108.5 挿話10【リザードマンの貴公子】
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私は、エスカーザ フォン リザルド。
ポイコローザ公国の公爵家嫡男。年末に二十四才になった。種族はリザードマン(トカゲ族)だ。
我が国は、常に温暖な工業の国の隣に位置していているので、我々、リザードマンをはじめ、変温体質の種族や寒さに弱い種族が主に暮らしている。もちろん普通の人間族も商人として定住している奴もいる。
そして、我がリザルド公爵家はポイコローザ王家の血族に連なる責任の一つとして、地竜を手厚く保護し、彼らが出す圧倒的な魔素を精製して濃縮し、工業の国へ素材として売ることで交易をしている。
草食の者、肉食の者、砂地が好きな者、水辺の好きな者、森が好きな者それぞれの好みに合わせた環境を作り、夜に過ごす場所を造ったり、昼に活動する場所を造ったり、健康のためのレクリエーションを積極的に進めたりしていた。
子育てが苦手な親地竜には、生みすぎてしまった卵から、育てられない個数を預かったり、生まれてからも預かったりと、特別に世話をする施設まである。人間族の領民にも過保護だとか言われている。
それもこれも、公爵家ならではの予算を動かしてもらい、広大な領地を使えるからできることだ。
私は、幼い折から、地竜たちに触れて成長し、年頃になれば生涯彼らとともに過ごすために、留学して学問にはげみ、五年前に領地に戻っていつか来る当主交代に備えて、いやそれがなくても、地竜たちのために働く一スタッフとして働いていた。
あの時は、いつものように警備をするための服装でフィールドに出ていた。
「エスカーザ、今日のごはんは何?」
私を背に乗せて歩いている象より大きなプテラノドンはのんきに話しかける。
「プテラはいつも同じ木の葉っぱじゃないか。違う木のを食べにいくか?」
「おいらはいつものでいいよー。エスカーザのごはんだよ」
「私が何を食ってるか知りたいのか?」
「うん」
「私が何を食うのかは屋敷の料理人の気分だからわからん。昼前に食った朝飯は、鶏の卵と、キャベツの千切りと、オークのハムと・・・」
「キャベツってこの間試しに持ってきてくれた丸まった葉っぱの?」
「そうだ」
「あれ、甘かったね」
「また食うか?」
「うん、時々でいいから食べたいな。エスカーザと」
「そうだな」
私はプテラの背中を撫でながら、コミュニケーションを楽しんでいる。
「あら、エスカーザ、プテラと何を食べるの?」
飛竜が会話に加わりながらプテラの背に逆さまに止まって私の向かい合わせに顔を向ける。
「キャベツって言うポピュラーな野菜だよ」
「あたしは、キャベツも好きだけど、果物も好き。
ねえ、プテラ、あちらに林檎がなってるの」
「取りに行こうか」
「じゃあ、右に曲がるよ」
「おーい、コンプ君、ちょっとどいて、プテラが曲がるよ」
「え?エスカーザさん?あ、おわ・・っっと」
小型の肉食獣が慌てて走っていく。
こうやって肉食地竜も混在しているが、肉食には食事を十分に提供しているから、地竜同士で食い合うことは今はなく、友好的に過ごしている。
ほかにも公爵領には、爬虫類系が好きで、一緒に暮らしたいと、世話係のスタッフをする人間族や、自分専用の地竜を飼いならして、楽しんで住んでいるエルフ族など、他の種族にも人気の地域なのである。
あとは、競馬ならぬ、競地竜場があって、地竜の種類や年齢、性別分けでレースがあり、国営の賭博場は、貴族の高貴な社交場としても人気だ。走る子を見出して育てたり、レース前後のコンディショニングをケアするための専門の広大な設備がレース場と併設してある。 子供地竜達との触れ合いの場として観光に来た親子連れでにぎわっているエリアなんかもある。
そんな折、さらに東の世界樹の向こうの国に悪魔がちらほらと出現したという噂が立ち始める。
