第72話 スコップと土遁の術
浮遊感の後に景色が広がり森の中に出る。やはり魔法陣が脱出用の仕掛けで、残存パーティ数がトリガーになって発動したようだ。紅さんたちも無事だったし上手く乗り切れた。
足元に壺まで転がっているが雫石を運ぶ用途に役立ち、ダメージゾーン内でもなんとか回復が追いついた。効果中に手で持ち歩けなくても、オブジェクトによっては乗せて運べるのだろう。
「ナカノ殿、扉の向こうに置かれていたアイテムでござる」
コヨミさんが持つのは巻物だ。最後に魔法陣付近で戦闘が起こることを危惧して残り一組になるのを待ったところ、壁際の扉が開いてくれた。中にアイテムが隠れていたのは収穫だ。
【安全破壊の巻物】
『種類』イベント専用アイテム
『説明』近辺の安全地帯を一定時間破壊する巻物
見た目以上に軽量である
受け取って確認した説明文は既視感に溢れる。
「崖下にあったアイテムと形も効果も似ていますね」
「安全地帯ではなく、ダメージゾーンを生み出すということでしょう。作戦の幅が広がるでござるな」
迫るダメージゾーンは現在地の森をぐるりと囲んで止まるようになっている。使い時を間違わなければ優位に立ち回れるはずだ。
「おそらく次の収縮あたりが最後です。同じゾーンに三つも配信区域がありますので、そのどこかが決戦の地になるやもしれません」
地図を見ると配信区域が離れて散らばっていた。変わり映えしない景色が続く森で、わざわざ複数地点に用意するのは不自然に思える。
「もしくはブラフで他の場所が、と考るほどにわからなくなります。判断が難しいところでござる」
障害物は木々と僅かな草だけで身を隠すには限界がある。予期せずついてきた壺も目立つため使い道が悩ましい。
「おや、あの黒いオブジェクトはもしや?」
「あれは……形が変わってなければ古代の遺物です」
視線の先、木の側に設置されているのを見つける。今回は初めましてだった。
「これは触った瞬間に発動するのでしょうか?」
「前のイベントではそうでした」
「あらかじめ効果を把握できないのは少し不便ですね」
リーダー役をあぶり出すものだったり、遊び方によってはマイナスの効果を引く場合もあり得る。気軽には使いづらい面があった。
「利用するかはナカノ殿に任せるでござる」
任せられると弱いが後から気になってしまうし、いいも悪いもイベントの楽しみだ。
「せっかくなので発動してみたいです」
「ではいつでもどうぞ!」
「分かりました」
コヨミさんの頷きを見て古代の遺物に触れる。
≪パーティメンバーが全員生存しています≫
≪古代の遺物による蘇生効果が発動しませんでした≫
「ほほう? 蘇生とはまた大盤振る舞いでござるな」
「戦力が戻って助かるパーティは多そうですが、自分たちには効果がなかったですね」
さすがに現段階だと魔法やアイテムなどで自由に蘇生が行えるとは思えない。生き残りをかけてメンバーを犠牲にしたパーティもいるはずだ。
転送場所近くに配置された古代の遺物が蘇生効果なのを考えると、コロッセオに最後までいた報酬とも受け取れた。
≪パーティメンバーが全員生存しています≫
≪古代の遺物による蘇生効果が発動しませんでした≫
再びコヨミさんが古代の遺物に触れたようで、同様のシステムメッセージが流れた。
「ふむふむ、条件を満たすまでは使った扱いにならないと。拙者は安心して無茶ができますね!」
「そこは死ぬ気で生き抜いてもらえると……」
先にやられるとしたら自分で頼りすぎるのはまずい。存在を忘れるぐらい目の前に集中するのが一番だ。
「森での方針はいかがいたしましょう」
「今まで通りに行きたいですが、魔導書へのストック作業で姿を隠せるかが勝負になります」
「木に登っても警戒はされますし移動に手間がかかるでござる。コロッセオで活躍した壺は他のパーティにない要素だと思うのですが」
強みになるかは工夫次第か。むしろ壺に注目を集めて、その隙に急いで詠唱を終える作戦はどうだろう。一発芸になるが警戒を解いてから中に潜り込めば安全だ。しかし、新たなパーティがやってきて壺を巻き込んだ攻撃がくるとゲームオーバーだった。
「ここは修行の成果を披露する時がきたでござるな」
奥の手があるのか、コヨミさんがしゃがんで手元を動かす。
「少し後ろへ」
何か危険が及ぶらしくすぐに距離を取った。
――ボゴン!
すると、前方で爆発が起こって土の塊が飛び散る。さっきの場所には穴が開いており、察しがついた。
「お! どうやら成功ですね」
「罠のスキルですか?」
「その通りでござる。ナカノ殿にお願いしたボムシードを使いました」
調合で作成したアイテムの一つで、罠は投擲と同じくアイテムが必要なタイプのスキルだった。
「地面へ植えた一定時間後に爆発して柔らかい地面であれば穴が開きます。伏せてなんとか隠れられる程度で有効活用するには心もとありませんが」
確かに深さも広さもほどほどで距離が近いと簡単に穴の中を覗ける。
「そこで、スペシャルな道具の出番でござる!」
コヨミさんの手に現れたのは大きなスコップで、ファンタジーとは無縁の機能性に特化したデザインだ。
「土遁の術を開発するために試行錯誤していました」
スキルに頼らず力技で実現しようという発想には感心する。ゲームを楽しんでいるのが伝わってきて、なぜか嬉しくなった。
「屈める深さに掘ったところで次の一手に困っていたでござるが、透明化の解除行動時に隠れるなら十分ではないでしょうか」
「大丈夫だと思います」
開いた穴は怪しまれるけれどタイミングはこちらで測れる。深さを確保すれば間抜けな背中を見られる危険は減るし、すぐに離れて巻き込まれを防止できた。
しばらくは地味な穴掘り作業か。イベントもそろそろ正念場。最後まで生き残りたい欲求が高まってきた。




