5.Fragment
――。
――――。
――――――……。
からん、ころん、と。
ドアベルの鳴る方へ目を向ければ、知っている顔が入ってきた。
「――あ、おーい、裕也! こっちこっち」
周囲の喧噪に負けないように声を張ってみれば、彼はその眠たげな目でこちらを射貫いた。
「ん、俺が最後か。悪いな」
「みんなも今終わって帰って来たばかりだから、問題ないわよ」
「そうか。っと、ほら、約束のやつ」
差し出された青い水晶のようなものを受け取る。高価なものなのだが、彼に気にした様子はない。……貸しを返して貰うとはいえ、かなりふっかけたのだが。
「おーありがと。……ついでに気の利いたプレゼントなんかがあったりは?」
「無い。そんな余裕はないって、お前もわかってるだろうが」
「そうだけど。そうだけど! ……もう。そんなんじゃ女の子にモテないわよ」
「知らんがな」
素っ気ない彼に、溜息一つ。
……なんで、こんなやつに。
もう何度繰り返したのかもわからない思考に、思わず苦笑が漏れた。
「……、戻ったか、裕也」
「お、お帰りなさい、裕也さん。料理、揃ってますよ」
裕也に気づいた友人二人が揃って声をかける。それに対し、彼は相変わらず眠たげな視線を向けた。
「おう。お前らはもう結構食べたのか?」
「……、俺はそれなりに、食べた」
「僕はまだあんまり。気になることがあって、結構時間がかかってしまったので」
「そうか」
短く返しながら席に着くと、彼はおもむろに大皿に手を伸ばす。
と、
「ゆーやくぅん、おかえりぃ」
琥珀色の液体の入ったカップを持った少女が、彼に撓垂れかかった。
「……おい誰だコイツに酒飲ませたの」
密着する少女に、しかし彼はまるで凍ってしまったかのように表情を変えない。
「飲んでないわよ。酔ったフリをしてるだけ」
面白くないものを感じながら、ネタばらしをしてやった。
「…………なにバラしてくれてるかな」
「あっははは! 失敗してやんのー、ウケるぅ」
少女から琥珀色の液体――麦酒を取り上げながら、プリン状態の髪の少女がケラケラ笑う。恐らくコイツが唆したのだろう。……失敗したから良かったものの、余計なことしやがって。
作戦が失敗した少女は、こほん、と咳払いを一つ。……いいからその体を早く離せよ。
「お帰り、裕也くん。……ところで、私にお土産はないのかな?」
「無い」
「……そっか」
しゅん、と眉を下げる少女。クソが、可愛い。ウザい。とっとと彼から離れろ。
ああ、イライラする。
「……、くくく」
プリン髪の少女が、一瞬、ウザい視線をこちらに向けてきた。が、すぐに彼と、自身が踊らせた憐れな少女の方に向き直る。
「でぇーも、裕也きゅんさぁ。美少女にこーんなに密着されても眉一つ動かさないとか、もしかして不能なのー?」
「違うが」
「じゃあゲイとか?」
「……、そうなのか裕也」
「えええ!? いつもラノベの主人公ばりの状況に動じないと思ったら、そういうことだったんですか裕也さん!?」
「違うんだが?」
男の友人二人まで悪乗りし、彼ははぁと溜息を零す。
女慣れしているから、動じないのか。
……そうではないことは、わかっている。
意味のない問いを飲み込んで、代わりににやりと笑みを浮かべる。
――この流れに乗れば、冗談にしてくれるから。
「なら裕也は、あたしが好きって言えば、恋人になってくれる?」
いつのまにか、顔に熱が上っていたと気づく。
彼の目には、顔が赤く染まって見えるだろうか。
気づいてほしい。
ううん。やっぱり気づかないで。
「え、は?」
「うっは、ウケる」
「……、おお」
「えええこのタイミングでこここ告白ですか!?」
うるさい、あんたらには訊いてない。
果たして彼は、その眠たげな目でこちらを射貫いて――。
◆ ◆ ◆
「…………、んぁ?」
何か。
何か――とても、懐かしい夢を見た、気がする。
「……、」
内容は覚えていない。
けれど――懐かしくて。淋しくて。
狂おしいほどに、愛しくて――。
湧き上がってくる覚えのない情動に、ふと、頬を伝うものに気づかされる。
「なんだこれ」
怖い夢ではなかったはずだ。
……夢で泣くなんて、初めてだ。
と、
「ユーヤくん?」
心配そうな表情で俺の顔を覗き込む、白髪の少女。
その、あまりにも綺麗な赤い瞳と目が合って――。
「落ち着いて。――大丈夫。ソレは、もう、関係の無いことだから」
――。
――――。
――――――……。
――本当に、余計なものを残しやがって。
――まさか。必要だったでしょ。
『懐かしい夢』
それは恐らく、記憶の整理。
もしくは、警告。
或いは――浸食。