6.連休明けの友人
「ああー……だるい」
大学の講義室。早めに来たのでそれなりに空いていた後ろ目の席に陣取り、俺はぐでっと机に突っ伏す。
ゴールデンな期間が終わってしまった。
過ぎ去ればあっという間だった。
最終日しかロクに遊んでない気がするが――いや特段何もしなかったからこそ、一瞬で過ぎてしまったと言うべきか。
「あはは、お疲れだね、裕也」
「ん、林太郎か」
眼鏡をかけた友人――九貫林太郎が、俺の隣の椅子を引いて座った。
こいつは、せっかくのゴールデンウィークというボーナスタイムで、予定の合わなかった友人の一人。勝手な話だが、文句の一つでも言ってやりたい気分だ。言わんけど。
「授業があるのが憂鬱だ」
「せっかく選択した授業なんだから、もっと楽しく受けようよ」
「俺は単位がもらえれば良い」
「もったいないなぁ」
この知的眼鏡くんは、授業に真面目に臨む模範的な学生である。俺を含む大部分の学生と違って。
「そーいやお前、連休中なにしてた?」
「ん? まぁ、ちょっと忙しかったかな」
「は? カノジョか」
殺意が湧いた。
「あ、あは、あはは……違うよ。家のことで、ちょっとね」
なんでこんなにビビってんだコイツ。怪しく見えるぞ。
「ホントかぁ? 家のこと……はっ! もしや唐突な許嫁との顔合わせとか」
「違うよ。今更許嫁とかできないし」
……そもそも現代で許嫁とかあり得ないだろマンガの読み過ぎ、って突っ込めよ。
「あはー! コイツ、元・許嫁にフラれてから傷心中だもんねー」
と、男二人の会話に割り込んできたのは、これまた連休中に用事があって遊べなかった友人だ。名を四宮美春と言う。見目が良く人当たりも良い女性なので、派手に遊んでいたのだと俺は睨んでいる。勝手な想像だが。
ちなみに、四宮と林太郎は幼馴染みらしい。……はっ! まさかこいつら二人でイチャラブしていたのでは!?
などと俺が恐ろしい考えに戦慄していると、四宮は林太郎の頭をガシッと掴み、勢いよく横に倒した。俺と反対側に傾いだ彼は、体勢を崩して椅子から転げ落ちる。なんて恐ろしいことをするのだ、この女は。
ん? つか待て、こいつ今なんて言った。
「は……元々許嫁なんて居たの? なに、お坊ちゃまなの、林太郎は」
「それなりにねー、ぬふふ」
「言うほどでもないよ」
変な笑い方をする四宮と、曖昧に笑いながら後ろの席に回った林太郎。キレないで笑うだけとか、聖人君子かこいつ。……いや、いつものことだから諦めているだけか。幼馴染み同士の悲しいヒエラルキーを垣間見てしまった。
「なら、四宮もお嬢様なのか?」
「ああ、美春は――」
「しゃらっぷ」
ゴッ! と鈍い打撃音。
割と容赦ない威力で頭を殴られた林太郎が、声ならぬ悲鳴を上げる。
怖っ。
「わたしぃ、ふつーの女の子だよ?」
きもっ。
「……うわぁ……うわぁ」
俺とは違って声に出してしまった林太郎が、二度目の制裁を受ける。かわいそう。
「ところで! ゆうちゃんは連休中、なにしてたの?」
と、強引に話題転換を図る四宮。二人同時にドン引きされたのが堪えたのか。
「なにって……バイト?」
「他には?」
……何したっけ。
なんか、バイトの時以外はほとんど家に居た気がする。
そして図々しい聖女様に文句を言ったり、聖女様に言い負かされたり、不覚にも聖女様にドキッとさせられたり……。
……なんか生活の大半をあいつに侵略されている気がする。
しかもせっかくの連休なのに遊びに出てないし。
まぁこいつらに用事があって断られたからだけど。
他の奴らも、なんか予定合わなかったし。
……んあ? やっぱり友達少ないのか俺は?
あ。いや待て。
「デート」
「は?」
「いや――」
デート、なのか?