世界樹にいる大妖精たちに悪態をつきに時々現れては世界樹界隈を荒らしに来る存在がいて、悪魔と呼ばれているのだ。悪魔にもいろいろな種類がいるが、どれも悪意のある存在で、余り増えたり、我々のテリトリーが脅かされたりしないといいのにと、祈るような言葉を噂していた。
大妖精と悪魔の争いの影響で、滅茶苦茶な領地になってしまった貴族の苦労話がいくつかの歴史書として残っていた。
私は、父の公爵と共に、最新の情報を得ながら、最大限の警戒をしていた。
しかし、警戒もむなしく、地竜の保護地区であるリザルド公爵領に、禍々しい気配がやってきたと、プテラに乗る私に飛竜が報告に来てくれた。
私は、戦士として優秀な足の速い肉食竜のラプトルに乗り変え、現場に急行した。
「ほほほ、ここは、丸々と太った美味しそうなトカゲがいっぱいねえ」
そこには、左手にこと切れた小型の地竜を下げ、耳の下まで裂けた血まみれの口を右手で拭いながらゆっくり歩く女がいた。足元には地竜の血が滴っている。
「ここの地竜は食用じゃない」
「食用じゃなかったら何なの?あ、実験用?」
「違う」
「育てているだけじゃもったいなくない?」
「そんなことはない」
「例えばあ」
と言いながら、地竜の死体を地面に落としたかと思うと、懐から禍々しい黒い瘴気が漏れ出す壺を出し、その死体に真っ黒な墨汁のような、しかし、もっとどろりとした液体を振りかける。
すると、みるみるそこから小さな小さな妖精のようなサイズの悪魔が湧いて出てきた。
「エスカーザ様、お下がりください」
私の前に戦士がかばうように立つ。
「ラプトル、気をつけろ」
「お前は悪魔だな、名前はなんだ」
「どうせ食ってしまうお前に教えてもしょうがないけど、ムーシュって言うのよろしくねん。強そうな君もうまそうねえ」
ラプトルの鱗が逆立っているのが分かる。
悪魔という圧倒的な存在感に、震える気持ちを押さえつけて私の前に立ってくれているのだ。
「ラプトル剣を」
私の剣を抜いて渡そうとするが、
「エスカーザ様がお使いください・・・。
ムーシュ、貴様よくも同胞を・・・」
ラプトルがじりと悪魔に近寄ろうとする。
「近寄ってもいいけど、この子は今とんでもない病原菌の畑になっているの。飛び散るわよ。私には何ともないけどねえ。生きたまま苦しみながら腐っていくわよ~しかも大勢。」
「なんだと」
このままでは、公爵領ごと病気になってしまうかもしれない。とにかく大魔法を発動して広いところに・・・・。
私はラプトルの影に隠れているうちに、家宝の一つでもある首からいつもぶら下げている大きな魔石の嵌った魔道具に魔力を流しながら呪文の詠唱を開始した。
公爵領の地竜保護地区は、地竜が過ごしやすくはなっているが、崖や水路で囲われていて外へ逃げ延びるのには不向きなのだ。やはり地竜は外では魔獣と思われているので、責任をもって保護するには必要な措置だったが、命に変わる場合は別だ。私たち、上に立つ責任を負うリザードマンは、そう言う時のための魔道具を大切にしながら持ち歩いていた。
ムーシュがラプトルに飛び掛かろうとした瞬間、大魔法が完成して一気に発動した。
それは私の辺り一帯の地竜たちを、南の方の国境手前の草原へ転移する魔法だった。
「あ、ああ」
しかし、転移の衝撃から立て直す事が出来たのは、目の前でラプトルの喉笛がムーシュに噛み千切られた後だった。
「ほほほ」
「ラプトル!」
「あら?風景が変わったわね?でもまあいいわ。沢山の地竜がまだいるし」
私は、魔力を使い果たしていて、ぼんやりしていく視界の中で、何とかラプトルの仇を取ろうと、剣を振り回してムーシュに向かった。
「うぉおおおっ!このやろう」
「そんなのじゃ弱すぎよ、コレでも喰らいなさいね!」
ピンッ
「がああっ」
女悪魔が指先をはじくだけで私は吹き飛ばされ右腕を無くし、角も途中から取れた。
そんな私に一緒に転移して来た、飛竜の一人が泣きながら私の千切れた腕を縛ってくれた。
「エスカーザ様、ああ、なんてことを」
「早く逃げろ、お前なら飛べるだろ。南に、海の方へ走って行けと、海にたどり着ければ、海竜さまが何とかしてくれるはずだから」
「わかりました、ですが、エスカーザ様もあきらめてはだめですよ」
