かなでと隣のクラス
『ゴバァン!!』
急に大きな音が脳内に響いた。硬くて衝撃の強い音。その音の衝撃で、一瞬地震かと思った。
クラスがパニックになる中、僕は少し焦りながら前のドアから教室を出て、普段の様にかなでに会いにいく。ふと、後ろのドアから出たらよかったのにと思った。まあ、すぎたことは仕方がない。
そうして廊下に出ると、いろんなクラスの人が集まってきて人混みのようになっている。休み時間が始まったばかりにも関わらず。たかちゃんが大声で叫びながら職員室に向かって全力ダッシュしてるのが見えた。他の先生も生徒をかき分けながら事が起こっている中心へ向かっているっぽい。
僕はたかちゃん何言ってんだろと苦笑いしながらかなでを探す。でも、背が小さいおかげでなかなかクラスがどうなってるか見えなかった。かなでが巻き込まれていないか心配だった。
見ることも、聞くこともできないままどうにか近づこうとして。どうにか頑張って人の間を潜り抜けて。どうにか半開きのドアの前まで辿り着けた。辿り着けたが、半開きのところからクラス内を覗くことはできそうにないぐらい人が押し寄せている。かなで、かなで。心配で、確認したいのに、できない。僕の無力さが脳内で様々なものを飲み込んでいく。その上に耳から響いてくる人のざわめきが頭をクラクラさせる。
耐えていると、突然目の前の壁がなくなった。ドアが開いた。危うく転けそうになるのに気をつけながら前を見た。
教室の中にいたのは2人の先生とかなで含めた10人程度の生徒。かなでの隣には先生と3人程度の友達と思われる人がいて、ドアの方に歩いてきた。かなでは斜め下を向きながら友達の方に笑いかけていた。もう1人の先生は問題児である田中の隣にいて、説教をしている。
僕は何も考えず声を出してしまった。声を出した後に、気づいた。そして、耳に入ってきた一言で全てを察した。
こころ「おーい、かなでーーーーーって、え...どうしたのっ....それ....!」
かなで「ん? 何が?」
こころ「とぼけないでよ!? それ、どう見てもおかしいじゃん!」
ドアに近づくにつれて、思考が停止していく。かなで以外の人から色が消えていく。僕から隠れて見えなかったところが見えてくる。いや、僕が気にしていなかっただけかもしれない。かなでの両腕が。かなでの綺麗に透き通った肌が真紅に染まってて。半袖を着ていたから見たくないのに、見えてしまう。床にも滴るほど、深く。たくさん。それでいて、申し訳なさそうにしている。なんで。なんで、かなでが傷つくの。
こころ「おかしい...よね....? か......なで...?」
言葉が喉に詰まる。苦しい。なにを言えばいいのかわからない。そして浮かんだ言葉さえも目の前の光景の中へ溶けていく。だんだん目の前が霞んでいく。
かなでは一旦下を向いてからもう一回僕の方を向く。そして「嫌だな、何言ってるのこころ笑」と何もなかったような顔で、でも作られた完璧な表情で言う。それだけを僕の耳が、目が。はっきりと捉える。そして思考が濁流のように流れてくる。一瞬時が止まったと思う。
僕は、そんなかなでに対して1つの感情だけが溢れ出てきた。言葉になって溢れ、それは喉に詰まっていく。僕はもう。
教室を出て、人混みに飲み込まれながら先生たちと一緒に保健室へ向かうかなでの背中に衝動的に叫んでしまった。
こころ「かなで....もうやめてよ.... これで、これで何回目なの.....?! 僕は.....僕は、毎回そうやって何もない風にして、本当はものすごく傷ついたかなでを見ればいいの?!」
言っても、どうしようもないことはわかっていた。また、思考がとまった。
かなでは僕の方に振り向き「こころ.....」と呟く。表情はそのまま。でもさっきと違う、力のない声で。
こころ「っ........!」
言葉にならない言葉を言いかけて。言葉が色褪せて崩れ去る。言葉が逃げていく。永遠にいたちごっこをしている気分。僕は何も言えないままなのを眺めてからかなでは前を向いた。
ねえ、なんで。なんでそんな顔するの。かなでが悪いの? 違うでしょ?
