二人の繋がり
その日の昼頃、二人はウェイトにしばしの別れを告げると、自分達は他に出来る事がある筈だと『メインブレイン』経由で色々な事を調べ始めた。
方法としてはドゥーとニードに無理を言って作って貰ったヘッドセットを使うのだが、ドゥーの様に「メインブレイン』をハッキングする様な情報処理能力はハーミュラやアイニーには無い為、使う機会などない筈だったのだが、今回に限ってはそうでは無かった。
ハーミュラは早速キューブに接続すると、ハーヴェイクの情報世界の中へと入って行った。
「……おっと」
暫く情報世界での自我が確立せずに揺蕩っていた彼だったが、目の焦点が合うと周りを見渡した。
その世界は幾つもの本棚が並んでおり、それぞれに分類分けされている様だった。
「どう?私の中は?」
彼の背後から声がして振り返ると、そこにはハーヴェイクが立っており、彼に近づいて来た。
「直接繋がないと出来る事は少ないけど、お手伝いなら出来るわ」
そう言って微笑むハーヴェイクにハーミュラは嬉しそうにはにかんだ。
「ありがとうございます!今日はあの日の事をちょっと調べようと思って……」
「あぁ……まぁ、それはそうよね」
ハーミュラはロボット達が暴走したときのデータを遡って調べ始めた。
すると、幾つかデータに目を通していると何か気になるのか眉を顰めた。
「ハーヴェイク様?この周波は『タワー』から?」
「ええ、そうよ」
ハーミュラはハーヴェイクに送られて来たデータに目をつけた。
「これ……同じ周波数で逆探知って出来ないですかね?」
「どうかしら……『タワー』はいつも光学迷彩だけじゃ無くて、電波もバレない様に対策している筈だけど……アレ?見たかったわ」
意外にも『タワー』の位置はすぐに分かったらしく、ハーミュラに画像として表示した。
「やっぱり衛星軌道上にいるわね……うん、やっぱり、今何処かに電波を送っているわ……送信先は……『ゴットリージ』よ」
「一体なんで……?」
と、ハーミュラが呟くと、現実世界の方でアイニーがハーミュラの肩を叩いた事を彼が感じ取ると、ハーヴェイクに目配せして現実世界へと戻った。
「どうしたの?」
「ニードさんが『ゴットリージ』に着いたみたいなんだけど……人がいるって……しかもロボット達も暴走していないみたい」
「えっ?」
こうして彼らはまたもや通信施設へと向かうと、ニードが画面の前に難しい顔をして立っていた。
「ニーさん、人がいたって……」
『事実やよ……中に入って確認もした……ただ……』
歯切れの悪いニードの言葉に二人は首を傾げた。
『何やか嫌な予感がするんよな……』
そんな根拠も無い事を言うニードにハーミュラ達は呆れた。
「何言ってるんですか、無事なら早く手伝って貰いましょうよ」
だが、それに対してニードは首を横に振った。
『それを今トッチーが話しとるが、イマイチ話をはぐらかされて進まんのよな』
「まぁ、たしかに怖いですもんね?」
『まぁな、ただ俺はこう言う時人を疑ってまう悪い癖があるからなぁ……』
ニードは今まで見せたことの無い影を顔に少し落としたが、すぐに真面目な顔でこちらを見た。
『二人は引き続きハーヴェイクで調べ物をするか?』
「「いいえ、もしかすると親が……」」
と、二人が同時に言ったのを聞いてニードは呆れた様な、どこか届けた様な表情をして肩をすくめた。
「「ニーさん!!」」
『悪い悪い、じゃあメタン?』
『私は今他にソースを割いているから、ハーヴェイクに頼むと良い、もう彼女は手を出すまい』
『分かった、じゃあハーヴェイク、頼めるか?』
いつの間にか二人の後ろに立っていたハーヴェイクは、暫くニードの事を見つめると朗らかな笑顔で快諾した。
「無論じゃ、私に任せると良い、二人共明日の朝に出発だ、それまでゆっくりしてゆくと良い」
『うぃ、あんさんらは休める時に休んどきぃ、『ゴットリージ』が仲間に入ったらいよいよ大詰めやからな』
二人は勢いよく返事をすると、ニードはそれに満足した様に頷くと通信を切った。
「さて、今日は二人の疲れを癒す為に、普段であれば値段がかかるリラクゼーションを受けてもらうぞ?」
ハーヴェイクはスラリと二人の間に入って、その細い腕からは信じられ無い力の強さで二人を引きずって何処かへと歩き出すのだった。
当日の夜、街『ハーヴェイク』の中でも相当の良いホテルにて彼らは暗い街を一望できる部屋を一つ用意されていた。
二人は一つある大きなベッドの前で、少し疲れた様に、そして楽しそうに話し合っていた。
「あのマッサージ痛かったけどだいぶ効いたよね」
「うん、だいぶ体が軽くなった様な気がするよ」
「ディナー美味しかったね、特にあのお肉」
「うん、美味しかったね」
「………」
「………」
「「………」」
いよいよ近づいて来た就寝の時に二人はモジモジとし始めた。
二人の顔は赤く、とても緊張している様に見えた。
しかし、ハーミュラは小さく溜息をついて立ち上がると、
「僕はソファで寝るよ、あそこの寝心地もかなり良いからね」
と、ソファに向かって歩き始めた。
その行動を見ていたアイニーはハーミュラの手を掴んで止めた。
ハーミュラは振り返る事なく言った。
「君は僕よりも動けるから君の方がしっかりと休むべきなんだ、だから……」
それは恐らく彼なりの、彼女への誠意と、彼自身への言い訳とが入り混じった言葉だった。
アイニーは自分で掴んだ手を暫く見つめると何も言わずに、ゆっくりと手を離した。
「一緒には寝れない……よね」
「……………………………うん」
だいぶ長い沈黙の内にハーミュラは小さく頷いた。
アイニーはそんな彼の背中に何を見出したのか、離した手をもう一度掴んでベッドの中に引き摺り込んだ。
「あっ!?アイニー!?」
ほぼ悲鳴の様な声を上げるハーミュラにアイニーは向かい合いながら、
「辛い事をさせているのも分かってるよ?でもね……寝るぐらい一緒に出来ないかな?」
ずるいよね、と最後に小さく付け足してアイニーは優しい顔でそう言った。
ハーミュラはアイニーを抱きしめようと伸ばした手を止めて、彼女の手を掴んだ。
「今日はもう寝よう……なんだか疲れたよ」
「……お休みなさい、ごめんね、ありがとう……ハー君……ハーミュラ」
そうして二人は手を繋ぎながら眠らない世界へと落ちていくのだった。
……そして、そんな二人の事を影から見守る……もしくは覗き見する二人の……二体の人造人間とロボットが微笑ましそうに、そしてどこか残念そうに見ているのだった。
「うーむ……やはり夕食に媚薬でも混ぜておくべきだったか?」
「愚かな、そんな事よりも彼等の純情な心が生み出した結論に賞賛を贈るべきであろう、たとえ側から見れば騙し合い、傷の舐め合いに過ぎなかったとしても」
「まぁ、そうであるな」
「この人間のどうしようもなく、脆く、瓦解しそうでありながらも、この先の道を誤らなければとても強い絆になる事を、我々は知っている、そうであろう?」
「うむ……そして、我々はそれを美しく感じ、とても好ましく思っているとも」
「無論である」
「そうだな……仕事に戻るとしよう」
「うむ」
二体のアンドロイドはそうメッセージのやり取りを交わすと再び自分の仕事に戻るのだった。