106【女の悪魔ムーシュ】
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「おや、これはご馳走が飛び込んできた」
鑑定では、〈女悪魔ムーシュ〉と出てきた。
女悪魔ってなんだろ。
首から下は普通にナイスバディの女だ、髪は艶の無い漆黒、白目のところが赤くて、猫のように縦に黒い瞳孔が開いている。
「俺はご馳走には嵩が足りないんじゃ?地竜たちに比べるとさ」
ムーシュは何やら黒い霧を纏ったと思うと、姿が変わる。三メートルあった背丈が半分近くになり、顔の作りが特に口が小さくなった。大山羊角も無い。
普通の人間族のお姉さんのようだ。さっきのグロい風貌とはかけ離れた、清廉な風に見えなくもない。
「ねえ、坊や、あたしといいことしない?」
「うーん、俺の質問に答えてくれたら」
「何でも言ってあげるわ」
「あの地竜を全部食べる気だったの?」
「そう、五十頭以上は食べたところなんだけど、あと千頭は食べるわよ」
「そんなに食べて、そのスタイルは、お腹にアイテムボックス入ってるのかな」
「むふふふふ、面白いこというわね。ねえ、もっと面白いことしない?」
弱肉強食の頂点だってだけじゃ討伐できないか。
血まみれの地面に降り立つ。
「おねえさん、ホントの目的はなんなの?」
「むふふ・・あたしの子がここの不浄な土壌からいっぱいうまれるの~」
「ちょっと見てみたい気もするけど、めんどくさそうですね」
「きっと可愛いわよ~ほら」
ムーシュが指さす血だまりの土がうねうねと動き出すと、精霊ちゃんサイズの小さい黒いやつが出てきた。子供の時よく虫歯のばい菌とかトイレの跡に手にいてるばい菌みたいな、小さいけど可愛くない奴だ。角があって尻尾があって、矢印みたいなものを持っている。しかも二次元にデフォルメされていなくて3Dで、質感もなんかテラテラしている。それがぞわぞわと沢山・・・きも。
鑑定すると〈病瘡妖精種:災悪痘をばら撒く〉
!見た目以上かよ!
“王子、地竜たちの避難完了したわ”
“了解”
おれは、アナザーワールドの扉を仕舞う。
するとどうだろう、何故か魔力が増える気がする。逆を覚悟してたんだけどな。
これなら
「土壌の汚染を掃除しちゃおうかな」
光属性の紫外線を照らしながら、聖属性魔法を垂れ流し始める。
「ちょっと、なんてことするのよ。この子たちのためにどんなにトカゲを食ってきたと思ってるんだ」
「ちょっと食いすぎじゃねえ?」
「このーっ」
ムーシュが俺につかみかかってくる。
バシッ
「きゃっ」
悪魔のくせに可愛い悲鳴だぜ。
俺の聖属性魔法に触れたのが衝撃だったのか、さっき取り繕った姿が山羊角に戻る。
「んのー邪魔するんじゃないよー」
ムーシュがまた黒い霧を吹き出す。すると俺が発動する聖属性魔法のキラキラを侵食してくる。
「へえ、悪魔さんってすごいねえ。こんなの初めて」
「そう?じゃあ坊や、もっと私と初めてを体験しない?」
ムーシュが距離を縮めてくる。
「楽しそうじゃないからなー。俺ね、かなり清潔好きなんだよ」
俺は久しぶりに風の女神のミッドソードを抜き身で出した。
「なに?その禍々しい剣は」
「失礼な、神々しいと言ってよ」
シューシューピカピカ、めっちゃ張り切ってる。
「では、あたしも張り合わなくっちゃね」
黒い霧がムーシュの手の近くで棒のように集まっていく。
最後は剣の形に固まったけど、艶とかなくて、厚みなどが分からない、黒いだけの棒だな。
その間にも遠隔で魔法を発動中。土壌を清めている。
「じゃあ行くよ」
角が戻ったいかにもな女悪魔には遠慮はいらないよね。
ガッ
バシュ バシュ
あっちは剣じゃないのかな?剣同士がぶつかる音が違う。手ごたえがないというか、砂山でも切ってる感じだ。食い込むけど、少し重い。
「なに、あたしの魔属性が切られる」
ミッドソードは相手の剣を割っていくけど、もともと黒い霧だからか分裂するだけで元に戻ってしまう。
「しょうがない」
風の剣に聖属性魔法を纏わせる。ちょっと濃く。おお真っ白になってきた。
「な、なにそれは、さらに禍々しい」
「だから、神々しいと言えって」
俺はムーシュに聖属性魔法を頭上からも振りかけながらも、振り回してくる彼女の剣をさばく。
「くっ、なに、なんなの、おまえ!