デート、だよな……最終日のアレは。
でもなぁ。
相手は聖女様で――ちょっと他人には言いにくい。
「は? え? はあ?? ちょ、ちょちょちょ、ちょ」
「どうした四宮、バグったか」
「バグったのはゆうちゃんの方では?」
「なんだぁ、てめぇ……」
俺がデートしたのがそんなにも意外だというのだろうか。
いや、俺に恋人がいないことを知っているからか。
だが、俺が連休中にカノジョを作ったとか考えないのだろうか。
……それとも、そんなに俺にデートする相手がいるのが意外なのか? しまいにゃキレるぞ。
「おおおおおかしいよおかしい。ゆうちゃんに恋人なんていいいいなかったはず」
「どんだけ動揺してんだよ」
「ちょ、タンマ」
四宮は後ろを向いて、ぼそぼそと何事か呟く。
それからハッ! と何かに気づいたように肩を跳ねさせ、すぐさま林太郎の襟首を掴んで強引に引き寄せる。首が絞まって苦しそうだからやめて差し上げろ。
「ねえな……私……跡……が…………んだけど?」
「え……そ……こと…………たの?」
「ゆ…………の……の……にね。つーかどう……こと…………すら……て……いや…………、……が先月から……な…………る。クソッ、……で…………かったの……ッ!」
「おか……のは美春……だよ……」
三発目の制裁。一体何を言ったんだ、林太郎は。
と、頭を押さえて唸る林太郎には目もくれず、四宮は勢いよくこちらに振り向いた。
「ゆうちゃん! ままっまままさか、こここ恋人でもできたのでしゅか!?」
噛んだことにか、はたまた別の理由にか真っ赤な顔をする四宮。暴力性を見なかったことにすれば普通に可愛いんだけどな、コイツ。
「んーや?」
「ほっ……って、じゃあなんで?」
「あーなんというか……」
居候?
いや素直に言えるか。
んー……、
「妹、的な?」
「ゆうちゃんに妹は居ないでしょ。弟が一人だったはず」
「なんで知ってるんだ」
あれ? こいつに言ったっけ。
「ぁ……り、林太郎から聞いた」
……林太郎にも言ったっけ?
まぁいいや。
「んまあ、ちょっと交流のある子と遊んだだけだ」
「…………どんな子?」
「自称聖女」
「は?」
端的に言えばこの通り。
俺がヤバイやつ認定されるのは御免被るが、あいつが痛い子認定される分にはどうとも思わん。
「まぁ痛いやつって思ってくれれば良いぞ」
「……、ゆうちゃんはその子と、いつ、どうやって出会ったの?」
そんなに気になるのか?
訝しむ俺の視線を感じたのか、四宮は少しだけ居心地悪そうに目を逸らし――、いや林太郎に目で合図出しただけだこれ。
「お、オレモシリタイナー」
ああうん、四宮の指示なのは察するけど、もうちょっと感情込めろよ林太郎。
「ほら、林太郎もこう言ってる! さあキリキリ吐け、吐いて、吐きなさい!」
「おおおう」
もはや睨むような視線でこちらを射貫きながら、ずずいっ! と顔を寄せてくる四宮。やめろや、聖女様の影響で俺に美少女耐性ができてなかったら勘違いしてしまう行動だぞ。
「……さあ、どうだったかな。どうでも良いから忘れちまったわ」
俺は四宮の頭を押しのけながら、努めて面倒くさそうに吐き捨てる。
追求されても困るだけだ。突然家に居たなんて――そして居候させることになっただなんて、言えるかよ。
「裕也?」
俺の答えに、林太郎は目を丸くする。
「なんだその反応。俺に女の子との出会いがあることが意外なのか?」
「いや――うん」
「おいこら」
「あ、いや、裕也ならあってもおかしくないと思うけど…………あはは」
なんだその誤魔化し方は。いや人のこと言えんけど。
「ゆうちゃん――」
と、四宮が何かを言いかけたが――タイミング悪く、俺にとってはタイミング良く? 現れた教授の講義開始の声によって遮られた。
……追求を躱すのが面倒だから、聖女様の関わる課題には気をつけよう。
最近はの生活ほとんどにあいつが存在することから目を逸らしながら、俺はそんなことを考えていた。
『四宮と九貫』
数字のつく家は若干特別。
一般人にはあまり関係無いが。