さようなら
「そんなことありえないって、ぼくも言ったんだけど。あなたたちのおとうさんは、『父さんは、いつもお前たちを守るからな。どこにいても見守るからな』って自信満々に言ってたのよって、母さんが言うから。あ、ごめんね。お見舞いに来てもらったのに、変な話しちゃって」
「ううん。私たちこそ、ごめんね。つらいこと、思い出させちゃったね。そうそう、あの空家、取り壊しになるって聞いたけど、知ってた?」
「え!まじかよ?おれたちが勝手に入ったせい?」
「ぼく、知ってたよ。入院中に母さんが教えてくれた。」
「え?そうなの?なんで取り壊しになるか、理由話してくれた?」
「うん。実はね、あの家、ぼくが生まれる前に死んじゃった、ぼくのおじいちゃんの家だったんだって。ぼくの父さんが生まれて、大学に行くまで住んでいた家」
サオリもアキラも無言のままぼくの話を聞いている。
「父さんが大学行って、そのまま就職して。いつかはあの家に戻ってくるつもりだったのに、おじいちゃんもおばあちゃんも病気で早くに死んじゃって。家の中は、何年もかけて片づけたけれど、家そのものを処分したりがなかなかできなくて。結局ずっと、残したままにしてあったって母さんに聞いたんだ」
「じゃあ…。まさかと思うけど、あの家にオサム君のお父さんが『いた』かもしれないってこと?」
「そうかもしれない…だから、僕がさわったらドアが開いたのかもしれない」
「え?まさか。そんなことあるわけないじゃん。ゆーれいとかおばけとかいたら、マジにきも試しじゃねーかよ」
「でも、ほんとかもよ。だって…」
サオリが言う。
「だって、あの空家。あのあと急に、ホントに『廃屋』って感じになっちゃったったんだもの。もしも崩れちゃったら、危ないからって。私たちのまねして、きも試しするって言いだす子供たちがいるかもって」
「え…?廃屋?だっておれたちが入ったときは、古かったけど普通の家だったぞ」
「だから、よ。もしかして、オサム君のお父さんがあそこにいて、家を『普通』に見せてたんじゃない?というか、お父さんが、家そのものだったのかも」
「うん。ぼくもそう思う。ぼくに想いを伝えるために、ずっとあの家にいたんだと思う。そして『つながっていない電話』で『つなげていない番号』にかけたから、父さんからのメッセージが受け取れたんだと思う。そして無事に伝えられたから、本来の姿にかえった」
そのあと夏休みの宿題のこととか、家族とのレジャーの予定とか、他愛ない話をひとしきりして二人は帰っていった。
夏休みの最終日。
ぼくはひとりで『例の家』に行ってみた。
塀と何本か植えてあった木を残して、家はきれいに取り壊されていた。
夏休みの間、ぼくは日課のお手伝いも続けていたけれど、時々母さんの代わりにミホのお見舞いにも行くようになっていた。
言われたわけじゃないけれど、そうしたほうがいいような気がしたからだ。
それにお見舞いに行った日は、帰った後母さんと会話をする機会がずっと増えて、それが楽しみになったからだ。
ぼくやミホが小さかったころのことはもちろん、母さんの子供時代のこと、若いころの父さんのこと。
いろんな話を聞くことができた。
空家のあとに着き、門のところから一歩中に入って、目をつぶる。
(あのお化け屋敷のうわさも、ぼくをここに呼ぶために、家だった父さんがなにかしかけたんだろうな。ぼく、母さんとミホと頑張るよ。ありがとう。さようなら、父さん)
そう思ったとき、風がふいてぼくの髪をゆらした。
終




