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4.聖女さまとクレープ



 窓から差し込む太陽の光を浴びながら、俺は打ちひしがれていた。


「まずい。ゴールデンウィークなのに、何もしていない」


 恐ろしいことに、気がついたら最終日を迎えていた。

 ……なんてことだ。友人と遊びに行くこともなかったし、そもそもバイト以外で外出すらしなかった。

 俺はこんな、引き籠もりの性分ではなかったはずなのだが……?


「なにか特別なことをする必要があったの?」


 一年中ゴールデンウィークというか夏休みというか正月休みというか、ニートな聖女様はスマホをポチポチしながら問いかけてくる。


「ゴールデンウィークだぞ。せっかくの連休なのに、遊びにも行かないとか……ないだろ」

「そうなの?」


 こてん、と首を傾げる。可愛い。

 ……いやそうじゃなくて。


「あのな。穀潰しのお前にはわからないかもしれないが、学生である俺にとって、連休に友達と遊びに行くのはもはや義務なんだよ。義務。土日程度の短い時間じゃ行けないような……例えば、レンタカーを借りて地方へでも旅行に行くとか」

「ふうん」


 興味なさげに息を吐いて、


「行けば良いじゃん」

「……、」


 その通りと言えばその通りなのだが。

 顔を(しか)めて黙りこくる俺に、聖女様は「あぁ」と何か納得したように呟く。


「友達、いないんだ」

「いるが?」

「ごめんね、厳しいこと言っちゃって」

「友達百人いるが??」


 嘘。盛りすぎた。

 今でも頻繁に連絡取るのは十人もいないわ。ネット上のを合わせても二十に満たない。

 ……あれ、もしかして俺、友達少ないのか……?


「じゃ、なんで行かないの? もしかして、なんかやらかして気まずいとか……?」

「違うわ。……お前がいるからだよ」

「私?」


 どこか泊まりがけで行こうぜ! → (居候が色んな意味で心配だから)ダメです。

 お前ん家で飲み会な! → (居候がいるから)ダメです。

 ……と、つまりはそういうわけである。


「別に私、留守番くらいできるよ? ユーヤくんが大学に行ってる時も、ふつーにここでゴロゴロしてたし」

「もっと時間を有意義に使ってくれ」

「ゆったりできる時間が最高だから仕方ないのです。……というかユーヤくん、友達と遊べなかったのって、バイト入れてたせいだよね?」


 正解である。

 つけ加えると、友人は友人で色々と忙しかったからだ。

 ……何人かは恋人とイチャラブに励んでいたようだが。クソが。


「……、なら、今からデートする?」

「は?」


 思いがけない提案に、素っ頓狂な声が出た。


「休日デート。こーんな美少女と二人っきりでお出かけをするのです。どう? 最高の一日になるんじゃない?」

「なんだその押しつけがましさ……」


 否定はしないが。

 ……まぁ容姿が整いすぎている人間と一緒に出かけると、それはそれで面倒なことが多いのだが。


   ◆ ◆ ◆


「んふふ」


 特に行きたい場所があったわけでもないので、近場のショッピングモールをぶらりと歩く。

 今にでも鼻歌を歌い出しそうなほど機嫌良さげな聖女様に対して、俺はすでに疲れていた。

 ……とにもかくにも、視線が集まる。

 それなりにカラフルな髪色が増えた現代とはいえ、聖女様の輝く真っ白な髪は酷く目立つ。紅玉(ルビー)の瞳も、髪の色合いと合わせて余計に人目を引く。それらに加え、彼女の絶世の美貌はあらゆる人を惹きつける魔力を持っていた。

 そして、その隣を歩く俺には、奇異と羨望と殺意と――様々な思いが混じった、数多の視線が針山のように突き刺さる。


「帰りたい……」

「えー? ユーヤくんが連休らしいことをしたいって言ったのに?」

「そうだが……家で映画を見るとかでも良かったかな。うん、それが良い。よし帰ろう」

「だーめ。デートなんだから、ちゃんと私を楽しませてよ?」


 お前を楽しませる前に俺がストレスで死ぬが。

 コイツと俺が恋人関係だったら、そして俺が恋人を見せびらかすことで承認欲求を満たすタイプの人間だったら問題なかっただろう。性格的には問題だが、非常に楽しめたはずだ。

 が、現実はただの居候であり、男女の仲などではない。

 ……コイツが俺の部屋に現れてから一週間くらいは、ものを揃えるために一緒に出かけもしたが、その時は今ほど視線は集めていなかった気がする。ゴールデンウィークだから人が多いせいだろうか。疲れる。