この女悪魔のムーシュ様の攻撃が全然効かないなんて」
だんだんムーシュの姿がしなびてくるように見える。
でもなー、俺にはこのムーシュを裁いてしまう権限はないよね。
というわけで、本邦初公開の新しい空間魔法を発動する。
別名 アナザールーム
アナザーワールドをワンルームサイズにしたもの。暇つぶしのパズルゲーム、書籍、シャワーコーナーにトイレ完備。窓は無いけど空調の効果は付いている。
天井低めなので、水回りの整ったカプセルホテル1個分だな。
アナザールームの小さな扉が出た。
「ちょっと、ここに入ってて」
ムーシュの肩を掴んで体制を変え、背中を押す。少し気圧を工夫して吸い込むようにする。
すっかりミイラのようになってしまったムーシュは簡単に部屋に入ってしまう。
バタン ガチャリ
ドアが閉まってから気圧を戻す。
「なんなのここは、こんな狭いところは嫌よ。ピリピリするわ」
ドンドン ドンドン
中で暴れてるけど、大丈夫そうだね俺は。
アナザールームの中にはうっすらと聖属性魔法も帯びているからね。
あんなに食べた後じゃしばらくご飯も要らないよね。どうしたらいいか、今度女神(叔母)様達に要相談。
土壌の浄化を終えた俺は、来た空を戻り、街道にまだいた辺境伯領の私兵長のロイエさんに上から声を掛ける。
近くにはマツを乗せたハロルドも空中にいる。
「ロイエさん」
「シュバイツ殿下、この度はありがとうございました」
「なんかね、女悪魔ってのが出てて、アースドラゴンたちは逃げていたそうなんです」
「なんと、そうだったのですね」
『女悪魔?』
「ムーシュって言うんだ、ハロルド知らない?」
『知らない、下っ端かな』
「そうなんだ」
あんなに禍々しいのに下っ端とは。
「とりあえず、俺は今から領都の冒険者ギルドに行ってきますね」
「はい、お願いします」
「もう一度戻ってきますけど、まだ北の方にはいかないでくださいね、浄化が終わってないところがあるかもしれないので。疫病の巣窟だったみたいなんです」
「それは・・・わかりました。立ち入り禁止の札を立てておきましょう」
「それが良いですね。まあ、この街道はつなげてよさそうですよ」
「!ありがとうございます」
聖属性を纏っていたけれど、念のため自分を浄化してから、ハロルドの背のマツの後ろに乗る。
『じゃあ行くよ』
「はーい」
そうしてハロルドはあっという間にスブルグ辺境伯領の冒険者ギルドに着く。多分空間魔法も使ってくれたんだと思う。
あ、先に出発していたロイエさんの兵士たちも馬で走ってくる。手を振られたのに振り返す。
「よし、ハロルドお疲れ」
『うん、また呼んでね』
「じゃあ、いこうか、まっちゃん。お腹空いたね」
「ぺこぺこ」
「こんにちはー」
「シュバイツ殿下」
受付嬢が走ってくる。
俺がこっちに来ることは魔道具で知らされていたのか。慌ててたから精霊ちゃん状態だしね。
「これ、エリクサーと依頼書。でも、先に重傷の人のところに」
「はい、教会の方がひどいのです。こちらへ」
教会に併設された施療院には重傷者がたくさん運ばれていた、だが、キュアちゃんが必死に飛び回っていて、みんな命に別状はなかった。
