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第一話「恐怖の大王降臨」

 1999年7月、恐怖の大王来たりて人類は滅びる。ノストラダムスの大予言より。




 時は1999年4月。新ノ宮東高校でも新学期が始まって、朝には登校する生徒でごった返しになっていた。

 その混雑を避けるかのように、随分遅れて桜並木を歩く生徒が一人いた。見頃の桜を見ながらのんびりと往く少年の名前は崎山(さきやま)亜駆斗(あくと)という。目には隈があった。なんということはない、夜通しゲームをしていて登校時間を過ぎても気づかなかっただけである。

 亜駆斗は大きな欠伸をしながら遅刻ギリギリで新ノ宮東高校に吸い込まれる。そしてホームルームの時間を告げるチャイムが鳴った。

 新ノ宮市は北を山に南を海に囲まれた人口約50万人の地方都市だ。その中にある新ノ宮東高校は所謂(いわゆる)進学校の名門校だった。独特なブレザーの制服も人気が高かったりする。

 亜駆斗からすればどうでもいいことだったが。彼は成績にも見た目にも、学園生活というもの自体に無頓着だった。クラスメイトからもイマイチ情熱のない男、と評される。本人にも自覚があった。何か夢中になれるものがあればいいのに……と常日頃から思っていた。

 新学期一日目はたいして授業もなく終わる。帰宅部の亜駆斗はさっさと帰ろうと荷物をまとめ教室を出た。すると隣のクラスから出てきた女子と鉢合わせした。知り合いだったものだから呼び止められる。


「よっ亜駆斗」

麗奈(れいな)……」


 上原(うえはら)麗奈。亜駆斗が覚えている限り小学校からずっと同じ学校の幼馴染だった。赤いリボンで髪を縛ってツインテールにしている美少女で、歩けば誰もが振り返る存在感があった。そんな麗奈と話すだけで亜駆斗は目立つのが嫌で最近は避けるようになっていた。


「もう帰っちゃうの?」

「そうだよ。やりたいゲームもあるし……」

「またゲームばっかり、そんなんで将来ゲーム廃人の引きこもりになったらと思うと心配で仕方ないよ」

「お前に心配されるいわれはねぇよ」


 会話を終わらせて背を向けようとする亜駆斗に対し、麗奈は回り込んで正面を維持する。まだ話があるようだった。


「二年生になって、今年こそは部活に入るって気はない?」

「なんだよ(やぶ)から棒に。ないよ。面白そうな部活ないし」

「面白いかどうかは体験してみないとわからないよ。ねぇ、うちの部活に見学していかない? 絶対亜駆斗でも楽しめるから」

「お前、何の部活だっけ? 運動部はやんないぞ。汗水流したくないからな」

「文化部だよ。いいから来て。歓迎するから」


 麗奈のような美少女に微笑(ほほえ)まれると流石にマイペースな亜駆斗も弱い。言われるがままに帰宅を諦め彼女の後についていく。

 すると部室棟にある狭い部室の前に着いた。その看板を見て亜駆斗は意表を突かれた。


「漫画部……?」

「ようこそ漫画部へ。ただいまみんな、新入部員連れてきた!」


 勢いよく麗奈は扉を開ける。すると本棚に囲まれた部室が姿を現した。中央には長机があり、椅子に二人の先客が座っていた。

 一人は長髪の女子で眉を八の字に曲げて縮こまっている、いかにも控えめそうな子。もう一人はくつろいだ様子の男子で髪を金髪に染めている、少し不良の雰囲気も(まと)った少年だった。


「あ、部長、そいつが例の崎山亜駆斗っすか?」

「お手柔らかにお願いします……」


 二人は口々に言った。金髪の男子の口ぶりから麗奈が亜駆斗を連れてくることは事前に計画されたものであることが明らかだった。亜駆斗は言い咎める。


「待て待て、新入部員って、まだ見学しに来ただけだぞ」

「いいからいいから。じゃあみんな揃ったし自己紹介しよっか。私は上原麗奈。この漫画部の部長! 好きな漫画は手塚治虫(おさむ)先生の火の鳥。この漫画部では漫画を読んだり描いたり、とにかく楽しむことが一番だからね! それじゃあ次、絵美梨(えみり)ちゃん」

