息子の息子の息子
その世界は、微妙に荒廃していた。全てが壊れたサイバーパンクと、理想の近未来を、2:8の割合で混ぜたら恐らくこんな感じになると思う。
時間帯的には、恐らく昼だ。いや、空を見ればすぐ分かるだろう、と思うだろうが、この世界の空、暗すぎる。少なくとも時間帯が瞬時に判断できない程度には暗い。
取り敢えず、荒廃世界を観光してみることにした、が5分後、謎の女に絡まれた。
「こんちわ~♪」
奴に質問せざるを得ないこの状況は、不本意も不本意だが、これに関しては致し方無しだ。
コイツ誰。
――私の弟の息子の息子の娘。。曾姪孫って所ね。
成程、状況だけ把握した。納得はしていない。後、私の中のコイツ、こんな砕けた話し方してなかった筈なんだが。
「貴方は、私の曾祖父の姉に当たる人間... つまり、曾祖伯母♪ 厳密には貴方が本人ではないんだけどね♪」
「お前は曾姪孫らしいぞギャル女」
「義理-曾祖伯母さぁん? ギャル女は流石に失礼ですよ??」
義理-曾祖伯母。この呼び方は改善させたい。明らかに会話のテンポが悪くなるポイントになるだろうからだ。
私に助けを求めるときに、「義理-曾祖伯母~!! 助けて~!!」と叫ぶのは馬鹿すぎる。助かる気ないだろう。
「その呼び方、変えないか?」
「こちらからも同じ提案をしようと思ってたところですよ♪ では私は、貴方を嘉承さんと呼びます。貴方は私を藍と呼んでください」
「藍だな。了解した。所で、ここはどこだ」
「貴方が元居た世界でいうところの東京都。因みに、この世界に国境は存在しません」
国境が存在しないということは、国が一つしかない。又は、国が存在していないということか。
「貴方の思考内容は読めますよ。答えはそのどちらでもないです♪」
「はぁ... どういう事だ」
勿論、この質問には二つの答えを用意して貰う。
「では前者から、」
その事についてもお見通しか。私との会話が成立する人間に会ったのは久し振りだ。
「この世界は何者にも統治されていませんが、全体を見渡せば、支配者が存在するのです。故に...」
「どちらでもないか」
「はい。では、次に後者の質問に答えていきましょうか♪」
後者の質問。何故、私の考えが読めたのか。だが正直な所、その答えは何となく読めている。
「答えは、勘です。まぁ賭けの様な不確定要素は、殆ど含まれていませんが...」
「この世界の人間は皆そうなのか?」
「いえ。でも、脳戦において、この能は、強い武器となりますよ♪ というか、貴方もコレ、出来ますよね?」
私は唖然としてしまった。
この能は、何も特別な能力でも何でもない。誰もが取得可能な能力。相手の心を読んで次の行動・言動を予測する。それだけのこと。
だが、できる人間はそう居ない。賭け要素を多く含んだ予測当てができる人間は、幾らでもいる。だがコイツは恐らく...
「貴方だけが特別じゃないんですよ♪ 寧ろ、才能のみでいえば私に軍配が上がる... ですが、努力という才能もなかなか恐ろしいものですね」
「腹立つわお前」
「ふふ、申し訳ぃ♪」
殴りたいという衝動を抑えて次の質問へ。
「というか...」
「脳戦ですね。解説しますよ♪」
「チッ...... はぁ... どうぞ」
私もこんなにウザかったのか。何だか怒りよりも、申し訳なさが勝り始めてきた。
「脳戦。正式名称は、仮想世界脳戦。簡単な説明で通じるでしょうから、後は予測で察してください」
「あぁ。で、端的に言うと?」
「自身のCPU、即ち脳。その性能が相手に勝れば、あなたの勝利です」
了解。気になるのはデバイス。バーチャルとか言うぐらいだから、何かしら仮想世界に行くための装置があるはずだ。
「デバイスは――」
「――流石に察し良いですね。私も貴方の様な人には会ったことがありませんよ~♪」
突然、黒い立方体を押し付けられた。恐らくこれがデバイス...