“しゅばいちゅー”
「お疲れ!」
“がんばってたわよ”
「みんなもありがとうな」
“けいしょうは、おれがすこし、なおしたけどな”
「白色君もサンキュ」
“へへっ”
「初めまして、シュバイツ殿下」
向こうから司祭様がやってきた。
司祭にしては若くない?と思うのはポリゴンの司祭が爺さん過ぎたからか。
「遅くなってすみません」
「いえいえ、この聖属性の精霊をよこしてくださったのでしょう?」
「ええ、まだ一人しかいなくて」
「でも、この子は素晴らしかったですよ。光魔法の精霊も」
青色ちゃんが教えてくれたとおり、この司祭様は精霊ちゃん達が見えてるんだね。
「そうですか、それは良かったです。まあ、会話は後にして、取り掛かりましょうか」
重傷者はこの一階にいる。
命に別状はもうないけど、このままではクオリティオブライフが最悪なんだよね。兵士とか冒険者ならなおさら。治療しないと。
やっぱり効果的なのは歌なんだよな。
ぱっとばら撒くんじゃなくて、じっくり魔法を発動するって感じ。
元日にお年玉と、旅行の選別として父さんにもらった俺専用のチェンバロをアイテムボックスから出して、一階の少し隙間になっているところに置く。
「この施療院は何階建てですか?」
「三階建てです」
“しゅばいちゅ、あたしは、にかいいるよ。つぎにじゅしょうなの”
“じゃ、おれはさんかいにいるぜ”
キュアちゃんと白色くん
“あたしたちが、ぎるどにいるわよ”
そして青色ちゃんと緑色ちゃんが少し離れた冒険者ギルドへ。
“あたしは、ぜんぶをちょうせいする~”
もちろん黄色ちゃんも
白色くんももう少し沢山呼んで、避難している村の人が集められている教会の祭壇のある所や、全フロアのモニターもしてもらう。
精霊ちゃんの念話と白色くんの視界が魔法の転送先を教えてくれる。
いきなり沢山俺の周りに増えて飛んで行く精霊ちゃんたちに、にこにこしながら頷いている司祭。
「この子たちが、みんな助けてくれるのですね」
“まかせて”
“おうじをてつだうの”
「皆さんお願いします」
壁際で祈る助祭やシスターたち。
全部に一発で発動しよう。
いつも効果的だと思っている、アメージングなあの歌を。そしてゼポロ神の歌を
とくに、このフロアには手足の欠損やもっとひどい人は顎の辺りが削られていて、口の周りが変になっている。あの暴れていたアースドラゴンに立ち向かってしまったんだろうな。
そんな人たちを元に戻してくれと、神々に願い歌う。人を作り出したゼポロ神達よ。あなた方の子らを救いたまえ。
視界の片隅では、シスターと一緒になって、お祈りしてくれているマツの姿もある。
「まあ、患者さんの顎がキラキラして来たわ」
「ほんとだ、おや元に戻ったんじゃない?」
「あ、ああ、話せる。これなら水も飲めそうだ」
「あ、ああ、俺の・・・脚が生えてきた」
「俺の両足も」
「腕が。ああ、ありがとうございます。これでお祈りできる」
黄色ちゃんが拾ってくれた、効果の実感が籠るつぶやきをさらに神々へ届けと。
ああ、ありがとうございます。
歌が終わって、念話を聞く。
“にかいのひと、もうだいじょぶ”
“さんかいのひと、こっせつなおった!”