「あ……はい。私は光神(こうじん)絵美梨……好きな漫画は日出処(ひいづるところ)天子(てんし)です。とても感動的なお話なんです……漫画はそれなりに描いているのでわからないことがあったら聞いてください……」

「絵美梨ちゃんはBLが好きなんだよ」

「部長!」


 麗奈の横やりに絵美梨は顔を赤くする。意味をよくわかっていない亜駆斗は尋ねる。


「BLってなんだ?」

「ボーイズラブ。男同士の恋愛のことだよ」

「へぇ……男同士?」

「部長、崎山さんに変なこと吹きこまないでください!」


 絵美梨は恥ずかしくて(うつむ)きながら抗議した。亜駆斗はまだ意味を飲み込めていない。麗奈は苦笑する。


「それじゃあ雷矢(らいや)君も」

「よし、俺は(とどろき)雷矢。俺のことは雷矢って呼んでくれ。俺も亜駆斗って下の名前で呼ぶから。好きな漫画はドラゴンボール、夢のある冒険に白熱するバトル、王道の少年漫画は最高だろ? 絵は全然駄目だから読み専だがよろしくな」


 金髪の少年、雷矢は席を立って亜駆斗に握手を求めた。亜駆斗も応じる。雷矢は誰とでもすぐ友達になれそうな性格をしていた。


「それじゃ亜駆斗の番だよ」


 麗奈に言われ、亜駆斗は考えこむ。みんな好きな漫画を言っているけど、俺は挙げられるほど漫画を読んでないぞと。不思議と漫画に縁のない人生を彼は送っていた。暇潰しといえばゲームばかりで、本など読書感想文の宿題以外で目を通したことがない。

