第32話 ペンリルに乗って
始まりの村近くの森を抜けて荒野に出た。地図を開いてどの方向に行くかを決める。遠すぎるところは灰色表示になるが、訪れた場所の近辺はある程度の地形が把握できた。
荒野は森と王都側の崖に挟まれている。全体的に見れば縦に長いエリアだった。
どこまで続いているかひとっ走り、と思ったところで現在の時刻が気になる。もう少しでお昼。意識すると空腹を感じてしまった。
休憩、というほど遊んだ気はしないが意外に時間は経っている。ほどほどに現実へ目を向けるのも大事だ。
ログアウトしてゲーム機を置く。賑やかしにテレビをつけて、買ってきたパンを軽く温め食事の用意を手早く済ませた。
「いただきます」
クロワッサンのサンドイッチを頬張って、期待通りの味に身体が喜ぶ。幸せとは朝に買ったパンを昼に食べることなのだ。
ボリュームには負けずカレーパンも美味しくいただく。しばらくはパン屋に通ってしまいそうだった。
食欲を満たした後は飲み物で一服する。そろそろ麦茶がなくなるので、やかんに水を入れてお湯を沸かしておいた。
手持無沙汰にポストから回収したチラシを眺める。こういう出前系にジャンクフードな味を感じるのは先入観なのだろうか。パン屋で売られていたピザも、そう変わらないはずなのに。
「これは……?」
いくつかチラシをめくっていると系統の違うものに目が留まる。地域の清掃ボランティアが定期的に行われていて時間があれば参加してくださいとのこと。
この家には長らく住んでいるが初めて見るチラシだ。今までは余裕がなくて、内容も読まずにゴミ箱行きだったのは簡単に想像できた。
社畜を続けながら生き長らえたのも何かと便利な町のおかげな気がする。お世話になった地域のために汗を流すぐらいはしよう。
日にちを覚えて、やかんのお湯が沸騰したので火を止める。麦茶のパックを入れたところでインターホンが鳴った。
はいはいと来訪者を確認すると宅配だ。何か頼んでいた物があったかと玄関に行き、ドアを開けて荷物を受け取った。
手ごろなサイズのダンボール箱で開ける前にハッとする。まさかと前のめりになって中身を取り出すと、やはり。DOAの限定版パッケージだった。
イラストにはペンリルが描かれている。忘れかけた頃に届いて嬉しくなるが、これはどうやって使えるように……?
新しいゲーム機で始めればいいのかと思いパッケージを開けると小さな紙が滑り出る。そこにはアルファベットと数字の羅列があり、ペンリルのアイテムコードと書かれていた。
どこかでこのコードを入力すればきっと大丈夫だ。試しに元のゲーム機を操作すると、DOAの起動ボタンの下にアイテムコードの文字が見えた。
そこを選択して入力画面に移り、ペンリルのアイテムコードを一文字ずつ間違えずに打ち込む。
≪紐づけられたアカウントにペンリル呼びの鈴が送られました≫
無事に成功したので安堵する。二台目のゲーム機が無駄にならなくてよかった。
このままゲームを始める前に、やかんに入れた麦茶のパックを取り出す。シンクの洗い桶に水を張って、やかんを置けば完了だ。
改めて火元の確認などを念入りに。準備万端でDOAの世界へログインする。
≪ペンリル呼びの鈴を入手しました≫
早速のシステムメッセージにアイテム欄を開く。馬呼びの鈴の横にペンリル呼びの鈴が追加されていた。
意気揚々にアイテムを使うと鈴の音が鳴る。
「フェッ! フェッ!」
走って来たのは待ちわびたペンリルだ。大きなペンギンの姿に羽っぽさもある、青白いモフモフの毛が生えている。立派な尻尾に加え翼部分の毛量もあって、より鳥に近づいて見えた。
周りを歩いてつぶさに観察。ペンギンに長い毛があるだけで随分と印象が変わる。可愛さは何倍にも増して自然と笑顔になった。
しかし、これに乗るのか……。
「フェッ?」
少々間の抜けた鳴き声が愛らしいのはともかく、馬と異なり前足が翼なのが問題だ。走るときに前傾姿勢なのは何度か見て分かっているが、待機中は頭を上げている。乗り心地には難がありそうだった。
手綱に鞍に装備は整っている。覚悟を決めて鐙に足をかけて飛び乗る、というよりよじ登る感覚でしがみついた。
鞍の形が馬と微妙に違うのか不思議としっくりくる。手綱を持てば安定度は抜群で拍子抜けだ。
よくよく考えれば特典で付いてくるアイテム。乗ること自体に難しさがあると自分みたいな操作下手が困ってしまう。金銭が絡んだクレームを避けるために配慮は重ねられているように思えた。
移動も身体が大きい分、馬より安定する。
「フェッ! フェッ!」
右に左に蛇行し、急なターンを繰り返すが振り落とされずに荒野を走れた。かなりの初心者向けな調整だ。
楽しくなりながらも今日の目的を忘れずに。マップを見つつ新しいエリアを探しに行こう。




