第61話 橋と梯子は似ている
コヨミさんの指示に従いながら配信区域を出てタルとお別れする。役に立ったのは廃墟との親和性があったからこそで、岩場や草原だと格好の的だ。イベントが終わったらホームの土間部分にタルを設置しよう。
『地図で拙者を追ってください』
『分かりました』
透明化があれど、かけ直しなどで不測の事態は起こるもの。指示は生命線。開いた地図を横目に走りに走る。
『戦闘中のパーティがいるでござるが。支援はいかほどに?』
『今は安全地帯を目指しましょう』
『了解でござる』
自分本位に支援を行うのは違う気がする。コヨミさんは前回のイベントに不参加で今回が初めてと言っていた。できるだけ長時間生き残って一喜一憂を楽しんでほしい。
ダメージゾーンは意外と範囲が広く移動は大変だ。追加された時点での位置もあるが度々小競り合いを回避し荒地に入った。
『橋のかかった崖が見えてきました。あそこを渡れないと遠回りが必要になるでござるが……』
エリアの構造で進むのに制限がかかるのは厄介だ。安全地帯へ真っすぐ行っても単純に近づくわけではないらしい。
『む、少々まずいですね。橋の向こう側で待機するパーティがいて渡ろうとする方たちと戦闘になっています』
検問的に待ち構えてライバルを減らす作戦か。まだダメージゾーン内のはずだが攻めの姿勢もイベントを生き抜くには大事だ。
荒地は起伏があって、いつの間にか他のプレイヤーに捕捉される恐れがある。透明化が切れる間際には伏せてキュル助のスキルを使った。
先に進むと橋が見えて、まずいという本当の意味を理解した。てっきり立派な橋がかかるのかと思いきや、遠目にも縄と木の板で作られているのが分かる。長さに対して幅が狭く横を通ってやり過ごすのは難しかった。
コヨミさんの位置を地図で調べて枯れ木のそばに行く。
「橋があるのはシンボルでわかっていましたが、まさかあのような頼りなさとは。失敗したでござる」
「まだ時間はあります。のんびり行きましょう」
一人だとここまでこれずに退場もあり得た。必死に走り回ってダメージゾーンに追われ、結局は飲み込まれてゲームオーバーになる自分が容易に想像できた。
「どうにか通り抜けられると……?」
戦いが落ち着いたところで渡ればと楽観的になるが、新たなパーティが橋に差し掛かって流れが変わった。挟み撃ちにはならず、なだれ込むかのように終端を目指す。
立ちはだかるパーティも耐えられないと考えたのか後ろに戻り、支柱につながる縄そのものを攻撃し始めた。
「おいバカ! やめろ!」
叫び声に混ざりブチブチと嫌な音が聞こえて橋が揺れる。全体が斜めに傾きプレイヤーたちが縄へ掴まってぶら下がった。そして、ついには向こう側の支柱から切れて落ちていく。
「落下ダメージを受けて全滅でござるな」
崖を覗いていると最後までしがみついていたプレイヤーも、振り子のように動く橋がこちら側の岩壁にぶつかる反動で木の板と一緒に宙を舞った。現実のアトラクションでは味わえない恐怖を感じたことだろう。
「しかし、困りましたね。遠回りで間に合うといいのでござるが」
人っ子一人いなくなった橋の元へ向かって崖を眺める。自然に修復してくれたらという甘い考えは捨てた方がいい。
崖は飛び下りるのに致命的な高さだが青々とした木々に挟まれた岩場がある。他の場所と同様に作り込まれていて何か行ける手段が用意されていても不思議ではなかった。
「この下を進めれば近道になりませんか?」
地図だと崖と崖の間が道にも見える。先に続く別の崖との合流部分はまさに三叉路だ。
「確かに可能性はありますが下りる方法が問題でござるな」
もし存在するなら崖際のはず。移動を兼ねて調べていけば……?
「これは……」
ふと思いついて漏れた声でコヨミさんに首を傾げられた。
「垂れ下がる橋を梯子として使うのはどうでしょうか」
向こう側で縄が切れたので長さはかなりある。終端は木の葉っぱに隠れて見えないが地面に近かった。
「ほほう、試す価値はありますね」
そう言うと迷わずに縄を掴んで下りていく。壊れた橋を支えにこの高さをと伝えた張本人が驚く間にも姿が小さくなり、木々の中に消えた。
『地面までは足りませんが木に飛び移れますし、大丈夫でした!』
コヨミさんが岩場に出て手を振る。途中で落ちず崖下に行けたのは何よりだが、次は自分の番だ。高所恐怖症でなくとも緊張する。どんくささは人並み以上だった。
ただ、ここはゲームの中。身体能力もファンタジーに順応している。走る速度が遅いのは忘れて縄を掴み、おぼつかない足を引っかけた。
「……」
震える手が汗で滑る感覚を押し殺し岩壁をジッと凝視する。上下も左右も絶対に見ない意志で、左足を下ろして縄にかける。次は右手を下げて縄を力強く握り、右足左手と交互にやるんだぞと頭の中で言い聞かせた。
不安になると紐なしのバンジージャンプ。左足右手右足左手、左足右手右足左手……。今どっちだと混乱したときは深呼吸後に手足の位置を確かめる。
クロ蔵の足に掴まって滑空できればいいのに、などと浮かんでくる余計な考えを払い集中する。時折吹く風がリアルで果たしてゲームにいるのか疑問に思った瞬間に片足を踏み外した。
「っ、大丈夫……」
そう、大丈夫だ。両手には目一杯に力を入れている。片足の置き場を失敗した程度で焦るわけにはいかない。しかし、下の縄に何度足をかけようとしてもうまくいかなかった。
「もう少しでござるよ!」
コヨミさんの声が聞こえて周りが暗くなっていることに気づく。いつの間にか木々の枝葉に囲まれ橋全てを下り切っていた。
地面は近いけれど、いささか不安が残る高さ。後ろには太い枝がある。選択肢は限られるためやるしかなく、意を決して後ろに飛んだ。
「ぐっ!」
想像した身のこなしとは違い勢い余って枝に腹を打ちつけた。身体が逆さまになり、いくつもの細い枝にぶつかって折りながら地面に落ちる。
「ナカノ殿!」
「……」
声も出ずうつ伏せに倒れたがゲームなので痛みはない。体力も満タン。無事に崖下へくることができた。