 いや、幼い頃に父の持っている漫画を読んでいたぞ、と亜駆斗は思い出す。その中から印象に残っているものは――


「ええと、みんな知ってるみたいだけど崎山亜駆斗です。好きな漫画はメトロポリス。よろしく」

「メトロポリス? 聞いたことないな……」

「どういう漫画なのでしょう……」


 雷矢と絵美梨が口々に言う。マイナー過ぎたか、と亜駆斗は思った。しかし麗奈は目を輝かせた。


「知ってるよ。私の大好きな手塚治虫先生の初期の名作だものね! でも亜駆斗がそんなに古い漫画を読んでいたなんて知らなかったよ」

「いやまぁその、親父の書斎にあったから……最後反乱を起こした人造人間が溶けて死ぬのが切なくて」

「うんうんわかるよ、そうだよね」


 やはり幼馴染だけあって、馬が合うようだった。亜駆斗は素直に麗奈と好きなものを共有できて喜びを感じる。しかし入部するかどうかは別の話だった。


「でも俺、漫画に関して特別詳しくもなければ興味もないぞ。漫画部に入って漫画を描くなんてとても……」

「まぁまぁそう言わずに……」

「なぁ麗奈。俺の記憶が正しければ……正式な部活として認められるには最低4人はいるんじゃなかったか? 俺を抜いたらお前達3人だぞ……もしかして!」

「あーえーっと、本当は4人いるの! いたんだけど……」

「いた? 過去形か?」

遠野(とおの)深雪(みゆき)先輩は……」


 絵美梨が会話に割って入る。麗奈がコホンと咳払いすると彼女はそれ以上口にせず黙った。


「……休学中で、(おっしゃ)る通り部員が足りません……だからお願い亜駆斗、入部して! 私達を助けて」


 懇願する麗奈。似たような目線を絵美梨と雷矢も亜駆斗に送る。それには耐えきれず、彼は首を縦に振る以外の選択肢がなかった。


「わかったわかったよ。とりあえず入部はする。でも活動するかどうかは別だぞ」

「やったー! 最高だよ亜駆斗! 私は良い友達を持ったなぁ」


 そう言って麗奈は亜駆斗に抱き着く。小学生の時ならいざ知らず、今は彼女の豊満な胸が身体に当たって気恥ずかしくて仕方ない亜駆斗だった。

 ともかくハグモンスターと化した麗奈から逃れたくて亜駆斗は部室に上がり込み、椅子に座る。すると今度は二人の部員に捉えられた。


「それでは崎山さんに漫画部の活動として読書に慣れ親しんでいってほしいと思います。まずこちらの本などいかがでしょう、オススメですよ」


 絵美梨がおそらくBL漫画を持って亜駆斗に迫る。それに雷矢が同じく漫画本を持って割り込む。


「いやいや亜駆斗。それならこっちの方が面白い。一緒に読もうぜ」


 雷矢の言い方に絵美梨はムッとして火花を散らす。厄介なことに巻き込まれていることに亜駆斗は気付く。彼は麗奈の方を見る。助け船に期待して。すると部長らしく部員を(いさ)めた。


「まぁまぁ、亜駆斗を困らせちゃ駄目だよ。本は順番に読ませればいいから」


 結局読むことになるのか……と亜駆斗は内心溜息をつく。この日は絵美梨の薦める『地球(テラ)へ…』と雷矢が持ち込んでいた週刊少年ジャンプ最新号を横から解説されながら読んだ亜駆斗だった。麗奈がお茶菓子を用意して亜駆斗は食べながら読んでいたがそれも最初の内だけで、次第に漫画の面白さに気付いて、すっかりのめり込んでいた。気が付けば外は夕焼けに染まり、(ほの)かに薄暗くなっていた。


「そろそろいい時間だし解散しようか。明日からは4人で本格的に部活をやっていくからよろしくねみんな。それじゃあまた明日!」


 部長の麗奈が号令を発すると絵美梨も雷矢も荷物をまとめて部室を出ていった。麗奈が鍵を閉めるのを亜駆斗は見守る。


「亜駆斗、一緒に帰る? また昔みたいに」

「いいよ、一人で帰れる」


 気恥ずかしくて亜駆斗はそそくさとその場を後にした。




 すっかり暗くなった帰り道、亜駆斗は漫画部での出来事を思い返していた。

 光神絵美梨は控えめだが漫画に対しては情熱的だし、轟雷矢は親しみやすい性格をしている。幼馴染の上原麗奈は言わずもがな、部員達は皆悪い人間ではないように思える。漫画だって面白いし、続ける価値はあるかもしれないと亜駆斗は思う。普段無気力な自分にしてはやる気が出ているなとも思えた。

 何を張りきっているのだろう。亜駆斗は自嘲(じちょう)する。どうせ今年の7月には人類は滅びるというのに。ノストラダムスの大予言を完全に信じているわけではないが、そんな空気感はどこにでもあった。

 家の前の公園に着くと、いつものように寄り道をし始める。すっかり人気の失せた遊具の周りまで来て、亜駆斗は荷物を置いてブランコを()ぐ。

 どうせ家に帰っても誰もいない。亜駆斗の両親は海外出張で長らく不在だった。門限を過ぎて怒られるということがないのでよく学校帰りに公園で遊んでいた。夕方までは活気のある公園で孤独を紛らわすかのように。

 しかし今日は部活で遅くなり過ぎた。夜の公園には誰もいない。むなしいだけだとブランコを漕ぐのをやめる亜駆斗。帰ってゲームの続きでもしよう。と荷物を拾った時、物音が茂みの方から聞こえてきた。

 誰か隠れているのか? 俗に言うストーカーだったらどうしようと思いながらも亜駆斗は怖いもの見たさで茂みに近づき、分け入る。すると一人の少女が目立っていた。

 歳は同じ高校生くらいだろうか、少し大人びているから大学生かもしれない。何よりも白髪赤眼のアルビノなのが目を引いた。それに加え物凄い美少女だった。麗奈や絵美梨も顔立ちが整っているがこの少女は格が違うと亜駆斗には思えた。絶世の美女とは彼女のことを言うのだろう。

 そんな美しいアルビノの少女が入院患者みたいな白い服を纏っていたが、ところどころ血痕で汚れていて、深手を負っているのは見て明らかだった。彼女は体を横たえ茂みに姿を隠していた。