「聞くが、私は何を得る」
「相手の知る情報です。まぁ付随して、全財産ってところです。メインはやはり、情報ですね」
「全財産.... 命もか」
「そう。負けたら死にます」
負けたら死ぬらしい。笑え無さ過ぎて笑えるな。
どうやらこのゲーム、いつでも全力で行わなければならないらしい。
「では始めましょうか♪」
「は?」
コイツは私と脳戦をする気だ。
状況からルールを予測するに、自分よりも財産が多い者から挑まれた勝負は、回避できないらしい。
そして彼女は、私に押し付けた黒い立方体に向かって言った。
「全賭♪」
「全賭」
また口が勝手に動いた。今回はこの装置の所為だろう。
私はルールすら知らない。何が起きるか、正直言って分からない。
気付いた時、私は立方体の中にいた。正面には藍が立っている。
「此処は立方体の中です♪」
「何故私に勝負を挑んだ...」
「気まぐれです♪」
二択だ。ただの遊戯か、それとも...
〈仮想世界脳戦、バーチャルデスゲームを開始します。最適内容を選別中、暫くお待ちください...〉
あの予測能力の持ち主だ。恐らく内容もわかっているんだろう。
「恐らく、ア・サインか揺さぶりですね♪」
〈最適内容の選別作業が終了しました。内容:揺さぶり、二本先取。開始五秒前、四、三〉
揺さぶり? 何だソレは。いや、考えろ...
〈二、一〉
成程、戦いか。
そう考えながら私は、藍に向けてニヤリと笑って見せた。
「あら、曾祖伯母様、どうかされましたか? 気色の悪い笑みなど浮かべて♪」
「いやいや、如何して君の様な赤子が、私と対等に会話できているのかと不思議に思っていたのだよ♪」
そう、恐らく動揺誘いゲーム。先手はどちらもジャブ程度、攻めてカウンターは貰いたくない。
「おやおや、思考中はお静かなんですねぇ。カウンターを貰うのは御嫌いなんでしょうか?」
なッ...
〈動。嘉承碧の動揺を確認。進藤藍に一ポイントが加算されます。現在の戦況は1-0です。〉
「どうも♪」
進藤!? 進藤だとッ!?
〈動。嘉承碧の動揺を確認...
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『何ですって? いや、言わないで頂戴。イヤホンして授業を聞いてないからわからな...』
『しかしそれにはもう時機が後れてしまったという気も起りました。』
『ッ... つ、次、進藤さんどうぞ.....』
驚くのも無理はない。いや寧ろここで驚かなければ、その方が怖い。
授業が始まる前から机に伏せ、始まってからも授業放棄し続けていた人間が、何処読むか知ってたらそりゃ驚くさ。
『........』
『し、進藤さん!?』
『は、はいぃいい!』
その妙な返事は、教室中に充満していた重い不信感を、笑いへと昇華させた。
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....ですが、進藤藍の行動によって生まれた動揺ではないので、ポイントには加算されません〉
「ふぅ、危ねぇ...」
「まぁそうなりますよね...」
落ち着け私。こんな "会話で動揺を誘うだけのゲーム" なら、現実でも出来る。つまり、此処ならではのやり方がある筈...
「で、嘉承さんは何もしないん―――」
「勿論、しますよ」
私は、ポケットに常備していたコンパスを、藍の腹に突き立てた。
「そう。そういう事も出来るんです♪ でもそれじゃあ私は――」
「もう芝居はいいだろう。このゲーム、練習用だ」
〈動。進藤藍の動揺を確認。嘉承碧に一ポイントが加算されます。現在の戦況は1-1です。尚、傷は元に戻されます〉
「気付いていたんですか...」
「刺せばお前は、ドヤ顔で色々語るだろうと思ってな。その間は動揺させられないし、こちらの会話も展開しやすくなる」
「してやられたって所ですかね。流石と、そう言っておきます...」
私は最初の時点で二つの予測を立てた。
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『此処は立方体の中です♪』
『何故私に勝負を挑んだ...』
『気まぐれです♪』
二択だ。ただの遊戯か、それとも...
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それとも、これがただの疑似脳戦かだ。
確信したのは初手。この世界でこの脳戦を行った事がある人間が、最も動揺を誘いやすい物理攻撃を仕掛けてこないのは、練習であるからだと。
私にこの脳戦を、より実践に近い状態で体験して欲しかったのだと予測がつく。
「その顔だと、もう全部お見通しって感じですね...」
「あぁ。途中で気づいてしまった」
「可愛くないですよ、そういうの...」
気付いた時には外に居た。
てか、コイツの性格って、どれが本物なんだ?...