも男なのに言葉遣いが丁寧だし、この高級そうなフォークやナイフを使うしぐさも、きれいだし。お母さんがちゃんと育てたんだろうなって」
カトラリーを使い始めたころの記憶なんてない。周りの人と同じように使ってるだけなんだけどな。
「そうかな」
「ねえ、もしも、遠くのお偉いさまが迎えに来ても、私を覚えていてくれる?」
「お偉いさんは来ないでしょうけどね。もちろん、あの草原で拾ってくれた事や、ここで暮らさせて頂いていることは、絶対忘れないですよ」
「ふふ」
「それに、もっと強くなって大きくなった時に、アリサねえちゃんがピンチの時は駆けつけますから!」
「わあ。なんて男前なの。でもね、エルフの成長って人間の三倍らしいのよ。あんたが十五歳になったときは、私なんておばちゃんよ」
「そうなんだ。困ったな。いつまでも小さいのは困りますね」まじで嫌だ。
「色だけじゃなく、年齢も変わる魔道具とか魔法とかないかな。探せないかな」
そんなことをつぶやいていると、ガタンと椅子の音がして、アリサに抱きしめられる。
「ごめん、困らせちゃったね。シュンスケはいつまでも可愛いのでいいのよ」
「・・・はい」
でも、いつまでも可愛いのは嫌なんです。せめてこないだまでの、十七歳の日本人の姿に戻りたい。ちびは不便だ。某探偵くんの気持ちもわかる。
当分成長が見込めないのなら、魔法を頑張るしかないな。
心の中で気合を入れなおしながら、もう一袋のホットケーキミックスを出してウリサさんとゴダの分も焼き、粗熱が取れてから蓋の付いた木の器に入れておく。
そして、道具をバッグに直す前に、液体で除菌マークの付いたキッチン洗剤とスポンジたわしで洗いまくり、乾いた布でしっかり拭いて片づけるのだった。
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