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社畜おじさん、仕事を辞めて辻ヒーラーになる。  作者: 七渕ハチ
第三章後半『攻城戦イベント』

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第120話 集合

「おい、どこにいる! 返事しろ!」


 さすがに答えるわけにはいかない。このまま紅さんたちの元へ戻る選択肢もあるが、僅かな足音などで気づかれると一巻の終わり。できるだけ大人しく隠れておくのが賢明だ。


「姿を消せるのか? 俺の範囲攻撃スキルであぶり出すぞ! そんなのねーけどな!」


 一瞬、遠くへ離れるべきかと焦ったものの、すぐの撤回に安堵する。それが嘘で油断させて仕掛けてくる可能性もあるけれど、その場合は何も言わずにスキルを発動すればよかった。


 言葉と行動で反応を待ってるのは間違いない。冷静な判断が必要だ。


「ワープ系のスキルか魔法があんのか? 隠れてるのなら戻っちまうぞ!」


 まだ引きつけておきたいので、再びクロ蔵を遠くから回り込ませる。


「クカー!」


「んがっ! この野郎! つついて逃げるな!」


 ペットの攻撃により透明化は解除されるため、木の陰で急ぎ透明化をかけ直す。


「だが狙いは分かった! ペットで気を引いて、実は逆側にいるんだろう!」


 角刈りさんはクロ蔵が飛び去るのと反対側に剣を振りだす。攻撃の方向に注意すべきなのは前回のイベントで、紅さんに実戦を通して教えてもらった。後ろでも横でもなく斜めを意識に仕掛けたが正解だ。


「結局いねーのかよ!」


 雑に暴れるように見えて時折後ろへ視線を送っている。次はクロ蔵も危ない。投げるアイテムがあればもっとやれそうだが……。


『ナカノ殿、そちらの首尾はいかがです?』


『自分は平気です。ただ、押しとどめるのには限界がきました』


『でしたら拙者が向かいましょう。こちらは目処がついたでござる』


『聖騎士見習いの面目躍如!』


『ヒーラーが片付くと、あたしたちの回復が役立つよね』


 順調に戦えているのは朗報だ。角刈りさんを分断した意味があったのなら嬉しい。


『盾が硬い』


『やっぱ本職はやるな!』


『動きの読めない方が加わると厄介でござる。では、ナカノ殿と合流致します!』


『お願いします』


 気が緩むのを我慢。木に張り付いて息を殺す。タルや壺など隠れる場所のありがたみがよく分かった。


「くっそ、あいつも死んじまったか。タダじゃ帰れねーが、いつまでも時間を無駄にできん」


「無駄もたまにはいいものですよ?」


「なっ!」


 すぐに駆けつけてくれたコヨミさんが短剣を鋭く一閃した。


「新手かよ! 上等だかかってこい!」


 角刈りさんの反撃も高く飛んで回避したうえで、木々に紛れて姿を消す。


「どいつもこいつも……まともにやろうって気概はねーのか!」


「ふむ。お望みであれば、まともにお相手しましょう」


「ほお、いい度胸だな」


 コヨミさんが木から下りて正面に立つ。念のため回復魔法を魔導書にストックして、忘れずに透明化するがキュル助の精神力も不安になってきた。


 やはり、ポーションがなければ長期戦は支援が持たない。今後は連戦への備えが必須だ。


「よっしゃ、勝負!」


 向かい合う二人が武器を構えて真っすぐに走り出す。単純な殴り合いを挑むとは。回復すれば警戒が高まる。一度きりと思って待機だ。


「おりゃ! あ? んがっ!」


 予想を裏切り、コヨミさんが消えて角刈りさんの後ろに現れた。そして、短剣の一撃が綺麗に決まる。


「まともと言っても忍なりの、ですが」


「てめぇ!」


 移動スキルで一気に追い越したのか。自分もすっかり騙された。実に忍者らしい行動だ。


「あそこでやってるぞ!」


「向こうは二人だ囲め!」


「いけいけ!」


 叫び声になんだ、と後ろを向いたら青い装備の集団がやってきた。このタイミングでかと焦る。屋敷の中に逃げ込むべきか?


