第七十七話 兄と青
「君の兄さんの第一印象はな、とにかく明るい奴、だったな」
笑いながらそういうドンキホーテの目の奥にはもはや空など映していない、彼の記憶の奥底の、最低であり最高の4年前の憧憬が映し出されていた。
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君の兄さんとの会ったのはおれの参加してたソール国第15歩兵大隊、それが壊滅してた時だった。
あの時の戦争はとにかく酷くてな、条約なんか破り放題……非人道的な魔法や化学兵器のオンパレードだった。
俺の所属してた大隊が壊滅したのもそんな条約違反の魔法のせいだ。
だが俺と……魔法使いの仲間のスイケシュって奴の2人だけがその魔法から逃れてな。
途方に暮れているそんな、時だったんだ。あいつに会ったのは。
「おお! 見ろ隊長! 私たちにも希望が見えてきたぞ!」
森の中、くたびれた騎士と魔法使いを見てソイツは……君の兄さん、クレイスはそう言ったんだ。
笑っちまったよ、後から聞いたらさ、俺たちのことを頼りになる仲間だと思ったらしい。
そんな笑顔のクレイスを見て絶望的な状況だってのに俺も自然と笑顔になってたんだ。
可笑しな話だ、クレイスの第四騎士団だってさ、化学兵器のせいで孤立して隊長代理のカーナスとクレイスの2人しかいなかったんだからな。
そんな絶望的な状況なのに、あいつは笑ってた。今思うと無理していたのかもしれないけどな。
だが、間違いなくあいつの笑顔に俺は、俺たちは救われたんだ。
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「その後、奇跡が起こった、俺たちはボロボロの第13騎士団に拾われたんだからな」
その言葉にネクスは目を丸くした。
「待って兄さんって第13騎士団にいたの?!」
ドンキホーテは頷く。
「ああ、君の兄さんも所謂、ワイルドハント作戦の参加者だった、聞かされてないか?」
ネクスが首を振った、そんな事実は初耳だ。
「そうか、まあ戦後の混乱とかで情報が錯綜してたのかもな……」
ドンキホーテは空の青を見つめながら語る。
「ワイルドハント作戦、あんときは緊張したな、何せ嵐の中を突っ込んで味方を救助しに行こう、なんて馬鹿な作戦だったからな」
ドンキホーテはそう言って笑う。
本来とんでもない作戦だった筈だ。通常、たとえ空中戦艦であったとしても、嵐の中を風を裂き突き進むなど、今の技術では自殺行為に等しい。
だというのに、その思い出がドンキホーテにはまるで憧憬のように感じ取っているらしい。
少なくともネクスにはそう思えた。空を見つめたドンキホーテの少年のような目を見ればそうとしか思えなかった。
「クレイスのやつさ、その作戦、直前にさ緊張しすぎて、かっこよくスピーチしようとして噛みまくったんだぜ」
「笑えるよな」とドンキホーテは言う。
そんな兄の姿を想像し、ネクスも笑った。
ただ意外だった、ネクスにとって兄のクレイス・スノウは格好の良い、理想の兄だったからだ。
まるで、普通の青年のような兄。
ネクスの知らない、カッコの悪い兄、ドンキホーテから語られる過去は、何よりも眩しく新鮮だった。
「ねぇ先生」
だからネクスはドンキホーテに聞きたかった。
「兄さんのこと好き?」
彼が兄のことをどう思っていたのかを。
「そうだな……大好きだったさ」
ドンキホーテはフッと笑うとネクスを見つめる。
「俺含め、みーんな、クレイスのことを慕ってた。あいつはな、ヒーローだったよ」
ドンキホーテの言葉が風を裂いて、スッとネクスの胸に染み込んだ。
自分のことを褒められたわけでもないのに、ネクスは誇らしく思っていた。
兄が、自分の好きだった兄が、目の前のドンキホーテに認められていると言う事実が何よりネクスには喜ばしかったのだ。
「そう……ふふ、良かった……」
ネクスは喜びと安堵に似た感情を胸に抱えながら空を見た。
そうか、兄はそこまで好かれていたのか。
やはり自分の兄はどこに行っても、自慢の兄だった。
「クレイスはな……」
すると唐突にドンキホーテは語り出した。
空を見上げていたネクスも思わずドンキホーテの方に振り向く。
「君のことを愛していた、大事な妹で、自分の誇りなんだって言ってた」
「兄さんが?」
ドンキホーテは頷く。
「あいつが……クレイスが……戦い続けたのも君のためにすぐにでも平和な世界にしたかったかららしい」
ドンキホーテは目を伏せる。
「そう、あいつはいつも言ってた、平和な世の中になったら、まずは妹と旅行にでも行って、美味いもの食いたいってな」
「兄さんらしい……」
ネクスの言葉にドンキホーテは笑う。
「そうだな……きっと君も君がいる世界も大好きだったんだろうな」
「私のいる世界?」
「そうだ、愛する物と者がいる世界。そのためにクレイスは戦ってた」
愛する物と者がいる世界、ネクスは再び空を見上げる。
「この世界を……?」
「ちっぽけだよな」
ドンキホーテが言う。
「だが、何よりも尊い……ネクス……君が生きる世界であり、何より君の兄さんが遺した世界だ」
青だ、青がどこまでも広がっている。
何にでもなかったこの青が、意味も何もないこの青がどんな絹のドレスより、宝石よりも美しいとネクスには思えた。
何の変哲もないただの青空、だがこうして自分が見上げられているのも、兄が、兄の仲間達がこの国を護ったからなのではないか。
私の生きる世界を守ってくれたからなのではないか。
そう考えるとネクスは少しだけ口を綻ばせ、滲んだ青空を見上げて微笑んだ。
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