「ああ・・・」
避難を叫びながら飛んで行く飛竜に希望を託して、私は片腕で、もう一度ムシューに立ち向かおうとするが・・・
「な・・・んだこの、熱い・・・」
「おやリザードマンの坊や」
「何をした」
「感染したんだよ、もう、お前も終わりだなあ」
「く、くそ」
伝染する病気なんかになっては、もう公爵領に戻ることも適わない。
「ほーほほほ。お前たちも私の野望の糧におなり」
絶望の中、動けないままの私の視界では、女悪魔が地竜たちを食い荒らす様子が繰り広げられていた。
「くそ・・・くそっ」
私は選択を誤ったのか、学問ではなくて、あれに立ち向かう武を身に着けるべきだったのか・・・
しばらくして、目の前には女悪魔も地竜達も居なくなった。
私はもう、早く死んでラプトルに礼を言いに行きたい気持ちでいっぱいだった。しかし、運命は私を許してくれないのか、どんどん体のあちらこちらが急速に病に侵されていく苦しみに苛まれていて、気が付けば気を失っていた。
悪寒を感じて目を覚ました。夜が明けた。私はまだ生きているのか。
ここはポイコローザ公国の国境を越えてしまっているのか、冬の寒さが、怪我と疫病にやられている体に更に悪寒を持ってくる。辺り一帯鉄の匂いで鼻まで曲がりそうだ。
ぶるぶると震えながら時の過ぎるのを長く感じていた。
どのぐらい時間が過ぎたころだろうか、ふわりと、暖かい光が南の方からやってきた。死へのお迎えは楽にして頂けるのかとすこし嬉しく感じながら目をつぶった。
“エスカーザさん”
“おい、エスカーザさん”
天使の声かな、私を迎えに来てくれたのは可愛い子供の声だった。
目を開けると、声のイメージにぴったりの美しい子供のエルフが私の頭を抱えている。
緑銀色の髪に明るい緑の目、尖った長い耳にはイヤーカフだろうかをしている。肌は白くて透き通るようだ。
全身からキラキラとした粒子を伴う光を放ち、私の名前を必死で呼んでくれる。
なぜ名前を知っているのだろう、こんな美しい知り合いはいないんだけど。
「あ、あの」
美味しい水を飲ませてくれた子に、呼びかけようとして、つい無くなっているはずの右腕を上げると、そこには、見覚えのある手があった。
途中から笑顔に変わった少年は、俺に色々と着替えなどを懐のマジックバックらしい所から出していく。その時背中にキラキラと光る妖精や精霊のような翅が見えた。
この子はエルフじゃないんだ。
そして、突如現れたドアを開けて、中に招き、付属されているシャワーやトイレ、ベッドなどを説明して、出て行った。
「な、何だったんだろう。とにかく夢じゃない?」
せっかく戻った右手を左手でつねる
「ってー」
“くすくす、おもしろい、りざーどまん”
小さい青い・・・?
「君は妖精?」
“あたしはせいれいよ、あ、おうじもせいれいだからね”
「あ、あの子も精霊?」
“すぐにじぶんでせつめいしてくれるとおもうから、しゃわーをあびて、きがえなさい”
「あ、ああ」
“でも、まだフラフラしているから、ゆっくりでいいのよ”
もう一人の子も声を掛けてくれる。
「わかった、ありがとう」
“おう、つかいかた、わかるか?”
今度は赤い小さい男の子も出てきた。
「わかると思う」
“よし、んじゃ、びょうきのもとは、おうじがきれいにしたから、よごれをながそうな”
狭い小さなシャワールームにはガラスや陶器とは違う柔らかい不思議な入れ物があり、さっきの赤い子が
“ここ、このうえを、おしてみ?”
言われるままに押すと、花のような香りのたっぷりの泡が出てきた。
「うわあ、すごい」
“それであらうと、さっぱりするんだって、きにせずにいっぱいつかったらいいからって”
「ありがとう」
公爵家で育った私でもこのような素晴らしい洗浄剤を使ったことはない。
あの子は高貴な子供かもしれないな。
・・・当たってた。私の予想が。彼がそれはそれは高貴な子供ってことが。
お星さま★お願いします♪
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