「ま、集団戦のイベントだからな。卑怯とは言わせん」


「卑怯者でござるな」


「おい!」


『相手の増援がきました』


『ギルドのメンバーを呼んでる。ガーディアンの起動だけは防ぐ』


 裏手にきてくれたのは不幸中の幸いだ。きっと角刈りさんの元へ集まったのだろう。


「おわ! 滅茶苦茶きてますよ!」


「準備はした! やるぞ!」


「俺たちの採取場所を守れ!」


 またもや聞こえてきた叫び声に目を向けると、今度は赤い装備の集団で安心する。ちらほらツルハシを握ってるのは、ここで採掘をしていた人たち? 戻ってきてくれたのか。


「面白くなってきた! おれに続け!」


『こちらにも増援です。しばらく大丈夫だと思います』


『了解』


『心強い同志にきていただけましたね。拙者たちは入口に行きましょう』


『分かりました』


 仲間を信じてここは預ける。急いで屋敷正面へ戻ると紅さんにレモンさん、カンペさんの三人が待っていた。


『全員生還! あの相手に上出来だな!』


『ナカのんがかけてくれた、バフのおかげだね!』


『ナイスナカノ』


『良い作戦でござった!』


『いえ、みなさんの頑張りあってこそです』


 現状、盾よりもペットの防御スキルが高性能なのは、プレイヤーに比べて早熟型だと言えるのかもしれない。初心者には非常に助かる効果だ。


「あ、紅さん! 色々持ってきました!」


 屋敷の中で支援を行おうとしたところ、多数の赤装備を着た面々が出てくる。紅騎士団に所属するメンバーらしく、紅さんに何かのアイテムを渡していた。


『ポーションとかもらったから配る』


『ありがとうございます』


 ちょうど欲しいものが手に入って回復を継続できるようになる。自分も陣営のことを第一に考えて貢献だ。


『面白そうなのはナカノに』


『面白そう……?』



【スキル範囲増幅剤】

『種類』イベント専用アイテム

『説明』一度だけスキルの効果範囲を広げる

    鮮やか緑色の液体

    粘性があり喉に引っかかる



 受け取った中に、イベント専用と銘打たれたものがあった。珍しい効果で使用後の結果が想像しにくい。


『屋敷裏とは別の集団がきてる』


『イベントらしくなってきた!』


『調子づいて突っ込むのはなしね』


「集合」


 紅さんが大剣を掲げると皆が集まった。


『ナカノ、さっきのアイテムで防御スキルいける?』


『やってみます』


 なるほど、アイアンクラッドタートルがパーティメンバー以外にもかかれば、かなりのアドバンテージを得られる。早速スキル範囲増幅剤を使おう、と思ったが対象はキュル助にするのが正解か。


「キュ、キュル……」


 飲ませるといかにも美味しくなさそうな声を上げた。身代わりにしたり、今回はいつにも増して酷使させている。埋め合わせを要検討だ。


 キュル助に緑色のエフェクトが浮かんだのを見てスキルを使う。


「あれ、なんのバフだ」


「カメっぽい?」


「防御系かな」


 無事に成功で周囲へ効果が波及した。


『説明はナカノがする?』


『いえ、紅さんからお願いします』


『わかった』


 どこの誰だか知れないプレイヤーより、実力者に任せた方が説得力も出る。初見のスキルに対して信用を得るのは大事だった。


「一撃だけダメージを大幅に防げる」


 紅さんが大剣を門に向ける。そこには集団で入ってくる青陣営のプレイヤーたちがいた。


「衝突時に流れを掴む」


 その一言で走り出すと、赤陣営の皆も声を上げて走り出す。自分が先頭だと誰も付いてこず、あっけなく一人で散るに違いなかった。適材適所、分相応に頑張ろう。

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