3.聖女さまのチカラ
ちょっとした説明回。
「お前、本当に聖女なのか?」
今更だが。
本当に今更であるが、そもそもこの少女はなぜ聖女を自称しているのだろうか。
日々ソシャゲをポチポチ遊んだりウェブ小説を読み漁ったりと、自堕落な生活を送っているこの少女は、おおよそ聖女らしき行為をしていない。
祈りの時間とか無いのか。
肉を食ってはいけないとか、日々奉仕活動を行うとか、そういうのは無いのか。
「聖女だよー」
いつもの如く俺のベッドの上でゴロゴロしながら自称・聖女様は答える。
……ただのニートにしか見えん。
「年齢的には高校生だから、ニートじゃないよー」
「学校に通わず働いてもいないんだからニートだろ」
「そもそも戸籍も無いから、いない存在だけどね」
あはは、と笑う聖女様。
笑いごとではないのだが。
「というか、ね。私、ちゃんと聖女っぽいことしてるんだよ?」
「はあ?」
俺はコイツが祈る姿を見たことがないし、ファンタジーよろしく不思議パワーを使ったところも見たことがないのだが。
果たして聖女様は、スマホから目を離さないまま続ける。
「この部屋に結界を張ってる」
「結界」
「うん。悪いものが入ってこないようにする、魔払いというか、厄除けというか。まぁそんな感じのやつね」
……本当か?
実感がないから、結界というものが張られているのか、まるでわからない。
「あは。実感できるようなことが起こったら、それこそ問題なんだけどね」
「……それじゃあ本当にお前が聖女らしいことをしているのか、わからないんだが」
「んー……あ、そうだ、新聞勧誘とか来なくなったでしょ。訪問販売も」
「たし、かに?」
たぶん。恐らく?
……いや、もともとそういうのに頻繁に遭遇するわけでもなかったので、これまた実感は乏しいのだが。
「あとほら、隣の部屋の人が引っ越したでしょ?」
「え。ああ、先々週にいきなりいなくなったな」
「そそ。あれね。あの人、結構ヤバイのに手を出してて、周りに被害を出しそうだったから。決定的なことが起こる前に退去したの、私のおかげだよ」
なんじゃそりゃ。
というか、ヤバイのってなんだよ。
「南の方の、間違った秘術が記された魔道書を解読してたんだって。で、元々間違っているものをさらに間違った手順で起こそうとしてるんだから、大問題。あのままだったら、ここら一帯に汚染を撒き散らすか、最悪次元の狭間にドボンだったね」
「いきなりファンタジーぶつけてくるのやめろや」
理解が追いつかないだろうが。
「えー。じゃあどんなものだったら、私が聖女っぽいことしてるって思ってくれるの? ……というかそもそも、ユーヤくんの思う聖女っぽいことって、どんな?」
どんな、か。
聖女、といえば――癒やしの力、とか?
あとは、悩める人を慰撫したり、生活に困窮する人を救ったり?
