電話
「けどさ、ボタンを押すかわりに、この丸いものを回したら電話がかけられるとしても、どうやって会話するんだろう?」
ぼくが言うとサオリが、その黒い『昔の電話』のいちばん高いところについている、平べったくなったヘッドホンみたいな部分を指さした。
「たぶんこれを使うんだと思う。うちの電話も受話器ってこんな形だし。ねえアキラ君、ちょっと回す実験やめてもらえる?」
そういうとサオリは、受話器と思われる部分を持ち上げて、耳にあててみた。
「やっぱり通じてないみたいね。当然といえば当然だけど」
そしてアキラとぼくの耳にも、順番にあててみてくれた。
耳には何の音も聞こえなかった。
「ねえ。つながってないということは、かけてもどこにもかからないっていうことだよね」
ぼくが言うと、さおりは
「あたりまえじゃない。これでどこかにつながったら、びっくりよ」
「じゃあさ…ぼくも、アキラみたいに番号回す実験?してみたいんだけど。いい?」
「オサム君が?めずらしいこというわね」
目を丸くするサオリから受話器を受け取る。
そしてぼくは、かけなれた、だけどもうずっとかけていない番号をゆっくりと回してみた。
回し終わっても、もちろん受話器からは何の音もしない。
「…やっぱり、かかるわけないよね」
そう言ってぼくは受話器を、もとの位置にもどした、
『ジリリリリリリリ』
戻した途端、急に大きな音が鳴りひびいた。
ぼくたち三人は、文字通り飛びあがるほどおどろいた。
「え??なに?非常ベル??」
サオリがきょろきょろと見回しながら、言う。
「まさか.火事?」
たしかに、学校の避難訓練の時に聞いた、非常ベルの音に似ていた。
でもちょっと違う。
「これ!この電話がなってるんじゃ?」
アキラが、ぼくが今受話器を戻したばかりの黒い『電話』を指さした。
「え?うそでしょ?さっきみんなで聞いたとき、何の音も聞こえなかったじゃない。通じてないはずでしょ?」
サオリが泣きそうな声で言う。
アキラも目を見開いたまま、口をパクパクさせている。
その間もなり続ける音からのがれるために、ぼくは、その場を逃げ出したいのを我慢して、さっき戻したばかりの『受話器』を持ち上げて耳にあてた。
「もしもし?」
「オサムか?」
「!!」
受話器から聞こえてきた声は、ずっと聞きたくて、だけどもう二度と聞くことができない…そう思っていた声だった。
懐かしい、大好きな声。
3年前に死んだ父さんの声だった。
続