“ぎるどのひとも、おきあがって、もう、うろうろしてる”
「よかった」
歌い終わった俺にマツが駆け寄ってくる。
「おうじ、だいじょぶ?さっきからずっとがんばってるよ?」
「大丈夫まっちゃん有難う。なんだか避難させたアースドラゴンたちから魔素が流れてきているんだよね」
アナザーワールドを維持するには結構な魔力がいる。俺には大したことはないんだけど。
そもそも、魔力は、自然や動植物から発生している魔素というものを変換しているらしい。マイナスイオンというかそういうものに似ているのか・・・。
あの、アースドラゴンたちも魔力を持っているんだよね。魔物だから。沢山避難させたことで、余剰な魔素が流れてきたようだ。思い付きの避難だったけど。よかった。後で様子を見に行かなきゃね。
「シュバイツ殿下」
半泣きで近づいてきた司祭様に両手を掴まれる。
「皆さん治ってよかったです」
笑顔と一緒に返事をする。
涙かな、その手もなんかびちゃびちゃに濡れてる。
「はい、はい、もうどうなる事かと思っておりました」
「あとは、出血の多かった人に滋養のある食事をしてもらって」
「さようですね」
「では、俺はこれで失礼します」
「ありがとうございました」
「シュバイツ様、ありがとうございます」
「ああ、神よ」
シスターや患者からの声が聞こえる。
「ああ、俺の天使」
お兄さんの天使ではない!
お腹がペコペコでマツと手を繋いでギルドに行くと、
「シュバイツ殿下、こちらへ」
女子のスタッフが手招きする。
「はい」
もう、シュンスケと呼んでくれと言うのも面倒くさくなってきたし、疲れていて、そのまま。
「お食事を用意させていただいておりますよ」
「ありがとうございます」
レストランエリアに通されるとそこには確かにご馳走が広げられていた。異世界の物語に出てきそうな光景だ。料理を作る元気がないから助かった。まあアイテムボックスには何日分もご飯は入ってるけどね。
「お疲れさまでした、大量のアースドラゴンもやっつけてくれたのでしょう?」
「やっつけてないですよ、保護したのです。それより、今日この子と一泊できますか?」
「もちろん、スイートをご用意しております」
「いや、普通のでいいですけど」
「宿泊費はサービスしますので!スイートで」
「・・・わかりました」
ご馳走に手を付けだすと、血まみれの兵士が数人近寄ってくる。
血まみれなのは服だけか。怪我は無いのか?
こっちの冒険者は包帯が外れかけ。でも隙間から見える肌には傷はなさそう。
「シュバイツ殿下、有難う」
「俺も、備蓄してくれていた殿下のポーションがなければ危ないところでした」
「それは良かったです」
血糊をみるとかなりな出血だったろうに、兵士や冒険者はもともとの血の毛が多いのか元気だ。
周りの席も他の冒険者や兵士達で埋まっていく。
「あの地竜たちはもっと北東の国に住んでいるんだ」
「ああ、隣の国が保護して飼育しているんだ」
「そうなんですね」
「そう、野良じゃないかもしれないから討伐できなくて」
俺が知りたい情報も教えてもらえた。
「マツはもうご馳走さま?」
「うん、おうじは?」
「おれももう休みたい気分」
「がんばったもんね」
マツがなでなでしてくれるのに、ちょっとほっこりしている。
「じゃあ、俺たちはこれで」
「そうか、殿下達は子供だもんな」
「子供は働きすぎちゃいけねえよ」
「ありがとうございます」
「おやすみなちゃい」
スイートルームって言われたけど、最近広い城やお屋敷で過ごしていたからか、あんまり感動はない部屋に泊まる。
マツにシャワーを先に譲って俺が後から入る。
もちろん全身シャンプーは手持ちのものを出して。
この世界の石鹸は泡が立たなくて臭いの無い固形しかないんだよね。やっぱり洗った気がしない。
体臭とかは香水で上からかぶせるんだ。
日本育ちにはなじめない風習だよね。
マツの隣のベッドに潜ったのに、いつの間にか猫耳が潜ってきた。
「こら、今日も狭いのでいいのか?」
「おうじがあったかいから」
「たしかに」
今日も子猫を湯たんぽに広い部屋のキングサイズのベッドでちっちゃく眠る。
お星さま★お願いします♪
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