僕がどれだけ思っても、かなでは遠ざかっていく。保健室へ行ってしまう。それは仕方がないけど、かなでから離れてはいけないと本能が警告してくる。
でも、体が働かない。無駄にある体力も、ただ言うべき言葉を見つけられない脳も、なんの役にも立たない。
ただ、その光景を眺めているだけ。立っているだけ。完全なる機能停止状態。
..........!
そこに、ふと舞い降りてきた。柔らかい光のように出てきた記憶。その中身は鋭い闇のように目を遠ざけたい内容。説教中の先生が放った一言。
「お前さ、逆ギレして、人の手を使って窓ガラスを割って、俺は悪くない? ふざけんな!!!!!!!」
それを思い出して、なんかどうしようもなく自分に腹がたつ。かなでの態度に引っ掛かる。この言葉が正しいとすれば、かなでは、なにも、なんにも悪いことしてないじゃん。僕が気持ちを整理できない。僕は、僕は........
先生「チャイムなるからとりあえず教室に戻れ!!!!!」
その一声で現実に戻ってきた。見たらたかちゃんが帰ってきてた。急いで帰ってきたのか、息が切れていた。
さっきのは、耳がキーンとするぐらいの騒音レベルの声量だった。耳のキーンという音でまた、僕は思考に呑まれていく。
先生「ほら、行くぞ」
こころ「........あっ」
僕が反応する頃にたかちゃんは僕のポニーテールの髪の毛を掴み、そのまま教室まで引きづられた。廊下の窓から見えた空は僕の感情と共鳴するように、静かに水を垂らしていた。
.....いてぇよ。
『キーンコーンカーンコーン________』
何事もなかったかのように授業は始まる。総合の時間はグループ学習だった。テーマは今大切なSDG's。なので、それぞれ班を作り、テーマに沿ってレポートを作る。先生の指示に従って続々と班ができる。僕も班にならないといけない。それどころではなくても、動かなければたかちゃんが怒る。てか、なんでいつもの3人が同じ班なんだよ、先生はなんでこんな奴らを同じ班にしてるんだ....
僕を...ハブらないでよ.......
れお「こころが、目に見えて落ち込んでるな...」
りく「これで凹んでない方がおかしいだろ、 俺だって少し思うところはあるのにさ...」
れお「じゃあなんでそんなにニヤついてんだよ... きもいぞ。」
りく「ひどい。そこまで言わないで。」
れお「こころ....気に病みすぎないといいけどな....」
りく「無視するなよ。てか考えすぎるのはお前だろ。」
るきは思った。かなで、またこころのこと悪く言われたのか... 難しい問題だな、こころが全く気付いていないから特にだけど...
れお「いつものこころなら、こんな時間あったら速攻寝てるのにな、、」
それを聞いてるきは、なんとも言えない気持ちになる。
りく「ほんとにな....って、るき、聞いてる? おーい?」
顔の前で手をひらひらさせる。いつもの雰囲気をまとったまま、深刻な顔をしていた。れおとりくは苦笑いしながらるきの方を見ている。完全に自分の世界に入っているのがわかった時、2人は顔を見合わせてからレポートを着々と進め出す。
るきは、かなでと付き合っていた時のことを思い出していた。るきが、日常を幸せだと感じれていた頃の話。ちなみに2人が付き合っていたことは誰も知らない。
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✴︎ある日の放課後✴︎
僕がかなでと付き合い始めて3ヶ月。慣れた放課後デートを楽しんでいた時の話。もう1年以上前の話。
とりあえずファミレスに入って、しょうもない話で盛り上がっていた時に急に名前を呼ばれた。声のトーンが低くなって、一瞬で物凄い鳥肌が立ったのを今でも鮮烈に覚えている。
かなで「ねえ、るき。」
るき「どうしたの?かなで。」
平然を装いながら僕は言う。実際は、キャラがブレそうなほど脳内がビビりまくっていた。これは、とうとうこの関係が終わるのか。顔から血の気が引いていくのを感じる。恐怖が全身を満たして、急速に体の水分を奪った。なにがダメだった? 僕が鈍感なこと? それとも、僕が金欠でかなでがずっとファミレス代払ってること? 思い当たる節は沢山ある気がする。言うまでの数秒がとても長く感じた。
つづく
1/14 細かい部分を修正しました。