父さんの、声
「え…?うそ。なんで?」
ぼくは信じられない思いで、受話器の向こうの声を聞いた。
アキラもサオリも、けげんそうな顔をしてぼくのほうを見ている。
「オサム…ごめんな。お前にもつらい思いをさせてるな」
受話器の向こうの父さんにはぼくの声は届いていないのか、淡々と声は続いていった。
『あの日』つい思いつきで、いつもとは違う道を使って出張にでかけたこと。
その道が運悪く工事中で、迂回させられたこと。
迂回で遠回りをするのが嫌で、ナビで抜け道検索をして出たルートを通ったら、すごい山道だったこと。
その道を通っている途中に土砂降りにあって、視界をうばわれて。
「どうしてあの日、いつものなれた道を通らなかったのか。どうしてちゃんと迂回路を通らなかったのか。どうして山道になると分かった時点でUターンしなかったのか。いまさら後悔しても、元に戻れるはずもないのにな」
ぼくの耳に、父さんの声が聞こえ続けている。
話の内容も、ちゃんと理解できている。
ちゃんと、覚えている。
けど頭の中には、『なんで今さら。なんで今ごろ』という思いが、ぐるぐると回り続けていた。
「オサム…ごめんな。かあさんとミホをよろしく頼む」
その言葉を最後に受話器の向こうからの声は聞こえなくなった。
声が聞こえなくなったことに気づいた僕は、あわてて受話器に向かってしゃべりかけた。
「父さん?父さん!なんで、もう切っちゃうの?もっと話していたいのに。ぼくの話も、聞いてほしかったのに。父さん!」
ぼくは泣きながら、受話器に向かって叫び続けていた…らしい。
ぼくにはその時の記憶がないけれど、あとからサオリがそっと教えてくれた。
アキラが、泣きつづけるぼくの手から受話器を取り上げて元の位置にもどして、そしてぼくは、糸が切れたあやつり人形みたいに、気を失って倒れたらしい。
ぼくをウチまで連れて帰ってくれたのはアキラのお父さんで、サオリもアキラも『知らないひとの家に勝手に入った』ということで、それぞれの親にこっぴどく怒られたらしい。
『らしい』という言葉が続くのは、みんな後から聞いた話だからだ。
あの時気を失った後ぼくは、高熱を出して、3日間目を覚まさなかったらしい。
目が覚めたのは、ミホが入院している病室の、ミホの隣のベッドの上だった。
目を覚ましたぼくが最初に見たのは、やつれた母さんの、目覚めたぼくを見て安心したらしい泣き笑いの顔だった。
続