「なるほど、ね。……まぁなんというか、ゲームに出てくる職業としての聖女って感じか」
「……?」
「いや、間違ってないけどね。私も称号としての聖女というよりは、そっちに近かったし」
聖女様的には違いがあるらしいが、俺には全くわからない。
聖女っていうのは、俺の知る限り、多くの場合、慈愛に満ちた女性で、ゲームや小説では治癒の力に秀でた存在として描かれている。……いや、最近では、肩書きが聖女でも性格が醜悪であるパターンも多いか。
「私に求められていた聖女としての役割は、治癒と防御、そして浄化。初めの頃はともかく、一つの教会に留まっているわけでもなかったから、慰問なんかもしなかったしね。その余裕もなかったし」
「……、」
「まぁそもそも、あの世界の一般的な聖術使いとは力の使い方が違ったしね。いやこれは関係ないか。うむむ」
「はぁ?」
「人々を救う優しい女性、というのが聖女のことを指すなら、私は聖女ではなかったかもね。ただ、私は聖女としての能力を期待されていて、……結果として、やり遂げた、ってことで良いのかな。うん。まぁ、期待していた人達の思い通りかは微妙なところだし、事実だけ見たら………………あは」
「……、おい、大丈夫か?」
何を言っているのか、まるでわからないが。
何かを確認するように――まるで自分に言い聞かせるかのようにまくし立てる少女の顔を覗き込むと、赤い瞳が虚ろに彷徨っていた。
けれど、俺と目が合うと――一瞬だけ、瞳の中に光が浮かんだ。
「ぁ。……うん。なんでもない」
聖女様は、誤魔化すように笑って、
「そうだ。光でも降らせてあげよっか? ほら、光有れーって」
「えぇ……」
突如、ピカーっとスポットライトのように光が俺に降り注ぐ。なんだこれ。
コイツの話も訳がわからないし、今の状況も理解不能だ。
……まあ、死んだ目で変なことをブツブツ呟かれるよりマシか。
「あ! そうだ。一番大きな仕事を忘れてたよ」
「はあ。なんだ、悪霊でも祓ったか?」
「私はエクソシストじゃないよ?」
聖人って悪魔祓いしなかったっけか。いや、異世界だから関係ないか。地球でもよくわからんけど。
聖女様はこちらをまっすぐに見つめると、先ほどまでとは打って変わって、自信満々に言い放つ。
「あのね。――私、いつも、ずぅっと、ユーヤくんを癒やしてるよ!」
「……。俺は、心労ばかり溜まっているが?」
「ええー? 私、目の保養になるらしいし、近くに居るだけでセラピー効果があるらしいよ?」
「知らんが?」
……確かに目の保養にはなる。
あまりに美少女過ぎて若干気後れすることもあるが。
セラピー効果はマジで知らん。
「えー………………………………にな」
「は?」
「つーん、しーらないっ」
つーんって、口に出して言うのか。
聖女様はふてくされたような顔になって、視線を再び手元のスマホに戻してしまった。
何だかよくわからんが、機嫌を損ねてしまったらしい。
……昨日買ってきたアイスでご機嫌取りをするか?
いや待て。なぜ俺がこの居候のご機嫌伺いをしなければならないのか。
「今すぐ私の機嫌を取らなければ、今日の夕飯はご飯の上にミニトマト一つになります」
「アイスでも食べないか!? 俺の分も食って良いぞ!」
「やったー、ユーヤくんちょろ可愛い」
誰がチョロいだと?
これは取引なのだ。断じて軟弱な対応などではない。
一ヶ月前から、我が家の食卓はこの聖女様が仕切ることになった。ゆえに、それを持ち出されると、俺は逆らえなくなるのである。
……あれ? でも結局食費は俺が出しているんだから、俺の方が立場は上なのでは?
「ご飯も抜いて、ミニトマトだけが良かったかな?」
「勘弁してくれ」
「ふふ。ユーヤくん、お手」
「は?」
俺は犬じゃないが?
「ほら。これに応じてくれたら、今日は生姜焼き、作ってあげる」
その材料買ってきたの俺だが?
「……、はい」
まぁ俺が折れるんだが。
聖女様の白い手に、俺の手を重ねる。
「ん……ふふふ」
なにが面白いのか、にまにましながら俺の手をにぎにぎしてくる。
なんだこれ。
何がしたいんだ?
なすがまま聖女様のオモチャにされていた俺の手が解放されたのは、それから十分以上経ってからだった。
◆ ◆ ◆
聖女様が料理をする後ろ姿を眺めていると、ふと、その疑問が浮かんできた。
「……、」
ずっと気になっていたのだが。
こいつは、いつの間にスマホを手に入れたのだろう?
俺が買い与えた覚えもないし――そもそも身分証がなければ契約できないはずなのだが。
「ユーヤくん」
赤い瞳が、俺の脳を射貫く。
「今は、気にしないでね」
――、
――――――、
――――――――……。
『聖女の力』
それは、聖女が使う力のことなのか、聖女らしい力のことなのか。