第120話 集合
「おい、どこにいる! 返事しろ!」
さすがに答えるわけにはいかない。このまま紅さんたちの元へ戻る選択肢もあるが、僅かな足音などで気づかれると一巻の終わり。できるだけ大人しく隠れておくのが賢明だ。
「姿を消せるのか? 俺の範囲攻撃スキルであぶり出すぞ! そんなのねーけどな!」
一瞬、遠くへ離れるべきかと焦ったものの、すぐの撤回に安堵する。それが嘘で油断させて仕掛けてくる可能性もあるけれど、その場合は何も言わずにスキルを発動すればよかった。
言葉と行動で反応を待ってるのは間違いない。冷静な判断が必要だ。
「ワープ系のスキルか魔法があんのか? 隠れてるのなら戻っちまうぞ!」
まだ引きつけておきたいので、再びクロ蔵を遠くから回り込ませる。
「クカー!」
「んがっ! この野郎! つついて逃げるな!」
ペットの攻撃により透明化は解除されるため、木の陰で急ぎ透明化をかけ直す。
「だが狙いは分かった! ペットで気を引いて、実は逆側にいるんだろう!」
角刈りさんはクロ蔵が飛び去るのと反対側に剣を振りだす。攻撃の方向に注意すべきなのは前回のイベントで、紅さんに実戦を通して教えてもらった。後ろでも横でもなく斜めを意識に仕掛けたが正解だ。
「結局いねーのかよ!」
雑に暴れるように見えて時折後ろへ視線を送っている。次はクロ蔵も危ない。投げるアイテムがあればもっとやれそうだが……。
『ナカノ殿、そちらの首尾はいかがです?』
『自分は平気です。ただ、押しとどめるのには限界がきました』
『でしたら拙者が向かいましょう。こちらは目処がついたでござる』
『聖騎士見習いの面目躍如!』
『ヒーラーが片付くと、あたしたちの回復が役立つよね』
順調に戦えているのは朗報だ。角刈りさんを分断した意味があったのなら嬉しい。
『盾が硬い』
『やっぱ本職はやるな!』
『動きの読めない方が加わると厄介でござる。では、ナカノ殿と合流致します!』
『お願いします』
気が緩むのを我慢。木に張り付いて息を殺す。タルや壺など隠れる場所のありがたみがよく分かった。
「くっそ、あいつも死んじまったか。タダじゃ帰れねーが、いつまでも時間を無駄にできん」
「無駄もたまにはいいものですよ?」
「なっ!」
すぐに駆けつけてくれたコヨミさんが短剣を鋭く一閃した。
「新手かよ! 上等だかかってこい!」
角刈りさんの反撃も高く飛んで回避したうえで、木々に紛れて姿を消す。
「どいつもこいつも……まともにやろうって気概はねーのか!」
「ふむ。お望みであれば、まともにお相手しましょう」
「ほお、いい度胸だな」
コヨミさんが木から下りて正面に立つ。念のため回復魔法を魔導書にストックして、忘れずに透明化するがキュル助の精神力も不安になってきた。
やはり、ポーションがなければ長期戦は支援が持たない。今後は連戦への備えが必須だ。
「よっしゃ、勝負!」
向かい合う二人が武器を構えて真っすぐに走り出す。単純な殴り合いを挑むとは。回復すれば警戒が高まる。一度きりと思って待機だ。
「おりゃ! あ? んがっ!」
予想を裏切り、コヨミさんが消えて角刈りさんの後ろに現れた。そして、短剣の一撃が綺麗に決まる。
「まともと言っても忍なりの、ですが」
「てめぇ!」
移動スキルで一気に追い越したのか。自分もすっかり騙された。実に忍者らしい行動だ。
「あそこでやってるぞ!」
「向こうは二人だ囲め!」
「いけいけ!」
叫び声になんだ、と後ろを向いたら青い装備の集団がやってきた。このタイミングでかと焦る。屋敷の中に逃げ込むべきか?
「ま、集団戦のイベントだからな。卑怯とは言わせん」
「卑怯者でござるな」
「おい!」
『相手の増援がきました』
『ギルドのメンバーを呼んでる。ガーディアンの起動だけは防ぐ』
裏手にきてくれたのは不幸中の幸いだ。きっと角刈りさんの元へ集まったのだろう。
「おわ! 滅茶苦茶きてますよ!」
「準備はした! やるぞ!」
「俺たちの採取場所を守れ!」
またもや聞こえてきた叫び声に目を向けると、今度は赤い装備の集団で安心する。ちらほらツルハシを握ってるのは、ここで採掘をしていた人たち? 戻ってきてくれたのか。
「面白くなってきた! おれに続け!」
『こちらにも増援です。しばらく大丈夫だと思います』
『了解』
『心強い同志にきていただけましたね。拙者たちは入口に行きましょう』
『分かりました』
仲間を信じてここは預ける。急いで屋敷正面へ戻ると紅さんにレモンさん、カンペさんの三人が待っていた。
『全員生還! あの相手に上出来だな!』
『ナカのんがかけてくれた、バフのおかげだね!』
『ナイスナカノ』
『良い作戦でござった!』
『いえ、みなさんの頑張りあってこそです』
現状、盾よりもペットの防御スキルが高性能なのは、プレイヤーに比べて早熟型だと言えるのかもしれない。初心者には非常に助かる効果だ。
「あ、紅さん! 色々持ってきました!」
屋敷の中で支援を行おうとしたところ、多数の赤装備を着た面々が出てくる。紅騎士団に所属するメンバーらしく、紅さんに何かのアイテムを渡していた。
『ポーションとかもらったから配る』
『ありがとうございます』
ちょうど欲しいものが手に入って回復を継続できるようになる。自分も陣営のことを第一に考えて貢献だ。
『面白そうなのはナカノに』
『面白そう……?』
【スキル範囲増幅剤】
『種類』イベント専用アイテム
『説明』一度だけスキルの効果範囲を広げる
鮮やか緑色の液体
粘性があり喉に引っかかる
受け取った中に、イベント専用と銘打たれたものがあった。珍しい効果で使用後の結果が想像しにくい。
『屋敷裏とは別の集団がきてる』
『イベントらしくなってきた!』
『調子づいて突っ込むのはなしね』
「集合」
紅さんが大剣を掲げると皆が集まった。
『ナカノ、さっきのアイテムで防御スキルいける?』
『やってみます』
なるほど、アイアンクラッドタートルがパーティメンバー以外にもかかれば、かなりのアドバンテージを得られる。早速スキル範囲増幅剤を使おう、と思ったが対象はキュル助にするのが正解か。
「キュ、キュル……」
飲ませるといかにも美味しくなさそうな声を上げた。身代わりにしたり、今回はいつにも増して酷使させている。埋め合わせを要検討だ。
キュル助に緑色のエフェクトが浮かんだのを見てスキルを使う。
「あれ、なんのバフだ」
「カメっぽい?」
「防御系かな」
無事に成功で周囲へ効果が波及した。
『説明はナカノがする?』
『いえ、紅さんからお願いします』
『わかった』
どこの誰だか知れないプレイヤーより、実力者に任せた方が説得力も出る。初見のスキルに対して信用を得るのは大事だった。
「一撃だけダメージを大幅に防げる」
紅さんが大剣を門に向ける。そこには集団で入ってくる青陣営のプレイヤーたちがいた。
「衝突時に流れを掴む」
その一言で走り出すと、赤陣営の皆も声を上げて走り出す。自分が先頭だと誰も付いてこず、あっけなく一人で散るに違いなかった。適材適所、分相応に頑張ろう。




