第五十四話 聖火
「ヘイロー始動」
ドンキホーテはその言葉と共に三日月型の光を魔女帽に纏わせ、ネクスを見つめた。
ドンキホーテの左目には菱形が四つの頂点を組み合わさった十字の紋章が浮かんでいる。
ネクスの心の中の声が響いた。
『聖騎士化か忌々しい』
パラディン、その言葉にネクスは聞いたことがあった。
古より存在する聖なる力を宿すことにより自身を強化する騎士がいると──。
頭上の円になれなかった三日月型の光輪を輝かせ十字を左目に宿すドンキホーテのその姿は、ネクスが聞き及んだことのあるそのパラディンの特徴に似通っていた。
最も、光輪が完全な円を成せていないのはどこか不完全な印象をネクスは受ける。
『好機だ、殺してしまえ。おそらくやつは完全にパラディンの力を使いこなせていない。あの欠けたヘイローがその証拠だ』
そうだそうしよう、とネクスは思い至る。
しかし何故そうしなければならないのか、動機が自分でも何故かあやふやだ。
「そうだなんで、私……先生を……」
そう言った時、胸の奥から湧いてくる。
虚無感、怒り、悲しみ。
そのごちゃ混ぜになった思いをネクスはただ目の前にいる男にぶつけたかった。
『そうだ、剣をとる理由などそれだけで充分だろう』
声が聞こえる、ネクスは駆けた。地を蹴り草や土を遥か後方に吹き飛ばしながら、全てを吹き飛ばす嵐とかした。
刹那、そんなネクスをドンキホーテは十字架の左目が射抜いた。
そして次の瞬間だった。
ネクスは宙に浮いていた。
「!?」
何が起こったかわからなかった。
感じるのは痛みと衝撃、そして浮遊感、地面から高く打ち上げられたとわかったネクスはすぐさまドンキホーテを探そうと辺りを見回した。
見つけた。ドンキホーテは未だに地面にいる、すぐさま背中の夜空の翼を羽ばたかせ身を翻した。
ネクスはまるで弾丸のようにドンキホーテに突撃する。
雷光に見紛うほどの斬撃がドンキホーテを襲う。
しかし、その雷光をドンキホーテは軽々と受け止めた。
ネクスの斬撃の威力は凄まじくドンキホーテの周囲の大地を破壊するほどだったがしかしドンキホーテ自身にはその斬撃の破壊の力は届かない。
「ネクス」
すると剣を受け止めながらポツリとドンキホーテは語り出す。
「俺は……四年前の戦争で戦友を守れなかった」
その言葉を押しつぶすようにネクスは剣を引きそのまま袈裟斬りを放つ。
空気が衝撃で押し流される。
ドンキホーテはその斬撃すら容易に弾いてしまった。
「それでも俺が今も剣を握っているのは──」
しかし、ネクスの攻撃は止まらない横薙ぎ、切り上げ、振り下ろしと三連撃が続く。
「それでも俺が戦うのは──」
そのどれもがドンキホーテによって防がれるがしかし、それを皮切りにネクスは雨雲すら裂いて散ってしまいそうな会心の一撃を繰り出す。
それは赤の闘気を纏った、全力の一撃。
今のネクスが放てる最大の攻撃だった。
「消えろぉぉ!!」
ネクスの叫びと共に赤の光の濁流が放たれる、闘気によって形成された破壊の光線はドンキホーテを包みさらにその先にある草原や森を破壊して突き進んでいった。
遥か彼方で、爆発がする。ドーム状の光が大地を覆い全てを破壊している。
だが、その光線を切り裂き立つものが一人。
ドンキホーテだ。
「なんで……」
自身の攻撃が通らず、驚愕するネクスにドンキホーテはただ語る。
「──俺は君に、君達に伝えたいと思ったんだよ、俺が君の兄さんに教えてもらったことを……戦友に託されたものをたくさんな」
ニコリと笑ったドンキホーテにネクスの心の内から苛立った声が響く。
『これほどまでに厄介とはな、なりかけが……!』
ドンキホーテは剣の切先をネクスに向ける。
「やっと見えたぜ……」
そしてそう呟くと同時に笑った。だがその笑顔は一瞬で消え失せネクスを見つめる。
「テメェ……うちの生徒に何してやがる」
なんのことかネクスはわからなかった。
だが間違えなくドンキホーテはネクスに向かって話しかけている。
誰に話しかけているのだろうか、混乱するネクスは考え付かなかったが、心の中の声は愉快そうに笑った。
『気づいたか……なりかけでもパラディンらしいことはできるようだな』
ドンキホーテの視線に殺意が混じるそして、彼は頭上に剣を掲げた。
「俺は……騎士であり、教師だ。この心に受け継いだ戦友たちの思いを……伝えたかった声を、俺は君に届ける」
ネクスは剣を構える。間違いないドンキホーテは本気で攻撃をするつもりだ。
ならばそれを万全の体勢で迎撃しなければならない。
次の一撃で全てが決まる筈だ。
「君もいずれ知る時がくる──」
その言葉と共にドンキホーテの剣が十字の光を解き放つ。
そして──。
「俺たちが……戦友たちが聖火のように紡いできた意思を!!」
その十字の光を思い切りドンキホーテは薙ぎ払った。
十字の光が大地を照らし、ネクスに向かって突き進む。
その速度は最早ネクスでは見切れるものではなかった。
「──だから戻ってこいネクス……」
光がネクスの視界と体を染めた。
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──ポツリ
雨が頬にあたる。
「ううん……」
うめいたネクスはゆっくりと瞼を開いた。
寝ていたのか、いや起きていたようなそんな不可思議な感覚を覚えながら、まず目に飛び込んできたのは──。
「ネクス!」
「良かったぁぁ!! 起きたぁぁ!」
リリベルとミケッシュだった。
唐突に抱きついてきたミケッシュにネクスは驚き──。
「な、なによ。どうしたの皆んな……と言うかここって……」
ただ、見知らぬ景色に惚けることしかできなかった。
するとネクスの視界の端に目覚えのある男が映る。
「よう……ネクス……おかえり」
男の、ドンキホーテの言葉でネクスは思い出す。
自分のやったことを、やってしまったことを。
だが謝罪の前に罪悪感と共に湧き出たこの言葉をどうしてもネクスは言いたかった。
「……ただいま」
こうして長い戦いは幕を閉じた、多くの謎を残して。




