第37話 夕食のひと時
通路をもっと奥まで進みたかったが、数体の下忍ゾンビに阻まれて逃げ帰る。雫石を使って上手く分断すれば倒せる可能性はあるものの、問題なのは最後に待つ爆発だ。
直前に膝をつくモーションが挟まれ猶予はあったように思える。しかし、キュル助を引き戻す命令が間に合うかは怪しかった。
「いや……」
ペットをアイテム化する飼育管だったらすぐに手元へ戻せるのか?
「トリガー、プットイン」
しばらく使っていなかった飼育管を手に音声コマンドを使用すると、一瞬でキュル助が光の筋になり入っていった。
緊急退避にばっちりで、これしかないといった対策だ。試しにこのまま挑みたいところだけれど、そろそろいい時間だった。
この場でログアウトするのは少し怖い。下忍ゾンビが待ち構えていたり、逃げるために向かった出口へゾンビが群がっていると万事休すだ。
地図を開くと放棄された忍びの地下道の名称が現在地に表示されていた。まったく忍べてないが放棄済みなら自然か。近くの像へポータルで移動後にログアウトした。
「はぁ……」
現実に戻って出た声がおじさんらしく、やれやれと首を振りたくなる。夕食時までに余裕はあるので冷蔵庫をチェック。何を作ろうとして買ったのかを思い出しながら食材を選んでいく。
ただし、調理の手順は曖昧だ。高校と大学で厨房に入ったアルバイト経験も、腕がなまって十年以上。頼るのはインターネットに転がるレシピだった。
ポテトサラダと作り方のキーワードに美味しいの一言を付け加えて検索。複数のページを調べ、お米を洗って炊いた後に取り掛かる。
じゃがいもの皮をむいて適当なサイズに切って鍋で茹でる。コンソメを入れて下味をつけるのがポイントか。その間に切ったベーコンを軽く炒めていく。いざ料理をするようになって、コンパクトだが二口のコンロがある便利さに助けられていた。この物件を借りた過去の自分を存分に褒めたい。
色味が良くなったベーコンを皿に移し、きゅうりと玉ねぎを切り終えた頃にじゃがいもをザルに上げて水気を取る。再び鍋に水を入れて卵を茹でておいた。
ホクホクのじゃがいもをボウルで潰す。加減は好みに形を残して冷ます間、卵の面倒を見る。完全に固茹で状態になってなくてもいいかとレシピを無視しつつ、水にさらしヒビを入れてむく。
殻を処理した卵を切ると中心部に柔らかさがある絶妙さ加減だった。全てをボウルに加え黒胡椒と砂糖で味を調える。さらにマヨネーズと隠し味で検索にヒットした、からしを入れて混ぜれば完成だ。
味見をしてその美味しさに食欲が湧いてくる。やめられない、とまらないで二口目にいきそうなのを我慢。次の調理に移った。
メインになるのは生姜焼きで、ポテトサラダよりも手順は簡単かもしれない。肉と玉ねぎを炒めて生姜焼のたれで仕上げるからだ。
こういう楽は積極的に取り入れたい。細かいところまで手作りにこだわると面倒が勝つこともある。何事もほどほどに。出来上がりを皿に入れてキャベツを千切りにし、トマトを添えれば上等な一品になった。
ご飯の炊き上がりに合わせてインスタントのお味噌汁を用意。テーブルを整えて、いただきますをする。
「……美味しい」
まずは味見したポテトサラダに手がいった。このレシピはメモした方が、とも思うが作るごとにインターネットで検索すると新しい発見もある。ぼんやり記憶に残るぐらいでよかった。
続いて生姜焼き、ご飯、お味噌汁の順でいただく。さすが市販品の生姜焼のたれ。箸が止まらず黙々と食べる。こうやって自分で作る手間をかけると満足度がいくらか増した。
そして、食事中に考えるのはゲームのこと。寝るのには早く元気も十分だ。今日は自重せずにもうひと時間プレイするのもいいだろう。
◇
――ガチャン。
仕事終わりに帰宅し、少し大きな音が鳴ったドアに恐縮して鍵を閉めた。
「……ふふ」
疲れなんてDAOのことを思ったらどこかへ行ってしまう。
「いたっ!」
調子に乗ってステップを踏むと足の小指をぶつけて床へ蹲る。
「くぅぅ……」
立ち直るのに数秒をかけてリビングに入った。荷物を置いて時間を見る。まだ深夜には早く洗濯機を回しても迷惑はかからない。スーツを脱いで皺に注意しながらハンガーにかけ、それ以外を洗濯機に放り込んで洗っておく。先にシャワーを浴びてさっぱりした。
食事は帰りにお弁当屋さんで買ってきたものをいただく。メニュー数が多くて飽きずに食べられるのは、とてもありがたかった。
「今日は何をしようかなー」
用意されたメインクエストを進めるのが一番だけど、寄り道にも興味はある。みんなと一緒の道を進まず初めての体験を私がと、サービスが始まったばかりの今だからできる楽しみ方もあった。
休憩中に調教スキルなどを調べたりしたものの、ペットのレベルを上げるのには時間がかかる。罠は優先的に使うとして、他にもいいスキルがあると……。
「……」
色々と考えながらも食事を終える。その中にはナカノ殿、ではなくナカノさん(オンとオフの切り替えは気を付けないと)に声をかける案も浮かんでいた。
せっかく知り合えてフレンドにもなった人だ。間を空けるより翌日に軽く挨拶するほうが自然かもしれない。
「もしログインしてたら……」
勇気がいる方針に言い訳を用意する。フレンド欄を開いてログイン中かログアウト中か、その結果次第で決めることにしよう。