「あ! ねぇねぇ、私クレープ食べたいなぁ」

「ん? ああ、良いけど」


 時間帯的にピークではないのだろうが、人気店だったようで、そこそこ行列ができていた。最後尾に二人で並ぶ。


「んふふ。周りからはちゃんと恋人に見えてるかな」

「見えてたら困るだろ」

「どうして?」


 ……なぜだか視線が冷たい気がする。

 こほん、と意味もなく咳払いを一つ。


「……事実と異なるからな」

「ふぅん。……他に恋人がいるとかじゃなくて?」

「他にも何も、俺は今、恋人はいないが」


 居たらコイツを家に居座らせていない。


「……、そう」


 感情のない声。

 ぎょっとして聖女様を見ると、誤魔化すような笑みを返された。


「……、」


 と、そうこうしているうちに、順番が回ってきたようだ。

 聖女様は苺とアイスが盛られたクレープを、俺はチョコとバナナのクレープを注文する。


「しまった。私もバナナ系を頼めばよかった」

「あ? 交換するか?」

「んー……大丈夫。クレープのバナナは切られてるし、大した効果は得られなさそう」


 ……何をする気だったんだコイツは。


「ナニっぽいことですけど」

「やめろ」


 切実にやめろ。

 外でやって良いことじゃないだろ。

 ……いや家でもやって良いわけじゃないが。


「…………それに私にはまだ、ちょっと難易度が高いしね」

「あん?」

「んーん、なんでも」


 曖昧に笑う聖女様を尻目に、俺は店員さんからクレープを受け取る。その際、「可愛いカノジョさんねー」などと言われたが、聖女様がニヤニヤしだしたのでやめてほしい。調子に乗って余計なことをし始めるぞこいつ。

 店の飲食スペースは埋まっていたので、近くのベンチを探して二人で並んで座る。通り過ぎる人の視線が鬱陶しいが、仕方がない。


「んー! おいひい」

「そうか」


 幸せそうな顔でクレープを頬張る聖女様。その顔は破壊力がありすぎる。通りすがりに不意に見てしまった男性が真っ赤な顔で立ち止まり、横の恋人らしき女性に引っぱたかれ――る前に、その女性も満面の笑みの聖女様を見て呆けてしまった。強すぎる。

 見とれてやるのは癪なので、俺は極力見ないようにしながら、自分のクレープを一口。

 む。確かに美味い。

 チョコバナナが至高の組み合わせなのは当然だが、そこに加えられたどっしりとした生クリームと、全てを包むもっちりとしたクレープ生地がその美味しさを完成させている。

 それなりにボリュームがあるが、かぶりつくのを止められない。


「一口ちょーだい」


 あむ、と。

 聖女様が、俺の食べかけのクレープにかじりついた。

 俺の手から奪ったわけではなく、そのまま口を付けたので、必然的に聖女様が急接近することになり――ふわりと彼女から香る甘い匂いに、一瞬思考が止まった。

 妙に落ち着くような。それでいて、酷く劣情を煽るような。

 狂おしい、甘酸っぱい情動が胸中に爆発的に広がって――。


「んん、ユーヤくんのも、とっても美味しいね」

「ッ、あ、ああ。そうだな」


 引き戻された。

 ……一体俺は、何を考えていたのか。

 欲情していた? 勘弁してくれ。こんな場所で何をしているんだ、俺は。

 というか、男を勘違いさせるようなことをするんじゃねえ!


「んふふ」


 ニヤニヤとした笑みをこちらに向けてくる聖女様。

 わざとかこいつ……人をからかって遊んでやがる。

 わかっていたことだが。コイツが俺をからかって遊ぶのは、いつものことではあるが――そして高確率で負けているのは非常に癪だが!!

 なにかやり返してやりたいところだが……アイスの時には失敗したからなぁ。

 ん? ……いや、いけるぞ。今回こそは。


「おい」

「なーに?」

「クリーム、ついてるぞ」


 聖女様のもちもちの頬についた白いクリームを、指で拭い取ってやる。

 そして、それをそのまま――舐めようと思ったが、男がやっても気持ち悪いだけな気がしたので、ハンカチで拭き取る。……最初からハンカチで拭けば良かったか。

 中途半端に失敗したな、と思ったが――どうも聖女様の様子がおかしい。

 意味もなく何度も口をパクパクさせて、だんだんと頬を赤くし始め――おや? これは俺の勝ちなのでは?

 そしてついに、聖女様は顔を俯かせて。


「……直接舐め取ってくれてもよかったのに」


 できるわけないだろうが。

 なぜだろう。あまり勝った気がしなかった。



『コイビトとデート』

 周囲に見せつけたいから、人目を避けることはしない。

 人目を避けたい事情よりも、その思いが勝った。それだけの話。

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