「大丈夫ですか!」


 亜駆斗は思わず声を掛け、傍に寄る。血塗れの少女はううと(うめ)いた。


「救急車、呼んできましょうか!」


 亜駆斗は急いで家に帰って電話することを考えた。すると少女はやめてくれと懇願した。


「救急車は呼ばないで……かすり傷よ、急所は外してあるわ……」

「でもあんた、怪我して」

「すぐ治るから……うっ」


 アルビノの少女は強がって言うが苦しそうにしていた。亜駆斗には放っておけずどうするかしばし考えた結果、自宅に連れ帰って手当てすることにした。


「ずっと公園にいてもよくならない。うち近くだから運ぶよ」

「そんなの……危険よ」

「何が? このままの方がよっぽど危ないよ。さぁ、背中に捕まって」


 亜駆斗は傷ついた少女をおんぶして家まで運ぶ。公園から崎山家までは10分もかからなかった。

 自分の部屋に着くと亜駆斗はベッドに連れ帰った少女をそっと横たえる。それから救急箱を取ってきて使えそうな物を探した。消毒液に包帯を彼女に渡す。


「それで傷を癒しなよ」

「いい。必要ないわ」


 少女はそっと渡されたものを返そうとする。だが亜駆斗は首を横に振る。


「俺が女の子の体に触ってもいいのかよ? なら手当てするけど」


 それを聞くとアルビノの少女は観念して自分で袖をめくって傷口に消毒液を掛け始めた。

 亜駆斗は事情を()く。


「どうしてそんな怪我をして公園にいたんだ」

「……」


 沈黙。無視しているというより答えられないという感じだった。亜駆斗は質問を変える。


「じゃああんたはどこから来た。何者なんだ? 名前くらい教えてくれないか」

「フフフ、何者、か……」


 少女の声色が変わった。彼女はその一点だけ質問に答えた。


「私は恐怖の大王、1999年に世界を滅ぼしに来た恐怖の大王よ」

「恐怖の大王、だって!?」


 亜駆斗は驚愕(きょうがく)した。恐怖の大王といえばノストラダムスの大予言にある、今年人類を滅ぼす存在である。それを自称するなんて、なんと頭のおかしな人だろう。亜駆斗には少女が哀れにさえ思えた。


「どこが恐怖の大王なんだ! 普通の人間にしか見えないが……」

「本当に私が普通の人間と言える?」


 亜駆斗は言葉に詰まる。確かにアルビノの少女なんて珍しすぎる。少女はどこか人間を超越した微笑を称えていた。その妖艶(ようえん)さは魔性(ましょう)を感じさせる。

 恐る恐る亜駆斗は尋ねる。


「じゃあ恐怖の大王、やっぱり人類を滅ぼすのか?」

「そうね……人類は許せないわ。滅びるべき種族よ。でもあなたのような親切な人間なら助けてあげなくもない……ふわぁ」


 自称恐怖の大王は大きな欠伸(あくび)をする。そして掛布団に(くる)まってベッドに横になった。


「それじゃあ私疲れてるから……おやすみ、崎山亜駆斗君」

「ちょっまっ」


 なんで自分の名前を知っている、と亜駆斗は不思議がるがなんてことはない、勉強机に散らばるノートに書かれた名前を盗み見たに過ぎない。

 アルビノの少女は赤い目を閉じ即座に寝息を立てた。


「恐怖の大王も、寝るのか……」


 亜駆斗は恐る恐る彼女の頬を人差し指で突っつく。だが深い眠りについていて気が付く気配はなかった。感触は人間と同じだった。彼女が恐怖の大王だなんて、亜駆斗にはまだ信じられない。

 でも並々ならぬ事情があるようには感じられた。明日詳しく聞き出そうと亜駆斗は決心し、夕食を食べるため部屋を出てリビングに向かった。

 ――少女の名前は遠野深雪。同じ新ノ宮東高校の生徒にして漫画部の先輩だとはこの時の亜駆斗には思いもよらぬことだった。

新連載です。よろしくお願いします。

次回「遠野深雪」

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