第10話 王都観光
「おお……」
荒野を抜けると深い崖が現れる。下の眺めは不自然に暗く吸い込まれる感覚に陥った。
左右へ長距離に渡って続いており対面も同じように崖だ。いわゆる峡谷と呼ばれる場所だろう。
すぐ近くには石造の橋がある。車、ではなく世界観的に言えば馬車がすれ違えるほどの幅で、大きさから三十メートル以上に届くのではという印象を受けた。
現実離れした規模の構造物を楽しめるのもゲームならでは。観光客気分で橋を渡った。
その先には草むらが広がっていてがらりと環境が変わる。土の道を外れた場所ではイノシシに似たモンスターがうろつく。戦うプレイヤーもいるが回復魔法を飛ばすのは目立ちそうで躊躇してしまった。
ペットのスキルを使って透明化が可能なんだ。プレイヤーが覚える魔法など、他に透明になれる手段が見つかるのを期待したい。
散歩をしていると川にぶつかる。小さな橋はかかっているが、あえて川の中に入ってみた。
足元がひやりとするのが面白い。バシャバシャと足を蹴り上げて水面を波立たせる。綺麗な水の表現を見るのは心地良かった。
川を上がると足が一瞬で乾いたように感じた。靴の中に水が入る気持ち悪さがないのは助かる。
橋の向こう側を進むと石畳の街道に出た。行き交う馬車を操るのはさすがにNPCだ。商人になり切る遊び方もできそうだった。
街道の行くべき方向は地図を確認しなくても分かる。そびえ立つ巨大な壁があるからだ。
おそらく町がぐるりと囲まれているのだろう。さらに壁を越えて城の一端が見えるのは壮観だった。
街道を歩いて近づくごとに迫力が増す。何階建てだとため息が出るぐらいに壁が高い。門前までくると開け放たれた扉の大きさにまた驚かされた。
ぼんやり立っている横をプレイヤーが通り過ぎていく。しかし、そのプレイヤーたちも門をくぐったところで立ち止まり視線を彷徨わせた。
何を気にして、と門をくぐって納得する。レンガ造りの建物が並ぶ街並みに圧倒されていたのだ。水晶が浮いたり細かな装飾がファンタジーらしさに溢れていた。
少し歩くと路地など細い道に目がいく。タルや木箱が置かれて一見ごちゃっと感はあるものの、乱雑さより雰囲気の良さに惹かれて探検したくなった。
ただ、一歩踏み出すと散歩に終始してしまう気がする。ゲームでやりたいことは色々できた。まずは村長に受けたクエストを消化しよう。
メニューから選ぶと地図に目的地が示される。ガイド通りに今いる道を先に進んで噴水がある広場に出た。
噴水の上には球体が目立っている。近くに立つと青く光って思い出す。地図には新しいポータルが追加されていた。台座だけでなくこんなパターンもあったのか。
目的地は広場の一角。冒険者ギルドと表示された場所にあるのは壁に蔦が這う建物だ。かがり火のシンボルが掲げられた、いかにもな外観だった。
重々しい扉はひっきりなしに開いては閉じる。行き来するプレイヤーに紛れて中に入った。
暖色系の灯りで照らされた建物内にはいくつかの丸テーブルが置かれている。暖炉や掲示板、観葉植物などが飾られ謎の満足感があった。
カウンターに向かうと若干露出が多い制服姿の受付嬢が笑顔をくれる。
「本日はどのようなご用件でしょうか」
自然とクエストが進行して村長からの手紙を渡す選択肢が出た。もちろん承諾すると脅威に備え、回復魔法ギルドで腕を磨けと言われる。
次の目的地が地図で示された。クエストに身を任せれば町の観光ができそうなので一石二鳥かもしれない。
冒険者ギルドではモンスターの討伐クエストを受けられるみたいだが、それらは後回し。やれることが増えるのは望むところだった。
建物を出て再び地図を見ながら町を歩く。高低差があり階段が多い。荷物を運ぶのを考えると現実で住むには不便と言えた。
木々や花が植えられた小さな庭園風の場所から、螺旋を描く階段を上がる。白い建物が目立つエリアに出ると金色で装飾された教会にたどり着いた。立派な佇まいに反し絆創膏のシンボルが掲げられているのは少し間抜けに見える。
中に入ると長椅子が並べられた礼拝堂が迎えてくれるけれど、プレイヤーの姿がないので目的地は別のポイントだと分かった。
地図を拡大し右に続く正解の廊下を通って、本棚や燭台などの調度品に加えてパイプオルガンなどが並ぶ広間に出る。多数のプレイヤーがいることに安心してカウンターへ向かった。
「ようこそ回復魔法ギルドへ」
ローブを着たスキンヘッドの僧侶が挨拶後に回復魔法の素晴らしさを語りだす。世のため人の為と大げさな表現だった。あまり批判的になると見知らぬプレイヤーに回復をかける自分に返ってきてしまう。
「お布施があれば新たな回復魔法を授かることもできます」
そして、締め括りは金銭の要求。胡散臭さを出す演出だとしたら百点だ。




